ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第二話 『嘘』

「何よ? 物騒な物を向けないで頂戴。もう私を殺す気? ヒンメルとの約束はどうなったわけ?」

 

 

僅かに振り返りながら流れるように嘘をつく。取り乱すことなく。繕うことなく。それが私、魔族の生き方。

 

それでも内心まではそうはいかない。それは生き物としての生存本能。それが警鐘を鳴らしている。ここを逃せば、乗り切らなければ命はない。いや、命はあるかもしれないが、その先がない。

 

 

「下らない誤魔化しはいらない。お前は今、私たちから逃げようとした。ただそれだけだ」

 

 

私の魔法から解放された生意気なエルフがそう突き付けてくる。杖だけではなく、言葉で。魔族としての私を断じてくる。偉そうに。人の心は分からないくせに、魔族の心は分かるらしい。とんだ人類もいたものだ。

 

 

「そうなの、アウラ様?」

「…………」

 

 

きょとんとした様子で、私の後についてきていたリーニエもそう尋ねてくる。本当なら私を庇うべきだろうに。嘘をつかない生き方そのままに。この子も私に騙されていたのだ。魔族は自分が騙されることに慣れていない。自分が騙す側だからこそ。

 

もう一度この子を騙そうとするも、言葉が出てこない。当然だ。魔族の言葉は人間を騙すためのもの。魔族を騙すなんて意味がない。そもそも私はこの子には嘘をつかない。そうだったはずなのに。

 

 

(失態ね……いつの間にこんなに嘘が下手になったのかしら?)

 

 

内心で溜息を吐きながら自嘲する。一体私は何をしているのか。ただ嘘をつくだけなのに。それが上手くできない。きっとこの十年、嘘をつかなくても生きていける環境にいたせいだろう。慣れというのは恐ろしい。たった十年で、それを忘れかけてしまうほどに。

 

フリーレンの言う通りだ。私は頃合いを見てから逃げるつもりだった。この状況を利用して。もう二度とないであろう、千載一遇の好機。利用しない手はない。フリーレンの襲来によって、ヒンメルも浮足立っている。平静さを保てていない。あとは簡単だ。私の処遇を後回しにさせて、できるだけ自然にこの場を離れること。

 

それができればあとは簡単だ。すぐに村を離れれば魔力でフリーレンに気づかれてしまう。一旦はリリーのところに行き、頃合いを見計らって魔力を隠匿し、脱出する。その瞬間、フリーレンには気づかれてしまうだろうが、それは運だ。それを少しでも上げるためにリーニエも利用する。同時にこの子も放てば、どちらが私か判別できない。確率は二分の一だが、生き延びる確率を上げられる。気にすることなどない。元々私はこの子をそのために拾ったのだから。

 

だが失態だった。その結果がこの有様だ。油断と驕り。いや、焦りだったのだろう。もしヒンメルだけであったなら、ここまで性急に事を進める必要はなかっただろう。葬送のフリーレンがこの場にいること。それが何よりも問題だった。私にはもうこの瞬間しかなかったのだから。それを逃せば、次がない。

 

それは気づいてしまったから。この十年、人間たちに隷属させられた中で身に着けたもの。主にハイターからだったか。シュラハトのような未来予知ではない。魔法ではない予測、経験だったか。それによって見えた、最悪の一歩手前の未来を避けるために。だがそれは失敗に終わってしまった。どうやら私の未来は変わらないらしい。

 

 

(そう……間違えたのね、私は)

 

 

何のことはない。私は選択を間違えてしまったのだ。魔族として。リーニエや、代わりの子供を差し出して勇者一行から逃げ出そうとしたという幼い魔族のように。経験が足りなかったのか。たった十年で、人間を理解したつもりになってしまっていた。こんな生き物、理解できるわけないというのに。

 

 

「どうしたの、命乞いでもしたらどう?」

「……したら許してくれるのかしら? そんな嘘に騙されるほど馬鹿じゃないわ。私は人間じゃないもの」

 

 

