ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十話 「冒険」

「……アウラ様、怒ってる?」

「怒ってないわよ」

 

 

どこか恐る恐るといった風にリーニエが尋ねてくる。何気なく答えたつもりだったが、どうやらそうは聞こえなかったらしい。リーニエは目に見えて怯え始めてしまう。だが仕方ない。表には出すまいとしながらも、抑えきれない。それもこれも

 

 

……見ろ。まだ根に持っているぞ。正直怖い。逃げ出したくなってきた

僕もだよ、アイゼン。なら一緒に逃げようか

名案ですね。それで、殿は誰に?

「聞こえてるわよ、あんたたち」

 

 

これみよがしに部屋の隅っこで固まってひそひそ話をしている男どものせいだ。ちらちらとこちらの様子を窺っている姿は鬱陶しいことこの上ない。さっきまで喜々として水竜を従えた私を弄っていたくせに。やりすぎたと思ったのか。それとも私の機嫌が悪くなっていることをようやく察したのか。今は縮こまってしまっている。腹立たしい。

 

 

「……あんたはこんなところでいつまでやってるのよ?」

「緊張と緩和が大事なんだよ」

 

 

そんなヒンメルたちとは対照的に上機嫌のフリーレン。今私たちは最下層から地上へと戻る途中だ。休憩中でもある。潜る際にも何度か休憩を挟んでいたが、まさか帰りもとは。当の本人は最初から緊張なんてものはない。緩和という名のだらしない顔を晒している。

 

それだけでは飽き足らないのか。鞄の中身を無造作に広げながら何やらやっている。何のことはない。私があの水竜を服従させたことで、珍しい素材が手に入ってご満悦なのだ。何でも魔法の触媒に使うのだとか何とか。ヒンメルは王都でタンスの中に預かっていた暗黒竜の角のようなものか。散々私のことを馬鹿にしたくせに、現金な奴。そんな動物を見るような私の視線をどう勘違いしたのか

 

 

「しょうがないね。とっておきだよ」

 

 

やれやれといった風に鼻を鳴らしながら、フリーレンはガラクタの山の中から二冊の魔導書を取り出してくる。このダンジョンでは手に入れていないのに。ということは、わざわざ持ってきた物なのか。何でそんな面倒なことを。だがどうやらそれは

 

 

「それはまさか……シロップを出す魔法ですか!?」

「そういえばハイターは一番楽しみにしてたね。ようやく手に入ったんだよ」

「僕が見つけたんだけどね」

 

 

また私が知らない、こいつらの下らない思い出話に関係するものだったらしい。その証拠に誰よりもその魔導書にハイターが食いついている。珍しいこともあるものだ。シロップを出す魔法……確かヒンメルがこのエルフのために集めていた魔導書の一冊だったか。何のために使うのか分からない、役に立たない物。だがこいつらにはそうではないらしい。

 

 

「すごいよ、フリーレン! この氷、シャリシャリじゃなくてふわふわだよ!」

「でしょ? 今度はちゃんとシロップもあるんだから」

「十年ぶりのかき氷か。長くかかったな」

「これが今回の冒険の報酬か。悪くないね」

「念願の夢が叶いましたよ、フリーレン」

 

 

かき氷を出す魔法。それがフリーレンが持ってきていたもう一冊の魔導書。シロップを出す魔法と同じぐらい下らない魔法だが、それを組み合わせるためだったらしい。得意顔を見せながら、フリーレンはその魔法を披露していく。それに群がるように寄っていく勇者一行。まるで物乞いのよう。歓声まであげている始末。まるで子供のように皆、かき氷を夢中になってむさぼっている。ご丁寧に私の前にもそれが置かれてしまう。これがこの長かったダンジョン攻略の報酬らしい。何の冗談なのか。全く割に合っていない。

 

そのまま無造作に一口、スプーンを使って口に運ぶ。咀嚼するまでもなく、それは口の中で消えていく。二口目でもそれは同じ。その先も。気づけばもう半分近くなくなってしまっていた。

 

そこでようやく他の連中が私を観察していることに気づく。他人が食べているところを観察するなんて、本当にいい性格をしている。悪趣味だ。なので

 

 

「……毒は入ってないみたいね」

 

 

いつかのフリーレンの言葉を真似て言い返してやる。それによってフリーレンはさらに変顔を晒している。いい気味だ。

 

そのまま、かき氷のお替わりが始まってしまう。次が十年後になるかもしれないと言いながら。そのせいで、ハイターはお腹を下すまで食べ過ぎて二日酔いのように顔を青くする醜態を晒すことになるのだった────

 

 

 

「あ、ここに何か隠してある」

「本当かい? どれどれ」

 

 

ハイターの面倒を見ながら、今度こそ地上へと向かわんとする中、リーニエがふと動きを止めてしまう。その二つの瞳が、何の変哲もない石壁を捉えていた。それに合わせるように、慣れた手つきでヒンメルが壁を調べ始める。きっとこいつらにとっては日常茶飯事なのだろう。師弟の真似事も十年あれば少しはマシになるらしい。

 

