ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「懐柔」

「…………」

 

 

ただ居心地が悪かった。いつもなら魔導書を読んでいればどんなに騒がしくても周りのことなんて気にならなくなるのに。今は違う。後ろめたさでもなんでもない。ただ居心地が悪かった。ちょっと前まではここは私にとっては天国みたいな場所だったのに。どうしてこうなったのか。それは

 

 

「うーん……やっぱり見えないなぁ……」

 

 

百面相のように顔をころころ変えながら、うめき声を上げて私を凝視しているこの子のせいだった。

 

 

「何してるの……?」

 

 

ついに耐え切れなくなり、本を閉じながら相手をすることにする。本音を言えばそのままここに引き籠りたい衝動を我慢しながら。さっきまで散々この子の相手をして疲労してしまったからこそ。少なからず自分の過ちを突き付けられて堪えていたのだから。端的に言えば一人になりたかったのだが、この子は出ていくどころか、居座ってしまっている。何だというのか。もしや懐かれてしまったとでもいうのか。葬送の魔法使いであるこの私が。

 

 

「フリーレンの魔力の揺らぎを見ようとしてるんだけど見えなくって……ねえ、本当にフリーレンって魔力の制限してるの? 嘘じゃないの?」

 

 

本当に自分が魔族だと分かっているのかと心配になる言動を繰り返している。魔力の揺らぎ、か。そういえばそんなことをさっきも言っていたっけ。どうやら私の魔力の偽装を見抜こうと必死に目を凝らしていたらしい。結局見抜くことはできなかったようだが。当たり前だ。これは私にとっては切り札だ。千年以上を捧げた魔族を騙す嘘。それを易々と見抜かれては意味がない。なのに

 

 

「…………本当だよ」

 

 

それを私は魔族に明かしてしまう。きっと以前の私に言っても信じないであろう愚行。いくらこの子にはもうヒンメルたちがバラしているといっても、あり得ないこと。この子相手に嘘をついても意味がない。そう感じてしまうのは何故なのか。

 

 

「そうなんだ! やっぱりフリーレンってすごいんだ!」

 

 

本当に子供のように純粋な瞳と憧れを見せながら、興奮してしまっている。それもまた演技なのか。だとしたら村人たちが騙されてしまうのも無理もない。だが私は違う。いくらヒンメルの弟子だろうと魔族は魔族。馴れ合うつもりも、騙される気もない。

 

 

「……お前こそ、何も感じないの? 魔法を愚弄しているようなものなのに」

 

 

だからこそ、そう釘を刺す。魔族の弱点。愚かさを指摘する。魔力を偽ることは、魔族にとっては許すことができない侮辱だ。魔法使いの風上にも置けない愚行。嫌悪して当然のもの。だというのに

 

 

「うん。だってそれって普通のことでしょ? 私もしてるもん」

 

 

目の前の子にとっては、それすらも例外だった。いや逆か。日常なのか。それがあって当たり前の物になってしまっている。とても演技には見えない。いや、魔族には魔力には、魔法使いの誇りには嘘はつけない。

 

 

(……やっぱり気のせいじゃなかったのか。こいつも魔力を制限している)

 

 

だとするなら、この子は魔族としては異端なのだ。言葉では嘘をつかないくせに、魔力で嘘をついている。やはり見間違いではなかった。私の瞳に映るこの子の魔力が揺らいでいるのが。

 

 

「あ、そういえば聞きたかったんだ。どう、フリーレン? 私ちゃんと魔力の制限できてる? 会えたら聞いてみたいって思ってたんだ」

 

 

自分が観察されていることに気づいているのかいないのか。まるで子供が新しくできたことを見てみてと自慢するように、くるくるとその場で回りながらせがんでくる。もしかしたら、これが親の気持ちという奴なのかもしれない。人間の子供の振りだとしたら恐ろしいことこの上ない。

 

 

「……そうだね。熟練の魔法使いにはまだ通用しないだろうけど、よく隠せているよ」

「ほんと!? よかった! もっと頑張らなくちゃ」

 

 

そう自分に言い聞かせながら、嘘偽りない評価を下す。一般的な人間の魔法使いや、魔族であれば騙すことができるかもしれないが、熟練の魔法使いや二つ名持ち、大魔族にはまだ通用しないだろう。

 

だがそれは驚嘆に値する。何故ならこの子は生まれてからまだたった二十年ほど。なのにもう私で言えば百年以上鍛錬してようやく辿り着けた領域に至っている。魔族だからか。もしかしたら、生まれてからずっとそうしているからか。どんな異常なこともそれが続けばそれが日常になる。刷り込みに近いのかもしれない。ようするに

