ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第二十四話 「追求」

「ただいま」

 

 

ここ一月、ここに滞在するようになってからこの言葉を口にするようになった。徐々にそれに慣れつつある自分がいる。扉を開け、そのまま家の中に。そこには机に向かい、何か書き物をしている白髪の老人の姿。だが油断はできない。失敗は許されない。

 

 

「おや、フリーレン。早かったですね。フェルンとはちゃんと会えました……か?」

 

 

いつかと同じようにこちらを見て呆気に取られているハイター。当たり前だろう。家の中にも関わらず私が杖を手にしているのだから。その先を向けてはいないが、その剣呑な空気は感じ取れているはず。実力行使も辞さない覚悟の証。

 

 

「穏やかではありませんね。どうしたんです? 魔物でも出ましたか?」

「そうだね。生臭坊主っていう魔物を退治しようと思って」

「それは大変ですね。私も探すのを手伝うとしましょう」

「大丈夫だよ。目の前にいるから」

 

 

飄々とした様子で誤魔化そうとするもそれは許さない。ある意味どんな魔物や魔族よりも厄介なのが目の前にいる生臭坊主なのだから。だが今回ばかりは誤魔化されるわけにはいかない。

 

 

「これは困りましたね。今度はどうやら解呪の魔法ではなさそうですし」

「それはハイター次第かな。全部フェルンから聞いたよ。これで分かるでしょ?」

 

 

止めとばかりにそう告げる。反論を許さない一手。これでもとぼけるようなら解呪ではない魔法を使わざるを得ない。体が痺れる魔法ぐらいは覚悟してもらう。そんな私の様子を見て察したのか、ハイターは降参とばかりに手を挙げて苦笑いを浮かべている。だが

 

 

「そうですか……やはりこうなりましたか。だから元居た場所に帰してきなさいと言ったのに……結局私が面倒を見ることになりましたね」

「……? 何の話?」

「いえ、ただの独り言です。それで、何を聞きたいのですか? やはりヒンメルとアウラがどういう生活をしていたかですか?」

「え?」

「え?」

 

 

ハイターの口から告げられた事実は、私の予想をはるかに上回っていた。激しい既視感。ついさっき、フェルンと同じようなやり取りをしたような気がする。やはり育ての親に似るものなのか。そして何より

 

 

「なにそれ……? ヒンメルとあいつが一緒に暮らしてたってこと?」

 

 

どういうことなのか。意味が分からない。どうしてそんなことになっているのか。しかもその言いようからして長い時間一緒だったかのよう。

 

 

「さて…………フリーレン、聞かなかったことにしませんか?」

「……いいけど、その代わり三日三晩泣き喚くよ」

「それは敵いませんね。私はともかくフェルンの教育上宜しくありません」

 

 

私の泣き喚き宣言によってハイターは本気で困っている。かつてあのヒンメルですら恐れおののいた技を思い出したのだろう。フェルンの教育云々については本当に申し訳ない。それ以前に既に泣きたいのを堪えているような有様。本当なら何もかも聞かなかったことにして不貞寝したいのだが今更そんなこともできない。

 

 

「さて……どこから話したものですかね。あれはそう、魔王を倒してあなたと別れてから一年ほど経った頃でしょうか。ヒンメルから手紙が届いたのですよ」

 

 

そんな私の姿に憐みを感じたのか、それとも。一度大きなため息をついた後、ハイターは語り始める。それはヒンメルの後日譚だった。クヴァールが封印された村でのアウラとの再会から始まる物語。かつてあきらめていた夢を思い出した魔王を倒した勇者とかつての七崩賢である断頭台。それが天秤に至るまでの物語。

 

 

「ふざけているの? そんなこと信じられるわけが……」

「ない、とは言い切れないでしょう? ヒンメルがすることですから」

「……そうだね。ヒンメルならやりかねない」

「はっはっはっ、懐かしいですね。私も手紙を読んだ時、今のあなたと同じように困惑したものです」

「嬉しそうだね、ハイター。さっきまでとは大違いだ」

「そんなことはありませんよ。ただあなたのそんな顔を見るのが久しぶりだったので」

 

 

