「……誰かと思えば、勇者一行の魔法使い様じゃない。こんなところで何をしてるのかしら?」
こんなところにまさか私が現れるとは思ってもいなかったのだろう。大きく目を見開き、驚愕の表情を見せたのも一瞬。すぐに記憶にある通りの、挑発的な笑みを浮かべながらそいつは私へ視線と言葉を放ってくる。魔法使いとしての自負と傲慢さを兼ね備えた、魔族の典型的な反応。
「それはこっちの台詞だ、アウラ。どうやら偽物じゃないみたいだね」
間違いなく断頭台のアウラだ。魔物が化けているといった類ではない。その纏っている魔力が何よりの証明だ。大魔族にしか持ち得ない絶大な魔力。基本的に魔力の量は鍛錬を重ねた年月に比例する。個人の資質もあるが、それは変わらない。こいつなら恐らく五百年以上だろうか。目を凝らせば、魔力探知をすれば手に取るように分かる。
しかし違和感は拭えない。それは容姿だった。以前のような、悪趣味な装束ではない。何の変哲もない、村娘のような出で立ち。その首元には何かの花を模したネックレスまでつけられている。人間を欺くために人間の振りをする。魔族からすれば当然だが、やはり違和感がある。幼い個体や弱い個体ならともかく、こいつはそんなことをするような魔族じゃなかった。だとすればやはり
「そっくりそのまま返してあげるわぁ……ヒンメルは一緒じゃないの?」
動揺を悟られまいとしているのか。嗜虐的な笑みを浮かべながらも、その魔力の揺らぎは隠しきれていない。獣であるこいつらなら尚のこと。そんなことができるのは
その視線が私の周囲を窺っている。かつてと同じように、私が勇者一行と、ヒンメルと一緒にこの場に現れたのではないかと警戒しているのだ。同時にそれこそが似合わない村人の振りをしている理由。魔王討伐後、魔族が身を潜めているのと同じ。勇者ヒンメルという存在を恐れているが故の行動。
「ヒンメルはいないよ。でもお前の相手は私だけで十分だ。不死の軍勢を連れていないなんて、油断したね」
それに嘘をつくことなく、事実を告げる。私は魔族ではない。そもそもそんな嘘をつく必要もない。警戒をしていたのは私も同じだからだ。
不死の軍勢。
それが断頭台のアウラの手駒にして切り札。服従の魔法によって従えた英傑たちの首を落とし、物言わぬ傀儡として使役する、最低に趣味が悪い魔法。
それがこの周囲に潜んでいるか否か。それが今の私の最優先の確認事項。多勢に無勢。その数の暴力は単純であるが故に恐ろしい。事実、かつての戦いでも私たちはそれに苦しめられた。死も痛みも恐れず襲い掛かってくる軍隊。軍勢とはよく言ったものだ。もしそれが復活しているとしたら、撤退も視野に入れなければいけない。しかしそれは
「それはどうかしら? どこかに潜んでいるかもしれないわよ?」
「それはないかな。ヒンメルが怖くて隠れ潜んでいたお前が、この期に及んで出し惜しみする理由はない」
もはや確かめるまでもない。それが私があえて姿を晒した理由の一つだ。不意打ちできる機会を逃してでも、確かめたかった情報。言葉で騙すまでもない。この状況が何よりもそれを物語っている。魔族の嘘に騙されるほど私は甘くない。そんなものはこの千年で聞き飽きている。
こいつは臆病者の魔族だからだ。十年以上前、私たちに追い詰められ、すぐさま撤退して身を隠したように。しかしそれ故に厄介でもある。魔族の捕食者としての油断と魔法使いとしての驕り。それよりも自身の命を、生存を優先する獣の本能。事実それによって私たちはこいつを取り逃がしてしまったのだから。
そんなこいつが、この危機的状況でご自慢の不死の軍勢を出し惜しみするはずもない。もしいるのなら、とっくにけしかけ、その間に逃げ去っているだろう。いや、ヒンメルがいないのなら、そのまま私を殺そうとしてくるかもしれない。
魔法使いとしての性。逃れられない魔族の本能。魔力を隠して闇討ちする気満々だった魔族が、相手が魔法使いだと分かると否や、その姿を晒すように。
「────本当に癪に障る奴らね、あんたたちは。お似合いだわ」
そのどちらでもなく、アウラはどこか呆れ気味に、心底嫌そうな顔を晒しながらそう吐き捨ててくる。まるで嫌なことを思い出したと言わんばかりの悪態。とても声真似とは思えないような擬態。
「それにしても随分悪知恵が働くようになったね。人間の村を支配するなんて」
それをあえて無視しながら、魔族との無駄な会話を続ける。その隙を窺うために。未だにアウラは動きを見せていない。すぐこちらの挑発に乗って、仕掛けてくるかと思っていたのにその気配もない。どころかその手に服従の天秤を顕現させてすらいない。どういうつもりなのか。
様子見を兼ねて、そう疑問をぶつける。もっとも答えが返ってくるなんて毛頭思っていない。魔族と話すなんてそれこそ時間の無駄だ。これはただの独り言のようなもの。珍しく、魔族の手練手管に感心させられたからでもある。
それは服従の魔法の使い方だ。不死の軍勢をけしかけるだけではない、恐らくはあの魔法の真価。魔族であるからこそ気づけない、辿り着けない人類にとっての脅威だ。
先の村人たちの様子が答えだ。自分たちが支配されていることに気づけていない。アウラが村の一員であると思い込まされている。溶け込んでいる、擬態している。ある意味、魔族の行きつく果てだろう。魔族の子供が、その声真似で村に紛れ込むように。
違うのは、こいつは声真似ではなく、魔法によってそれを為しているということ。バレることはない。本当に最低で趣味が悪い。
