ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「無駄」

「早く早くアウラ様!」

「そんなに慌てなくても逃げやしないわよ」

 

 

まるで人間の子供のようにこちらを急かしてくるリーニエ。興奮しているのが丸わかりだ。こっちは気怠くて仕方ないというのに。その証拠に足取りが重い。肉体的にではなく、精神的に疲れてしまっている。それもこれも

 

 

(本当に面倒なことになったわね……)

 

 

目の前を並んで歩いている勇者一行のせいだ。その四人に加えて、私たち二人を含めれば六人か。知らない奴が見れば、きっと間抜けな集団に見えるに違いない。

 

事の発端はヒンメルの突然の思いつきだった。いや、あいつは最初からそれを企んでいたんだったか。ダンジョンの攻略依頼。問題はそれに私も巻き込まれてしまっているということ。

 

 

(鬱陶しいわね……)

 

 

視界を邪魔する鬱陶しいローブを払いながら、売られる家畜のように前の連中について行く。

 

最近は纏うことがなくなっていた、ヒンメルから押し付けられた赤いローブ。自分が魔族であることを隠すための擬態。

 

村の外を出歩く時の私の装いだったが、最近はそれは法衣になっていた。そもそも私が出歩くのは聖都か王都がほとんど。ならそれで事足りる。角を隠す必要すらなくなりつつあった。それもこれも馬鹿みたいに私と同じローブを纏っている勇者の企みのせいなのだが。

 

抵抗するだけ無駄だと諦めた。私も勇者一行のことは言えない。私たちは勇者には逆らえない。そう溜息を吐くも

 

 

「ローブも似合っているな、アウラ。まるで冒険者だ」

 

 

いつの間に近くに来ていたのか。同じように勇者に騙されたはずなのに、いつもと変わらぬ態度を見せているアイゼン。その足取りは村を出た時から全く変わっていない。体力馬鹿め。その口ぶりもいつも通りだ。私を煽てて取り入ろうとしているだけ。

 

 

「下らない世辞は良いわ」

「ずるいぞ、アイゼン。僕も言おうと思ってたのに」

「アイゼンは嘘ついてないよ、アウラ様?」

「当然だ」

「あれ、僕は?」

 

 

どうやら今回は命乞いではなく本音だったらしい。だからどうした、ではあるが。上手くリーニエを利用しているのだろう。どこか誇らしげにしているアイゼンと、負けじと対抗しているヒンメル。結果は見ての通り。さっきまで先頭を歩いていたくせに、どこから湧いてきたのか。

 

 

「どうでもいいわ。それよりも、いつになったらダンジョンに着くわけ?」

 

 

鼻息を鳴らし、憂鬱になりながらそう尋ねる。嘘偽りない、私の本音。

 

村を出てから一週間。未だに目的地に着いていない。本来なら三日で済むはずなのに。

 

理由は簡単。ヒンメルが道中の面倒事を片っ端から拾っていくから。

 

護衛。人探し。お使い。

 

寄り道ばかりで、一向に進みやしない。

 

 

「いいじゃないか。急いでいるわけじゃないんだし」

「あんたね……」

 

 

悪びれもしないヒンメルに呆れるしかない。どころか当然だと言わんばかりの開き直り。私の方がおかしいのかと思ってしまうほど。

 

 

「寄り道大好きだもんな」

「私は楽しいよ!」

「そういえばヒンメルってこんな奴だったね」

 

 

だがそれは間違いではなかったのだろう。この場、この集団において、私の方が異物なのだ。同じ魔族であるはずのリーニエすら完全にあいつらの空気に馴染んでいる。そうする方が生き延びられるという魔族の擬態かもしれない。なら私もそれに倣うべきなのだろうが、やはり理解できない。その最たるものが

 

 

「……そういうあんたこそ、いい加減にしなさいよ。今度寝坊したら置いてくわよ」

「…………」

 

 

目の前で聞こえないふりをして変顔を晒しているエルフだ。その寝坊癖。

 

村で一緒に生活する羽目になってから理解していたつもりだが、まだまだ甘かったらしい。こいつを連れて旅をするということがどういうことか。

 

あの寝坊癖のせいで、平気で半日潰れる。村なら放っておけば済むが、旅ではそうもいかない。結果がこのざまだ。

 

 

「今日は早起きできた方かな」

「甘やかしすぎだぞ、ヒンメル」

 

 

こいつらの反応を見れば分かる。十年かけて甘やかしてきたのだ。窘めているアイゼンも他人のことは言えない。よくこれで十年も一緒に旅が続けられたものだ。私ならとっくに置いて行っている。唯一の救いがあるとするなら

 

 

「大丈夫! 今夜は壺を使うから! ね、フリーレン?」

「止めてよぅ……あれ、目覚めが悪いんだよ……」

 

 

姉を自称する年下の魔族がいることぐらいか。その世話に関してはヒンメルたちよりも役に立つに違いない。魔族らしく甘くはない。動物的にフリーレンを躾けている。その目覚ましには懲りているのか。みすぼらしい顔と声を上げているフリーレン。いい気味だ。

