ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第四話 「贈り物」

(何でこんなところにフリーレンがいるのよ!? 何の冗談なの!?)

 

 

それはまさに悪夢だった。

 

何の変哲も変化もない。いつも通りの下らない日常は一瞬で終わりを告げた。それは再現だ。奇しくも今から十年前。場所も状況も酷似している。いや、その時よりも悪化している。最も恐れていた事態。

 

勇者一行の魔法使い。葬送のフリーレン。歴史上最も多くの魔族を葬ってきた魔法使い。それが突如、目の前に現れたのだから。

 

知らず私は油断してしまっていたのだろう。フリーレンは当分やってこないのだと。曰く、渡り鳥だったか。だが違ったのだ。渡り鳥は気紛れ。つまり五十年後にも、明日にもやってくる可能性があるということ。迷惑極まりない害獣でしかない。

 

加えて、致命的な枷が今の私にはあった。

 

『人間を食べてはならない』

『人間を傷つけてはならない』

『勇者から離れすぎてはいけない』

 

 

ヒンメルによって架されている服従の三原則。それによって私は人間、いや人類に抵抗することができない。あのエルフが人類かどうかは甚だ疑問だがそれはそれ。フリーレンが相手でなくとも、私は人類には手も足も出せない。逃げ出すこともできない、柵の中に閉じ込められた家畜同然なのだ。悪意がある人間に晒されればひとたまりもない。

 

だがそれから私を庇護していたのがヒンメルだ。私の魔法に倣うのなら、主人になるのか。何にせよ、ヒンメルがいることによって私は身の安全を保障されていた。そういう意味ではハイターやアイゼンもそうなのかもしれない。しかし、いつもこいつらがいるわけではない。不在になる場合もある。けれど、それも最近は大きな問題ではなくなっていた。

 

天秤という、勇者が趣味で名付けた私の二つ名によって。

 

十年というのは人間たちにとっては長い時間だったらしい。それによって人間たちは私が人類の味方だと騙され、襲われることもなくなった。加えてここには村人たちもいる。それを無視してまで自分に害を及ぼしてくる者などいない。そう、葬送のフリーレンという例外を除いては。

 

魔法を、暴力を封じられた私にできるのは言葉による命乞いだけ。ヒンメルたち勇者一行に続いて、とうとう最後の一人にまでそれをしなくてはならなくなるなんて。いや、あの老害を含めればもっとか。ともかく、目の前のエルフは最も騙すことが難しい相手。そもそも騙すことなどできはしない。こちらの話に耳を傾けないのだから。魔族のような奴。ヒンメルたち曰く、薄情者だったか。

 

 

(本当に魔族みたいなやつね……言葉が全く通じないなんて)

 

 

正直に話すという、魔族を知る相手であれば有効な手がこいつには通用しない。できるのは文字通り、言葉による命乞いという名の時間稼ぎだけ。できるだけこいつが興味を引くような話題を口にすることで。煽ることで。

 

 

(使えそうなのはこの特権ぐらいかしら……)

 

 

服従の天秤を封じられてしまっている私に残された唯一の対抗策は、エルフの老害から押し付けられた特権のみ。しかもそれが使えるかどうかも分からない。服従の枷、命令はその術者のイメージだ。今の私に限れば、ヒンメルのイメージか。エルフを捕まえる魔法が、相手を傷つけてはいけないという命令に抵触するのか否か。そもそも、その魔法を当てるための隙を生み出せなければ意味がない。

 

 

(あのエルフを騙すことができるかどうか……)

 

 

空の天秤で、葬送を騙すこと。千年魔族を騙し続けてきたこいつを騙すには、生半可な嘘では通用しない。魔族が絶対にしないこと。魔法を使っていると欺くこと。魔法を愚弄し、貶める最低な戦法。こいつと同じだ。それがこの十年で私が考えていた対抗策。だが、それはまだ不十分な物。明らかに準備不足。それでもそれに賭けるしかない。しかし、それすらも無駄に終わってしまった。

 

 

(本当にこいつは私の天敵だったってわけね……!)

