ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第四話 「変化」

「あのエルフはどこに行ったのよ?」

 

 

朝食を終え、洗い物を済ませてエプロンを脱いだところでふと気づく。フリーレンの姿が見当たらない。ついさっきまでいたのに。代わりに目につくのは朝届いた手紙を確認しているヒンメルと、余ったリンゴをしゃくしゃくと齧っているリーニエだけ。

 

 

「フリーレンなら出かけたよ。今日は珍しく早起きだったからね。雨が降るかもね」

「ちゃんと褒めておいたよ!」

「あいつは一体何なのよ……」

 

 

二人から返ってきた言葉に、ただ呆れるしかない。珍しくリーニエに起こされず、寝坊してこなかったと思えばこれだ。

 

ヒンメルからしてもそれは本当に珍しいことだったのだろう。雨どころか嵐が来てもおかしくないぐらいには。

 

そして遥か年上のエルフを褒めている魔族の子供。あいつに恥はないのか。ついこの前には、あろうことかリーニエにご飯を食べさせてもらおうとしていた。あり得ない。下手すればリーニエがお母さんになってしまいかねない。いや、ただの奴隷か。どれだけ堕落すれば気が済むのか。

 

 

「あいつは本当に変わらないわね……学習能力がないのかしら」

「それがフリーレンらしさだよ。フリーレンにとってはまだこの村にやってきたばかりなのさ。魔族の君なら分かるんじゃないかい?」

「一緒にするんじゃないわよ。私たちは何万年も生きたりしないわ」

 

 

暗に私とあのエルフを同列扱いしてくるヒンメルに言い返す。あんなやつと一緒にされるなんて死んでも御免だ。人間から見れば同じ長命種なのかもしれないが、文字通り桁が違う。あいつにとって半年など瞬きのようなものなのだろう。いくら私でもそこまでではない。そもそもあいつがあんななのは、エルフだからとかではない。あいつ自身が薄情だからに他ならない。

 

 

「……そういえば、あんたに聞きたいことがあったのよ」

「僕にかい? 珍しいね。何かな?」

 

 

そんな中、ふと思い出す。薄情者であるあのエルフの奇行を。それ自体は珍しいことではないが、昨日のそれはいつものそれとは違っていた。あいつがいないのならちょうどいい。

 

 

「あのエルフのことよ。昨日、あいつに流星のことを聞いたんだけど」

 

 

私に頼れるのが嬉しかったのか、これみよがしに格好をつけているヒンメル。それには触れずに、ただ淡々と疑問をぶつける。そういえばこうして尋ねるのは久しぶりだったか。前は理解できない人間の言動を聞いたりしたものだが。

 

 

「流星? 半世紀流星のことかい?」

「ええ。楽しみにしてるんでしょって聞いたら、そうだって嘘をついたのよ」

 

 

私がそんな言葉が出てくるとは思わなかったのか。それとも質問の意図が理解しかねているのか。まるで子供のようにきょとんとしながら聞き返してくるヒンメルに、そのまま昨日の出来事を簡単に伝える。妙な言い方になってしまったが、まあこいつになら伝わるだろう。本当に言葉というのは面倒だ。

 

 

「フリーレンが……? 本当かい?」

「リーニエが言ってるんだから間違いないわ」

「嘘じゃないよ? 嘘はついちゃいけないっていつもアウラ様が言ってるから」

 

 

ヒンメルからしても、それは予想外だったのか。その真偽を疑ってくる。失礼な奴だ。こんな嘘をついて私に何の得があるのか。そもそもこいつ相手に嘘をつく意味なんてない。仕方なくそのままリーニエを利用する。これ以上にない証明。私以上にリーニエが嘘をつかない、見抜く存在であるのをヒンメルは理解しているのだから。

 

 

「何であいつは嘘をついたのかしら? あんたなら分かるでしょ」

「…………」

 

 

