「よし。じゃあちょっとこの辺で休憩しようか」
こちらに振り返りながらヒンメルが命令してくる。目の前には開けた広場のような場所。朽ちてしまっている遺跡のような物もある。休憩するなら丁度いいと判断したらしい。
いつもならそれに色々と文句を言いような奴らも、素直に言うことを聞いている。どうやら勇者一行の連中にとっては当たり前のことなのだろう。それに加わったわけではないが、私もそれに従うことにする。とにもかくにも疲れがたまっていたのは事実だ。
そのまま煩わしかった“荷物”を地面に放り投げる。今日の無駄な疲労の原因でもある。
「もう少し優しくしてください……」
「うるさいわよ。運んでやっただけ有難く思いなさい」
その荷物が何やら喋っているが聞く耳などもたない。一体こいつは何様のつもりなのか。地面に横たわったまま動こうともしない。どれだけ昨日飲んでいたのか。私が寝ている隙にヒンメルたちと好き勝手やったツケだろう。知ったことではない。そんな中
「景色は良いけど、少し彩が足りないね」
リーニエと探索していたはずのヒンメルが、いつの間にか戻ってきている。本当に疲れを知らない奴だ。だが、その様子は少しいつもと違っていた。それは
「……何?」
ヒンメルがこれみよがしにフリーレンのことを見つめていたから。流石のフリーレンも気づいたらしい。
「花畑を出す魔法さ。よく旅の途中で見せてくれただろう? 覚えてないかい?」
魔法を見せてほしい、と懇願してくる子供のような勇者の命令。いや、お願いだったか。結局それに従わされてしまっているのだから同じだろう。
「僕が一番好きな魔法だよ。君に会えたら、もう一度見てみたいって思ってたんだ」
きっとこのエルフがやってきた時から虎視眈々と狙っていたのだろう。どこかしてやったりという顔をしている。物好きな奴だ。エルフだけではなく、好きな魔法の趣味も悪いなんて。
「……大袈裟だね。アウラに出させたらいいでしょ。そのために仕込んだんじゃないの」
やはりこいつは薄情者なのだろう。いつものようにどうでもよさげにそう言い返している。取り付く島もない。ヒンメルが言葉で伝えるのをあきらめてしまうのも当然だ。その矛先を私に向けてくるあたりがまさにそれ。
「アウラにはいつも見せてもらってるからね。今回は君にお願いしようと思って」
「そう。私はもう用済みってわけね」
「つまり花を出せれば誰でもいいんだ」
「いつからそんなに仲良くなったのかな、二人とも?」
小癪にも、どちらにも取り入り、天秤を公平にしようとしているヒンメル。ただのクズでしかない。手を組んだわけではないが、フリーレンもそれに合わせてくる。何が仲良く、だ。反吐が出る。
「あ、私も見てみたい! まだフリーレンのは見たことないから!」
「…………」
そんな私たちの空気も、この子には関係ないのだろう。私も私も、とリーニエが混ざってくる。悪意も何もない。ただの純粋な好奇心。それを前にして、フリーレンも揺らいでいる。やはりこの子は天敵なのだろう。
「……分かったよ。文句は受け付けないよ」
逃げ場はないと悟ったのか。そのまま渋々、フリーレンはその手に杖を持ちながら目を閉じる。空気が変わる。魔法使いとしての顔。魔力の流れ。
瞬間、一面に花畑が咲き乱れた────
「わぁ!」
「──綺麗だ」
「流石だな」
廃墟だったはずの景色が入れ替わっていく。灰色の世界から、色とりどりの世界へと。その香りによって、まるで別の場所に飛ばされてしまったかのよう。
それに息を飲み、目を奪われるヒンメルたち。
「────」
なのに、同じように私もその花畑に目を奪われてしまう。気づけば、花を一輪、摘み取ってしまっていた。
何の変哲もない、白い花。無意識にそれを解析してしまう。
ふと我に返る。見ればヒンメルたちは花畑で遊んでいた。フリーレンも私と同じように、ヒンメルたちに目を奪われている。
