ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五節 エルフと魔族
第一話 「解析」


「何やってるの? さっさと答えろ」

 

 

そんな耳障りな命令が眼下から聞こえてくる。そこには一匹のエルフがいた。見間違うはずもない、もう見慣れてしまった存在。葬送のフリーレン。魔族にとっての天敵であり死神。その証拠に、下から見上げているくせに、偉そうなことこの上ない。見下ろしているのは私のはずなのに。本当に癪に障る。

 

 

「どうしたの? 言葉を話すこともできなくなったの? 魔族のくせに」

 

 

私が返事をしないことに業を煮やしたのか。さらにこちらを捲し立ててくる薄情者。本当にこいつは人類なのか。服従させられている以上、逆らえないが、無理なものは無理。魔物が言葉を話せないのと同じ。だというのに、こいつはそんなことも理解できないのか。

 

 

「どうやって魔法を使っているかも答えられないなんて、やっぱり魔族は駄目だね」

「っ! うるさいわよ。どうやって飛んでるかなんて、言葉にできるわけないじゃない」

 

 

飛行魔法なんて、私にとっては魔法ですらないのだから────

 

 

 

(本当に反吐が出るわぁ……)

 

 

一体何度目になるか分からない溜息を吐きながら、ただ馬鹿みたいに宙に浮いたままぼーっとしている。どうしてこんなことになってしまっているのか。決まっている。それもこれも目の前、ではなく目の下にいるクソエルフのせいだ。

 

 

『じゃあ始めようか。時間がもったいないからね』

 

 

それが悪夢の始まりの合図だった。およそこいつの口から出たとは思えない言葉によって。それが今、私が付き合わされている魔族の魔法の解析だった。正確には飛行魔法とゾルトラークの、だったか。何でも私たち魔族の扱う魔法は、人間たちの魔法からすれば天と地ほどの差があるのだとか。

 

そんな当たり前のことを今更気づいたのか、と思うのと同時に嫌な違和感があった。そう、それは初めてダンジョンに潜った時。こいつが私の魔法使いとしての力量を認めるような発言をしたこと。思えば、あの時からもう考えていたのだろう。空恐ろしさすら感じてしまう。

 

 

(本当にこいつは魔法を愚弄してるってことね……)

 

 

魔族である私を研究材料にする。毒をもって毒を制す、だったか。本当にこいつの執念は常軌を逸している。私たち魔族を根絶やしにしたいぐらい恨んでいるくせに、それを利用するなんて。ましてや他人を利用して魔法を探求しようなどと。魔法使いとしての誇りも何もない。ただの卑怯者。

 

 

「術式が同じでもこんなに魔力消費が違うのか……魔族の体が魔力でできているからか、それとも……」

 

 

そんな私の視線にも気づくことなく、まるで魔導書を前にした時のように好奇心を隠し切れず、興奮したまま私を観察しているフリーレン。ぶつぶつと理解できない独り言をつぶやいている。今のこいつにとって私は魔族ではなく、魔導書なのだろう。いっそ清々しいぐらいだ。

 

 

「魔導書漁りの次は魔族を使った実験ってわけ? いいご身分ね」

 

 

そう、ようするに今の私は奴隷でも家畜でもなく、ただの実験動物なのだ。フリーレンはただ私に刺激を与えて、その反応を観察しているだけ。魔導書漁りだけではなく、実験まで始めるとは。本当にいい趣味をしている。不愉快極まりない。

 

そういえば、魔族でも似たようなことをしている奴がいたか。あれは確か……そう、ソリテールだったか。ひたすらに意味の分からないことを喋りかけてくる気味の悪い奴。何でも人間を使って研究をしているとか何とか。

 

その対象が人間か、魔族かの違いはあるが、似た者同士なのだろう。きっと気が合うに違いない。

 

 

「お前が言ってたことだよ。これが私の仕事だよ」

 

 

そんな私の反応を見逃さなかったのか。それとも。フリーレンはいつものように私を見下しながら、そんな反論をしてくる。小賢しいことに、かつての私の言葉を利用しながら。仕事をせずに堕落しているヒモエルフだったくせに。どうやらこの実験が仕事だと主張しているらしい。見苦しい嘘をつくものだ。リーニエでなくとも見抜ける子供騙し。

 

 

「はぁ? こんなことして何になるのよ」

 

 

仕事は、人間社会では生きるために必要な行為。それによって対価を得るためのもの。自分のためにすることだ。しかしヒンメルやこいつの言う仕事は違う。こいつらは他人のためにそれを行っている。理解できない人間の習性。だとしたら理屈に合わない。こんなことをしても、一文の得にもならない。それに