茶番はここまで。そのままさっさと本題に入る。裁判に倣うのなら判決か。どうしてフリーレンがそんな嘘をついていたのか。流星が楽しみじゃないなら、そう言えばいいだけだろうに。そもそも何故楽しみではないのか。魔族である私には理解できなくても、こいつなら別だ。気持ち悪いぐらいに相手を観察している奴だ。たった十年で私ですら空恐ろしくなるほど。それがあのエルフ相手であるならなおのこと。だというのに

 

 

「…………悪いけど、僕にも分からないかな」

 

 

散々もったいぶっておいて、そんな期待外れな判決を目の前の勇者は下したのだった。

 

 

「……下らない嘘は止めなさい。また私には分からないことだってわけ?」

 

 

だがそんな嘘を真に受けるほど私は愚かではない。また誤魔化そうとしているのだろう。あの生臭坊主がよく使う手だ。魔族である私には理解できないであろうことを濁す時の手段。そもそもこいつがあのエルフのことで分からないことなんてあるはずがないだろうに。また私をからかっているのか。そう追及するも

 

 

「ち、違うよ。本当に分からないんだ……そうだ、リーニエ。僕は嘘をついてないだろう?」

「うん。ヒンメルは嘘は言ってないよ、アウラ様」

 

 

慌てながら、情けなくそう弁明してくるヒンメル。それは嘘ではないのか。挙句の果てにリーニエに縋り付いている始末。本当に癪に障る奴だ。師匠だのなんだの言っているくせに、弟子に頼るなんて。何よりそれが最適解なのが厄介だ。いつもは嘘を見破られて翻弄される側なのに、それを今は利用している。それに反論する術を私は持っていない。何よりも

 

 

「……あのエルフのことなのに、あんたにも分からないことがあるのね」

 

 

あのエルフが嘘をついていることよりも、こいつがそれを見抜けないことの方が私にとっては驚きだった。

 

 

「それはそうさ。たった十年一緒に旅しただけだからね。むしろ分からないことばかりかもしれない。だから楽しいのさ」

 

 

期待外れだと言われているにも関わらず、どこかそれを楽しそうに誇っているこいつはやはりヒンメルなのだろう。相変わらず何を考えているのか分からない奴。

 

 

「何よ。いつも偉そうにしてるくせに、肝心な時には役に立たないのね」

「頼りにならない。アイゼンの方が頼りになる」

「僕、何か悪いことしたかな?」

 

 

だがこいつが役立たずなのは事実だ。散々偉そうにしているくせに。それはリーニエも一緒なのだろう。アイゼンを引き合いにして、私の真似をしている。いや、ただの本心なのか。それが効いたのか。いつものように落ち込んでいるヒンメル。

 

 

「でも本当にどうしてだろう……? フリーレンにとってはたった五十年後だから、待ちくたびれるってことはないだろうし……一緒に流星を見に行くのが嫌になる理由なんて……」

 

 

だが落ち込んでいる理由はそれだけではなかったのか。その似合わない髭を触りながら、ぶつぶつ独り言を呟いて、頭を悩ませているヒンメルの姿が答えなのだろう。勇者一行の連中は、どいつもこいつも気持ち悪いほど相手の考えや動きを見抜くものだと思っていたが。あのポンコツエルフは例外だ。

 

 

「ようするに愛想をつかされたってことね。ああ、そもそもあのエルフに愛想なんてなかったわね」

 

 

なら結局そういうことなのだろう。そもそもただの気紛れに聞いた質問だ。これ以上拘るのも馬鹿らしい。あのエルフの内心なんて知ってどうなるものでもない。

 

 

「そこが良いんじゃないか。君と一緒だね」

「私はあいつじゃないわよ」

「もちろん分かってるよ。似た者同士ってことさ」

「? アウラ様とフリーレンは別人だよ?」

「こいつには魔族とエルフの区別がつかないのよ」

「こらこら、変なことをリーニエに吹き込まないように。また村で噂になるじゃないか」

「今更でしょ」

「ふたまた」

 

 

そんな私をからかって、また私とあのエルフを一緒くたにしてくるこいつは本当にいい性格をしている。本当に私が魔族だと分かっているのか怪しい。これ以上は時間の無駄だ。

 

