ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八話 『告白』

「綺麗だろう? まあ僕の美しさには敵わないんだけどね」

 

 

いつかと変わらない本音を告げながら、その光景を見渡す。いいや、やっぱり嘘かもしれない。何度見てもこの花の美しさは格別だ。夕焼けの光に照らされた蒼月草の花畑。僕がこの村で一番好きな場所。ここに案内することが、僕の一番の目的だったのだから。いつかの約束を守るために。

 

 

「────」

 

 

その相手はただその花畑に目を奪われている。僕の声も届いていないかのように。でも僕も人のことは言えないに違いない。何故なら、僕もまた目を奪われていたから。違うのは花ではなく、彼女の横顔だったこと。

 

本当に綺麗だ。十年ぶりに見るはずなのに、何度も見たことがあるはずなのに。その髪も、肌も、瞳も。十年前から、いいや、小さい頃、森で初めて出会った頃から変わっていない。もしかしたら、もう見ることができないかもしれないと思っていた。僕の憧れの、僕の好きな女性の貌。

 

 

「これは何……?」

 

 

いつまで見惚れていたのか。こちらに振り返ることなく、淡々とフリーレンはそう問いかけてくる。でもいつもと少し声色が違うのはきっと勘違いではないだろう。

 

 

「だから蒼月草さ。僕の故郷の花でね。リーニエがここに来てからすぐだったかな。アウラ達と一緒に見に行ったことがあるんだ。あの時は大変だったよ。まだリーニエも慣れてなくてね。何度見失いそうになったか。結局花よりもリンゴの方が喜んでたな」

 

 

なのでもう一度それを伝える。僕だけじゃなく、ハイターの故郷の花でもあるけど、フリーレンのことだ。忘れているかもしれない。あいつの悲しむ顔が目に浮かぶ。

 

そのまま思い出すのはかつてのアウラ達と一緒に故郷の村に里帰りした時の、下らなくも、楽しい旅の思い出。アウラは蒼月草を見せるための旅だと思っていたみたいだけど、それはただの言い訳だ。僕はアウラ達と一緒に旅をしたかっただけなのだから。道中はしっちゃかめっちゃかだったが。今ならもう少しマシになるだろうか。

 

 

「そんなことは聞いてないよ。これは花畑を出す魔法だ。使ったのは誰?」

 

 

そんな僕の自慢話はきっとフリーレンにはお気に召さなかったのだろう。ばっさりと切り捨てながら本題を突き付けてくる。相変わらず不器用な奴だ。でもきっと分かっていたのだろう。僕があえてそれを口にしなかった理由を。

 

『花畑を出す魔法』

 

それは僕が一番好きな魔法。目の前の彼女に見せてもらった、生まれて初めて魔法が綺麗だと思えた魔法。

 

彼女にとってもそれは特別な魔法だ。覚えている。それを僕たちに見せてくれた時の彼女を顔を。亡くなってしまった大切な人を思い出すから、使うのを避けていた魔法。その思い出を、思い出してもいいんだと教えてあげた記憶。

 

それが目の前の蒼月草の正体。自然に咲いたものではない、魔法で生み出されたもの。

 

フリーレンならすぐにそれに気づいたに違いない。彼女は勇者一行の魔法使い。最高の魔法使いなのだから。

 

だからこそ、フリーレンは黙り込んでいたのだ。戸惑っていたのだ。

 

 

「決まってるだろう? アウラさ」

 

 

この美しい、葬送の魔法使いに勝るとも劣らない、花畑を生み出したのが魔族であるアウラであることを認められなかったから。

 

 

「…………」

 

 

きっと最初から分かっていたのだろう。フリーレンはそのまま黙り込んでしまう。都合が悪くなると黙り込んでしまうのは昔のまま。でもそれがそのまま嘘をついていることの証だ。魔族はあんなに騙せるのに、それ以外のことはからっきし。

 

 

「信じられないかい? でも嘘じゃないよ。魔族は魔法では嘘をつけないからね」

 

 

そんな彼女に代わって、僕が答えることにする。それが僕のとっておき。この場所に彼女を連れてきて、この花畑を見せたのも。アウラの命乞いをするためだったのだから。

 

魔法はイメージだ。フリーレンから教えてもらった、魔法使いの理。そこに例外はない。だからこそ、これはこれ以上にない証明なのだ。

 

葬送の魔法使いである彼女には魔族の言葉は通じない。仲間である僕の声も。でも魔法は違う。魔法であれば、信じさせることができる。だって彼女は誰よりも知っているのだから。魔法はイメージであることを。魔族にとって魔法は誇りであることを。

 

魔族は魔法には嘘をつけない。言葉では通じないことでも、魔法でなら通じ合える。それが魔法使いというものだから。

 