 

 

「みんなが便利になるんだよ」

「? みんな……? あんたが使うんでしょ? 他の奴に教えてどうするのよ」

「……やっぱり魔族は駄目だね」

 

 

やはり魔族は駄目だといわんばかりに、そうフリーレンは吐き捨ててくる。魔法は自分の物だというのに、それを他者に与えてどうするのか。命乞いでもあるまいし。

 

だがそれはそれとして、こいつに侮られたままというのは我慢ならない。必死にこれまでの記憶を辿っていく。これまでヒンメルに従わされた中で、経験してきた人間の習性。

 

その中に、ふと引っかかるものがあった。これ以上にない、当て嵌まるものが。何故すぐ出てこなかったのか不思議なほど。だが仕方がないだろう。何故なら

 

 

「…………ああ、そういうこと。ゼーリエの奴と同じことをしてるってことね」

 

 

それは私にとってはなかったことにしたいほど、無駄な記憶でしかなかったのだから。

 

 

「……何でそこであいつが出てくるの?」

 

 

その名前を口に出した瞬間、明らかにフリーレンの態度が変わった。本当に単純な奴だ。端から見れば、何を考えているのか分からない無表情だが、私の目は誤魔化せない。こいつはアイゼンと似たような習性を持っているからだ。最初は分かりにくかったが、慣れてしまえばどうということはない。むしろ分かりやすいぐらいだろう。ヒンメルやハイターの方がよっぽど分かりづらい。

 

 

「あいつも同じことを言ってたのよ。魔法の発展に人間たちの力を利用する……だったかしら? 師弟は似るものだっていうのは本当なのね。お似合いだわ」

 

 

そんなフリーレンの醜態が、かつてのゼーリエと重なって見える。似ても似つかないのに、やはりエルフという種族だからか。

 

思い出すのは何年か前の王都での催し。そこで顔を合わせることになってしまった、『生ける魔導書』なんて御大層な二つ名を持った大魔法使い。それに興味本位で尋ねたこと。

 

魔法の探求は自分だけのものなのに、他者と共有して何の得があるのか。

 

 

『いくら才があろうと個人で辿り着ける境地などたかが知れている。人間たちには技術を共有し、発展させる力がある。私やお前たちにはない力だ』

 

 

その答えは気持ちが悪いぐらい、目の前のフリーレンと全く同じだった。

 

その利用する相手が人間か魔族かの違いはあるが。ならフリーレンはこの実験の結果とやらを人間たちと共有する気なのだろう。ゼーリエの予言通り。

 

 

「……あいつは私の師匠じゃないよ」

「あらそう? あの老害も同じことを言ってたわよ。あんたは弟子じゃないってね。お似合いね」

「…………」

 

 

あいつの予言なんて大層なものではないが、フリーレンがそれにどう言い返してくるかなんて私でも予測できる。痛いところを突かれたからか、露骨に嫌そうな顔をしながらそのまま黙り込んでしまう。本当に分かりやすい奴だ。これで千年魔族を騙し続けてきたというのだから。あの老人とは違って、こいつはお子様なのだろう。いや、あいつも子供のような奴ではあるが。

 

 

(ゼーリエの奴が言ってたことも、満更嘘でもなさそうね……)

 

 

そのまま地面に降り立ちながら、ふとそこに目をやってしまう。山奥の開けた場所。そこにはかつてあったはずの物が今はなかった。いや、物ではなく、者なのか。

 

腐敗の賢老クヴァール。魔族の中でも天才と謳われた大魔族。その封印されていた石像が、跡形もなくなくなってしまっていた。残っているのは、草木も生えてない、むき出しの土の跡だけ。

 

それがクヴァールが討伐されてしまった証拠であり、奇しくもフリーレンたちが口にしている魔法の発展の結果だった。

 

 

(本当にあいつらにとっては後片付けだったってことね……)

 

 

初めてのダンジョン攻略からようやく帰ってきたかと思ったのも束の間。忘れないうちに、なんて言いながら勇者一行たちはあっという間にクヴァールを討伐してしまった。ハイターに至っては聖都に早く帰らなければいけないと。まるで本当に後片付けのように。何の感慨も、油断もなく。あっさりと。あんなに水竜を無駄なく服従させた私のことを馬鹿にしていたくせに。あれは一体何だったのか。

 

 

(ようするに、ダンジョン攻略はあいつらにとっては遊びだったのね……)

 

 

きっとそれが答えなのだろう。逆を言えば、勇者一行を以てしても、クヴァールの討伐は楽しめるものではなかったということか。その結果は見ての通りだ。私は参加せず遠目に観察していただけだが、まるで後片付けだった。あれは討伐ではない。処刑だ。