そのまま気づかれないように辺りを見渡す。だが見当たらない。いくら探しても。こいつなら出すであろう、蒼い花が。一体どこに。あれがあれば、簡単に比べ
「アウラ様」
瞬間、体が強張ってしまう。振り返った先にはヒンメルではなく、リーニエがいた。
「……何よ」
なのに慌てて手に持っていた白い花をとっさに隠してしまった。この子に隠し事なんて意味はないというのに。そんな中
「ハイターが死んでる」
淡々と、理解できない言葉をリーニエは報告してきた。その案内の先には
花畑に埋もれて死んだように眠っているハイターの姿があった────
「…………」
ご丁寧に両手を胸の前で組んでいる。二日酔いで顔色も最悪だ。本当に死体にしか見えない。足りないのは棺桶ぐらいだ。
「……馬鹿じゃないの」
「お迎えにはまだ早いぞ」
「似合ってるじゃないか。まさに君の二つ名通りだね」
「ふざけてるの?」
流石のアイゼンもこれには呆れかえってしまっている。対してそれを面白がっているヒンメル。二つ名というのは葬送のことか。私たち魔族を葬り去るという意味だと思っていたが、そんな意味もあったとは。
「フリーレン、僕の時にも周りを花畑にしてくれないかい?」
「……覚えてたらね」
リーニエとアイゼンがピクリとも動かないハイターを弄っている最中、ヒンメルはそんなお願いをしていた。またいつもの悪癖だろう。こいつは死んだ後のことばかり気にしている。フリーレンも素っ気なく返事をしている。あの調子ではきっと忘れてしまうに違いない。無駄なことを。
そのまま何をするでもなく、時間だけが流れていく。風と共に、花びらが舞い、それが降り注いでくるのが鬱陶しい。
今がいつで、自分が何をしていたのか曖昧になってしまうような感覚。それに身を委ねていると
「アウラ様、これあげる!」
いつの間にか目の前にやってきていたリーニエが、何かを差し出してくる。一息遅れて、それを見つめる。そこには花畑の花で作られた、花の冠があった。何やらやっていると思っていたが、こんな物を作っていたのか。
その光景には、どこか覚えがあった。この子はリリーの真似をしているのか。
思わずそれを受け取ってしまいそうになるも、ふとフリーレンと目が合った。何も言わず、こちらを観察している。
「……いらないわ。そこのエルフにでも渡してやりなさい」
それに抗うように、手を引っ込め、そうリーニエに命じる。その方がよっぽど有用だろう。花を使って人間に媚びを売る。魔族の生き方。
それにリーニエはまるで出会った時のように、固まってしまう。それを
「じゃあ僕が代わりにもらおうかな」
横からやってきたヒンメルが、そのままリーニエの作った花の冠を奪い、被ってしまった。
「どうだい? まだまだ僕もイケメンだろう? 目に焼き付けておいてくれ」
そのまま顎に手を当て、花畑の中でみっともないポーズを披露し始めるヒンメル。見るに堪えない。フリーレンもどこか遠い目をしている。間違いなく旅の中でも日常茶飯事だったのだろう。
「返せ。どろぼう」
「どこでそんな言葉覚えたのかな?」
至極まっとうなことを口にしながら冠を取り戻そうとしているリーニエ。残念ながらそれはヒンメルには通用しない。のらりくらり躱されている。できるのはむくれることだけ。リーニエ相手に本気で逃げ回っている。だが根負けしたのか
「じゃあ仕方ないかな」
ヒンメルはそのまま、それをポンと私の頭に載せてきた。まるでいらないものを捨てるように。
「似合っているな、アウラ」
「まあ僕の美しさには敵わないけどね」
「……邪魔よ。角に引っかかるわ」
「わぁ、私とお揃いだね、アウラ様!」
聞くに堪えない妄言を垂れ流しているヒンメルにそう悪態をつくしかない。何が似合っているだ。だが払いのけることもできない。
できるのはただ、リーニエと揃って間抜けな花の冠を被ったまま過ごすことだけだった────