そうこうしている内に、ヒンメルは壁の中に隠されていた何かを取り出してくる。どうやら行きでは気づけなかった物だったらしい。魔力の流れを見るリーニエだからこそ気づけたのか。迷宮は長年水没してしまっていたため、ほとんど宝箱やアイテムが残っていなかったのに。

 

 

「お手柄だよ、リーニエ」

「照れる」

 

 

今日は散々目にしてきたからか。珍しくアイゼンの真似をしているリーニエ。その手の中には一つの宝箱があった。すると

 

 

「この中身はきっと珍しい魔導書だよ。私には分かる」

 

 

まるで蜜に寄ってくる害虫のように、いつの間にかフリーレンがその宝箱の前にやってきていた。いつの間に。全く魔力探知できなかった。それが得意であるはずのリーニエですら面食らっている。その瞳が輝いている。まるで何かの中毒者のようだ。そういえばヒンメルも似たようなことを言っていたか。それを知ってか知らずか

 

 

「それミミックだよ、フリーレン」

 

 

悪意のない純粋な魔族であるリーニエが、残酷な死の宣告をフリーレンへと告げた。

 

 

「……え?」

「だって私、見れば分かるから。フリーレンも知ってるでしょ」

 

 

今日一番の間抜けな顔を晒しながら、固まってしまっている宝箱泥棒。見つけたのはリーニエなのに、当たり前のようにもうそれを抱えている。しかもそれがミミックだというのだから救いようがない。

 

 

「そういえば貴方は魔力の流れを読み取れるんでしたね」

「ミミックの天敵だな」

「この場合はフリーレンの、かな」

 

 

ミミックを抱えたまま完全に思考停止してしまっているフリーレンに代わって、他の連中が解説してくれている。魔力の流れを読み取る瞳。それが魔族としてのリーニエの特技でもある。まさかそれがミミックを見破るのに役立つとは。魔法を誇りにする魔族からすれば侮辱に等しいが、そんなものはリーニエにはない。しかし本当に何の因果なのか。この子はまさしくフリーレンにとっての天敵なのだろう。にもかかわらず

 

 

「それでも1%の見落としが……」

 

 

頑なにそれを認めようとしないフリーレン。きっと現実を直視できていないのだろう。情けないことこの上ない。天地がひっくり返ることがあるだのなんだの、ぶつぶつ独り言をつぶやいている。自分が嘘つき扱いされたと思ったのか。リーニエは頬を膨らませてお冠だ。見るに堪えない。なので

 

 

「ならこれで100%ね」

 

 

私が引導をくれてやることにする。

 

瞬間、私の手に天秤が現れ、その真実を暴き出す。それを覆すことができる者はこの場にはいない。それを示すように、宝箱の中から光の玉が生まれてくる。紛れもない、魂が。生き物にしか存在しない、私以外には成し得ない魂の視覚化。それがそのまま私の天秤に載せられる。

 

 

「────」

 

 

人間共の下らない裁判と同じだ。そんな無駄は必要ない。一目瞭然。女神ですら覆せないであろう、目の前の宝箱がミミックであることの完全な証明だった。

 

 

「感謝するのね。これで醜態を晒さずに済んだじゃない」

 

 

これ以上にない喜悦と共にそうフリーレンに突き付ける。それを前にして、フリーレンは完全に固まってしまっている。まるで封印されて石にされてしまっているクヴァールのように。それを不思議そうに見つめながら、リーニエが淡々とフリーレンの手からミミックを回収していく。お似合いだろう。散々私の魔法を愚弄してくれたお返しだ。むしろ感謝してくれてもいいぐらいだ。

 

 

うわぁ……

人の心がないですね

罪な女だ……

「聞こえてるわよ、あんたたち」

 

 

まるで魔族を前にした人間のように怯えている勇者一行。馬鹿にしているのか。何をそんなに怯えているのか。私はただ無駄を省いてやっただけ。中身の分からない宝箱よりよっぽどマシだろう。そもそもこいつらがあのエルフを甘やかしてきたからこんなことになっているというのに。

 

 

「…………う」

「う?」

 

 

そんな中、そんな理解できない音が聞こえてくる。およそ生き物が発するとは思えないようなもの。それが何なのか。振り返るよりも早く

 

 

「うぉぉぉぉおおん!」

 

 

この世のものとは思えない、獣のようなうめき声を上げながら、野生のエルフが衝動のまま飛び出していく。制止する暇すらない早業。リーニエが抱えているミミックへ向かって一直線に。その結果が

 

 

「暗いよー! 怖いよー!」

 

 

目の前の、上半身を食われ、下半身だけが残されたみじめなエルフの成れの果てだった。

 

 

「…………何なのよ、こいつ」

 

 

それにただ本気で恐怖する。魔法使いとしてではない、ただ純粋に生き物として。理解できない。何故罠だと分かっているのに、食われると分かっているのにこいつは自らミミックに突っ込んで行ったのか。狂気の沙汰だ。アイゼンとは違う意味で生き物としての前提が違っている。エルフというのはみんなこんな種族なのか。

 

 

「フリーレンらしいね」

「だな」

「ですね」

「ばか」

 

 

