ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八話 「迷宮」

「ようやく着いたわね……」

 

 

第一声がそれだった。目の前にそびえたっている、古臭い、大昔に建てられたであろう建造物に感慨などない。あるのはようやく辿り着けた安堵だけ。

 

本当に長かった。ひたすらに。日数にすれば十日。私からすれば大した時間ではないというのに。前に進んでいるのかどうか疑わしくなる旅路。本来なら三日で来れるはずだった。それもこれも

 

 

「ですが驚きました。まだ未踏破のダンジョンが残っていたんですね」

「あれだけ潜ったのに」

 

 

この足手纏い二人のせいだ。寝坊に二日酔い。それが旅においては致命的になることを思い知らされた形。だというのにそんなことはなかったかのように振る舞っている。一体どれだけ図太いのか。

 

 

「何を隠そう、僕たちは歴史上で最も多くの迷宮を攻略したパーティだからね」

「誰も聞いてないわよ」

「迷宮大好きだもんな」

 

 

その筆頭が目の前で髪をかき上げながら偉そうに演説している勇者だ。どうやら自慢しているらしいが、あいにく私には何が凄いのかはピンとこない。アイゼンが言っているように、ただ自分が迷宮が好きだからそうしていただけのくせに。

 

そのまま改めて、目の前の迷宮を眺める。人の手で作られたものなのか。ところどころに装飾のようなものもある。遺跡と同じようなものか。

 

何でもこのダンジョンは遥か昔に水没してしまっていた物が、干ばつで水が引き、出現したらしい。ダンジョン好きのこいつが潜っていないのはそのせい。そこが魔物の棲家になってしまっていて困っており、その魔物の主を討伐するのが依頼らしい。人探しやお使いに比べればずっとマシだろう。だが

 

 

「で、アウラ。君はダンジョンに潜ったことがあるかい?」

 

 

そんな今更なヒンメルの軽い問いに、思わず目を丸くしてしまった。そもそもそんなこと、旅に出る前に聞くべきことだろうに。何も考えていないに違いない。

 

 

「あるわけないでしょ。魔族は人間を捕食するために動くのよ。わざわざ閉じ込められに行く趣味はないわ」

 

 

鼻で笑いながら答えてやる。そんな経験あるわけがない。魔族は人間を捕食する生き物なのに、そんなところを潜っても意味はない。根城にしたりもしない。餌である人間を待ち構えるなら、もっといい場所がたくさんある。つまり

 

 

「つまり、僕たちくらいってことだね」

「間抜けな餌ってことよ」

 

 

そんなところにやってくる間抜けな餌がこいつらなのだ。いや、今は私もそれに含まれるのか。眩暈がしてくる。どうしてこんなことになっているのか。そう溜息を吐いていると

 

 

「つまり素人ってことか」

「誰が素人よ」

「まあまあ」

 

 

さらっとこちらの神経を逆撫でしてくるフリーレン。旅の途中であれだけ醜態を晒しておいて。素人、ようするに私は役に立たないと吐き捨てているのだ。いい度胸だ。ヒンメルの仲裁がなければ、この場でおっぱじめていただろう。そんな私たちの様子を見かねたのか

 

 

「じゃあ今日はアウラに“お姫様役”をお願いしようかな」

「……は?」

 

 

ヒンメルは顎に手を当てたまま、そんな理解できない命令をしてきた。

 

お姫様。その言葉自体は知っている。王の番のことだ。王都で見たこともある。だがそういう意味ではないのだろう。

 

 

「僕たちが君を守るってことさ。君は手を出さずに、僕たちの勇姿をしっかり目に焼き付けてくれたまえ」

 

 

ようするに、言っていることはフリーレンと同じだ。私を邪魔者、役立たず扱いしているに等しい。何もせずに、周りに守られているお姫様のように。

 

 

「……好きにすればいいわ」

 

 

格好をつけているヒンメルにそう吐き捨てる。勝手にすればいい。こっちは元々無理やり連れてこられているだけ。やる気なんてない。何もしないでいいなら願ったり叶ったりだ。

 

 

「私は? ヒンメル?」

「リーニエにはアウラを守ってもらおうかな。できるかい?」

「っ! うん! 任せて、アウラ様!」

「精々頼りにしてるわ」

 

 

いつものようにヒンメルの口車に騙されているリーニエ。どうやらこの子はやる気満々らしい。張り切っているのが目に余るほど。ならそれを頼りにさせてもらうとしよう。

 

