ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七話 「好きな場所」

「ここが僕の村だよ」

「ヒンメルのじゃないでしょ」

 

 

ようこそ、とばかりに腕を広げているヒンメルにそう突っ込むしかない。いつからここはヒンメルの村になったのか。しかもわざわざ村の入り口までやってきてからのやり取り。

 

 

「こういうことはちゃんとしないとね。その方が新しい村に来た時みたいにワクワクするだろう?」

「相変わらずだね。十年前に来たばかりなのに」

 

 

そういえばヒンメルはそういう奴だった。新しい村に到着する度に子供のようにはしゃいでみんなを困らせていた。それは変わっていないらしい。それもそうか。まだたった十年しか経っていないのだから。この村も十年前に来たばかりだというのに。

 

 

「あいつらを置いてきてよかったの?」

「誘ったんだけど断られてしまってね。何かお土産を買って帰らないと」

「……随分手馴れてるね」

「十年の付き合いだからね。そう考えると君と同じってことか」

「一緒にしないで」

 

 

どこか納得した様子で失礼なことを考えているヒンメル。私と魔族を一緒にするなんて。侮辱以外の何物でもない。その魔族たちはこの場にはいない。どうやらヒンメルは連れ出そうとしたようだが失敗したらしい。なのにどこか楽し気にしているのは何故なのか。その手慣れた対応からするに、きっと日常茶飯事なのだろう。一体この十年、この勇者は何をしていたのか。

 

 

「この村はリンゴが名物でね。君も食べただろう?」

「それであいつらの人間の代食をリンゴにしたってことか」

「その通り。手ごろで食べやすいのもあるかな。ああ、リーニエはそれとは関係なくリンゴが好きだったみたいだけど」

 

 

そんなこんなで歩きながらいつの間にか手に持っていたリンゴをこちらに見せながらヒンメルがそう説明してくる。そういえばリンゴをよく見かけたがそういうことか。人食いの代償行為。服従の魔法の活用法か。であれば手軽に口にできるリンゴはちょうど良かったのだろう。リーニエとかいう魔族はそのまま丸かじりしていたが。

 

 

「ちなみに僕の好物はルフオムレツなんだ。覚えてくれてたかな?」

「思い出すに決まってるよ。自分で今朝作ってたでしょ」

「そうだったね。じゃあ今度はメルクーアプリンでも作ってみようかな」

「…………」

 

 

そんな中、話題は何故か好物の話になってしまう。村の案内じゃなかったのか。きっと私が覚えているかどうかからかっているのだろう。しかもその答えをわざわざ自分で作っているという小賢しさ。分かってやっているに違いない。しかも私の好物を口にしている。嫌味な奴だ。それに呆れながら歩みを進めていると

 

 

「あれは……?」

 

 

そこには大きな台座のようなものが地面に置かれていた。それだけではない。土木工事に使うような道具も周りにある。何かを建てようとしているのか。しかしそれに既視感がある。そうだ。私はこれを知っている。見覚えがある。何故なら

 

 

「もうすぐ僕の銅像ができるんだよ。懐かしいだろう?」

 

 

たった十年の旅路の中で何度見る羽目になったか分からない。目の前の自意識過剰な勇者の趣味だったのだから。

 

 

「魔王を倒して十年なのに、まだ銅像を建てさせてるの?」

「こらこら人聞きが悪いよ。村の人たちが作りたいって言ってくれたんだよ」

「どうだか」

 

 

そんなもっともらしい言い訳をしているが、本当かどうか怪しいものだ。きっとヒンメルのことだ。知らない間に村人たちにそう働きかけていてもおかしくない。子供のような奴だからだ。村で討伐依頼をこなした後に、報酬として銅像を建ててもらうことなんてしょっちゅうだったのだから。だが

 

 

「実は本当はアウラの銅像も一緒に建てようとしたんだけど断られてしまってね。どうだい? 君も一緒に」

「お断りするよ。私にそんな趣味はないし。王都の銅像だけで十分だよ」

 

 

どうやらその悪趣味は悪化の一途をたどっていたらしい。勇者であるヒンメルならまだ分かる。それがあろうことか魔族の銅像を建てようとしていたのだから。笑い話にもならない。しかもそれを断られている。懲りずに私を代わりに誘ってくる始末。業腹だが、その一点だけはアウラと同じだろう。私にそんな趣味はない。数少ない例外は王都の勇者一行の銅像ぐらいか。

