ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五話 「依頼」

(仲間外れ、ねえ……)

 

 

まるで予想だにしなかった言葉に、少なからず驚きはあった。その言葉が何を意味するかは知っている。群れを作って生きている人間にとっては、自分の命の危機に直結しかねない事態だろう。事実、勇者であるヒンメルですらそれを恐れている。独りでは生きていけない、脆弱な生き物の性。だが、私が驚いている理由は別にあった。

 

 

(こいつにそんな感情があったなんて、とても信じられないわね)

 

 

それは他ならぬ、葬送のフリーレンだからこそ。まだ観察し始めて一月も経っていないが、このエルフがそんな気質を持っているなんて思いもしなかった。何を考えているか分からない無表情に、周りを全く顧みないマイペース。それは人類よりも遥かに私たち魔族に近い。孤独を当たり前にしているとばかり思っていたのに。

 

だがそれすらも嘘だったのだろう。目に見える魔力の揺らぎが何よりの証拠だ。制限しているとは未だに信じられないほど自然な魔力の流れが、今は乱れている。人間曰く、目は口ほどに物を言う、だったか。魔法使いにとっては、それが魔力なのだろう。

 

 

「…………」

 

 

それを前にして、勇者一行の連中も黙り込んでしまっている。魔力を持っているハイターは別にしても、ヒンメルとアイゼンすらフリーレンが嘘をついていないことを見抜いているに違いない。こいつらはそういう奴だからだ。気持ち悪いぐらいに相手を観察し、察することができる。

 

そんなこいつらでも、フリーレンの本音は驚きだったのだろう。魔族だけではなく、仲間にも嘘をつき続けてきた薄情者。その一言を口にするために、わざわざこんな面倒なことをしなければいけないなんて、本当に愚かな奴だ。

 

そのまま、ただ沈黙が流れていく。つい先ほどまでの宴の空気など消え去ってしまっている。あるのは見えない力が働いているかのような冷たい感覚。私にとっては馴染み深い、裁判所の空気。罪人を裁く法廷。その判決が下されるまで、誰一人口を開くことが許されない、ルールに縛られた場所。それが今まさにここだった。私も例外ではない。ただ一人、

 

 

「……すまなかった。フリーレン」

 

 

このエルフに判決を下せる権利を持つ、勇者を除いては。

 

 

一度深く目を閉じた後、ヒンメルはそのまま立ち尽くしているフリーレンの前に屈みこみ、頭を下げている。フリーレンと目線を合わせるように。その光景には覚えがあった。そうだ。忘れるわけがない。私もかつて、同じようにヒンメルに謝られたことがあった。あれはそう

 

 

「仲間外れ、か……そんなつもりはなかったんだけど。そうだね。ハイターやアイゼンとはよく話していたんだ。遥かに長い寿命を持つ君が、僕たちの感情に追いつくには同じぐらい時間がかかるんだろうって。十年の旅であればきっと百年かな」

 

 

それを思い出しながらも、ヒンメルがフリーレンに言い訳しているのを観察する。仲間外れにしているつもりはなかったのだと弁明している。悪意はなかったのだと。だがフリーレンにはそんなこと関係ないだろう。結果的に騙されてしまっていたのだから。

 

その理由も単純だ。ようするにヒンメルたちはあきらめてしまっていたのだ。自分たちの言葉がフリーレンには通じないと。魔族に言葉が通じないように。いつかは届くだろうと。先送りにしていた。後回しにされていた。ただそれだけ。

 

 

「だからあの時の君には届かないと知ってたんだ。君が僕たちに追いつくのは、きっと僕たちの死後になるだろうと思っていたから」

 

 

それがこいつの、ヒンメルの厄介なところだ。自分が死んだ後のことばかり考えている。人間の習性だけではない。こいつ自身の悪癖だ。

 

 

「いいや、嘘かな。僕はね、フリーレン。君を傷つけてしまうのが怖かったんだ」

 

 

その最たるものがこれだ。自分が傷つくよりも、他人が傷つくことを怖がっている。勇者のくせに。ただ嘘をつかずにそれを言葉にできるようになっただけ、十年前よりはいくらかマシになったのかもしれない。

 

 

「だから、君がいつか知ろうとしてくれるだけでいいと思ってたんだ」

 