 

「……本当に悪趣味だね。これもヒンメルが仕込んだの?」

「君は僕を何だと思ってるのかな? 確かによくお願いするけど、きっかけはリリーだよ。あの子がアウラに白い花を贈ったのがね。アウラからすれば覚えた魔法を試しに使っただけだったんだろうけど」

 

 

目の前の魔法がアウラの魔法だと認めるしかなかったからか。それとは違う方向で僕を攻め立ててくるフリーレン。失礼な。僕を何だと思っているのか。確かに魔導書でたくさんの魔法をアウラに覚えさせたのは僕の企みだったが、この魔法は別だ。僕にとっては特別な魔法なのだから。

 

 

「でも最初の頃はひどかったんだ。花の成長具合も範囲もめちゃくちゃだったからね」

 

 

だからきっかけはリリーだったのだろう。あの子がお礼にアウラに贈った、何でもない白い花。それがアウラを変えたのだ。シュトロの命乞いがアウラの命を繋いだように。それは今も続いている。

 

 

「本当は家の周りも花畑にしたいんだけど、中々許してくれなくてね。目下説得中なのさ。何か好きな魔導書でも贈ってみようかな」

 

 

それが今の自分の企みだ。家にもっと彩がほしい。アウラはこれ以上家を目立たせたくなくて中々許してくれないが。そんなことであきらめる僕ではない。言葉だけでダメなら、何か贈り物でもしてみようか。だがそんな僕を

 

 

「何を勘違いしてるの、ヒンメル? あいつは私じゃないよ」

『何を勘違いしているのか知らないけど……私はフリーレンじゃないわよ』

 

 

彼女と同じ言葉を、彼女とは違う声で、フリーレンは僕の心臓を鷲掴みにしてきた────

 

 

「────」

 

 

心臓が一際大きく跳ね上がったまま。時間が止まったように感じてしまう。それほどまでに、その言葉は僕の胸に突き刺さった。それまでの全てが嘘であったかのように。

 

でもそれはあの時とは違っていた。ただ驚いただけ。目の前にいるのはフリーレンだ。アウラじゃない。種族も、生まれも、生き方も、考えも。何もかも違う。同じなのは魔法使いであることぐらい。なのに、全く同じことを僕に伝えてくる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

そんな僕をどこか不思議そうに見つめてくるフリーレン。そう、彼女は気づいていないのだ。今の言葉が、僕にどんな意味を持つのかを。傷つけてしまうかもしれない言葉であることを。

 

そう、アウラとは違う。アウラは魔族だ。悪意がない。だからこそ、そう僕に伝えてきた。ただ事実として。僕を傷つける気なんて毛頭なかった。

 

でもフリーレンは違う。フリーレンは本当に、ただ気づいていないのだ。疎いのだ。情が薄いのだ。

 

フリーレンは感情や感性に乏しい。時に人によっては薄情だと、人の心がないと言われてしまうような言動を取ってしまう。そのせいで困難や行き違いが起こってしまう。エルフだからではない。彼女の性分。生き方。だからこそ

 

 

「────いいや。やっぱり君は変わらないね。昔のままだ」

 

 

僕はそれが尊いと思う。

 

だってその分、フリーレンは思い悩んでくれる。知ろうとしてくれる。それが嬉しいのだ。冒険と同じで、困難なほど楽しくなる。それがいい。

 

そう考えると、彼女たちは似た者同士なのかもしれない。前にも思ったが、やっぱりそうだ。決して口には出せないが、僕はきっとままならない女性に惹かれる質なのだろう。

 

 

「悪かったね。子供のままで」

「年寄り扱いよりはいいだろう?」

「あと二回だからね」

「ごめん」

 

 

だけどそんな僕でも怖いものがある。それが彼女の癇癪だ。うっかりその地雷を踏んでしまう。これ以上にない失態だ。千年の恋も冷めるだったか。生憎そのぐらいでどうにかなる僕ではないけど、千年以上生きている彼女の、あの三日三晩の癇癪の前にはそうも言っていられない。戦々恐々となるも

 

 

「……そういえばその腕輪、偽物なんでしょ」

 

 

わちゃわちゃしていた僕の腕に目がいったのか。それとも元々その話をする気だったのか。あっさりとフリーレンは僕の嘘を見抜いてくる。

 

 

「バレたか。流石だね」

「あいつは気づいてないみたいだけど。魔族は自分が騙されるのには慣れてないから」

「君が言うと説得力が違うね」

「…………」

 

 

元々騙し通せるとは思っていなかったが流石だろう。やっぱり僕は嘘をつくのは向いていないらしい。騙せるのは魔族ぐらいか。千年以上魔族を騙し続けている彼女がそう言うんだから間違いない。こっちの皮肉が通じたのか。見るからにフリーレンは不機嫌そうにしている。本当に分かりやすい奴だ。