苦虫を嚙み潰したような表情をしているであろう私をハイターは楽しそうに弄ってくる。本当にいい性格をしている。これで聖職者を名乗っているのだから世も末だ。そして聞かされた物語も。とても真実とは思えないような荒唐無稽なもの。でもそれを否定できない私がいる。そう、あのヒンメルならやりかねない。私だけではない。ヒンメルを知っている人間ならきっとみんなそう思うだろう。そう思わせるだけの何かがヒンメルにはあった。

 

 

「そう……でも、やっぱりこれはあり得ない。いくらヒンメルでもできることとできないことがある。フェルンから聞いたアウラは魔族の概念から逸脱しすぎている。ハイター、知ってる? フェルンはアウラのことをお母さんみたいだって思ってるんだ。これがどれだけ異常なことか分かるでしょ?」

「そうですか? アウラは確かにみんなからお母さんと呼ばれていましたが」

「ふざけないで」

「はい」

 

 

変わらずふざけているハイターを黙らせながらそう告げる。一月前にも言ったこと。いくらヒンメルにもできることとできないことがある。魔族をあんな風にするなんてヒンメルでもあり得ない。フェルンは戦災孤児だ。そのフェルンにそんな風に思わせるなんて、いくら魔族でもできるはずがない。声真似だけをする魔族には到底できない境地。人間と魔族の共存。魔王を倒すよりも遥かに困難なこと。

 

 

「そうですね……確かに彼女は魔族の中では異端です。いえ、異端になってしまったと言ったほうがいいでしょうか…………フリーレン、アウラは勇者ヒンメルの真似をしているのですよ」

「ヒンメルの真似……?」

「はい。正しくは『ヒンメルならそうする』であろう行動を模倣しているのです。もちろんそのままではなく、ヒンメルならするであろう行動を指針にしながら自分の行動を決めているのです。もっとも彼女は自覚していないようですが」

 

 

だがそんな私の疑問に、全く考えていなかった方向からハイターは答えを示してくる。あのアウラがヒンメルの真似をしている、という理解できないもの。ヒンメルならそうした。それはきっと私はもちろん、ハイターやアイゼンも常に考えていることだ。それをアウラも行っているというのか。

 

 

「何でそんなことをしてるの?」

「それこそ五十年ヒンメルと一緒に暮らした影響でしょう。その中で彼女が生きていく上でもっとも望ましい行動を続けていくうちに、きっとそれが当たり前になってしまったんでしょうね。動物的に言えば刷り込みに近いかもしれません」

「魔族が人間の声を真似をしているのと同じ理屈、か……ところで五十年って何?」

「失礼。私と一緒に聖都で暮らしていた時期もあるので五十年ではありませんね」

「全然答えになってないよ」

 

 

さらっと聞き流すことができない単語を聞いた気がするがハイターはなかったことにしている。それは置いておくとしてもそう考えれば納得はいく。フランメは言葉を話す魔物を魔族と定義づけた。奴らの本質は猛獣、動物に近い。意味を理解せずに刷り込まれた行動をとるのは理にかなっている。だがそれだけでは納得できない。

 

 

「話を続けましょう。当然ですが彼女の本質は魔族のままです。何度も確かめましたから。ですが彼女が他の魔族と決定的に違う点があります。それは彼女が人間を食べる必要がなかった点です」

「ヒンメルの命令で人間を食べれなかったってやつ?」

 

 

私の疑念を先読みしたように、ハイターはそう明かす。魔族の本質はそのままであっても、アウラが他の魔族と大きく異なる点を。それはある意味魔族の根幹をなす前提。それは人間を食べること。聞いた話通りだとすればアウラはそれをヒンメルによって封じられた。他ならぬアウラ自身の魔法によって。

 

 

「そうです。魔族が人間を欺くのはそれを捕食するため。ですがその必要がなくなるということはすなわち人間を欺く必要がなくなることを意味します。実際彼女は命乞いをすべき場面でそれをせず、本音で喋っていました。魔族の性質を知っている者にはそうした方が良いから、とは言っていましたがそれ以外の日常でも思ったことをそのまま喋っていることが多かったように思います」

 

 

そのおかげで色々苦労しましたが、と苦笑いをしているハイター。どうやらハイターもそれに振り回されたらしい。恐らくアウラだけではなくヒンメルにもだろう。聞かなくても分かる。しかし、ハイターの言うことが本当なら、アウラは魔族として異端中の異端と言えるだろう。

