「やっぱりみんな分かってたんだね」
たった一匹のエルフの言葉が、その場を支配する。その視線はまるで魔族を見るような、どこか恨みを感じさせるようなもの。
ただ違うのは、その視線が──
「どうして教えてくれなかったの?」
ここに来てから幾度も聞かされてきた、このエルフの口癖。無知を晒すものだ。人間の子供でももっとマシだろう。
「……他意はありませんよ。ただ湿っぽい話になるのは避けたかったのです」
「そうだよ、フリーレン。僕たちは決して君を騙そうとしたわけじゃ」
「言い方が悪いぞ、ヒンメル」
「君も震えてるよ、アイゼン」
そんなフリーレンの言葉──いや、追及によって見るからにしどろもどろになっているヒンメルたち。情けないことこの上ない。まともに嘘もつけていない有様。ヒンメルは仕方ないにしても、他の二人も似たり寄ったり。よっぽど先ほどのフリーレンの罠が堪えたのだろう。
(ようするに騙された仕返しってことね)
事は単純だ。騙されていたエルフが、他の連中を騙し返した。ただそれだけ。ヒンメルたちは騙している気はなかったのだろうが、結果は同じだ。嘘をついていたのは変わらないのだから。甘やかしていた、とも言える。どっちも自業自得だろう。とっとと言わなかったのが悪い。そのツケが回ってきただけ。
この宴そのものが、あのエルフの狡猾な罠だったのだから。やはりこいつは嘘つきなのだ。下手をすれば、私たち魔族よりもずっと。だが
「見るに堪えないわぁ。とんだ裁判もあったものね」
裁判ごっこにしては、お粗末すぎる。こんなもの、ただの八つ当たりに過ぎない。公平性も何もあったものではない。一方的な糾弾でしかない。やはりこいつはエルフなのだろう。人類の習性すら理解できていないに違いない。そう漏らすも
「少し違うかな。これはヒンメルたちを裁くためだけじゃない。私を裁いてもらうためでもある」
フリーレンは全く動じることなく、淡々と理解できないことを口にしてきた。
「はぁ? 何でそんな意味の分からないこと……」
それに思わず首を傾げてしまう。当たり前だ。どこに進んで自分を裁いてもらう奴がいるのか。服従の天秤を、自分から傾けるような愚かな行為。やはり理解できない。私が魔族だからではない。生き物として破綻している。混乱する私をよそに
「……なるほど。ようやく飲み込めました。ならこれは裁判ではなく、さながら懺悔と言ったところでしょうか」
その答えを、これみよがしに胡散臭い司教様が示してくれる。さっきまで内心狼狽していた癖に。生臭坊主め。だがその言葉に、私は心当たりがあった。
「懺悔……? それってあの無駄な行為のこと?」
それは私自身も、何度も聞かされたことがある人間の理解できない習慣だった。愚かな人間たちが、勝手に自分のことを話して、勝手に満足して去っていく。迷惑極まりない行為。
聞かされる内容も下らない物ばかり。決まって救ってほしいだの許してほしいだの、勝手なことばかり。
なのにそれを指摘すると、逆に喜ぶ奴もいる始末。悪意のない私は、恐らく人間にとっては不快なことを口にしているはずなのに、それを有難がっている。本当に気持ち悪い奴らだ。
「そんなことはありませんよ。事実、貴方に懺悔を聞いてもらって多くの信者が救われているのですから」
「私は何もしてないわ。あれなら壁にでも話していた方がマシでしょうね」
そんなことで救われるなら、女神なんて必要ないだろう。そもそも私も必要ない。動物相手に話しているのと大差ないのだから。なら壁でも家畜でも好きに相手を選べばいい。
「ようするにあんたは裁判と懺悔の違いも分かってなかったってことね。まあいいわ。好きにしなさい。私はもう寝るわ」
そのまま席を立つ。裁判だろうが懺悔だろうが勝手にすればいい。それに巻き込まれるなんて真っ平御免だ。万が一にもないだろうが、このエルフの懺悔なんて聞かされた日には退屈で死んでしまいかねない。それはこいつも同じだろう。だというのに
「それにはまだ早いかな。お前にはここに残ってもらうよ」
「何でよ? 私には何の関係もないわ。あんたの懺悔なんて聞いても耳障りなだけよ」
「お前にじゃないよ。それにもう私はさっきみんなに謝ったからね」
その冷たい視線を向けたまま、フリーレンは私にここに残れと命じてくる。意味が分からない。こいつは何を考えているのか。私を嫌っているくせに、何故わざわざ巻き込もうとする。
「……そういうことか。急に謝ってきたから何事かと思ったよ」
「俺もだ。言葉足らずなのは相変わらずだな」
「全くです」
「聞こえてるよ。三人とも」
しまいにはもう謝っているのだと明かしてくる始末。そういえばそんな言葉を発していたか。それは他の連中も同じだったのか。こそこそと内緒話をしているが丸聞こえだ。大の大人が揃いも揃って見苦しいことこの上ない。勇者一行が聞いて呆れる。
「……それで? 結局私に何をさせたいのよ?」
内心舌打ちし、雑に椅子に座り直しながらそうお伺いを立てる。まどろっこしいことを。さっさと命令すればいいだろうに。どうして人間というのはこう遠回しなのか。いや、こいつはただ言葉足らずなだけか。言葉を上手く使えていないのだろう。
「簡単なことだ。お前はここにいるだけでいい。そうすればヒンメルたちは嘘をつけないからね」
そのエルフが告げてくる。知らない奴が聞けば、理解できない命令を。その命令が理解できてしまう自分。そういうことか。ようするに