 

 

服従から解放されてしまうことによって。皮肉でしかない。服従からの解放。それは私にとっては悲願だった。同時にそれを解除されてしまうという、魔法使いとしては許しがたい恥辱。それを差し引いても、歓喜して狂喜乱舞してもいい事態なのに、それによって私が最後の頼みの綱すら失ってしまった。本当にこいつは私の天敵なのだ。

 

できるのは人間のように祈ることだけ。まさかこんなことになるなんて。私に縋って利用しようとしてくる人間たちの気持ちが少しわかった気がした。これが神頼みという奴らしい。

 

だがその甲斐は、加護はあったらしい。どうやら女神よりは役に立つらしい。本当に、いい迷惑だ────

 

 

 

「────間一髪だったみたいだね、アウラ」

 

 

気づけば抱き抱えられていた。目と鼻の先には見飽きた勇者の顔がある。不敵な笑みを浮かべている、自意識過剰なヒンメルの姿。だがそれはやせ我慢、嘘だったのだろう。それが今の私には見抜ける。

 

抱きしめられているからこそ感じる鼓動。激しいそれが私にも伝わってくる。息が上がっているのを誤魔化している。格好つけているのだろう。全速力でここまでやってきたに違いない。本当に癪に障る奴。

 

 

「ええ、残念だったわね」

 

 

わざわざそんな嘘を暴く必要もない。久方ぶりに勇者らしいことができたのだ。それに浸らせてやればいい。本当に嘘が下手な奴だ。本当に私の身を案じていたのだろう。あとほんの一瞬でも遅ければ、この下らない主従関係も終わっていたというのに。それを利用しようとしていた私が言うのもなんだが、本当にお人好しなのだろう。

 

 

「リーニエはどうしたの?」

「置いてきたのさ。今のあの子じゃあ、ついてこれないからね」

「そう。どっちが化け物か分からないわね」

「照れるね」

「アイゼンの真似は止めなさい」

 

 

そんな私の反応がお気に召したのか。気持ち悪い笑みを浮かべているヒンメルに問いかけるも、その返事に呆れるしかない。どうやら私の命乞いはきちんとリーニエに伝わったらしい。きっとその瞬間、全速力で駆けてきたのだろう。いくら魔族のリーニエでも、化け物(こいつ)の全力に付いて行くことなどできはしない。いや、そんなことができる奴なんているわけがない。どっちが化け物なのか。その筆頭でもある筋肉馬鹿の真似をして格好をつけている勇者様。それに呆れるも

 

 

「ヒンメル……?」

 

 

まるで言葉を忘れてしまった魔物のように。さっきまでの感情を感じさせない冷徹な人でなしのエルフは目を丸くして呆然としている。まるでグラオザームの魔法にかかってしまったかのように。それもそうだろう。どこに魔族を颯爽と抱き抱えて助ける勇者がいるというのか。

 

 

「────久しぶりだね、フリーレン。君は変わらないね、昔のままだ」

 

 

その勇者、ヒンメルはそのまま微笑みながらそうフリーレンに告げる。子供のような目の輝きを見せながら。その声色もいつもと違う。まるで念願の獲物、ではなく憧れの人物に会えたかのように。きっとこいつの方が幻影魔法にかかってしまったように見える有様。無理もない。存在しない架空の存在だと私に勘違いされるほどに、この十年以上影も形も見せなかったのだから。

 

 

「…………いつまで見蕩れてるわけ? さっさと降ろしなさい。迷惑だわ」

 

 

だとしてもこれはやりすぎだ。まるで私がいることどころか、抱き抱えていることすら忘れているかのようにヒンメルはあのエルフに目を奪われている。隙だらけだ。私がその気になれば、何度命を落としていたか分からないほどの失態。それができない現状に苛立ちながらそのまま手でその胸を押し出す。

 

 

「ああ、すまない。つい……」

 

 

そこでようやく自分がどんな間抜け面を晒していたのか気づいたのか。慌てて私を解放するヒンメル。そこで振り落とすのではなく、しゃがみながらこちらを気遣う動作を見せるのだから癪に障る。きっと無意識なのだろう。人誑し云々と言われる所以。こいつの方が魔族寄りよっぽど嘘つきだろう。いや、もう一人いたか。魔族よりも魔族らしい嘘つきが。

 

 

「……たった十年でしょ。そういうヒンメルは変わったみたいだね。魔族(そいつ)を庇うなんてどういうつもり?」

 

 

前言撤回だ。こいつは嘘つきなだけではない。伝え聞いた以上の薄情者なのだろう。ヒンメルからすれば十年以上、魔族(わたし)で言えば数百年か。待ち望んだ大願が叶った瞬間。人間で言うなら感動の再会というやつのはずなのに、フリーレンは全く意に介していない。まるでつい最近会ったばかりだと言わんばかりの淡泊な反応。本当にこいつは人類なのか。それに振り回されてきたこっちからしても呆れてしまうほど。

