「乾杯!」
そんな掛け声とともに杯を合わせ、酒を飲み始める勇者一行たち。よっぽど酒に飢えていたのか。ハイターはもちろんだが、ヒンメルたちもあっという間に一杯目を飲み干してしまう。何故冒険者というのはこんなに酒が好きなのだろうか。ほとんど酔うことができない私には何が楽しいのか理解できない。分かっているのはこれから始まる宴が自分にとっては煩わしいものであるということだけ。
「やはり皆で飲む一杯は最高ですね」
「お前一人でも飲んでるだろ」
「だろうね」
「違いない」
「はて何のことですかな?」
思っていることは一緒だったのか。仲間であるはずの全員から突っ込まれている生臭坊主。それでも飄々と受け流しているのがこいつらしい。ようするに酒が飲めれば何でもいいのだ。
「あれだけ食べたくせに、よく飲めるわね」
「酒は百薬の長ですから」
「飲み過ぎれば毒だぞ」
思わず私もそう突っ込んでしまう。単純な話。宴の前に、私たちはアイゼンが作ったあの馬鹿でかいハンバーグを食べたはず。なのにそれがなかったかのようにハイターは飲み食いしている。見ているこっちが胸やけしそうだ。それに嘘ではない嘘をついてくるハイター。語るに落ちている。アイゼンの言葉が全てだ。
だが他の連中もハイターのことは言えないに違いない。ハイターほど飲んではいないにしても、酒盛りをしているのだから。ヒンメルたちについては見慣れているが、フリーレンもそうだ。その体躯は私とそう変わらないはずなのに、一体どうなっているのか。黙々と一定の間隔で、それでも確実に捕食している。やはりこいつは勇者一行なのだろう。その体のどこに入っているのか。胸が大きいわけでもないというのに。
「……何か言いたそうだね」
「気のせいでしょ」
そんな私の視線か、それとも気配を感じ取ったのか。冷たい視線を向けてくるフリーレンを受け流す。いつもなら言い返すところだが、今は少し事情が違う。何故なら
(こいつ……何か企んでるわね……)
目の前のエルフが、何かを企んでいるのが明らかだったから。
きっかけはこの宴だった。アイゼンの理解できない、いつもの贈り物を平らげた後、私はそのままその場を後にしようとした。リーニエを寝かしつけるためでもあったが、これ以上付き合いきれないというのが本音だった。どうせ宴に残ったとしても、こいつらの下らない昔話をずっと聞かされるだけ。私だけが知らない話を永遠に聞かされても面白くもなんともない。むしろ不愉快だ。
案の定ヒンメルたちは私を引き留めてきたが関係ない。予想外の来客で疲労もしている。そのまま無視してその場を去ろうとしたのだが、ふと気づいてしまった。それは違和感だった。あるはずなのになかったもの。
それはフリーレンからの悪態。いつもならきっと、さっさと私を追い払おうとするはずだろうに、それがなかった。気のせいかと思ったが、視線が合った瞬間、あいつは露骨に目を逸らしていた。まるで都合が悪いことが見つかってしまったリーニエのように。
その結果、私はここで予想通り、下らない話に巻き込まれてしまっている。観察するために。あのエルフの思惑に乗って。それが何を目的にしているのか見極めるために。
「そういえば何年か前にもこうして四人でお酒を飲みましたね……懐かしいものです」
「私はアウラじゃないよ」
「おっとそうでした。いけませんね、もう酔いが回ってきたのかもしれません」
「……どうした、ヒンメル?」
「いや……ちょっと古傷が……」
そうとは知らず、いつかと同じような下らないやり取りをしている勇者一行。本当に成長しない奴らだ。こいつらの中ではフリーレンと私が混同されているのか。侮辱でしかない。あえてそうしているのだから余計に質が悪い。
「余計なことを言うなら、その酒のアルコールを抜くわよ」
「それはご勘弁を」
思わずそう口を出してしまうほどには。ハイターに対するゾルトラークのようなもの。私にとってはこいつに対抗するための切り札だ。その効果は覿面。これで聖職者だというのだから、聖都の連中の目も節穴だろう。
「何の話?」
そして節穴なのがもう一人。ここ最近で何度聞いたか分からない、フリーレンの口癖のようなもの。事あるごとにそれを口にしている。本当に無知なのだろう。千年以上生きているくせに、何も知らないのか。誰かが言っていた、千歳児云々は嘘ではないのだろう。