だがそれはこいつらも同じだ。この光景を怯えることなく、どこか懐かしそうに眺めているのだから。まだこの時の私は知らなかった。遠からず、私もまたあっちが側になってしまうことを────

 

 

 

(ようやく出れたわね……)

 

 

何とかダンジョンを脱出し、帰路につくことになるも憂鬱になるしかない。まだ帰り道が残っているのだから。三日で帰れないのは目に見えている。下手をすれば行きよりも時間がかかりかねない。だというのに

 

 

「懐かしい髪型ですね」

「似合っているぞ」

「いいなー、フリーレン。今度私にもしてくれる?」

「……機会があったらね」

 

 

そんなことなど頭にないであろう、勇者一行と我が従者。中でも見るに堪えないのがフリーレンだ。その髪がチリチリになり、縦ロールになってしまっている。ミミックに食われた後、誰も助けてくれず、仕方なくミミックに攻撃魔法を使って自力で脱出したためにそんなことになってしまったらしい。本当にふざけた奴だ。十年前から何も学習していないに違いない。

 

ただそんな賑やかな連中の後姿を眺めながら、ふと考える。一体何がそんなに楽しかったのか。下らない、無駄なことばかりだったというのに。最後まで私には腑に落ちなかった。やはり私には分からない類のことだったのだろうと呆れていると

 

私よりもさらに遅れていたヒンメルが、ダンジョンをどこか遠くを見るような目で振り返っているのに気づいた。

 

 

「……何よ。何か忘れ物でもしたわけ?」

「っ! いや、何でもないよ」

 

 

よっぽど考え事していたのか。話しかけられたことで明らかに動揺している。珍しいこともあるものだ。せっかく念願の冒険とやらできたというのに。いつもなら目の前の集団に混じって騒いでいる方がお似合いだろう。そんな私の視線をどう思ったのか。

 

 

「……ちょっと現実感が湧かなくてね。僕たちはあそこで冒険をしたんだなって」

「? 何よそれ?」

 

 

ヒンメルはあのダンジョンを見ながら、あそこではないどこかを見ているような、妙なことを口走ってきた。相変わらず遠回しな言い方をする奴だ。もっと分かりやすく言葉にできないのか。

 

 

「ごめんごめん。僕はね、アウラ。十年前、魔王を倒した時に、僕たちの冒険は終わったと思ってたんだ。だから何だかおかしくて」

 

 

それを察したのだろう。すぐにそんな言い訳をしてくるヒンメル。だがやはり理解できない。こいつが何を言っているのか。

 

 

「何言ってるのよ? 冒険なんて好きにすればいいじゃない」

 

 

何故そんなことを気にする必要があるのか。冒険が何であるかは分からないが、好きにすればいい。やりたいようにして、嫌なら止めればいい。ただそれだけだ。なのにどうして人間というのは何かに理由をつけてやろうとしないのか。我慢するのか。本当に理解できない連中だ。

 

 

「────そうだね。その通りだ。ありがとう、アウラ」

 

 

その極みが目の前の勇者だろう。何もしていないのに、勝手に感謝して、勝手に満足している。この十年で何度目になるか分からない、ありがとうという言葉。助けて、ではない。私たちにとっては無駄な言葉。それに辟易していると

 

 

「……よし! じゃあ次はどこに行こうか?」

 

 

まるでさっきまでの空気が嘘のように、いつも以上にわくわくしているヒンメルの姿がそこにはあった。

 

 

「……はぁ?」

「実はダンジョンもまだまだたくさんあるんだ。以前攻略したところも十年経って魔物が増えてきててね」

 

 

指折り数えながら、ヒンメルが何かを言っているが理解できない。まるで言葉が理解できない魔物になってしまったよう。

 

 

「ちょっと……」

「それだけじゃない。旅でお世話になった人たちにも挨拶して回りたいんだ。ああ、僕たちの銅像がどうなっているかも見て回らないと。大丈夫。君に教えてもらったように、途中まで飛んでいけば遠くても問題ないから」

 

 

そんな私を置いてけぼりにしながら、一人で勝手にしゃべり続けているヒンメル。それをただ呆然と眺めていることしかできない。止めることができない。いや、こいつを止めることができる奴なんてきっと存在しないに違いない。ただ分かるのは

 

 

「……一応聞くけど、私もそれに巻き込むつもり?」

「もちろんさ。だって僕たちは友達じゃないか」

 

 

その唯一の機会を、私が余計なことを言って台無しにしてしまった、そんな後悔だけ。

 

 

「…………あんたと友達になんてなるんじゃなかったわ」

 

 

心の底からそう後悔する。思い出すのは十年前。この胸のアクセサリを受け取ってしまった時。その時点で、もうこうなることは避けられなかったのだろう。いや、それだけではない。この纏っている赤いローブも全てこの時のためか。

 

 

「残念だったね。気づくのが十年遅かったかな」

 

 

本当に癪に障る奴だ。これみよがしに、お揃いの青いローブを翻しながら。

 

 

それがこの冒険の終わり。そして新たな冒険の始まり。アウラがこれからもヒンメルの冒険の書に巻き込まれることが決まってしまった瞬間だった────

 

 

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