 

 

「そういえば王都には戻ってないの? ヒンメルの家はそっちでしょ」

「そうだけど、今はアウラ達がいるからね。今はこっちが主かな。何よりもこっちの家にはこだわりがあってね」

 

 

物はついでとばかりにそう尋ねるも、ヒンメルはまた明後日の方向に話を持って行ってしまう。きっと話したくて、聞いてほしくて仕方がなかったのだろう。今の家がどれだけお気に入りか。屋根の色がアウラの髪の色に合わせたものだとか。リーニエのために鍛錬場を庭に作っただとか。聞くに堪えない下らない自慢話ばかり。途中からはほとんど聞き流していたほど。私は一体何を聞かされているのか。

 

 

「君も一度王都に寄ってみたらどうだい。王様も会いたがっていたよ?」

「そういうヒンメルこそ行けばいいよ。また処刑されないようにね」

「心配ないよ。またされかけた後だからね。ハイターのおかげで命拾いしたよ」

 

 

それがようやく一段落したかと思えば、今度は王様への謁見の話。正直王都にはあまりいい思い出はない。旅立ちの時に王様から銅貨十枚しかもらえなかったこと。何よりヒンメルとアイゼンが王様にタメ口きいて処刑されかけたことがあったからだ。下手したらあそこで冒険が終わっていたかもしれない。下らない思い出。だというのにヒンメルはそれを更新していたらしい。一体何をやらかしたのか。聞く気も失せてしまう。何にせよ厄介ごとに巻き込まれるのは目に見えている、そう断ろうとするも

 

 

「ああそうだった。王都には君から預かった暗黒竜の角があるんだ。いらないって言うんなら」

「王都にも寄っておかないとね。王様にも挨拶しておこうかな」

 

 

心を入れ替えることにする。私はその点優秀だ。ヒンメルたちのように王様の不興を買うこともない。勇者一行の魔法使いとして威厳があるところを見せるのもたまには悪くないだろう。決して物に釣られているわけではない。これは約束を果たしに行くついでだからだ。決して忘れていたわけではない。

 

 

「よかった。タンスの中でずっと邪悪なオーラを放っていたからね」

「ごめんて」

 

 

どうやらヒンメルはそんな大層な物じゃない預かりものに苦労していたらしい。納屋にでも放り込んでおけばいいのに。人体には影響はないはずだが、できるだけ早く回収しに行くことにしよう。

 

 

「王都と言えば……少し前に魔法使いの催しがあってね。知ってたかい?」

「知ってるよ。でもちょっと間に合わなかったんだ」

 

 

そんな中、ちょうど私も知っている話題が出てくる。私としては苦い出来事でもある。ちょっと油断したせいで半年ほど遅れてしまっただけなのに。きっと珍しい魔導書や魔道具もあったはずなのに。どうやらヒンメルはそれに参加したらしい。うらやましい。私も呼んでくれれば良かったのに。

 

 

「そうか。それは残念だったね。そこで新しい魔法使いの管理団体ができたんだ。大陸魔法協会って言うんだけど」

「また変わったんだ。人間の管理団体って頻繁に入れ替わるからね。いちいちそんなのに入ってらんないよ」

「君らしいね。聖杖の証だったっけ。それを見せれば新しい資格もきっともらえると思うけど」

「……本当によく覚えてるね」

「それほどでも」

 

 

だが催し自体は私にとってはどうでもいいものだったらしい。人間の管理団体はころころ変わってしまうのだから。だから驚くのは別のこと。ヒンメルが私の魔法使いの証を覚えていたこと。本当に目ざとい奴だ。何気ない会話も全部覚えているのではないかと思ってしまうほど。そんな懸念は

 

 

「でも王都だけじゃなくて、魔法協会にも行ってみるといいよ。あそこの管理者は君の師匠のゼーリエだからね」

 

 

ヒンメルの口から、あいつの名前を聞かされることで現実となってしまった。

 

 

「ああ、ごめん。師の師だったかな」

「……私、ヒンメルにあいつのこと話したことあったっけ?」

「さあ、どうかな。たった十年前のことだからね」

「…………」

 