 

 

「嘘をつかない魔族……」

 

 

人を食べず、人を欺かない魔族。果たしてそれは魔族と言えるのか。もはや魔族を超えた何かなのではないか。

 

 

「もちろん全く嘘をつかないわけではないでしょう。私たち人間も嘘はつきますし。もう一つ理由を挙げるとするなら、彼女自身の資質、嗜好ですかね。フリーレン、あなたは今アウラが断頭台ではなく天秤の二つ名で呼ばれているのを知っていますか?」

「知らない。前も言ってたね。それに何の違いがあるの?」

 

 

天秤。以前も同じ言葉を聞いた気がする。恐らくアウラの二つ名なのだろうが断頭台と一体何が違うのか。

 

ハイターは再び語りだす。アウラが人間たちから断頭台ではなく、天秤と呼ばれるようになったきっかけを。それによって何がもたらされたかを。

 

 

「あいつが……魔族が人間の裁判を司るなんて、悪夢だね」

「はっはっはっ、彼女も同じことを言っていましたよ。ですが言葉とは裏腹にそれなりに楽しんではいたようです。服従の魔法(アゼリューゼ)という魔法も、彼女の内面、本質に影響されているからこそなんでしょう。女神様の教典や裁判に関連する書物を彼女は読み漁っていまして。そこらの神父顔負けの知識を持っていましたから」

 

 

魔族が人間を裁く地位に就く。一体何の冗談なのか。それもあの聖都で。悪夢でしかない。そしてその悪夢に加担したであろう生臭坊主。もしかしたらヒンメルもそうなのかもしれない。そしてまた頭に浮かび上がってくる人間の本を読書している断頭台のアウラの幻。あり得ない。家事をしているよりはマシ程度の差でしかない。

 

 

「それも彼女が魔族らしからぬ理由なのでしょう。知っての通り魔族には善悪の概念がありません。だからこそ書物の内容をそのまま善悪の物差しとして使っていたのではないのでしょうか。フリーレン、信じられないかもしれませんが聖都では女神様よりもアウラ自身を信仰している民もいたのです」

「女神様よりアウラを……?」

 

 

今日何度目になるか分からない驚愕。だがこれは本質が異なる。この世で最も信仰を集めている女神。そのお膝元でもある聖都の民の一部が女神よりもアウラを信仰しているという事実。知らず息を飲む。荒唐無稽だと馬鹿にできない何かがそこにはある。

 

 

「はい。魔族には、彼女には悪意がない。ですがそれは逆に言えば誰にでも公平、平等であることを意味します。それは裁判においては最も重要なこと、そして信仰の本質でもあります。加えて彼女は人ではない魔族であり、服従の魔法(アゼリューゼ)という人知を超えた力を持っている。そんな存在を目の前にすれば当然の流れでしょう。もっとも本人は鬱陶しがっていましたが」

 

 

悪意がない。罪悪感がない。善悪がない。魔族が魔族たる所以であり、人類に恐れられる理由。決して分かり合えない、理解し合えない壁。だがそれはいわば神に近しい意味合いを持つ。そういった存在に救いを求めてしまう。人間にとっては皮肉としか言えない現実。魔族だからこそ成り立つ在り方。

 

 

「ちなみに『天秤』の二つ名を考えたのはヒンメルで広めたのは私です」

「……相変わらずだね、二人とも」

 

 

そして明かされるどうでもいい事実。きっとヒンメルのことだ。ノリノリで二つ名を考えたに違いない。私も旅の途中で散々振り回された。魔族の連中につけられた今の二つ名に愛着なんてないが、ヒンメルにつけられかけた物に比べればマシだろう。そう考えれば天秤は幾分まともと言える。

 

だが、天秤のアウラ本人は別だ。理由はどうあれ、母を亡くした幼子に母性を感じさせ、女神を超えた信仰を集める存在。そして今は一国の主でもある。しかもそれに従っているのは服従の魔法(アゼリューゼ)によって作り出された死の軍勢ではない。それがいかに恐ろしいことか。もしアウラがその気になればその瞬間、人間社会は全て支配されてしまいかねない。それはまるで

 

 

「……今あなたが考えていることを当てましょうか。アウラが人類にとって第二の魔王になることを危惧している、違いますか?」

「……相変わらずだね、生臭坊主」

 