 

もっとも、それだけではないようだが。その原因は私にもある。当然と言えば当然。端から見れば、勇者が魔族に騙されて従わされてしまっているように見えるのだから。これで実際には逆なのだから始末が悪い。さっきよりも鋭い目つきでフリーレンはこちらを射抜いてくる。私だけではない。仲間であるはずのヒンメルにも。

 

 

「……震えてるわよ。アイゼンの奴も顔負けね。まさか見捨てる気じゃないでしょうね?」

 

 

見ればその手が震えていた。どうやら感動の再会に震えている、というわけではないらしい。アイゼン顔負けの臆病っぷりだ。勇者一行というのは気持ち悪いぐらい似た者同士だ。人類最強の臆病者なら、きっと逃げ出す場面なのだろう。それを指摘するも

 

 

「まさか。これはワクワクしてるのさ。いつも言ってるだろう? 困難は大きければ大きいほどいい。拾ったからには責任を取らないとね」

「あっそう。せいぜい頼りにしてるわ」

 

 

大げさな大言を吐きながら、自信をのぞかせる勇者様。何度聞いても理解できないこだわりだ。どこに追い詰められて喜ぶ馬鹿がいるのか。それが嘘か本当かどうかも分からない。止めとばかりにいつかハイターが口にしていた妄言まで。何にせよ、私にできることはもう何もない。あとはヒンメルを利用……ではなく、頼りにするだけ。

 

知らず、その手に銀のフリージアを握りしめていた。どうやらずっとそうしていたらしい。本当に馬鹿みたいだ。

 

 

「どこから話したものかな……フリーレン。僕はね、アウラと友達になったんだ」

 

 

その後ろに身を置きながら、聞かされることになる。十年以上前。ここから始まった、愚かな魔族と愚かな勇者のごっこ遊びのお伽噺を────

 

 

 

 

「聞くに堪えないね」

「私もそう思うわ」

「こらこら君はどっちの味方なのかな?」

 

 

それが葬送のフリーレンの第一声だった。どこか吐き捨てるような、呆れかえるような態度と共に。その一点のみ、私も同意する。本当に聞くに堪えないものだった。人間の子供ですら騙せないような話。まだ魔王様が復活したと聞かされた方が信じられるだろう。

 

 

(ヒンメルも準備はしてたんでしょうけど……相手が悪かったわね)

 

 

目下、魔族を庇っている人類の勇者を横目で見つめる。庇っているはずの私からの裏切りに困惑しているのか。いや、あれは違う。自分だけずるいぞ、と恨めしがっている顔だ。以前の王都の謁見でも同じような顔をしていた。

 

そう。今の私たちはその時の状況に酷似している。私の身柄の安全を確保するために、王都に赴き、王たちに謁見した時と。

 

これは言わば裁判なのだ。私が被告で、ヒンメルは弁護人。ただ違うのは、裁判官がフリーレンであるということ。私にとってはこれ以上にない、最悪の相手だった。

 

その際の経験が生きているのだろう。それとも違う意味で緊張していたのか。王を前にした時以上の緊張感を見せながらこれまでの経緯を説明するヒンメルの言葉には、少なからず感心させられた。無駄のない、簡潔でありながら分かりやすい話の流れ。間違いない。これはあの生臭坊主の騙し方だ。きっと共謀していたに違いない。いつかやってくる渡り鳥を捕まえるために、いや命乞いのために準備していたのだろう。しかし

 

 

(やっぱりこいつ、ゼーリエの弟子なのね……厄介だわ)

 

 

相手が悪いと言わざるを得ない。脳裏に浮かぶのはかつて命乞いをする羽目になった同じエルフの魔法使い、ゼーリエ。本人は否定していたが、やはり師弟なのだろう。私を言葉を喋るだけの猛獣としか見ていない冷たい眼。どこか懐かしさを覚えるほど。

 

なら私はどうするべきか。決まっている。あの時と、いつもと同じ。ヒンメルを利用することで生き延びる。命乞いだ。

 

 

「本当に言葉が通じないのね。仲間を信じないなんて、それでも人類なわけ?」

「よく言うね。魔族のくせに。仲間なんて言葉、お前たちが理解できるわけがない」

 

 

タイミングを見計らって、そうフリーレンを刺激するも結果は同じ。仲間という、人類が大好きな言葉を目の前に垂らすも食いついてはこない。私の言葉ではなく、ヒンメルの言葉なら騙せると思ったのだが。よく勇者一行が言う、ヒンメルならそうしたという言葉。しかしそれすらもこいつには通用しない。