「支配……? ふぅん……あんたにはそう見えたってわけ。笑い話ね。私の魔法を馬鹿にしないで頂戴。あいつらが勝手に騙されてるだけよ。そもそもそんなことして何の意味があるのよ」
そんな私の言葉を理解できなかったのか。それとも無意識だったのか。どこか他人事のようにアウラはそう吐露してくる。まるで正直に白状するかのように。だが確かな嫌悪が見て取れる。己の魔法を愚弄された魔法使いの憤り。だというのに、そこには何かあきらめのようなものが混じっている。下らないと卑下するような。そんな嘘をついても何の意味もないというのに。
「決まってる。そうすればお前は人間たちから襲われることはない。体のいい人質だね。おまけに安全に食事もできて、いくらでも隠蔽できる」
それが答えだ。魔族として無駄のない、人間を食料、家畜としてしか見ていない獣の発想。厄介なのは、それを成し遂げる魔法を、手段をこいつが身に着けてしまっていることか。このまま放っておけば、第二の魔王になりかねないほどの危険性を孕んだもの。それを
「────ふふっ」
まるで吹き出すように、鼻で笑いながら、アウラはその口元を吊り上げる。それがいつまで続いたのか。
「あは、あははは! そうね、その通りよ!」
もう我慢ができないかのように。堰を切ったようにアウラが笑い始める。心底おかしいと。今目の前に自分を殺しにきた相手がいることすら忘れてしまったように。元々魔族にしては感情を見せる奴だったが、そんな比ではない。まるで人間のように、アウラはただ嗤い続けている。
「何がおかしいの?」
「これが可笑しくなくて何が可笑しいのよ? まさか
傑作だと言わんばかりに、目に涙まで浮かべながらアウラはそう私を煽ってくる。それによって思わず、こちらの思考が乱されてしまう。驚いた。こんなこと、一体いつ振りなのか。それほどまでに、その言動は私を刺激してくる。
そう、これは魔族の典型的な手口だ。なのにそれが恐ろしく手馴れている。まるで人間そのもの。一体どれだけ人間を観察すれば、こんな言動ができるのか。
「それでぇ? 村人たちはどうしたわけ? 私に操られているから皆殺しにしたのかしら?」
「……お前たちと一緒にするな。私は人間を殺したりしない」
ひとしきり笑って満足したのか。今度は違う角度で私を刺激してくる。それもまた、私にとって不快だと思えるような言動。普通の魔族なら、ただそれを確認するためだけ。だが違う。間違いない。こいつは狙ってそれをしているのだ。信じられない。こいつはそんな奴ではなかったはずだ。
「前は不死の軍勢を派手に吹き飛ばしてたじゃない。人でなしの薄情者ね。ああ、ごめんなさい。あんたはエルフだったわね」
極めつけがこれだ。あり得ない。こいつは理解しているのだ。人間たちが、かつてヒンメルたちが不死の軍勢を相手に全力を出せなかった理由を。私もまた気づくことができなった、人間の
(こいつ、一体……?)
そんなアウラを前にして、一度呼吸を置く。分かっている。自分が未熟だということは。油断と慢心。強い魔法使いにはすべからくそれがある。それを捨て、葬送に徹することが私の戦い方。それによって感じ取る。それは魔力だった。絶大であるが故に感じ取りにくい。熟練の魔法使いであっても見落としかねない、その波長。
「────そこまでだ。不死の軍勢はいないけど、仲間はいるみたいだね、アウラ」
杖を切っ先を突き付けながら制止する。それによってアウラは体を震わせ、同時に魔力の波を抑える。
それは魔力信号だった。魔法使い同士で離れた場所でも交信するための技術。あらかじめパターンを取り決めておけば様々な意思疎通が可能な、魔法使いの連携手段。魔族にとってはもっと原始的な物なのかもしれない。魔族は人間よりも遥かに魔力に敏感なのだから。それを欺くことがいかに困難ことかは私が誰よりも理解してる。
「ふぅん……流石は葬送のフリーレンってわけね」
「驚いたのは私も同じかな。まさか今までの全部が時間稼ぎだったなんてね」
嘘を見破られてしまったアウラは、不敵な笑みを浮かべているが焦りは隠しきれていない。だが平静を装っているのは私も同じだ。むしろ冷や汗を流してしまうほど。知らず私はこいつに騙されてしまっていたのだから。こいつが魔族だと分かっていながら、その言葉に気を、興味を惹かれてしまっていた。
かつて草むらの中から、助けてという言葉によって誘き寄せられた人間たちのように。致命的な油断。
「ようやく気付いたのね。なら命乞いもしてあげましょうか? 『ごめんなさい』『もうしません』『許してください』あんたたちの常套句よ? 私の天秤を前にすると、みんな面白いくらい同じことを口にするわ」
それを前にして、これ以上醜態を晒すわけにはいかない。その全てを無視する。こいつが助けを呼んだ魔族がやってくる前に。何故この村を根城にしていたのか。クヴァールをそのままにしていたのは何故なのか。聞きたいこと、確かめたいことは山のようにあるが、全ては些事だ。今はただ、
「やっぱり一番は『お母さん』かしら? 魔法の言葉よ。あんたたちはそれが大好きだものね」
耳障りな声真似をする、目の前の断頭台のアウラという“人類の敵”を葬り去る。ただそれだけ。
「やっぱりお前たち魔族は化け物だ。容赦なく殺せる」
「よく言うわ。化け物は
それが葬送と断頭台の再戦の始まり。だが葬送は気づけていない。断頭台にとってはそれは戦いですらない。本当の意味での命乞い。時間稼ぎであることを────