────何をするでもなく、遠目に、ただそれを眺めていた。
それはかつて花畑ではしゃいでいた勇者一行の再現。
かつての記憶が蘇ってくる。自分の魔法を綺麗だと言ってくれた連中。ついこの間のことのはずなのに、私は忘れてしまっていたのだろうか。
違うのは、二つの異物が混ざり込んでいるということ。十年でこれだ。流星を見る頃にはどうなっているのか。
ぼんやり眺めていると、足音が近づいてくる。それが誰かなんて見るまでもない。あそこにいないのは私以外に一人しかいないのだから。
「生き返ったの?」
「ええ。目が覚めたら辺り一面が花畑だったので、天国に来てしまったのかと思いましたよ」
「女神様に会えなくて残念だったね」
「全くです」
一日中死体みたいだったくせに、軽口を叩ける程度には回復したらしい。天国、か。ヒンメルと似たようなことを言う。
「本当に子供みたいにはしゃいでるね。そんなに楽しいのかな」
そのまま隣り合いながら、ヒンメルの姿に目を奪われる。たった十年、と言えばまた怒られてしまうかもしれないが。楽しそうだ。見ているこっちが楽しくなるほどに。
「昔からそうでしたから。でも今は特別でしょうね。念願が叶った瞬間でしょうから」
「昔から……?」
「何度も言ったではないですか。ヒンメルと私は同郷ですよ」
「……ごめん」
でもやっぱり私は私なのだろう。また忘れてしまっていた。今度は忘れないようにしなくては。
「ですが十年、ですか。貴方にとっては些細なものなのでしょうね」
そんな私に、まるで狙ったかのようにその言葉が告げられる。思わず瞬きしてしまう。こいつらはいつもそうだ。まるで私の心を読んだかのようなタイミングで話しかけてくる。そんなに私は分かりやすいのだろうか。何を考えているか分からない、とよく言われるのに。
「……そうだね。私の人生の百分の一にも満たない」
それに正直に答える。千年以上生きている私の本音。だからたった十年。これからはもっとそれが短くなっていくのだろう。いつかは千分の一、万分の一になる。それは決まっていること。なのに
「私とヒンメルにとっては三分の一ですから」
それとは真逆のことを、ハイターは私に教えてくれる。
「……今は四分の一でしょ。どうしてそんな嘘つくの?」
「これは失敬。これではヒンメルのことも言えませんね」
「生臭坊主め」
目を合わせることなく、そう言い返す。そんな単純な計算もできないのか。あれから十年歳を取っていることを勘定に入れ忘れている。なのに減らず口は変わらない。気づけば誰かの口癖が移ってしまっていた。たった一月と言えど、馬鹿にはできない。エルフであってもそれは同じなのだろう。
「ではそろそろ私たちも行きましょうか」
「どこに?」
「決まってるじゃないですか。ヒンメルたちのところにですよ」
言いたいことを言い終えたのか。立ち上がりながらハイターはそう私を誘ってくる。一瞬、それがどこなのか分からなかった。さっきまで眺めていたはずなのに、少し遠く感じた。
「私は……」
その言葉の先が出てこない。言葉にできない。私は、私のこともよく分からなかったのか。それでも
「おや、聞き違いでしたか? 確か仲間外れにしないようにと言われた気がしたのですが」
「……謀ったな、ハイター」
「さて、何のことでしょうか」
みんなの方が、私のことを分かってくれているのだろう。本当に食えない奴らだ。いつか絶対やり返してやる。
そのままハイターに連れられながら、歩いて行く。もう一度、あの下らない旅をするために。忘れないために。知るために────
「タマネギ嫌い……」
「吐きそう……」
「うなされてる……」
「それでも起きないのか」
「いい迷惑」
「こっちも死んでるわ」
翌朝。懲りずに何も変わらない二人の姿がそこにはあった。
その面倒を見ながら、勇者一行は旅を続ける。誰も気づかなかった。その赤いローブの裾から、白い花びらが零れ落ちていたことを────