 

だがそこでふと気づく。いつもなら飄々と茶々を入れてくる奴が大人しいことに。すっかり忘れてしまっていた。

 

 

「……あんた、アンデッドみたいになってるけど大丈夫なわけ?」

 

 

私の隣には、まるでアンデッドのような顔色になっている、勇者一行の僧侶がいたことを。

 

 

「……駄目」

「駄目かぁ」

「週に一度はこうだったな」

「頼りにならない」

「でも今でよかったかもしれないな。ダンジョンでもこの調子だと流石に困るからね」

 

 

一言二言話すので精一杯なのだろう。そのままえずいている始末。ただの酔っ払いの二日酔いだ。これがヒンメルとフリーレンの悪癖に続く、旅が進まない理由の三つ目。使い物にならないハイターだ。何かに理由をつけて酒盛りをしてはこうなってしまうのが常だったらしい。

 

その後始末をさせられているのもまた私だ。何故なら、私は飛行魔法の応用で、こいつを浮かせて運んでいるのだから。荷物扱い同然。まさかこんな魔法の使い方をさせられるなんて、夢にも思わなかった。魔法使いとしての誇りも何もあったものではない。

 

 

「ゔっ……あまり揺らさないでください」

「叩き落すわよ」

 

 

運んでもらいながら何様のつもりなのか。生臭坊主だとしてもやりすぎだろう。このまま谷底にでも放り捨ててやりたい気分。

 

 

「こんなことしてないで、さっさと飛んでいけばいいじゃない」

 

 

それがこの旅が始まってからずっと私が抱いている結論だった。このお荷物たちを連れていたら、いつまで経ってもキリがない。ならさっさと飛んで行った方が効率がいい。魔族の子供でも分かることだ。リーニエはまだ難しいにしても、私とフリーレンなら他の連中を抱えて飛ぶこともできる。背に腹は代えられないが、このまま無駄な時間を過ごすよりは遥かにマシなはず。だというのに

 

 

「それじゃあ面白くないじゃないか」

 

 

ヒンメルはまったくそれを聞き入れようとはしない。いつものように、理解できない答えを返してくるだけ。この十年、何度も聞かされても理解できない概念。私やエルフより遥かに寿命が短い癖に、何でこんな無駄なことばかりしているのか。

 

 

「やっぱり魔族は駄目だね」

「お前も昔同じようなことを言っていたぞ、フリーレン」

 

 

そんな私を嘲笑うかのようにふふん、と得意げな顔をしているフリーレン。それを嗜めているアイゼン。間違いない。あのエルフも私と同じようなことを考えていたのだろう。

 

 

「でも本当に飛行魔法は便利だね。羨ましいよ。今は人類も使えるようになったんだろう、フリーレン?」

「そんなに便利なものじゃないよ。魔族が使っている術式を転用しているだけだから。長時間は私も使えないよ」

 

 

親友がそれによって荷物のように運ばれているというのに、便利扱いしているこいつはやはり勇者なのだろう。

 

それはいつものことだとして、話題は飛行魔法について移っていく。

 

そういえばこいつらは十年前までは飛ぶこともできなかったのか。魔法使いのくせに。そのおかげで空は私たちの独壇場だった。それにようやく追いついたのかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。このエルフでも、それができないのか。

 

 

「え? でも魔力量はフリーレンの方が多いんじゃ……」

「っ!!」

「ご、ごめん……」

 

 

その疑問を、ヒンメルは何でもないことのように口してくる。

 

瞬間、総毛立つ。視界が真っ赤に染まり、気づけばヒンメルを睨んでいた。

 

そこでようやく気付いたのか、ヒンメルは慌てて口を閉じている。やはりこいつは人間なのだろう。今の言葉が私に対する侮辱だと気づけないのだから。この状況でなければくびり殺してやるところだ。

 

 

「……こいつは魔族だよ、ヒンメル。こいつらにとって飛行魔法は魔法ですらない。歩くのと同じなんだ。化け物だよ」

「よく言うわぁ……その化け物の魔法を盗んで使ってる卑怯者のくせに。魔法使いの風上にも置けないわね」

 

 

そんな私の反応を見透かしているかのように、淡々と事実を述べてくる卑怯者のエルフ。やはりこいつは人類よりも魔族のことを理解しているに違いない。満足に飛ぶこともできず、地を這っているような赤子のくせに。そんな奴らに、どうして私たちは負けてしまったのか。

 

 

「言われるまでもないよ。そういうお前こそ、人間を殺す魔法(ゾルトラーク)を使ってたけど、魔族の誇りはどこに行ったの?」

「……本当に口の減らない奴ね。一緒にしないで頂戴。私はあんたたちよりも遥かに上手く扱えるわ」

 

 

ハイターの口八丁とは違う意味で、こいつはやりづらいことこの上ない。こちらの弱みに付け込んでくる。魔力で騙すだけでは飽き足らないのか。同じ魔族ではあるが、他者の魔法を使わざるを得ない今の私を侮辱する言葉。それに精一杯言い返す。