 

それも当然。魔王様ですらこの勇者一行には敵わなかったのだから。クヴァールを封印せざるを得なかったのは、当時の勇者一行だ。こいつらの成長速度は異常なのだ。魔族の比ではない。長命種と短命種の明確な差。単にこいつらが化け物だというのもあるだろうが。

 

 

(防御魔法、ね……これにクヴァールは、いいえ、人を殺す魔法(ゾルトラーク)は殺されたってことかしら)

 

 

だが一番の理由は紛れもなく葬送のフリーレンの力だ。その解析能力。ゾルトラークを無力化する防御魔法なるもののせい。気づけば、その術式を手で弄っていた。

 

それによってゾルトラークは人を殺す魔法ではなくなってしまった。私の服従の魔法がフリーレンの解除魔法のせいで呪いではなくなってしまったように。同じ七崩賢である不死なるベーゼの結界もフリーレンによって解析されて貶められてしまった。

 

それこそがフリーレンが葬送として恐れられる本当の理由。魔力制限などそれに比べれば可愛いものだ。こいつに魔法を見られて、生かして返してしまえば、それは魔族にとっては死、敗北なのだ。本当に質が悪い。

 

そして今、私は飛行魔法だけではなく、ゾルトラークの解析にも利用されている。魔族の扱うそれを解析するために。私はその絶好の観察対象ということらしい。

 

 

(何にせよ、今は耐えるしかないわね……)

 

 

私たち魔族に仲間意識なんてものはないが、それでも思うところがないわけではない。何故ならそれは私にとっては他人事ではないのだから。

 

一歩間違えば、次は私が処分されてもおかしくない。今はただの執行猶予期間。それを忘れないようにしなくては。

 

 

「……どうしたの? 今更クヴァールに情でも湧いたの?」

「まさか。魔族だろうが人間だろうが、他人がどうなろうと知ったことじゃないわ」

「だろうね。やっぱりお前たち魔族は化け物だ」

「奇遇ね。私も同じことを思ってたところよ」

 

 

誰よりも魔族のことを理解しているくせに、そんな当たり前のことを聞いてくるあたり、こいつも抜けているのだろう。それとも私が魔族であるか確かめているつもりなのか。耐えがたい侮辱だ。ヒンメルたちと話すよりも、こいつと話している方が理解という意味で楽なのは、やはりこいつが人でなしだからなのだろう。

 

 

「簡単な話よ。せいぜいあんたたちに殺されないように命乞いしようと思っただけよ」

「心配しなくてもヒンメルがいる内は手を出したりしないよ。怒られるからね」

「あっそう。ヒンメルがいなくなったら始末する気ってことね。あいつがいなくなれば、約束を守る必要なんてないものね?」

「その時はヒンメルはもういないからね。当然だよ」

 

 

リーニエに倣うわけではないが、嘘偽りなく本音を告げることにする。その方がこいつを相手にする上では得策だ。余計な疑念を抱かれずに済む。それがこいつと私の共通認識。ヒンメルがいる間のみの停戦条約。それがいなくなれば、その限りではない。こいつがそれを守るわけもない。その理由もない。

 

 

「なら用済みになったら捨てられないように、精々あんたにも媚びを売らせてもらうわ」

「役に立つなら捨てたりしないよ。再利用させてもらうから」

「……いっそ捨てなさいよ」

 

 

その徹底ぶり、冷徹ぶりにさしもの私も絶句してしまう。間違いない。こいつは本気だ。嘘ではない。悠長に構えている場合ではない。ヒンメルが生きている内に逃げなくては。そう画策していると

 

 

「あ、また二人とも喧嘩してるの? 喧嘩は駄目だってリリーも言ってたよ?」

 

 

その空気を一変させる使者がやってくる。こっちの気も知らないで、いつものように陽気な声を発している私の従者であり同族。見れば、せっかく洗濯したドレスが泥だらけになってしまっている。どれだけ稽古に没頭していたのか。

 

 

「相変わらずだね、二人とも。喧嘩するほど仲が良いのかな?」

 

 

そんなリーニエの後からゆっくりとヒンメルがやってくる。服に泥一つ跳ねていない、いつもと変わらない、格好をつけた勇者の姿。

 

ただ以前と違うのは、その口元に似合わない髭を生やしていたこと。未だに見慣れない。まるで自らの老いを誤魔化そうとしているようで、本当に滑稽だ。

 

 

フリーレン襲来から半年後。中央諸国グレーゼ森林にある村にて。

 

 

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