 

「それじゃあ行こうか。ダンジョン攻略の始まりだ」

 

 

そのまま騒がしさに包まれたまま、私の初めてのダンジョン攻略、いや観光が始まったのだった────

 

 

 

そのまま迷宮へ足を踏み入れる。その中は、外から見たものとはまるで違っていた。

 

薄暗い視界。湿った、カビ臭い空気。古びた石壁。滴る水滴の音。

 

最近まで水に浸かっていたせいもあるだろうが、ダンジョンというのはどこもこんな風なのだろうか。居心地の悪さしか感じない。

 

加えて魔力の制限をさせられているのも、私の不機嫌さに拍車をかけている。いつかの魔物討伐と同じ。大魔族である私の魔力が、魔物たちを追い払ってしまうから。その方が安全に進めるだろうに。本当に無駄なことに拘る連中だ。魔力の制限なんて、目の前の二人だけで十分だろうに。

 

 

「分かれ道だね。右の通路は罠。左が正解だ」

 

 

その一人、フリーレンには迷いがなかった。先頭を歩きながら、淡々と迷宮を進んでいく。こいつが先頭を歩いていることに最初は面食らったほど。てっきりヒンメルの奴が先頭を行くとばかり思っていたのに。当の本人はそんなフリーレンの後ろを楽しそうに歩いているだけ。他の連中もそれは同じ。いいご身分だ。

 

 

「妙に詳しいのね」

 

 

思わずそう漏らしてしまうほどには、フリーレンの探索には無駄がなかった。迷わないように地図を描きながら、仕掛けられている罠を看破し、安全な道を進んでいく。最初、それを疑って進もうとした瞬間、天井が落ちてきたのには肝を冷やした。そこには間違いなく経験がある。素人云々もそれがあってこそだったのだろう。

 

 

「前はそうでもなかったけど、ヒンメルが迷宮好きだからね。魔物の討伐依頼で沢山潜っただけだよ」

 

 

珍しく、私の問いかけに応えてくるフリーレン。見ればこっちに目もくれず、先に進んでいる。ダンジョンの攻略に集中しているのか。片手間のようなもの。

 

 

「ふぅん、ヒンメルに仕込まれたってわけ」

「言い方酷くない?」

「事実でしょ」

「フリーレンまで?」

「私も仕込まれたよ」

「罪な男だ」

「全くです」

 

 

だがそんな中でも、ヒンメルに関して薄情なのは変わらないのか。それとも無意識なのか。フリーレンのダンジョン好きも、ヒンメルに仕込まれたものだったらしい。嫌な予感しかしない。既にリーニエは手遅れだろう。

 

 

 

「下に降りる階段だね」

 

 

拍子抜けするほど順調に進み、階段へと到達する。このままどんどん下っていくのだろう。それが一体どこまであるのかは分からない。二階では終わらないのは、素人の私にも分かる。そのまま階段を降りようとするも

 

 

「そうか。ならこっちのルートは外れだな。さっきの分かれ道まで戻るぞ」

「そうだね」

「行きましょうか」

「うむ」

 

 

他の連中は何故か踵を返し、そのまま元来た道を戻り始めてしまう。まるでそれが当たり前のように。

 

 

「……何でよ? 先に進めるんでしょう?」

 

 

それに一人取り残されてしまう私。思わずそこで立ち尽くしてしまう。意味が分からない。道を間違えたわけではない。正解がそこにあるのに、どうして戻る必要があるのか。それに

 

 

「ダンジョンは全部見て回ってから進まないといけないんだよ、アウラ様?」

 

 

ヒンメルではなく、リーニエが答えてくる。まるでそれが当然で、私が間違っているかのように。そこには何の迷いもない。思わずこっちが固まってしまうほど。

 

 

「流石は僕の弟子だね。僕も鼻が高いよ」

「大丈夫。私が叩き折ってあげる」

「うん。もう少し言葉の勉強をしようか、リーニエ」

 

 

それを仕込んだであろう師匠の鼻っ柱を叩き折ろうとしている弟子。師匠の威厳も何もあったものではない。そんないつもの光景を見ながらも、やはり腑に落ちない。旅の途中の寄り道と同じだ。

 

 

「無駄なことをしているって思っているだろう?」

 

 

顔に出ていたのか。いつものように、ヒンメルが私に声をかけてくる。分かって言っているのだから始末が悪い。

 

 

「当たり前じゃない。そんなことして何の意味があるのよ」

 