 

 

「どうしてそんなことをしているの? アウラの命令?」

「ううん。これはヒンメルに教えてもらったの。フリーレンの真似をさせたかったみたい」

「……本当に余計なことしかしないね。あいつは」

 

 

結局全てはヒンメルのせいだったのだ。本当にあいつはこの十年何をしていたのか。魔族に私の真似をさせるなんて。どんな嫌がらせなのか。きっと同じ魔法使いだから試してみたぐらいの気軽さだったに違いない。

 

 

「ヒンメルは私の師匠だから。私は一番弟子なの。本当は私のお父さんになりたかったみたいだけど、アイゼンに取られちゃったから」

「アイゼン……あいつも一枚噛んでるのか」

 

 

そして明かされる自称師匠を騙っていた勇者の情けない真実。なるほど。それで師匠なのか。苦肉の策だったのだろう。きっと羨ましかったに違いない。アイゼンにお父さんで勝てるわけないだろうに。その私たちのパーティのお父さん役もきっと悪い気はしていないに違いない。まったく、勇者一行が揃いも揃って魔族に騙されるなんてなにをやっているのか。ハイターに関しては聞くまでもない。きっと喜々として飴を与えているのだろう。私にしていたように。そう呆れるも

 

 

「じゃあ、フリーレンは私のお婆ちゃんだね」

 

 

そんな突然の悪意のない、魔法の言葉によって私の心は打ち砕かれてしまった

 

 

「おばあ、ちゃん……?」

 

 

魔族の声真似にも劣る無様。まるで息も絶え絶えに、そう反芻するしかない。言葉の意味が理解できない。

 

 

「どうしてそうなるの……?」

「だってフリーレン、千年以上生きてるんでしょ? ならお婆ちゃんでしょ? アウラ様の倍は長生きだし」

 

 

かすれる声で何とかそう尋ねるも、きょとんとした様子で返されてしまう。何がおかしいの、とばかりに。それを前にしてただ唖然とするしかない。ようやく理解した。悪意がない。その本当の恐ろしさ。同時にそれが私自身にも言えるのだと。せめてここまでではなかったのだと願いたい。本当なら年寄り扱いにカウントするべきなのだろうが、それすらできない。この子の前ではそんな気も起きない。

 

 

「……言ったでしょ。私はお姉さんだよ。百歩譲ってもお母さんかな」

「お母さんは駄目だよ? アウラ様が嫌いだから」

「…………そう」

 

 

なけなしの譲歩も、この子には全く通用しなかった。なんて無慈悲な。いや、そんなもの期待する方が変なのか。お母さんはどうやらこの子の前では禁句らしい。どうしたものか。せめてお婆ちゃんだけは勘弁してほしい。そんな必死さが通じたのか。

 

 

「ならどうやって呼べばいいのかなー……あ、じゃあフリーレン様って呼んだらいい? フリーレンは私の主人の主人だから」

 

 

様付けという新たな提案をしてくる。なるほど。盲点だった。魔力の多寡で主従が決まる、魔族らしい呼び方なのだろう。嘘をつくことができないこの子にもぴったりかもしれない。だが

 

 

「…………いや、それはいいかな。あいつと同じ呼び方されるなんてぞっとするしね」

 

 

やっぱりそれは断ることにする。それはもうあいつで埋まってしまっているのだろう。何よりもあいつと同じ呼び方をされるなんて怖気が走る。そもそも様付けされるなんて御免だ。ただでさえ勇者一行の魔法使い扱いされてそう呼ばれるのに。四六時中様付けされるなんて落ち着かないに違いない。

 

 

「じゃあフリーレンはフリーレンでいいんだね。あ、そういえば私はリーニエ。お前じゃないよ」

「……分かったよ。リーニエ」

 

 

結局呼び捨てになりながらも、自分の名前をアピールしてくるあたり、この子もちゃっかりしている。まあいいだろう。そろそろきっとヒンメルにもそう言われるだろうと思っていたのだから。

 

 

「フリーレンも私を頼りにしてね! 私も頼りにするから!」

「そうだね。せいぜい利用させてもらうよ」

「むぅ……」

 

 

頼りにするという、魔法の言葉を使ってくるリーニエに嘘をつかずに答える。本当に言葉というのは不思議だ。リーニエは私と互いに利用し合おうと言っているだけなのに、まるで信頼関係があるように感じてしまう。それに絆されないよう油断と慢心は厳禁だ。

 

それはそれとして、私としてはその方がやりやすい。魔族らしい、利用し合い、騙し合う関係。ごっこ遊びよりよっぽど分かりやすいだろう────

 

 

 