 

ヒンメルもそれは同じなのだろう。まるで言葉が通じない魔族を相手にしているかのように。いや、これはあの時と同じなのだ。私に服従させられているかもしれない恐怖によって、全く話ができなくなった王都の連中のように。私という存在が、服従の魔法という存在がある限り、それは成し得ない。

 

 

「……やっぱりまだ操られてるみたいだね、ヒンメル。私の魔法も不完全だったか」

 

 

フリーレンは静かにそう分析する。だがそれにこそ、私は恐怖する。畏怖する。当たり前だ。どこに自分の魔法を信じない魔法使いがいるのか。未熟な者ならまだ分かる。しかしこいつは勇者一行の、大魔法使いだ。私の、七崩賢の魔法すら解除するほどの天才。だというのに、こいつはそれを疑っている。魔族には理解できない思考回路。いや違う。それこそが、こいつの恐ろしさ。葬送のフリーレンなのだ。そして

 

 

「魔法……? 何の話だい?」

「解放の魔法だよ。アウラの服従の魔法(アゼリューゼ)を解除するためのね。それを使ったけど、失敗したみたいだね。手ごたえはあったんだけど、やっぱり魔族の魔法はとんでもないね」

 

 

それが分かっていても、私には口にできなかった事実だった。

 

 

「…………アウラ。君は」

「…………」

 

 

ようやくそのことに気づいたのだろう。目を丸くしながら、ヒンメルはこちらを見つめてくる。それに目を合わすことができない。失態だ。それに気づかれないように立ち回っていたのに。やはりこのエルフは私の天敵なのだ。ハイターやアイゼンどころではない。悉く私目論見を外してくる。本当に癪に障る奴だ。

 

服従させられている振りをして、隙を見て逃げ出すこと。

 

それが私の狙いだった。フリーレンの襲来によって降って湧いた、千載一遇のチャンス。それはヒンメルがそのことに気づいていないと察した瞬間から。魔力を感じ取れないからか。それともこの極限状態だからか。ヒンメルは私の服従が解除されていることに気づいてはいなかった。それを利用しない手はない。金輪際訪れないであろう好機。だが

 

 

「……心配しなくても逃げ出したりはしないわ。そもそもあんたたちから、二度も逃げられるわけないじゃない。服従させることもね」

 

 

それを前にして、私はそれを見送った。嘘をつかなかった。魔族の本能に従えば、あり得ないような選択を。それは間違いではない。事実、それを利用すればあの瞬間、ヒンメルの胸を貫いて殺すこともできただろう。

 

だがそれだけだ。そうなれば私はフリーレンに殺されるだけ。幼い魔族が犯すような間違いだ。この場で逃げ出すことも。今それをすれば、ヒンメルはどうするか。私の首を落とすのか。恐らくは五分五分だろう。そんなどちらに傾くか分からない天秤に自分の首を載せるほど私は愚かではない。加えてフリーレンにも狙われる。生き残ることなどできない。本末転倒だ。やるにせよ、それは今ではない。

 

 

「……何よ? 気持ち悪いわね」

「いいや。君らしいと思ってね」

 

 

何を勘違いしたのか。どこか嬉し気に気持ち悪い笑みを浮かべているヒンメル。本当に癪に障る奴だ。何も事態は好転していないというのに。どころか絶体絶命。だというのにその自信過剰はどこからくるのか。

 

ハイターがいれば、あの口八丁なら言い包めることができたかもしれない。アイゼンは……役に立たないに違いない。きっと震えているだけだ。そもそも二人とも逃げ出すかもしれない。こいつらは勇者一行なのだから。

 

 

「時間の無駄だ。どちらにせよ、そいつを生かしたままにはできない。話を聞くにしてもそれからだ」

 

 

その最後の一人が判決を告げる。そもそもこれは裁判ですらない。最初から結果が決まっていたのだから。女神の奴であってもそれは覆せないに違いない。

 

瞬間、魔力が肌に突き刺さる。その大きさは私には遠く及ばない。恐らく鍛錬したのは百年程度。十年前と大して変わっていない。いや。だからこそ恐ろしい。

 

 

(やっぱり信じられないわ……これが制限された魔力だって言うの……!?)