私にとっての死神が宣告してくる。まるで命乞いをすれば許してくれるかのように。笑い話だ。こいつはただ皮肉で言っているのだ。魔族らしくしてみろと。してほしかったのか。生憎そんな無駄なことをするほど私は馬鹿ではない。こいつを喜ばせるだけだ。命乞いなんて魔族は聞いたりしない。目の前のこいつもそうだ。こいつは数えきれないほどの命乞いをした魔族を葬ってきた葬送のフリーレンなのだから。

 

 

「思い出せた? これが魔族だよ、ヒンメル。騙されてからじゃ遅い」

 

 

私が自白したと判断したのだろう。一切の情も、躊躇いも見せることなく淡々とフリーレンは告げ口する。この場において、私を庇ってくれるであろう唯一の存在に。お前は騙されているのだと。いつの間にか裁判官が変わってしまっていた。いや、最初からそれは変わっていなかったのだ。十年前から。私の生殺与奪はあいつに握られていたのだから。

 

その顔が見えない。どんな表情をしているのか。そういえば、ずっと目を逸らしていた。無意識だったのか。笑い話だ。こんなに分かりやすい嘘をつくなんて。魔族失格だ。そのままただ、十年遅れた断頭台を受け入れんとするも

 

 

「────少し違うかな。僕は騙されてなんていないよ。最初から僕も、アウラが逃げようとしているのは分かっていたからね」

 

 

それはあっけなく、あっけらかんとした勇者の戯言によって覆されてしまった。

 

 

「あんた……」

 

 

知らず、そんなヒンメルに目を奪われてしまっていた。言葉が出ない。それはきっとフリーレンの奴も同じなのだろう。呆気に取られているのが感じられる。当たり前だ。どこに魔族に騙されているのが分かっていて、それを受け入れる奴がいるのか。魔族でなくても同じだ。騙されていながら、それを喜んでいるような奴は、お人好しですらない。

 

 

「十年一緒に暮らしてきた仲だからね。知ってて当然さ。君が魔族(嘘つき)だってことは」

 

 

こいつはただの馬鹿なのだ。それもそうだ。こいつは本気で魔族(わたし)と友達になろうとしている勇者なのだから。

 

思い出す。その時の格好をつけた、聞いていたこっちが恥ずかしくなるような、こいつの口説き文句を。

 

忘れてしまっていた。いや、信じていなかったのか。騙されているかもしれないと。

 

 

『────アウラ、僕と友達になってほしい』

 

 

それに体が震える。寒気にも、熱気にも似た感覚。鳥肌が立つほどに。

 

それは契約だった。いや、こいつに合わせるなら約束か。それが本当か嘘か。真実か、偽りか。それは今の私にも分からない。ならその時まで付き合ってやろうと思ったのだ。

 

途中で勇者が飽きるかもしれない。あきらめるかもしれない。途中で私が欺くかもしれない、逃げ出そうとするかもしれない。だがそれでいいと。

 

きっとそれが私とヒンメルの────

 

 

 

「────なら逃げられたらどうする気だったの? 魔力探知もできないのに」

 

 

気づけば話が進んでいた。知らず自分の世界に入り込んでしまっていたらしい。すぐさま意識を切り替える。どうやらフリーレンがヒンメルを問い詰めているようだ。それもそうだろう。フリーレンでなくとも、正気を疑われるような勇者の奇行だ。私ですら、こいつが操られているのではないかと疑ってしまうほどなのだから。それに

 

 

「簡単さ。そんなの気配で分かるだろう?」

 

 

さも当然のように、どうしてそんなことを聞くんだいと言わんばかりの非常識が飛び出してくる。きっとこれが、魔族の言葉が理解できない人間たちの気持ちに違いない。何一つ理解できない。

 

 

「…………そうだった。私の仲間は化け物しかいなかったんだった」

「僕なんてまだまださ。アイゼンなんて隠れた相手の息遣いどころか心拍音だって聞き分けるんだから」

 

 