 

その言葉も二番煎じだ。ついさっき、私も言われたこと。本当にこいつは私とフリーレンの区別がついているのか。

 

 

「でも違った。君は僕たちに追いつこうとしてくれた。ありがとう」

 

 

だがどうやら、ヒンメルにとってはフリーレンの懺悔はそれを超えるものだったらしい。追いつこうとしてくれた、か。何がそんなに嬉しいのかは分からないが。

 

 

「これからは僕もちゃんと言葉で伝えるようにするよ。この十年で僕も教えてもらったんだ」

 

 

その言葉を口にしながら、これ見よがしにこちらに視線を送ってくるヒンメルに辟易するしかない。黙ってお気に入りのエルフを誑かしていればいいものを。本当に癪に障る奴だ。格好ばかりつけて。

 

 

「……本当だね? 嘘はつかないでよ」

「もちろん。アウラに誓ってね」

「私は女神じゃないわよ」

 

 

極めつけがこれだ。よりによってこの私を女神扱いするなど。女神の奴ですら呆れるに違いない。勝手に誓われるのも、拝まれるのも迷惑でしかない。私よりもリーニエの方がよっぽど適任だろう。

 

 

「なら私が証人になりましょう。いや、どうなるかと思いましたが丸く収まったようで良かったです。おかげで酔いもすっかり冷めてしまいましたよ」

「生臭坊主」

 

 

成り行きをずっと静観していたハイターがここぞとばかりに割って入ってくる。その手にはもう杯がある。きっと我慢できなかったに違いない。今ここでアルコールを抜いてやろうか。

 

 

「フリーレン。俺は何度も伝えているぞ」

 

 

同じように、怯えていたはずのアイゼンもやってくる。調子のいい奴だ。戦士だのなんだの言いながら、こういう時には頼りにならない。どうやらフリーレンに物申したいことがあったらしい。さっきの仲間外れ云々の話か。確かにこいつはヒンメルやハイターとは違う。人間ではなく、ドワーフだからなのか。

 

 

「そうなの?」

「十年前の別れ際に俺が何を言ったか覚えているか?」

「……ごめん。覚えてない」

「そうかぁ」

 

 

だが伝わっていなかったのでは意味がない。どころか忘れられてしまっていた事実に、流石のアイゼンも露骨に落ち込んでしまっている。さっきまでの、裁判だか懺悔だかのごっこ遊びが無意味になりかねない。

 

 

「出番よ。代わりに教えてやりなさい、ヒンメル」

「僕が!? えっと……確か、弟子を取ったりしないのか、だったかな。旅は話し相手がいた方がいいって」

「そういえばそんなこと言ってたっけ」

 

 

散々巻き込まれたのに何の成果もないのでは堪ったものではない。何よりこれは甘やかしてきたヒンメルの責任だ。なのでさっきと同じように、そう命令する。もうボケてきているのか。忘れっぽいフリーレンの面倒を見るのがこいつの今後の役目だろう。その無駄な記憶力のおかげで、どうやらフリーレンも記憶を取り戻したらしい。

 

 

「あんた、それになんて答えたわけ?」

「時間の無駄。色々教えてもすぐ死んじゃうでしょって」

「へぇ、あんたにしてはまともなこと言うじゃない」

「でしょ? みんなおかしなことばかり言うんだから」

 

 

だがその言葉に少なからず感心してしまう。なるほど。こいつにしてはまともなことを言う。その通りだろう。おかげで、自分が魔族だったことを思い出せるほどに。ずっと人間たちの下らない価値観に振り回されてうんざりしていたのだが、そういう意味ではこいつは役に立つのかもしれない。

 

 

「え? これって僕がおかしいの?」

「これはいけませんね。ヒンメルだけに任せていては心配です」

「お母さんが必要だな」

 

 

そんな私たちのやり取りに頭を抱えているヒンメルたち。どうやら見積もりが甘かったと後悔しているようだがもう遅い。このエルフを矯正するには五十年ではとても足りそうにはないが、知ったことではない。

 

 

「問題は山積みですが、お疲れ様でしたアウラ。流石は天秤のアウラですね。ちなみに判決をお聞きしても?」

「決まってるじゃない。全員死刑よ」

「とんでもない暴君だな」

「王様よりも怖いぞ」

 