 

それに対する答えもまた同じだ。こいつらはこのダンジョンの攻略、魔物の主を討伐するためにやってきたのに、どうしてそれとは関係のないことばかりしているのか。

 

 

「いやはや懐かしいですね。まるで十年前に戻ったようです」

「全くだ」

「私はその時にはいないわよ」

 

 

そんな私を嘲笑うかのように、ハイターとアイゼンもヒンメルに同調している。何を言っているのか分からないが、恐らく過去の話だろう。その時には私はいないのは分かり切っているだろうに。それを聞かされるこっちは面白くとも何ともない。不愉快だ。

 

 

「わくわくするんだって。訳が分からないよね」

 

 

どうでもよさげに、フリーレンはその答えを口にする。ヒンメルなら言いそうなことを。こいつもリーニエと同じように仕込まれてしまっているのだ。違うのは、その理由を理解できていないらしいこと。

 

 

「でも珍しい魔導書があるかもしれない。早く戻るよ」

「待って、フリーレン!」

 

 

それに比べれば、こいつの方がよっぽど分かりやすいのだろう。餌を求めている魔物と同じだ。食い残しがないかを確かめるために率先して引き返し始める魔導書泥棒。魔法使いよりも盗賊の方が向いているに違いない。それに感化されて付いて行くリーニエ。どっちが姉役か分からない。

 

 

「置いて行かれるぞ」

「じゃあ僕たちも戻ろうか」

「ですね」

「何なのよ……」

 

 

何か私の知らないルールがあるかのように、謎の統率が取れた集団。戸惑いながらも、お姫様役を押し付けられた私はそれに付いて行くしかない。

 

 

 

「任せて、アウラ様!」

 

 

そんな自信に満ちた声と共に、リーニエは駆け出していく。その先にはアンデッドの群れがいた。ようやく進んだ先に待ち構えるように陣取っている。避けて通る、という選択肢はない。だがリーニエに迷いはなかった。まるで放たれた猟犬のよう。

 

 

(やるわね……)

 

 

その姿に、動きに感心するしかない。今のリーニエは、まごうことなき剣士だった。無駄のない、素早い動きでアンデッドを翻弄し、その剣で首を断っていく。その姿に、隣で同じように観戦している誰かが重なる。

 

 

(まるで小さいヒンメルみたいね……)

 

 

その所作も、戦い方も。まるで小さいヒンメルのよう。模倣する魔法(エアファーゼン)による再現。リーニエの魔法使いとしての戦い方。鍛錬している様子は毎日呆れるほど見ていたが、実際に魔物と戦っている姿はほとんど見たことがなかったからか。なおのことそう感じる。たった十年だが、リーニエも成長しているのだ。しかし

 

 

「っ!」

 

 

まだ圧倒的に経験が足りない。やはり偽物は本物には及ばない。乱戦になってしまったせいで、リーニエの背後に僅かな死角ができる。それに重なるように、一匹のアンデッドが襲い掛かっていく。リーニエもそれに気づくも、間に合わない。

 

気づけばとっさに手に魔力を込めていた。それを庇うために。手は出さないと決めていたのに。いや、そもそも護衛であるリーニエを助ける必要なんてない。そんな思考のせいで、わずかに遅れが生じ、間に合わない。だがそれより早く

 

 

────勇者の剣が、動く屍を両断していた。

 

 

まるで瞬間移動したかのように、ヒンメルはそのままリーニエの背後に立っていた。さっきまで私の隣にいたはずなのに。

 

 

「……ヒンメル、邪魔」

「照れ隠しかな?」

 

 

本当に邪魔だと思ったのか。それとも失敗を見られてしまったからか。リーニエは不機嫌そうに頬を膨らませている。それをからかっているヒンメル。きっとそれがこの二人の旅での日常なのだろう。偽物とは思えない空気がある。

 

 

「どうやら師匠らしいこともできているようだな」

「少し感慨深くなりますね」

「趣味が悪いね」

 

 

そこでようやく気付いた。他の勇者一行もあえて手を出していないことを。今のはきっとリーニエを鍛えるためのものだったのだ。慌てて魔力を押し込める。何をしているのだ、私は。見られていないはず。

 

それを誤魔化しながら、褒めて褒めてとやってくるリーニエの相手をするしかなかった────

 

 

 

「困ったね……この先に開閉する装置があるはずなんだけど」

 

 