「お酒からアルコールを抜く魔法のことさ。アウラがいつもそれを使ってハイターを戒めてくれてるんだよ」
「どちらが聖職者か分からんな」
「そう。いいように操られてるんだね」
「これはお恥ずかしい」
「ちなみにその魔導書はアイゼンの贈り物なんだ。流石だろう?」
「当然だ」
「ただの仲間割れじゃない」
そして明かされるどうでもいい情報。ハイターにとっては仲間に売られたようなものだ。本当にこいつらは仲間なのか。今回もヒンメルによって罠に嵌められたようなものだというのに。魔力で従っている魔族の方がよっぽど統制が取れているだろう。
「魔導書でいいように利用されるなんてね。大魔族が聞いて呆れるね」
「そっくりそのままお返しするわよ、大魔法使いさん」
その極めつけが目の前の愚かなエルフだ。一体こいつは何様のつもりなのか。もしや鏡の自分に向かって話しかけているのか。こんな奴が人類最高の魔法使いの称号を持っているなんて、何かの間違いに違いない。
「まあまあ二人ともいいじゃないか。似た者同士ということで」
「殺すわよ」
「泣き喚くよ」
「すみませんでした」
仲裁のつもりだったのか。さらに火に油を注いでくるヒンメル。エルフと魔族の区別もつかなくなっているのはもうあきらめているが、私とこいつを一緒くたにするなんて万死に値する。服従させられていなければ断頭台に送ってやるところだ。フリーレンにとってはそれは癇癪だったのか。勇者は縮こまるしかない。余計なことを言わなければいいだけなのに、何故こいつは学べないのか。
「はっはっはっ、尻に敷かれていますね、ヒンメル。ですが懐かしいですね。前は確か……そう、髪を乾かす魔法を献上して飲酒を許してもらいましたっけ」
そんな中、話題を変えたかったのか、一応ヒンメルを助けようとしたのか。ハイターはそんな昔話を持ち出してくる。しかしそれは悪手だった。少なくとも私にとっては。何故なら
「髪を乾かす魔法……!?」
それは、フリーレンにとっては聞き逃すことができない、最大級のミミックに匹敵する餌だったのだから。
それを耳にした瞬間、明らかに目の色を変えているフリーレン。同時にその憎たらしい視線が私に向けられてくる。物欲しそうな、それでいてこちらを非難するような眼差し。
「……チッ」
それに思わず舌打ちを漏らしてしまう。何故ならその伝説級の魔導書の存在は、私が隠しておいていた切り札だったのだから。もし何かあった時の最大の命乞いであり、脅しでもある。それをこんな形で漏らされてしまうなんて。おのれハイターめ。余計なことを。
「……舌打ちしたぞ」
「怖いだろう、アイゼン?」
気づけばそんな私に本気で怯えている臆病者たち。私を何だと思っているのか。思わずそれにも舌打ちしそうになってしまう。本当に癪に障る奴らだ。
「これは失礼。ところでアウラ、そろそろ聖都に戻ってきませんか。貴方に裁いてもらいたいという嘆願が絶えないのですよ」
このままでは風向きが悪いと察したのか。強引に私に関係する話題を振ってくるあたり、こいつは油断ならない。気づけばこいつの思惑通りになってしまっていることなど日常茶飯事なのだから。いつかこいつを貶めてやらなければ。
「それって、こいつが聖都で裁判官の真似事をしてるってやつ?」
「そうさ。聖都でも評判でね。君も一度見てみるといいよ。格好良いから」
「拝まれてもいたな。アウラ様だとな」
「ただの見世物だね」
そんなことを考えている間に、人のことを好き勝手に言っているヒンメルたち。自分たちも一枚噛んでいるくせに白々しいことを。ようするに私を馬鹿にしてるのだ。フリーレンの言葉を認めるわけではないが、見世物というのは言い得て妙なのだろう。ただのごっこ遊びでしかない。何よりも
「うるさいわよ。そもそもそんな命乞い、一々聞くだけ無駄じゃない」
「というと?」
「決まってるわ。私に裁かれたいってことは、そいつは冤罪、無罪ってことよ。逆に嫌がる奴は有罪。子供でも分かることよ」