 

 

「どうしてそこまであいつに拘るの? 情でも湧いたの?」

 

 

結局それが一番聞きたかった、確かめたかったことだったのだろうが、もう少しい言い方があるだろうに。本当に薄情な奴だ。

 

 

「情、か。君らしいね。そんな大層な物じゃない。楽しかったのさ。彼女と過ごすのがね。君たちと一緒かな」

 

 

だからそれに正直に答える。嘘偽りない、僕の本音。十年経っても変わらない、僕の生き方と性分。いつかアウラにも伝えたもの。それをフリーレンにも明かす。彼女にも伝わる言葉で。僕には魔法が使えないのだから。

 

 

「だから君にも見守ってほしいんだ。いいや、見定めてほしい。君ほど魔族に詳しい人はいないからね。責任は僕が取るから」

「……当然でしょ。拾ったのはヒンメルなんだから」

 

 

そんなどこかの生臭坊主と同じようなことを言ってくるあたり、やはり仲間なのだろう。そういえばあいつはこうなるのが嫌で逃げ出すと豪語していたか。そうはいかない。親友なのだから。それは次の機会として、どうやら僕のお願いという名の命乞いは上手くいったらしい。本当に大変だった。いつかの王都での謁見が可愛く感じるほどに。

 

 

そのまま何とはなしに、花畑を二人で眺める。言葉はない。彼女が何を考えているのか。僕にも分からない。それでも落ち着ける。穏やかな時間。それにずっと浸っていたいと思ってしまうが、そうはいかない。僕にはまだしなくては、言わなくてはいけないことがあるのだから。

 

 

「…………フリーレン。君にお願いがあるんだ」

 

 

一度大きく息を飲み、意を決しながらそう告げる。知らず体が震えている。声まで震えてしまいそうなほど。こんな風になるなんていつ以来だろうか。まるでそう、あの時のようだ。

 

 

「まだ何かあるの?」

 

 

素っ気なく、いつものように見つめ返してくる彼女の表情。それがいつかの時に重なる。

 

きっと彼女は知らないのだろう。十年前の旅立ちの日。彼女がいる森に、僕が仲間に誘いに訪れた時の気持ちを。僕の手を取れと、自信満々に伸ばしたその手が本当は震えていたのを。あの時の僕がどれだけ勇気を振り絞っていたのかを。

 

それと同じぐらい怖い。アイゼンのことは言えない。言葉が出てこない。決まってる。怖いからだ。僕だけじゃない。彼女を傷つけることになるかもしれないからこそ。僕らしくないことをしようとしている。

 

十年前。別れ、旅立っていく彼女にかけることができなかった言葉。後悔。だって彼女に旅立つきっかけを与えたのは他ならぬ僕なんだから。そんな僕が、旅立とうとする彼女を引き留めることなんてできない。それでいいと、自分に嘘をついた。

 

でも、今は違う。だから、僕も変わらなくてはいけない。魔族である彼女がそうであるように。教えてもらったのだから。

 

 

『馬鹿な連中ね。そんなことしないで言葉で伝えればいいじゃない』

 

 

魔族の彼女でも知っている。そんな当たり前のことを。そんな友達の言葉に勇気をもらいながら。

 

 

「…………フリーレン。もし君が良ければ、しばらくこの村で暮らさないかい?」

 

 

あの時には言えなかった言葉を、僕は彼女に伝えることができた。鏡蓮華の指輪を嵌めた時とは違う。贈り物ではない、花言葉でもない。自分の言葉で。そんな僕の一世一代の告白は

 

 

「? 何言ってるの? 最初からそのつもりだけど」

 

 

何言ってるんだこいつ、と言わんばかりに薄情な返事によって台無しにされてしまった。

 

 

「…………え?」

「ヒンメルが言ったんでしょ。死ぬまであいつの面倒を見るって。半世紀(エーラ)流星を見る約束もあるし。ちょうどいいよ。あとたった四十年ぽっちでしょ」

 

 

淡々と告げてくるフリーレンの言葉が頭に中々入ってこない。こんなあっさり返されるようなものだったのか。

 

いや、違う。そうか。そもそも僕は勘違いしていたのだ。気づけていなかったのだ。ようやく全てが理解できた。あの時のアウラの言葉の意味を。あれはそう

 

 

『………そう。相変わらず無駄なことをしようとしてるのね』

 

 

嘘でも何でもない。言葉通りの意味。僕が無駄なことをしているのを呆れていただけだったのだ。

 

アウラは知っていたのだ。僕が告白しようがしまいが、もうフリーレンがここに留まることを。僕が自分のことになると周りが見えなくなることを。

 