しばらく進んだ先で、本当に困っているとは思えないような態度でフリーレンが愚痴をこぼしている。それは目の前にある巨大な扉だった。完全な行き止まり。押しても引いてもビクともしない。強引に壊そうとすれば、ダンジョンそのものが崩落しかねないらしい。

 

正攻法でそれを開けるには、開装置を使うしかないらしい。問題はそれがあると思われる場所が、完全に水没してしまっていることだった

 

 

「水を蒸発させる魔法とかないのかい?」

「あるけど、ここでそんな魔法を使ったらみんな蒸し焼きになるよ」

「そうかぁ」

 

 

何とか解決法を探しているヒンメルだが、いくらダンジョン好きでも蒸し焼きは嫌だったらしい。しかし本当に困っているのかこいつは。むしろ楽しそうですらある。このまま大好きな冒険が終わってしまうかもしれないというのに。そんな中

 

 

「なら俺が行ってこよう。レバーを引いてくればいいんだな」

 

 

それまで黙り込んでいたアイゼンが一歩前に出てくる。様子を窺っていたのか。フリーレンとは違う意味で淡々としている奴。しかしやはりこいつもヒンメルと同じで単純なのだ。

 

 

「はぁ? 何言ってるのよ。水の底に沈みたいわけ?」

 

 

脳みそまで筋肉でできているに違いない。今回は筋力でどうこうできる問題ではないのだ。理由は一目瞭然。水没している区画はここからは見通せないほどに広く深い。潜って行っても辿り着けるかどうかも怪しい。そこからさらに引き返してこなければならないのだ。どうやっても溺れてしまう。だからこうやって無い知恵を出し合っているというのに。だが

 

 

「なるほど。なら私の出番ですね。無酸素状態でも生存できる魔法を掛けましょう」

「その手があったか。不死なるべーぜの時にも使った奴だな」

「流石はハイター。飲んでないと優秀だね」

「それは余計ですよ」

「酒坊主?」

 

 

指で眼鏡を直しながら、理解できないことをしゃべり始めるハイター。あまりにもさらっと口にしている魔法の異常さを認識できていない。こいつも私も。いくら女神の魔法だとしても限度がある。間違いない。同じ僧侶でも、こいつが異常なだけなのだ。息をしないで済む魔法なんて誰が。しかもさらっと無補給で二か月持つだのなんだの聞こえてくる。空耳だろう。私も頭がおかしくなってしまったらしい。しかし

 

 

「いいや必要ない。このぐらいならそのままで十分だ」

 

 

私は未だに油断し、驕ってしまっていたのだ。どうやら私の認識は、たった十年では勇者一行には到底追いつけないらしい。

 

 

そんな言葉を残したまま、アイゼンは無造作に水に飛び込んでいく。

 

 

「…………」

 

 

それからどれだけ時間が経ったのか。分かるのは数分やそこらではない。こっちの気の遠くなるような時間の後に、閉ざされた扉が大きな音と共にゆっくりと開き始める。アイゼンが開閉装置を起動させた証拠だ。つまり、今この瞬間もあいつは水の底にいるということ。言わば死刑判決に等しい。そこから今度は戻ってこなければいけないのだから。生物としての死を意味するもの。だというのに

 

 

「どうやら上手く開いたようだな」

 

 

まるで軽く泳いできたかのように、全く息切れもすることなくアイゼンはそのまま浮かび上がってきたのだった。

 

 

「格好良かったぞ、アイゼン」

「流石は戦士だね」

「やっぱりアイゼンは頼りになるね!」

「照れるな」

 

 

それをさも当然のように迎え入れているヒンメルたち。照れ隠しか、アイゼンはポリポリと頭を掻いている。もはやどこから突っ込んだらいいのか分からない。生物としての前提が違う。そうとしか言いようがなかった。

 

 

「えぇー……何なのこいつ……」

「……化け物ね」

 

 

だがどうやらハイターだけは違ったらしい。明らかにドン引きしている。しかしこいつもまた自分が異常であると気づけていない。ここには化け物しかいない。本来そう呼ばれる私たち魔族の方がよっぽどまともなのだ。魔法使いとしてではなく、生き物として────

 

 

 

「……ここで最後だね。階段まで戻ろうか」

 

 

一体何階層目になるのか。数えるのも馬鹿らしくなってきたが、また階段のところまで戻る羽目になる。それにうんざりするのはもはやあきらめるとして、明らかにフリーレンの様子がおかしい。

 

 

「露骨に機嫌が悪くなっていますね」

「分かりやすい奴だ」

 