ハイターからの要請もまた無駄でしかない。私が直接出向かなくても、それだけで分かることだ。私の魔法の前では嘘はつけない。そこに例外はない。なら私に従いたがっている連中は冤罪だということ。その逆も然り。人間の子供でも分かるような単純なことだ。
「なるほど。それは気づかなかったな」
「流石はアウラだね。僕も鼻が高いよ」
だが本当に気づけなかったのだろう。ヒンメルとアイゼンはどこか感心している。やはりこいつらは脳みそが筋肉でできているに違いない。
「ですが残念です。せっかく貴方を借りることができると思っていたのですが。その方が今の貴方にとっては都合が良いかと」
きっと最初からそれが分かっているだろうに、知らない振りをして私を誘い出そうとしていたハイター。しかしその狙いは他にもあったらしい。その視線が私とフリーレンを交互に行き来している。なるほど。そういうことか。どっちに転んでもこいつにとっては得になる。まさに生臭坊主だろう。なら
「……そうね。それも悪くないわ。私がいない方が気兼ねなくそのエルフと盛れるものね、ヒンメル?」
それを私も利用させてもらうことにする。ヒンメルとフリーレン。この二人を翻弄するために。甚振るために。リリーに教わったことの応用でもある。実家に帰らせてもらうとか何とか。私の家はここなので、家出のようなものか。それをちらつかせれば、ヒンメルを動揺させることができる。今よりもずっと操りやすくなるだろう。
「っ!? アウラ、僕はそんなことは」
その効果は覿面だったのか。目に見えて狼狽しているヒンメル。やはりこの手段は魔法よりも遥かに人間には効くのだろう。だが
「私はハイターじゃないからね。そんなにお酒は飲まないよ」
残念ながら、それは勇者一行のエルフ様には全く効果がなかったらしい。そう、こいつはただの無知なのだ。下手すればリーニエよりも遥かに。言葉が通じない魔族を体現したような奴。
「……本当にこいつはエルフなのね」
「困ったものです」
「前途多難だな」
「流石はフリーレンだね」
「何のこと?」
知らぬのは当人ばかり。きっとそうやってずっと甘やかされてきたのだろう。指摘する気も起きない。そんな義理もない。私はお母さんではないのだから。
「何はともあれ、安心しましたよ、フリーレン。こうしてまた一緒にお酒を飲めるとは。女神様の思し召しでしょうね」
「大袈裟だね。たった十年でしょ」
「それもそうだね。僕もまだまだイケメンだからね」
「無理は良くないぞ、ヒンメル。それでフリーレン。お前はこれからどうする気だ?」
閑話休題。再び酒盛りをしながら、話題は渡り鳥の帰還についてに戻っていく。聞けば聞くほど、こいつがここに立ち寄ったのは奇跡のようなものだったのだろう。ハイターとアイゼンがこいつを偽物扱いするのも頷ける。女神云々も馬鹿にはできない。よっぽど嬉しかったのだろう。それとも酒の酔いが回っているのか。こいつらがいつもよりも饒舌になっているのが分かる。酒に酔えない私には分からない感覚。そんな中
「そうだね、ここに残るよ。また
フリーレンもまた、そんな当たり前のことを漏らしている。それもそうだろう。たまたま立ち寄ったからよかったものの、本当ならこいつらは死んでいてもおかしくなかったのだから。ゼーリエ曰く、エルフの子供でも分かるようなこと。
「これは手痛いですね。ですが私たちも気が気ではなかったのですよ。当たり前のように五十年後の約束をしてくるんですから」
「そうだったね。流石の僕も笑ってしまったよ」
「俺は呆れたぞ」
「…………」
それに三者三様の反応を示しているヒンメルたち。流石のヒンメルたちも、当時のフリーレンの奇行には面食らったらしい。
だがそれに私は反応を抑える。それは気づいたから。最初から警戒していた、この宴自体の違和感。それに通じる物。
「────」
それに一拍遅れる形で、ヒンメルたちも言葉を失う。まるで犯してはいけない間違いを、失態を晒してしまったかのように。さっきまでの、お酒の酔いも吹っ飛んでしまったかのように、赤かった顔が青ざめている。
そこでようやくヒンメルたちは気づく。フリーレンのエルフ特有の白い肌が、赤く染まっていないことに。ヒンメルたちは気づくのが遅すぎたのだ。
「じゃあ始めようか。お前の得意な裁判ごっこをね」
この宴そのものが、