「そういえばずっと気になってたんだけど、その変な格好は何なの?」

「これ? いいでしょ? こるせっとどれすって言ってね。アウラ様とお揃いなんだよ!」

 

 

閑話休題。どうやらここから出ていく気がないのを悟ったので、仕方なく情報収集に移ることにする。魔族に倣うなら、リーニエを騙すためか。アウラが一緒じゃないのはある意味好機でもある。

 

そのとっかかりとしてリーニエの服装から。初めて会った時から気になってはいたが触れてはいなかった物。話のきっかけにでもと思ったのだが、どうやら違う意味で特別な物だったらしい。

 

 

「アウラの趣味ってことか……魔法だけじゃなくて、服の趣味も悪いなんてね」

 

 

改めてその服を観察する。コルセットドレスか。そういえばあいつは赤い装束のような物を着ていたか。あれも悪趣味だったが、こちらも負けず劣らずだ。趣味の悪さは魔法だけではなかったということか。だがそれは

 

 

「? 違うよ。これはヒンメルがアウラ様に着てもらうために贈ったものだよ」

「ヒンメルが……?」

 

 

根本から否定されてしまう。まさかの方向からによって。ヒンメルがここにいなくてよかったかもしれない。もしいたらきっと面倒なことになっていたに違いない。いや、むしろ聞かせてやればよかったか。最近調子に乗っているようだし、いい薬になったかもしれない。

 

 

「ヒンメルの奴、こんな趣味があったのか」

「アウラ様がこれを着た時、すっごく喜んでたの。でもアウラ様はそれから全然着なくなっちゃって……どうしてかな。こんなに可愛いのに」

 

 

たった十年の旅路では知り得なかった、知りたくもなかったヒンメルのことを新しく知ることになってしまった。本当に下らない。まだイケメンポーズ集の方が有意義だろう。家族ごっこではなく、着せ替えごっこをして喜んでいたのか。四十のおっさんのくせに。魔族に自分好みの格好をさせて。反吐が出る。

 

だがリーニエにとってはそうではないのだろう。魔族の美的感覚や趣向は分からないが。もしかしたら主人であるアウラの真似をしているのかもしれない。なので

 

 

「リーニエ。男っていうのはこういうのに弱いんだよ」

 

 

年上のおばあ、ではなくお姉さんとして教えてあげる。長命種の先達として。大人の女性として。男というのはみんな自分が好きな服があるものなのだ。確か勝負服だったか。これがそうなのだろう。師匠(せんせい)もそう言っていた。

 

 

「私も知ってるよ。男ってみんなスカート捲りが好きなんだよね。私もシュトロによくされたんだ。いい迷惑」

 

 

だがどうやらリーニエも覚えがあったらしい。もっともそれはまだまだお子様だったが。スカート捲りか。子供の遊びのようなものだ。師匠(せんせい)から教わった色仕掛けには遠く及ばないだろう。それはそれとして

 

 

「私もされたよ。とんだクソガキだね」

「フリーレンもそうだったんだ! シュトロの奴、リリーに言いつけてやらないと……あ、ヒンメルも好きなんだよ、スカート捲り。アウラ様がされたら、いつも喜んでたんだから」

「そう。ただのふしだらなクソガキだね、あいつも」

 

 

どうやら私たちは同じ被害者だったらしい。まさに女の敵だろう。勇者である分、ヒンメルの方が罪深いに違いない。酒飲みの聖職者とどっちが上かは分からないが。シュトロを殺してしまいそうなほど激昂していたのだから。クソガキが二人いることは変わらない。きっとリーニエにはそれが分からないのだろう。子供なのだから仕方ない。

 

 

「教えてあげる。大人っていうのはね、みんなふしだらなんだよ」

 

 

むふー、と胸を張りながら大人のお姉さんとして教えてあげることにする。クソガキだけではなく、大人はみんなふしだらなのだ。スカート捲りも投げキッスも。エッチすぎることも。師匠(せんせい)がそう言っていたのだから。だがそんな自慢は

 

 

「そうなんだ。じゃあフリーレンもふしだらなの?」

 

 

そんなリーニエの反射魔法(どうして)によって跳ね返ってきてしまった。

 

 

「……違うよ。私はエルフだからね」

 

 

それを何とか受け流す。誤魔化す。嘘ではない。私たちエルフは恋愛感情や生殖本能みたいなものが軒並み欠落している。緩やかに絶滅に向かってしまうほどに。だからふしだらではないのだ。子供だからではない。大人なのだ。

 

 