 

どこまで本気なのか。部屋の隅に逃げながら怯えているヒンメルとアイゼン。当然だろう。私の天秤はこいつらには平等ではない。揃って断頭台送りだ。慈悲などない。

 

 

「はっはっはっ、それにしてもよく気づけましたね、フリーレン。私はてっきり五十年後まで気づかないとばかり」

「私は優秀だからね。みんなとは違うよ」

 

 

さっきまでのしおらしさはどこへ消えたのか。明らかに調子に乗りながらフリーレンは胸を張っている。そもそもその場で気づけなかった時点で有罪なのだが、もはや言うまい。

 

 

「…………」

 

 

だが勇者一行は違うのだろう。そのままヒンメルたちは何か言いたげにフリーレンを見つめている。まるで子供の隠し事を見抜いているお母さんのように。それに屈したのか

 

 

「…………リーニエに教えてもらったんだよ」

「なるほど。流石はお姉ちゃんですね」

「もう妹が板についているのか」

 

 

ズルしていたことを白状するエルフの千歳児。もじもじと指を弄っている姿は小さな子供そのもの。リーニエのお姉ちゃん云々が嘘から本当になってしまっている。こいつには恥という概念がないのか。

 

 

「まあいいじゃないか。こういう方が僕たちらしい。ところでみんな、何か忘れていないかな?」

 

 

そんなめちゃくちゃな空気をどうにかしようと思ったのか。ヒンメルが大袈裟に声を上げながらその場をまとめようとしている。いや、違うのか。あれは自分に注目を集めようとしているだけ。ただの目立ちたがりだ。

 

 

「何のことよ?」

「僕がみんなをここに招待した理由さ。まさか忘れてないだろうね?」

「はて、何でしたかね? 歳を取ると忘れやすくなっていけませんね、フリーレン?」

「一緒にしないで。あと三回だよ」

「増えているのか。少しは大人になったか」

「こらこら君たち、僕はリーダーだよ。静粛に」

 

 

だが悲しいかな。ここには他人の言うことを聞く奴なんて一人もいない。自称リーダーが息巻いているが無駄だろう。恐ろしく自我が強く、協調性のない連中だ。よくこんな調子で十年も旅ができたものだと本気で感心するほど。

 

 

「僕がまさか、自分の誕生日を祝ってもらうためだけに、みんなを集めたなんて思ってないだろう?」

「違うのか?」

「私たちを騙して誘き寄せておいてよく言いますね」

「昔はこんなにクズじゃなかったのにな」

「ごめんて」

 

 

流石に分が悪いと思ったのか。素直に謝罪している勇者の姿は情けないことこの上ない。調子に乗る奴だが、今回は特にそれが酷い。よほど舞い上がっているのだろう。幼い頃のシュトロを思い出すはしゃぎっぷり。おっさんのくせに。そんな私の視線をどう勘違いしたのか。

 

 

「心配しなくても君を仲間外れにはしないさ」

「私はあんたたちの仲間じゃないわよ」

 

 

言わなくても分かってるとばかりにヒンメルは得意げにしている。私はフリーレンじゃないと何度言えばわかるのか。ヒンメルはそのままリビングから離れて、何やらゴソゴソと何かを探し始めてしまう。それを私たちは黙って見ていることしかできない。流石は勇者一行なのだろう。他の連中はどこか慣れた様子でヒンメルの奇行を眺めている。日常茶飯事だったに違いない。そんな時間がどれほど続いただろうか。

 

 

「あったあった! これがないと締まらないからね」

 

 

そんな楽しげな声と共にヒンメルが再び戻ってくる。その姿に、私たちは目を丸くしてしまう。何故なら

 

 

「……あんた、それ」

 

 

そこには、蒼いローブを纏っている勇者の姿があったから。それだけではない。その手には対になるように、もう一枚の鮮やかな赤で彩られたローブがある。

 

その姿にどこか既視感を覚える。それは十年前。同じように困惑させられた記憶。違うのはその片方の手に、一通の便箋のような物が握られていたこと。もったいぶりながら勇者はその答えを口にする。

 

 

「────ダンジョンの攻略依頼さ」

 

 

それが、十年ぶりの勇者一行の冒険の始まりだった────

 

 

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