 

私の気のせいではなかったのだろう。段々とフリーレンの機嫌が悪くなってきていることに。ハイターとアイゼンもこそこそと内緒話をしている。だがその理由が分からない。寄り道しているのを差し引けば、順調に進んでいるはず。

 

 

(イライラしているのはこっちの方だっていうのに……)

 

 

それはむしろ私の方だろう。時間の無駄に対するものではない。ただ何もせず、こいつらの迷宮攻略を見せられていることに対するもの。

 

それに知らず、目を奪われてしまう。体が疼いてしまう。思わず魔法を使ってしまいそうになるのを、何とか抑え込んでいる。私が手を出す必要なんてない。こいつらは腐っても勇者一行。化け物なのだ。なのでただ馬鹿みたいに突っ立ったまま眺めているだけ。何がお姫様役だ。苛立ちは募るばかり。

 

 

「そろそろお姫様は飽きてきたかな、アウラ?」

「結構よ」

 

 

その原因がしれっと隣にやってきている。ここまで見越していたのだとしたら大した奴だ。調教師の才能はあるに違いない。ここまできたら絶対に手は出すまい。こいつの思う壺になるなんて御免だ。

 

 

「私よりもあっちのご機嫌でも取ってきたらどう?」

「フリーレンのことかい? 僕にもどうしようもないかな。きっとミミックが見つからないからイライラしてるんだろうね」

「ミミック……?」

 

 

その矛先をフリーレンに向けてやろうと思ったのだが、思っていたのと違う方向に話が行ってしまう。こいつはフリーレンの機嫌が悪くなっている理由にも気づいていたのか。その理由も本当に下らないもの。

 

 

「ああ、そういうこと……魔導書が見つからなくて癇癪寸前ってことね」

 

 

だが納得いった。あのエルフの習性だろう。中毒のようなものか。せっかく意気揚々とダンジョンに潜り込んだはいいものの、お目当ての魔導書が一向に見つからないので焦っているということか。本当に子供みたいな奴だ。

 

 

「……少し違うかな。フリーレンはきっとミミックを探してるんだ」

「? おかしなこと言うわね。ただの罠じゃない」

 

 

そんな中、ヒンメルが妙なことを呟いている。相変わらず面倒な言い回しをする奴だ。それを抜きにしても分からない。魔導書とミミック。一体何が違うのか。外れがない分、魔導書の方が嬉しいはずなのに、どうしてわざわざミミックを求めるのか。

 

 

「さっきフリーレンも言ってただろう? わくわくするからさ」

「……そう。やっぱりあんたちはお似合いね。反吐が出るわ」

「そこまで言わなくてもよくない?」

 

 

結局そうなるのか。何の答えにもなっていない。そもそもこいつらにそんなものはないのかもしれない。考えるだけ時間の無駄だろう。

 

そのままヒンメルはフリーレンを宥めに行ってしまう。アイゼンとハイターもそれに巻き込まれてしまっている。それをどこか他人事のように眺めるしかない。そんな中

 

 

「アウラ様、楽しくないの?」

 

 

いつの間かとてとてとリーニエが傍まで寄ってきていた。気づけば集団から遅れてしまっていたらしい。私の護衛を全うしようとしているのだろう。そういう意味ではあいつらは護衛失格だ。お姫様を放って先に進んでいるのだから。勇者一行が聞いて呆れる。

 

 

「そういうあんたはどうなのよ?」

 

 

もはや答えるまでもないので、そのまま質問し返すことにする。そんなこと聞くまでもない。嘘をつかない魔族であるこの子に。そんなもの、見れば分かる。ただ違っていたのは

 

 

「楽しいよ。だってアウラ様と一緒だから」

 

 

その答えが、ヒンメルなら言いそうなことだっただけ。

 

 

「────」

 

 

それに思わず息を飲んでしまう。それはただのヒンメルの真似なのか。それともこの子の本心なのか。嘘かどうかなんて、本来なら一瞬で分かる。なのに、私は天秤を呼ぶことすら躊躇っていた。

 

 

「……そう。いい迷惑ね」

「むぅ……」

 

 

衝動を抑えながら、歩き始める。むくれてしまっているリーニエを連れながら。

 

 

分からない。あれがヒンメルの真似なのか。それとも、リーニエ自身の言葉なのか。

 

 

アウラは迷宮を進んでいく。勇者一行に誘われながら。迷いながらも、その最深部に向かって────

 

 

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