 

完全に藪蛇だった。全然覚えていないが、きっと私は口を滑らしたのだろう。あいつの話をするなんて私らしくない。酒でも入っていたのか。ヒンメルも分かって言っているに違いない。その証拠にどこか悪戯に成功したような笑みを浮かべている。おのれヒンメル。どうやり返してやろうか画策していると

 

 

「ヒンメル様に、フリーレン様? どうされたんですか、こんなところで」

 

 

不意にそんな男性の声が後ろからかけられる。振り返るとそこには若い男女の村人がいた。それに見覚えがある。十年前ではなく、つい数日前のこと。確か

 

 

「シュトロとリリーか。ちょうどよかった。今、フリーレンを村に案内しててね」

 

 

シュトロとリリー。ヒンメルとも旧知の仲なのだろう。ヒンメルはそのまま事情を説明しながら私を二人に紹介してくれる。こういうところはちゃんとしているのに、どうしてそれがずっとできないのか。もっとも私は二人とはもう出会っているので二度目になるのだが。

 

 

「そうですか。安心しました。来られてからずっと姿が見えなかったので、村ではヒンメル様がフリーレン様を連れ込んでいると」

「シュトロ?」

「い、いえ……失礼しました。改めて、シュトロです。フリーレン様。あの時はろくに自己紹介もできなかったので」

「? いいよ。あの時はそれどころじゃなかったし。ヒンメルも強引だったから。昨日もほとんど眠れなくて」

「……ヒンメル様?」

「ち、違うよ。フリーレンは魔導書が好きでね。ずっと書斎に引き籠ってたのさ」

 

 

どうやら私は心配されてしまっていたらしい。それもそうか。あんな出会いだったのだから。しかもそのまま私はヒンメルたちによって捕らえられ、連行されてそのまま家から一歩も出ていない。監禁されていると思われても仕方がない。ヒンメルが集めていた魔導書のせいで昨日もほとんど眠れず、それによって気を失ってしまっていた。何故か怒られてしまったほど。理不尽だ。どうしてみんな魔法使いとしての探求に理解を示してくれないのか。それはともかく

 

 

「リリーと言います。宜しくお願いします。私は引っ込み思案だったので、覚えてはおられないでしょうが」

「そうだね。十年前はまだ子供だったんでしょ」

 

 

女性、リリーが改めて挨拶をしてくるのでそれに応える。どうやら私は十年前にこの子にも会ったことがあったらしい。全然記憶にはないが。そんなリリーにどこか怯えているような態度を見せているシュトロとヒンメル。一体何なのか。

 

 

「そういえば姉さんは一緒じゃないんですか?」

「姉さん……? それって」

「アウラのことさ。二人とも小さい頃から一緒に暮らしていたからね。年上のお姉さんのようなものなのさ」

「そう。趣味が悪いね。お母さんと変わらないかな」

 

 

そんな中明かされる、怖気が走るような話。そういえば出会った時もそんなことを口走っていた。お姉さんか。お母さんと同じであいつにはこれ以上に似合わない呼び名だろう。声真似にすらならない。この二人は小さい頃からそう刷り込まれているようなものか。ごっこ遊びにしてもやりすぎだろう。

 

 

「それは姉さんには禁句ですよ、フリーレン様。何を隠そう、私も間違えてそう呼んでしまったことがありまして。しばらく口をきいてくれなかったことが」

「違うわよ、シュトロ。あれは貴方がリーニエにスカート捲りを教えたからでしょ」

「そうだったかな? 小さい頃のことは忘れっぽくていけない」

 

 

どうやら目の前のシュトロはあれからもずっとクソガキだったらしい。私だけではなく、アウラにもスカート捲りを仕掛けるぐらいには。魔族にそんなことをするなんて命知らずにもほどがある。だが

 

 

「とりあえず、またスカート捲りされないように気を付けるとしようかな」

「そ、そんなことは……!? もうそんな歳ではないですし、そんなことをしたらヒンメル様に殺されてしまいますから。アウラ様のを捲った時にもそれはもう大変なことに」

「シュトロ!? お前、余計なことを……!? ち、違うんだフリーレン、僕は」

「スカートなら誰でも良いんだね」

「二人とも、ふしだらですよ」

 