「ヒンメルたちはお人好しだからね。人でなしのお前がいるぐらいがちょうどいいんだよ」
こいつは、私を天秤として利用しようとしているのだ。私の前ではヒンメルは嘘をつけないからこそ。いや、ハイターとアイゼンもか。私はこいつらのようにフリーレンには甘くない。私がいれば、ヒンメルたちは嘘をつくことが、誤魔化すことができない。そうこいつは判断したのだ。
本当にこいつは、“葬送のフリーレン”なのだ。自分のために、魔族すら利用する。
「私は魔族よ、人でなし。それが命令ってわけ?」
こいつは本当に人でなしなのだろう。人間ではないからでも、エルフだからでもない。フリーレンだからこそ。
だがそんなことで易々と従うほど私は甘くはない。命令という言葉でそれに抗う。それはヒンメルを前にしては容易にはできないこと。自分勝手な、理不尽な命令であればヒンメルに怒られてしまうから。そう反論するも
「命令じゃない。取引だ」
それに窮することなく、フリーレンはそう提案してくる。静かにこちらを見つめながら。それに思わず目を丸くしてしまう。間違いない。こいつ、最初からそのつもりだったのだ。
「前に話してた自衛の権利を返してやる。それでどう?」
取引、契約という私たちにも通じる言葉を使うことで。ご丁寧に餌までぶら下げて。本当にこいつらしい。癪に障る奴だ。
「ふぅん……嘘じゃないでしょうね?」
「疑うのならリーニエを起こしてくればいいよ」
「御免ね。せっかく寝かしつけたのが無駄になるわ」
それが最終確認だ。騙されてしまっては堪らない。ただ働きなんて御免だ。それにリーニエまで利用してくるこいつは薄情者でしかない。もし起きようものならこいつに押し付けてやる。
「いいわ。契約成立よ。退屈しのぎにはなるかしら」
だが、悪くない。ヒンメルのようなお願いではない。だからこそ私にも理解できる。所詮は暇つぶしだ。せいぜい私らしく、愉しませてもらうことにしよう。ここに契約は為された。一時的な共闘、いや共犯関係か。
「……おかしいな。何だか王都の処刑台を思い出してきたぞ」
「俺もだ。逃げ出したくなってきた」
「これは命乞いするしかありませんね」
利害の一致とはいえ、本来ならあり得ない、私とフリーレンの共謀に本気で怯え始めている勇者一行たち。いい気味だ。こんな薄情者を仲間にしてしまった自分たちの愚かさを呪うがいい。
「……
そうほくそ笑んでいると、フリーレンは唐突にそんなことを私に問いかけてくる。前置きも何もない、言い換えれば無駄がない。できるだけ私に関わりたくないのが丸わかりだ。こいつにとっても苦渋の選択なのだろう。
「ええ。何度もヒンメルに聞かされてうんざりしてるわ。いい迷惑ね」
それを見透かしながら、腕を組みながら答える。嘘偽りない、私の本音。この十年で、何度聞かされたかも分からない話題。分かるのは、その流星がこいつらにとっては特別な意味を持つものだということだけ。
「……そう。それで、どう思った?」
一拍置きながら、再びフリーレンは問い質してくる。ヒンメルたちではなく、私に。
そこでようやく悟る。こいつが何を狙っているのか。企んでいるのか。
間違いない。こいつは分かっているのだ。私なら、ヒンメルが絶対に口にしないことを言えると。言わせようとしている。なら
「そうねぇ……なんて答えたかしら。ヒンメルに聞いてみればいいわ」
「え?」
それに乗ってやる理由は私にはない。私には何の関係もないのだから。当人に言わせてやればいい。いつか言ったように。未だに指輪の意味すら伝えられない、臆病者の勇者様に。
「────まさか忘れたなんて言わないわよね、ヒンメル?」
こいつは私には嘘がつけないのだから。そう約束してしまった。こいつはそういう奴なのだ。たった十年だが、そのぐらいは私にも分かる。せいぜい私と友達になってしまったことを後悔すればいい。
「…………僕は、その時にはもういないかもしれない。なのにそんな約束をするなんて、フリーレンも僕も愚か者だ、だったかな。お似合いだともね」
「そう。相変わらず気持ちが悪いぐらい覚えてるわね」
「……ひどくないかい?」
観念したのか。それとも。一度大きな溜息を吐いた後、何とも言えない笑みを浮かべながらヒンメルはそう白状する。まるで罪を自白する罪人のように。なるほど。確かにこれは裁判の真似事なのだろう。今の私は、さながら勇者への
「…………私は気づけなかったんだ。人間の寿命は短いってわかっていたのに……」
勇者の自白は、それを引き出した張本人にとっても罪でしかないということ。
それを前に、フリーレンも白状する。言葉にする。魔族の、エルフの子供ですら分かることに気づけなかったこと。後悔。魔族にはできない、人類の言葉の使い方。
懺悔という名の、自分が満足するためだけの行為。
「どうして教えてくれなかったの?」
「フリーレン……」
それすら理解できていないのだろう。それはただの子供の我が儘だった。どうして。さっきと同じ声色で。視線で。顔色で。何も変わっていない。だが私には分かる。
それは魔力だった。千年以上研ぎ澄まされたそれが、揺らいでいる。魔族を騙し続けたこいつが、今は私にすら隠しきれていない。
「…………仲間外れにしないで」
たった一言。それを口にするために、こいつはこんな面倒なことをする必要があったのだ。
それが、千年かけて誰かを騙し続けてきた、フリーレンの──本音だった。