 

先ほどの飛行魔法と同じだ。私の扱うそれは、人間たちの真似事とは違う。そんな人類を貶める言葉に

 

 

「…………そうだね」

 

 

フリーレンは、私の想像とは全く真逆の反応を示してきた。

 

 

「認めたぞ……」

「あの負けず嫌いのフリーレンが……」

 

 

その異常性を、きっと私よりも理解しているのだろう。ヒンメルとアイゼンもまるで偽物を見たかのようにざわついている。

 

私も思わず肩に力が入る。褒められたはずなのに、寒気がした。身構えるしかない。

 

 

「……何よ?」

「……別に。何でもないよ」

 

 

しかしそれ以上フリーレンは何も言ってはこない。気持ち悪いことこの上ない。その視線が、いつもと違う。獣を見るような目じゃない。得も知れない感覚。一体何を考えているのか。

 

だがこいつの嘘を見破る唯一の存在であるリーニエは、話が退屈だからか、ピクリとも動かない屍のようなハイターをつついて遊んでいる。間違いなくこの子はヒンメルの弟子なのだろう。

 

 

「そういえば、クヴァールの封印はどうしたんだ、フリーレン?」

 

 

そんな中、今まで黙り込んでいたアイゼンがいきなりそう割って入ってくる。さっきゾルトラークの話題が出たから思い出したのだろう。

 

それは私も同じだ。むしろ今までそれが出てこなかったことに驚いたほど。こいつらにとってはクヴァールの封印は特別なものだったはずだ。だというのに

 

 

「心配いらないよ。封印はまだ五十年は保つから」

 

 

このエルフには、どうやら伝わっていないらしい。いや、まだその封印を確認していただけマシなのかもしれない。ほぼ毎日それを確認している物好きには遠く及ばないが。

 

 

「……フリーレン。そうじゃない」

 

 

一度大きく目を閉じた後、アイゼンは静かにそう告げる。まるでリーニエを諭すように。

 

 

「俺たち長命種には待つという選択肢がある。だがそれは先延ばしとは違うんだ。今のお前なら分かるだろう?」

 

 

どこかで聞いたような話。そういえば似たような話を聞かされたことがあった気がする。それに比べれば幾分分かりやすい話だろう。

 

今の私たちの状況と同じだ。さっさと用を済ませろ、でしかない。子供で分かるようなことだが仕方ない。何せ人間相手に五十年後の約束をするやつだ。信用しろと言う方が無理だろう。

 

 

「…………分かったよ。それじゃあ帰ったら片づけようか」

「えぇー……家の片づけみたいに決まった」

「夕食の献立じゃないわよ」

「極端な奴だ」

 

 

先日の懺悔の真似事の成果か。珍しく誰かの忠告を聞き入れたかと思えばこれだ。一体大魔族を何だと思っているのか。緊張感も何もあったものではない。だからこそ、それが逆に恐ろしい。もし私が服従させられていなければ、同じように後始末されていたのかもしれないのだから。

 

 

「十年前は敵わなかったけど、今はみんながいるからね」

「照れるな」

 

 

そう、今のこいつらは十年前とは、私が戦った時とは違う。成長しているのだ。魔王様を殺してしまうほどに。いくらクヴァールとはいえ、今のこいつら相手では為す術もないだろう。だがそれすらも

 

 

「でもそれだけじゃないだろう? 君は葬送のフリーレンだからね。打開できる魔法を隠しているだろう?」

 

 

甘かったのだろう。私はもう忘れてしまって、油断してしまっていたのだ。目の前の魔法使いが、葬送のフリーレンであるということを。先日の再戦の際、私が一体何をされたのか。

 

自らの誇りである、魔法を暴かれ、凌辱される。魔族にとってはこれ以上にない屈辱であり敗北。それが葬送のフリーレンが魔族の天敵だと恐れられる理由。なら、クヴァールもまた同じなのだ。こいつに魔法を晒してしまった時点で。

 

 

「…………」

「やっぱりそうなのか。分かりやすい奴だ」

「隠してたわけじゃない。聞かれなかったからだよ」

 

 

それでもヒンメルは例外なのだろう。見抜かれてしまっている。できるのは子供のような言い訳だけ。嘘ではない嘘。

 

 

「あ、フリーレン駄目だよ! また嘘ついてたでしょ?」

「……うん」

 

 

それに気づいたのか。妹のように、姉の振りをしているリーニエに、いつものように叱られてしまっているフリーレン。本当にふざけた奴だ。淡々と大魔族を葬れるのに、こんな魔族の子供に従っているのだから。

 

 

「なるほど。リーニエは頼りになるな」

「流石は僕の一番弟子だね」

「うぷっ……」

 

 

フリーレンだけではない。ヒンメルにアイゼン。物言わぬハイター。どいつもこいつも好き勝手だ。百年経っても慣れる気がしない。そんな私にも分かることが一つだけあった。それは

 

 

(まだしばらくは着きそうにもないわね……)

 

 

この無駄な時間は、まだまだ続くことになるということだけだった────

 

 

 

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