 

どうやらクソガキはもう一匹いたらしい。これで勇者だというのだから世も末だ。銅像なんてもってのほか。ぶっ殺してやると激昂していたヒンメルは後にも先にもあれだけだったが、どうやらそれも更新されていたらしい。スカートを捲れるなら魔族だろうが何でもいいのか。リリーの言う通り、ただのふしだらだろう。

 

 

「失礼しました。私たちはここで。ヒンメル様、姉さんは今どこに?」

「ア、アウラかい? 今は家で留守番をしてくれているけど……」

「そうですか。じゃあ私はそちらに。くれぐれも羽目を外しすぎないようにしてくださいね」

「……はい」

「?」

 

 

そんなしっちゃかめっちゃかになりながらも、その場を去っていくリリーとシュトロ。何となくだが、この村での力関係が分かった気がする。幼馴染らしいシュトロは分かるが、何故かヒンメルもリリーに頭が上がらないらしい。何やら言われて意気消沈している。若い女性に叱られているおっさんか。端から見れば情けないことこの上ない。

 

二人と別れた後、ヒンメルから改めて二人のことを教えてもらう。アウラのことを命乞いしたのがシュトロであること。花が好きなリリーがアウラに懐いていること。リーニエと二人は同い年であり、姉妹のようなものであること。シュトロは神父に憧れており、ハイターに師事していること。アイゼンがリーニエを娘のように可愛がっていることなど。聞くに堪えない、下らない話ばかり。

 

 

「文通なんてしてるんだ。みんな律儀だね」

「君が素っ気無さすぎるんだよ」

「悪かったね。薄情で」

 

 

どうやらハイターもアイゼンも元気にしているらしい。心配なんてしてはいなかったが。今は文通しているらしい。ヒンメルやハイターは分かるが、アイゼンは顔に似合わず律儀な奴だ。そしてやっぱり薄情扱いされる私。どうしてこうなるのか。まだたった十年だろうに。そんな感覚で文通なんてしていたらせわしくて仕方がない。

 

 

「でも心配いらないよ。もう二人には招待状を送ったからね」

「招待状……? 何のこと?」

「それはお楽しみかな」

 

 

どうやらヒンメルにとってはそうではないのだろう。まるで冒険している時のように、ワクワクしているのが丸わかりだ。それに巻き込まれるのが勇者一行の日常だった。それはどうやら魔王を倒しても終わらないらしい。いい気味だ。私だけなんて不公平だ。何を企んでいるのかは知らないが、あいつらも道連れにしてやらなければ。

 

 

そのまま私はヒンメルに連れ出される。十年前の旅路のように。賑やかな市場を。自分たちで耕したという畑を。建てたという建物を。仲良くなった村人たちを。

 

でも途中から気づいた。これは私を村に案内するためだけじゃない。これはアウラ達のことを私に伝えるため、教えるためのものだったのだと。気づいて当たり前だ。こんなにもことあるごとにあいつの話題を振ってくるのだから。いくら薄情な私でも、それぐらい気づく。

 

でもそれを指摘する気になれなかった。だって楽しそうだったから。その後ろ姿に目を奪われる。十年前のように、マントを羽織ってはいない。ただの村人のような出で立ち。なのに、それは間違いなくヒンメルだった。

 

ヒンメルはそこにいた。きっとずっとそうだったのだろう。十年前と同じように。笑って、怒って、泣いて、悲しんで、また笑って。でもそこに私はいなかった。知らなかった。たった十年なのに。

 

 

「どうしたフリーレン? 疲れたのかな?」

 

 

知らず足取りが重くなっていたのだろう。そんな私にすぐ気づいたのか。何でもないように、いつものように声をかけてくるヒンメル。それに

 

 

「私、ヒンメルのこと何も知らなかったんだね」

 

 

知らず、そんな言葉が出てきた。そんなことは分かっていた。

 

だって私は、ヒンメルのことは何も知らない。たった十年、一緒に旅しただけ。分かりっこない。

 

なのに、なんでそんな当たり前のことを気にしているのか。こんなのは

 

 

「そうか。君らしくないな。とてもいい」

 

 

私らしくない。そうヒンメルにも言われてしまう。まるで褒めるように。優しい笑みを浮かべながら。どうしてそんな顔をしているのか。私には分からないのに。

 