 

 

その魔力が制限された、欺かれたものだというのだから。そこには制限特有の揺らぎも何もない。自然体そのもの。事前に教えられていても、信じられない。そこまで完璧な擬態。これに比べれば私たちの声真似など子供の遊びだろう。

 

『あなたは慎重な、臆病な魔族です。ヒンメルに敗れてからずっと身を隠していたように。そんなあなたがフリーレンの力を知れば戦おうとはしないでしょうから』

 

いつかの生臭坊主の言葉が頭をよぎる。それは正しかったのだろう。こいつに限った話ではない。勇者一行とは戦ってはダメなのだ。逃げることこそが、身を隠すことこそが最適解。奇しくもかつての私は正しかったのだ。もっとも、逃げ切ることはできなかったのだが。逃げるという選択肢がない。

 

 

「……どうしてもダメなのかい、フリーレン?」

 

 

それを前にしても、未だに話し合いを続けようとしている愚かな勇者。その表情はどこか悲しげでもある。本当にこいつも諦めが悪い奴だ。杖を向けられているのに、剣を抜こうともしない。フリーレンを信じているのか。騙されているのか。

 

そうか。今私はこいつらを騙して、仲違いさせているのか。ある意味、服従の魔法の正しい使い方。私の魔法を使えば、人類を内部から崩壊させることができる。いつもと違うのは、今の私は図らずも、魔法を使わずに同じことをしているということ。先ほど、あのエルフが言っていたように。それが本当の意味で、人類を騙すということなのだろう。

 

知らず騙されてしまっているエルフの魔法使い。千年魔族を騙し続けたからこそ、自分が騙されていることに気づけない。魔族によって滅ぼされた故郷。その復讐、恨み。それがこいつの習性。勇者一行から聞かされたもの。だが

 

 

「……ヒンメルこそ忘れちゃったの。あの村でのことを。また同じことを繰り返すだけなのに」

「────」

 

 

フリーレンはそう明かしてくる。ヒンメルへの返答。操られているなら意味がないであろう言葉。それによって、ヒンメルは言葉を失ってしまう。まるで何かを思い出したかのように。いや、思い出させられたのか。

 

 

(……そう。やっぱりこいつも勇者一行ってわけね)

 

 

それによって確信する。こいつもまた勇者一行なのだと。その下らない理由にも心当たりがあった。

 

愚かな村人が、未熟な幼い魔族によって殺された。ただそれだけのありふれた話。

 

それがこいつらにとっては忘れられない失態なのだ。人間で言うなら確か、トラウマだったか。裁判や書物の中で出てくるもの。忘れられない恐怖や不安だったか。私にとってはこいつらがそうなのだが、人間にとってはそう単純なものではないらしい。事実、あの飄々としているハイターや、無関心そうなアイゼンですら、それに拘っているのだから。

 

償い。

 

それがこいつらの根底にある物。魔族には理解できない概念であり、無駄なもの。自分のせいではないのに、自分のせいだと勘違いして苦しんでいる。未だ理解することができない習性。それを繰り返さないために。ヒンメルに繰り返させないためにあのエルフは私を討伐せんとしている。例えそれによってヒンメルに恨まれようと。かつてハイターがそうしようとしたように。

 

 

「僕は……」

 

 

それを前にして、ヒンメルは一度目を閉じながらフリーレンに向かい合う。まるで懺悔する信徒のように。思い出すのは、かつて私も聞かされた懺悔。その時と同じものを口にしようとしているのか。それとも。だがそれよりも早く

 

 

招かれざる一匹の乱入者が、この場に姿を見せた。

 

 

「? 魔族の、子供……?」

 

 

それによって驚きを見せるフリーレン。当たり前だ。今まさに、過去に幼い魔族によって起こった出来事をこの場の誰もが思考していたのだから。そんな中、別の個体とはいえ幼い魔族が姿を見せるなんてできすぎている。

 

 

(リーニエ……? 何でこんなところに……)

 

 

それは私も同じだった。ヒンメルもそうだろう。いや、ヒンメルと私のそれは違う。そもそもまだリーニエがここにいたことの方が私にとっては驚きだったのだから。

 

何故ならリーニエはもう私に服従させられてはいない。自由なのだから。それが解かれたのなら、そのまま逃げ出しているだろうと思っていたのに。何故。いや、そうか。この子は私に従っているだけなのだ。服従の魔法だからではない。魔力の大きい方に従う魔族の本能によって。そんな単純なことを忘れてしまうほど、私も腑抜けてしまっていたのか。それともこの状況に動転していたのか。

 

ヒンメルもそれは同じなのだろう。どうしたものか、戸惑ってしまっている。当のリーニエはきょろきょろと辺りを見渡している。まるで人間の子供のように。フリーレンと私たちを交互に見比べている。それがいつまで続いたのか。