 

こちらの思考を先読みしたように声をかけてくるハイター。違う意味でハイターには気が抜けない。味方で本当に良かったと思うほどに。

 

 

「これでもあなたとは十年旅した仲ですから。その懸念は分かります。ですがフリーレン、さっきのフェルンの件ですが、アウラはここに来た当初はフェルンと極力関わらないようにしていたのですよ」

「そうなの?」

「ええ、フェルンに魔族に対して間違った認識を持たせるのを危惧したのでしょう。それがヒンメルならそうしたからなのか、彼女自身の考えだったのかは分かりません。ですがもう一人の魔族、リーニエがフェルンを非常に構ってくれまして。どうやら妹のように思ったらしく、自分をお姉ちゃんと呼ばせようとしていました。もっともフェルンはああいう子なので達成はできなかったようですが。それを見てアウラもあきらめたようです」

「そう……ところでそのリーニエって魔族はどんなやつなの? ヒンメルの一番弟子とか言ってるらしいけど本当なの?」

「そうですね……彼女に関しては私よりもアイゼンの方が詳しいので彼に聞いてみて下さい。きっと面白い話が聞けると思いますよ」

 

 

さらっとアイゼンにも飛び火させるハイター。きっと自分だけ巻き込まれるのが嫌だったのだろう。もしかしたら私をアイゼンのところに行かせる口実を作りたかったのかもしれないが。それはともかく、ハイターが何が言いたかったのかは理解できた。遠回しに過ぎるが、私も少しはハイターがどんな奴かは知っている。ようするに

 

 

「そう……結局ハイターはあいつのことを」

「はい。私もヒンメルと同じようにアウラのことを信じています。友人としてね」

 

 

ハイターはアウラのことを信じているのだ。ヒンメルが信じているからではなく、友人として。だから心配はいらないのだと。今の私には理解できない、何か。

 

 

「もっともあなたからすれば納得できるものではないでしょう。実際に自分の目で確かめない限りは」

「結局そこに戻ってくるわけか。最初からそのつもりだったんでしょ、ハイター?」

「さて、何のことですかな? いいではないですか。あなたもそうするつもりだったのでしょう?」

「……たった今行きたくなくなった」

「ははは、すぐものぐさになるのは変わりませんね、フリーレン。その方が彼女にとっても有難いかもしれませんが」

 

 

気づけば結局先日と同じ結論になっている。全てはこの生臭坊主の掌の上だったということか。その事実とこれからのことを考えて憂鬱になる。数十年は引きこもっていたいぐらいには。

 

 

「直接会うのが嫌なら、そうですね……ヒンメルたちが暮らしていた村を訪ねてみるのはどうでしょう? 私の話の真偽を確かめるのにちょうどいいかと」

「それってどこにあるの……?」

「賢老クヴァールが封印されている村です。そろそろ封印も解けてしまいそうですし、いい機会かもしれませんね」

「……謀ったな、ハイター」

 

 

深謀遠慮とはまさにこのことか。どうやら私には引きこもることすら許されないらしい。この生臭坊主を生きている間にあっと言わせたいのだが叶いそうにない。

 

 

「私から伝えられるのはこのぐらいでしょうか……ようするに全部ヒンメルのせいということです」

「ものすごく雑にまとめたね……まあその通りなんだけど……」

 

 

その結論に心から同意するしかない。そう、全部ヒンメルが悪い。でも分かってる。本当に悪いのは、だからこそ私はこんな風になっている。そのことがきっと。

 

 

「どうしました、フリーレン?」

「ハイター…………もう泣き喚いてもいい?」

 

 

正直もう限界だった。ここまで耐えれたのが奇跡に近い。

 

 

「……どうしても我慢できませんか?」

「うん」

「分かりました。今日から三日ほどフェルンと聖都に買い出しに出かけてきますので」

「ごめん」

 

 

いつも通り、優しく私を子供扱いしてくるハイター。それに甘えることにする。とりあえずフェルンの教育上と、私のなけなしの尊厳のために二人が出かけるまでは我慢しなくては。

 

 

それが一月前から続いた追求の終わり。その後、聖都シュトラール郊外の森では三日三晩、勇者ヒンメルでさえ恐れおののいたエルフの泣き声が響き渡ったのだった―――――

 

 

 

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