どこか遠い目をしながら、絞り出すようにフリーレンは零している。心なしかその長い耳が下がっているのは気のせいではないだろう。こいつもきっと、ヒンメルたちの化け物っぷりに振り回されていたに違いない。自分も化け物だろうに。ここには化け物しかいない。化け物は自分が化け物だとは気づけないのだ。

 

そしてさらっと明かされるさらなる化け物っぷり。本当にあの筋肉馬鹿は人類、いや生き物なのか。

 

 

「これからも騙されるって分かってるのに、こいつを殺さないの?」

 

 

それに乱されながらも、フリーレンの葬送としての顔は揺らぐことはない。問われるのは、子供でも分かるような質問。考えるまでもないもの。言葉を話すだけの、人食いの化け物である私たちを前にして、致命的とも言える間違い。だというのに

 

 

「そう僕が決めたからね。僕のあきらめの悪さは知ってるだろう?」

 

 

だからこそ楽しい。そう言わんばかりの、子供のような間抜けな顔を晒している勇者様。ここ十年で何度見たか分からない。まさかここまで馬鹿だったとは。こいつに危機感はないのだろうか。見ているこっちが心配になってくる。

 

 

「……そうだったね。ヒンメルはそういう奴だった」

「それはどうも。操られていないって信じてもらえたかな」

 

 

きっとそれがフリーレン達にとっては日常茶飯事だったのだろう。ハイターやアイゼンもそうだったに違いない。たった十年しか経っていないのにそれを忘れてしまっていたフリーレンが薄情なのか。もう十年経っているのに変わっていないヒンメルが強情なのか。きっと両方だろう。

 

 

「……なら一つだけ条件がある。それが飲めるなら、私もこいつの命を見逃してやってもいい」

 

 

それに呆れたのか、それとも最初からこうなると予想していたのか。フリーレンの口から、譲歩とも取れる言葉が出てくる。魔族を見逃す、というこいつからすれば天地がひっくり返るような提案。だが驚きはなかった。あるのは苛立ちと嫌悪だけ。何故ならそれが何か、私は知っていたのだから。それは

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)でこいつを私に従わせること。それが命乞いの条件だ」

 

 

私にとっては耐えがたい、ヒンメルとの約束を反故にしてまで逃げ出さなくてはならないほどの、最悪の一歩手前の呪いだったのだから。

 

 

「……フリーレン。それは」

「当然だ。こいつらは人食いの化け物だ。人間以外も食べれるのに、それを止められない。ここで野放しにすればあの時の二の舞になる。枷を嵌めるのは絶対条件だ」

 

 

ヒンメルからフリーレンへの主従の鞍替え。それこそが私がもっとも恐れていた事態だった。

 

あの時、服従を解除され、ここまでやってくる道中で気づいた未来。私を見逃さずに、支配するにはどうするか。再びヒンメルを服従させることなど、こいつが許すはずがない。その最適解がこれだ。ハイター曰く、私の倍の魔力量を持つこいつなら、苦も無く私を服従させることができる。しかも自分の管理下に置ける。

 

淡々と、感情を見せることなくフリーレンはそれを詰めてくる。まるで罪人に刑を言い渡す裁判官のように。そこには一部の無駄も、余分もない。

 

それを否定することはできない。人間であるならば。

 

 

「…………」

「何を気にする必要があるの? 今までもそうしてたんだから」

 

 

勇者もその例外ではない。それは知っていたからだ。あの枷があったからこそ、私は人間社会で生きることが許されていた。飼い慣らされていた。それがない今の私が、どうして餌である人間たちと暮らすことができるというのか。逆に人間たちの方が家畜にされてしまうだろう。このエルフが見抜いたように。

 

それを気にする必要なんてないのに、ヒンメルは黙り込んでしまっている。本当に物好きな奴だ。家畜が今の生活をどう思っているかなんて、考える必要なんてないだろうに。そもそも魔族はそんなことは気にしない。ただ生き延びること。今を生きることが私たちの欲求なのだから。それでも