 

「どうしたの?」

「……いいや。本当にアウラは君を捕まえる魔法を使ってくれたんだなって」

 

 

そう、彼女(アウラ)はやっぱり魔法使いだったのだ。生ける魔導書にもらった、エルフを捕まえる魔法を使えるからではない。魔法を使わなくても、フリーレンを捕まえることができるのだから。僕には決してできない、伝説級の魔法だろう。

 

 

「悪かったね。魔族に捕まるような未熟者で」

 

 

それを言葉通りの意味に捉えて、不貞腐れてしまう渡り鳥。たった四十年ぽっち、か。本当にフリーレンらしい。彼女にとってはきっと、ちょっと止まり木で寄り道するぐらいの感覚なのだろう。でもそれでかまわない。

 

 

「────そうか。ならもうしばらく一緒にいられるね、フリーレン」

 

 

それはきっと叶うはずのなかった、魔族の友達からの、僕にとってはかけがえのない贈り物なのだから────

 

 

 

日も暮れ、すっかり暗くなってしまった中、フリーレンと二人で家路につく。あの後、下らない話をして遅くなってしまった。柄にもなく浮足立ってしまったのかもしれない。何とかそれを抑え込む。家に帰ったらアウラに伝えなくてはいけない。教えてもらったことが上手くできたこと。そのお礼を。アウラからすればどうでもいいことかもしれないけれど。そう思いながら意気揚々と我が家に入ろうとするも

 

 

「……鍵がかかってる。もう寝ちゃったのかな」

 

 

その玄関のドアが開かない。家に明かりは点いているのに。遅くなってしまったからか。この時間ならリーニエはもう眠っているだろう。それを起こしてしまわないように、静かに鍵を取り出し、解錠せんとするも

 

 

「……あれ? 鍵が開かない?」

 

 

手応えがない。まるで何もない場所に鍵を差し込んでいるかのように。何度回しても鍵が開くことはない。ドアノブを動かしてもそれは同じ。ビクともしない。うんともすんとも言わない。それに戸惑っていると

 

 

「これは魔法だよ、ヒンメル」

 

 

それを他人事のように眺めていたフリーレンが教えてくれる。魔法使いとしての答え。同時に

 

 

「……命懸けで宝物庫の扉を閉じる魔法か。本当に人類の魔法を使ってるなんて。魔族の面汚しだね」

 

 

変な汗が背中に滲んでくる。青ざめてしまう。それは察したから。目の前の状況がまさに絶体絶命であることを。同時に因果応報、自業自得という言葉が脳裏に浮かんでは消えていく。走馬灯のように。

 

 

「まさか籠城するのに使うなんて。魔族らしくない発想だね。解除するのは私でも難しいね。入るなら家を壊すしかないかな」

 

 

そう冷静に分析しているフリーレンの声が、他人事のように聞こえる。やっぱりそうだ。これは自分がアウラに教えた魔法だ。

 

でもこんな使い方なんて教えていない。明らかな悪意を感じる方法だ。魔族である彼女がそれを理解しているのだとしたらすごいことだが、きっとこれは違う。いくら変わっていると言っても、彼女は魔族だ。ならこれは、それを知る人間の入れ知恵。そんなことができるのは

 

 

「どうするヒンメル? 命令すれば解除させられるけど」

 

 

そんな僕の絶望を知る由もないフリーレンは無慈悲な選択を突き付けてくる。まるで悪意がない魔族のように。我が家を物理的に壊して中に入るか、フリーレンにアウラを命令させて魔法を解除するか。

 

既にリーニエによって傷だらけになっていても、自分で自分の家を壊すなんてできない。フリーレンに命令させるのもだ。ついさっき、理不尽な命令はしないように約束したばかりなのに。どちらも選べない袋小路。

 

 

「────いや、僕が何とかするよ。僕たちには言葉があるからね」

 

 

だからできるのは言葉を使うこと。さっきと同じように。それが僕たち人類の知恵なのだから。問題なのは、この先に籠城しているのは彼女(魔族)だということ。言葉が通じないかもしれない。それでもやるしかない。

 

 

「そう。好きにすればいいよ。終わったら教えて」

 

 

自分にはもう関係ないと思ったのか。いつの間にか魔導書を手に持ったまま、フリーレンはそのまま座り込んで読書を始めてしまう。

 

 

「…………」

 

 

そのあまりの薄情さに、心が折れそうになる。千年の恋も何とやら。でも、しょうがない。これが僕の選んだ選択なのだ。

 

 

そのまま寒空の下。勇者ヒンメルは、一晩中、必死に魔族(アウラ)命乞い(言い訳)をする羽目になったのだった────

 

 

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