 

「心配ないよ。これからまた知ってもらえばいいからね。あれから新しく考案したこのイケメン」

「それはもういいかな。記憶の無駄遣いだ」

「ひどくない?」

 

 

でもそれは幻だったのか。いつものように下らないポーズを披露しようとするヒンメルを制止する。長命であるエルフであっても音を上げるであろう苦行だ。もう二度と御免だと思うぐらいには。やっぱりヒンメルは何も変わっていない。おっさんにはなったがそれだけだ。だがその時とは違う部分もあった。

 

それは腕輪だった。アウラとの問答の末にヒンメルが持ち出してきた曰く付きの物。支配の石環。それが腕に嵌められている。傍目から見ればただのアクセサリだろうが。それについても問い質さなければいけないと思っていたが、今はそうではなかった。それは

 

 

「思い出した。あの時もそうやって格好つけて渡してきたんだっけ」

 

 

かつての旅路での一幕。今みたいに、格好をつけながら装飾品を渡された記憶。

 

 

「何の話だい?」

「指輪だよ。討伐依頼で頑張ったからって。覚えてないの?」

 

 

今でも覚えている。珍しく二人きりで討伐依頼で頑張ったご褒美だと強引に市場に連れ出された思い出。魔法店の方が嬉しいと言ったのに、アクセサリー店で買い物をした。じゃあこれでいいやと適当に選んだ物が、花の意匠がされた指輪だった。でもヒンメルの反応が良くない。ヒンメルでも忘れることがあるのだろうか。

 

 

「……いいや。そんなこともあったね。まだ持ってくれているのかな」

 

 

ようやく思い出したのか。どこか懐かしむような顔をしながらそんなことを尋ねてくる。やっぱり忘れていたのか。私のことばかり言えないだろう。

 

 

「まあね。でも小さいから、いつも失くしそうになって困るんだよね。魔導書ならよかったのに」

 

 

それにしてやったと踏ん反り返りながらも、そう悪態をつく。今もそれは鞄の中にあるが、小さすぎて失くしてしまいそうで困りものだ。魔導書ならそんなこともなかったのに。

 

 

「────君らしいね。とてもいい」

 

 

そんな文句を言われているのに、さっきと同じような笑みを浮かべているヒンメル。何がそんなに嬉しいのか。もしかしたら怒られるのが嬉しいのかもしれない。

 

 

「さっきと言っていることが違うよ」

「気のせいさ」

 

 

私の指摘にヒンメルはそんないい加減なことを言いながら誤魔化してくる。本当にいい加減な奴だ。でもそれがヒンメルなのだろう。気づけば、足の重さがなくなっていた。きっと気のせいだったのだろう。

 

 

「最後にとっておきの場所に案内するよ。僕がここで一番好きな場所なんだ」

 

 

日も沈みかけた夕暮れ時。そう言いながらヒンメルに連れられて行く。村からは少し離れた場所に向かって。一日中、散々こっちを振り回してくれたのに、全く疲れが見られない。どころか足取りが早くなっている。それに仕方なく合わせながら進んでいく。それがいつまで続いたのか。ようやくヒンメルのとっておきの場所に辿り着く。

 

 

────そこには、一面に青い花が咲き乱れていた。

 

 

「────」

 

 

ただ息を飲んだ。いや、呼吸を忘れてしまったのかもしれない。それほどに、その花々は美しかった。どこか幻想的な、全てを包み込んでしまうような温かさを感じる、青い花びらが舞う光景。まるで花の湖の中にいるかのような感覚。

 

 

「僕の故郷の花でね、とても美しいだろう?」

 

 

その言葉に覚えがあった。その続きも。自分の方が美しいと豪語していた自信家の妄言。そして

 

 

「これが蒼月草さ。覚えてるかな? いつか君に見せてあげたいって」

 

 

蒼月草。それがこの花の名前。機会があれば、と答えたのを覚えている。約束とも言えないような口約束。それが目の前に叶っている。でもそれだけではない。何故なら目の前のそれは、私にとっても特別なものだったからだ。それは

 

 

『花畑を出す魔法』

 

 

師匠(せんせい)が一番好きだった、私も一番好きな魔法だった────

 

 

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