 

 

「────お断りよ」

 

 

それに逆らう言葉を口にする。選択を間違えるどころではない。リーニエですら理解できないであろう行動。本能だけではない。魔族としてでも、魔法使いとしてでもない。もっと違う、言葉にはできない私自身の衝動。

 

 

「お前には聞いていない」

「さっきも言ったはずよ。あんたに服従させられるぐらいなら死んだ方がマシよ。いつ自害させられるか分かったものじゃないもの」

 

 

それが答えだ。

 

服従させられるだけなら、耐えることができる。死ぬよりはマシだ。かつての私ならそう答えただろう。だが今は違う。こいつはヒンメルとは違う。気紛れに、いついかなる時に、自害を命じられるか分かったものではない。常に断頭台に首をかけられているようなもの。奴隷以下だ。そんな生活、耐えられるわけがない。何よりも

 

 

「それにあんたたちエルフは無駄に長生きだもの。結局死ぬまで服従させられるってことでしょ。封印された方がマシね」

 

 

こいつに服従させられるということは、すなわち死と同義なのだ。エルフの寿命は私たち魔族をはるかに上回る。あの老害は神話の頃から生きているのだったか。少なくともこいつはそれよりも若い。五百年で長寿とされる魔族の私が、こいつよりも長く生きれるはずもない。それはつまり、死ぬまで私は解放されることはなくなるのだ。どんなに長くても百年足らずのヒンメルとは文字通り桁が違う。なら、それは死んでいるも同然だ。それならまだ石にされて封印されているクヴァールの方がマシだろう。

 

 

「死んだ後まで人間を服従させて操ってた奴がよく言うね。殺されないだけありがたいと思うんだね」

 

 

それにもっともらしい人間の理屈で言い返してくるフリーレン。自分が不死の軍勢にされたわけでもないのに。お前には何の関係もないというのに。身内が私に操られて殺されたわけでもないのに偉そうなことを。そもそもどうして自分と関係のない別人のことばかり気にかけるのか。本当に人類の習性は愚かだ。こいつさえ来なければ、こんなことには────

 

 

「────そこまでだ。二人とも」

 

 

そんないつかの再現のような声によって我に返る。それはフリーレンも同じだったのか。一瞬驚きながらもヒンメルに目を奪われている。気づけばいつの間にかリーニエがヒンメルの後ろに隠れている。その方が安全だと判断したのだろう。私よりもよっぽど魔族として賢いのかもしれない。

 

 

「これは使うつもりはなかったんだけど……仕方ないかな」

 

 

まるで子供の喧嘩を仲裁するような気軽さで、それでも何かを思案するようにヒンメルはその懐から何かを取り出してくる。そういえば、ここに帰ってくるなり自分の部屋で何やらゴソゴソしていたが、それを探していたのか。

 

 

「何よ、それ?」

 

 

思わずそう声が漏れてしまう。それは腕輪だった。何の変哲もない、そこらの装飾店で売っていそうな。何の魔力も感じ取れない。今そんな物を見せびらかして何の意味があるのか。しかしそれは

 

 

「それは……まさか」

「流石はフリーレン。知ってたみたいだね」

 

 

どうやらフリーレンにとってはそうではないらしい。その腕輪に何か心当たりがあるのか。感情などないかのように無表情の顔が、分かりやすく変化している。それはつまり、あの葬送のフリーレンが驚くような代物であるということに他ならない。

 

 

「────これは支配の石環。神話の時代に賢者エーヴィヒが作り上げた、世界で唯一の魔族の心を操る魔道具さ」

 

 

勇者は騙る。それがその腕輪の正体であると。奇しくも、断頭台が持つ服従の魔法に等しい力を持つ、禁忌の魔道具。違うのは、操られるのが魔族か、人間か。その違いだけ。

 

アウラは知らない。それがあり得た未来で、同じ七崩賢であるマハトが架せられた腕輪と同じ名を冠するものであることを。勇者がそれを手にした意味を────

 

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