 

 

「……お母さん」

 

 

禁じていた魔法の言葉を口にしながら、リーニエはそのまま私に縋り付いてきた。それによって隣にいるヒンメルが息を飲んでいるのが分かる。私も少なからずそれに面食らう。リーニエの行動は魔族としては正しい。だがこの場においては間違っているのだ。どころか火に油を注ぎかねない。

 

 

「そう。やっぱりお前たちは化け物だ」

 

 

その氷のように冷たい瞳に、確かな火を灯しながらフリーレンはその杖を向ける。もう二度と同じ間違いは繰り返さない。数えきれないほどの魔族の命乞いを聞いてきた葬送の判決。だがそれすらも

 

 

「────『お父さん』」

 

 

例外の魔族は、もう一つの魔法の言葉によって覆した。

 

 

「え?」

 

 

それはどちらの声だったのか。分かるのは、私以外の声だったということだけ。人類と魔族の差。私とリーニエにはなくて、ヒンメルとフリーレンにはあったもの。それこそがきっと、悪意と呼ばれるものだったのだろう。

 

 

「────お母さん。お父さん」

 

 

ただ本能に従って、悪意のないまま例外の魔族は声を真似る。私とヒンメル。二人の手を握りながら。まるで人間の親子、家族を真似るように。かつてのアイゼンのところでの命乞いを超えるもの。この十年、人間の村で暮らし続けた中でリーニエが身につけた生きる残る術。この十年、勇者たちの庇護によって使うことがなくなっていたもの。

 

勇者の庇護を得るために。同時に、自らの命を脅かす外敵を騙すために。

 

 

「────」

 

 

それによってヒンメルはもちろん、あの葬送ですら一瞬、躊躇ってしまう。先の勇者が魔族である私を庇ったのを超える、理解できない光景によって。

 

 

「ようやく隙を見せたわね、フリーレン?」

「っ!?」

 

 

瞬間。刹那。隙が生まれる。騙されたことで、欺かれたことで。魔族が、魔力の偽装に嵌ってしまったように。

 

その魔法によってフリーレンはまるで服従が切れた不死の軍勢のように、その場に蹲ってしまう。身動きどころか、魔力すら出すことができていない。無様に命乞いする罪人のように、地面に這いつくばっている。いい気味だ。

 

 

「アウラ!?」

「騒がなくてもいいわ。これはあの老害から押し付けられた特権よ。フリーレンを捕まえる魔法ってところかしら?」

 

 

フリーレンに危害を加えたのかと焦ったのか。ヒンメルが慌てて私を制してくるが知ったことではない。さっきまで自分も危害を加えられかねなかったというのに。本当にこいつはお人好しなのだろう。いや、エルフに誑かされてしまっているのか。

 

 

「お前……」

 

 

変わらぬ殺気でこちらを睨みつけてくるフリーレン。どうやら言葉を話すことはできるらしい。いい機会だ。ここで命乞いをしてみればいい。少しは魔族の気持ちも分かるだろう。そんな中、クヴァールの肩に止まっていた鳥が羽ばたいていく。

 

ふと思い出す。ならちょうどいい。想像よりもずっと早くなったがいいだろう。

 

 

「喜びなさい、ヒンメル。少し早いけど、あんたへの誕生日プレゼントよ」

 

 

それが初めて、アウラからヒンメルに贈られた親愛の証だった────

 

 

 




作者です。予定よりも早くなってしまいましたが、最新話を投稿させていただきました。

これで予定していた番外編の四話の投稿が終わった形になります。なのでそれに関しての後書きを。

この協奏は以前説明したように、元々は新奏の後日談の導入となる部分でした。具体的にはリーニエがアウラとヒンメルをお母さん、お父さん扱いした瞬間に、悪夢が見れる壺を試していたフリーレンがうおーんという叫びと共に目覚める、といった形です。

続きを読んでみたい、と思ってもらえるような導入。それから先は読者の方の想像に任せる。というのをテーマに描いたのが今回の番外編になっています。なので導入にあたる四話は既に書き終えており、一応大まかなプロットはあるのですが、続けるかどうかは読者の方々の反応を見てからにしようと考えていました。

ですが、思ったよりも多くの読者の方が待って下さっていたこと、楽しんで下さっているのを見て、もう少し続けてみようかと思います。

投稿については不定期、と言っても以前と同じような形になるかと思いますが、楽しみにしてもらえると嬉しいです。それでは。
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