「ふーん、やっぱりフリーレンってすごいんだね。じゃあ、人間の大人を騙すにはふしだらなことをすればいいってこと?」

「そうなるかな。魔族の中にはそうやって人間を誑かして食べる奴もいるし。まあ、今のリーニエがスカート捲りしても通用しないだろうね」

「そっか、難しいなー」

 

 

どうやら上手く騙すことができたらしい。リーニエはそのまま妙な方向に頭を悩ませている。どうやったら人間を騙すことができるかを考えているのか。魔族らしい奴だ。そういう意味では色仕掛けは馬鹿にできない。事実、魔族の容姿は端麗であることが多い。その方が人間を騙しやすいからだ。そういう風に進化してきたのだろう。

 

もっとも今のリーニエがスカート捲りをしても騙せるのはシュトロぐらいだろうが。いや、間接的にリリーによって殺すことはできるかもしれない。

 

だが色仕掛けか。それも悪くないかもしれない。本当はあまりそういうことはしたくないけれど、アウラにいいように誑かされてしまっているヒンメルを正気に戻すには荒療治もやむなしか。

 

 

「そういえばどうしてリーニエはここにいるの? アウラ達と一緒に出かけたんじゃなかった?」

「うん。だけどリリーに言われたの。二人のでーとの邪魔しちゃ駄目だって。つまんない」

 

 

ちょうどいいとばかりに、最初から抱いていた疑問を今更問いかける。アウラの従者であり、いつもついて回っているリーニエがどうして家に残っているのか。その理由。どうやらリーニエだけではなく、私もいいように操られてしまっていたらしい。ようやく合点がいった。つまり私は罠にかかってしまっていたのだ。ミミックのような高度な罠に。アウラめ、やはり恐ろしい奴だ。

 

 

「デート……なるほど。恋人の振りってことか。本当に趣味が悪いね」

「こいびと? どうしてそうなるの? ヒンメル言ってたよ。男女で一緒に歩いたらそれはデートだって」

「それもそうか」

「でしょ? 二人は友達だよ。何でかみんな夫婦に間違えるけど。どうしてかなー?」

「みんな騙されてるんだろうね。目が節穴なんだから」

 

 

まったくもってみんな油断してしまっている。アウラの思う壺だろう。そう思わせることで自分の安全を確保しようとしている。ヒンメルもそれに巻き込まれているのだろうが、釘を刺しておかなくては。あのお人好しのことだ。絆されてしまってもおかしくない。パーティの魔法使いは常に氷のように冷静でなくてはいけない。まさに私の役目だろう。本当に世話が焼ける。

 

 

「あ、いけない!? 忘れてた! 私、余計なこと言わないようにアウラ様に言われてたんだった! どうしよう、アウラ様に怒られちゃう……」

 

 

今更そんなことに気づいたのか。自分が間諜のような真似をしてしまっていたことに思い至ったのか。目に見えておたおたし始めてしまうリーニエ。いや、勘違いか。こんな子を間諜になんてできるわけがない。むしろ逆だろう。アウラの奴もそれを折り込み済みに違いない。ようするに私への嫌がらせだ。

 

 

「怒られるのがそんなに怖いの?」

「うん……アウラ様、怒るとすっごく怖いんだよ? 前、アクセサリ失くした時には殺されるかと思ったんだから」

 

 

そうとは知らず、リーニエはお仕置きされるのを恐れて顔を青くしている。まるで親に折檻される子供のように。魔族の主従でもそれは成り立つのか。殺される云々は置いておくとしても

 

 

「大丈夫だよ。私はあいつの主人だからね。味方してあげる」

「ほんと? フリーレン大好き!」

 

 

これは私の立場を向上させる絶好の機会だろう。そう、さっきの間諜云々ではないが、この子は利用できる。奇しくもリーニエが言った通りだ。私達で言えば共存、いや共生だろうか。互いに互いを利用する。今の状況を打破するにはこの子を味方にするのが一番だろう。

 

そうとは知らず、まんまと私に利用されているのに喜んでいるリーニエ。本当に嘘をつかない、純粋な子だ。こっちが心配になるほどに。なので

 

 

「そうだ。一ついいことを教えてあげる。リーニエならすぐに覚えられるよ」

「いいこと?」

 

 

柄にもなく、一つ教えてあげることにしよう。師匠の振りをしているヒンメルのように。私らしくもない。弟子を取るなんて天地がひっくり返ってもないだろうに。まあいいか。教えるのは魔法ではない。でもこの子ならすぐに覚えることができるだろう。

 

 

「────とっておきだよ」

 

 

フリーレンはそれをリーニエに授ける。何の悪意もなく。魔族のように。自分がすっかり騙されていることに気づけずに。それが何をもたらすのか知らぬまま────

 

 

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