そのままリーニエにちょっかいを出しているヒンメルを置いたまま動き出す。掃除に買い物。私はこいつらのように暇ではないのだから────

 

 

 

(やっと寝たわね……)

 

 

静かに息を潜めながら、隣でようやく寝入ったリーニエの姿に一安心する。本当にこれが毎日続くのだから堪ったものではない。人間の子供の真似なのかどうかは分からないが、迷惑極まりない。早く大きくなってくれないものか。人間のリリーやシュトロの成長を見ているから余計にそう感じてしまう。

 

 

(この分じゃまだまだ先ね……)

 

 

この先を考えると憂鬱になるが、まあいいだろう。そんなことをずっと考えていても時間の無駄だ。これでようやく自分も時間を持てる。そのことの方が重要だ。

 

そのままハイターから強引に贈られた聖都の教典、裁判資料に目を通すことにする。来週、聖都に行く前の準備。裁判の真似事、天秤を装うためのもの。

 

あのエルフがやってきてからだから、半年ぶりになるのか。忘れてはいないが、一応念のために。それであの生臭坊主に馬鹿にされたら癪に障る。そう文字の羅列に向き合うも

 

 

「何よ……?」

 

 

それを邪魔するかのような絶好のタイミングで、まるで盗人でも入ったかのような大きな音、騒音が響き渡ってきた。

 

ヒンメルではない。あいつは一階で何やら書き物をしていた。そもそもリーニエが寝つく時間にこんな物音を立てたりはしない。何よりも、それは隣の部屋からの音だった。なら犯人は一人しかない。

 

 

「…………」

 

 

それを捕まえに行くか迷うも、そのまま無視を決め込む。こんな時間にまであいつの顔など見たくもない。だがそれを嘲笑うかのように騒音は収まることがない。むしろ悪化していく。

 

 

「…………っ」

 

 

それに合わせて震えてくる自分の手と、ちらちらと目につく、音に反応してぐずついているリーニエ。もはや限界だった。

 

 

「こんな時間に何やってるのよ、あんた?」

 

 

ノックもせず、できるだけ音を立てないように扉を開いた。この書斎に忍び込んでいる魔導書泥棒に向かって。いや、確か今日は昼間は使っていないので夜間に使うのはこいつの権利なのだろうが、それとこれとは話が別だ。何故魔導書を読むだけでこんな騒音を出すことができるのか。その答えが

 

 

書斎の床一面に散らばっている、見るも耐えない、ガラクタの山を漁っているエルフの姿だった────

 

 

「────」

 

 

それを前にして、思わず言葉を失ってしまう。一体こいつは何をしているのか。そもそも私が来たことも、声をかけたことにも全く気づいていない。聞こえていないのか。そのまま床に散らばっている物を漁っている姿はまさに盗人そのものだ。

 

それを示すように、いつもこいつが持ち歩いている鞄が無造作に広げられてひっくり返っている。整理整頓もあったものではない。それをひっくり返してしまって慌てているということか。迷惑極まりない奴。何度かその中身を見せられたことがあるが、魔導書どころではない、何の役に立つか分からないガラクタばかり詰まっていた。そんな物を持ち歩いているからこんなことになるのだ。自業自得でしかない。

 

そのまま呆れながら、床に這いながら落とし物を拾い集めていくフリーレンの姿を観察してしまう。無様なことこの上ない。本当に集中しているのだろう。全く私に気づいていない。もしこれが戦場であれば、致命的な隙になるほどに。こいつらしくもない。何をそんなに焦っているのか。

 

 

「……聞こえてないの? その長い耳は飾り?」

 

 

腕を組み、床に這いつくばってるフリーレンを見下ろしながらそう告げる。その言葉によって、エルフの証でもある長い耳が反応する。どうやら飾りではなかったらしい。もっとも、役には立っていないようだが。

 

 

「……お前か。何の用?」

 

 

立ち上がることもなく、そのまま横目にそう返してくる泥棒エルフ。本当にいい度胸をしている。自分の立場も分かっていないのか。

 

 

「はぁ? あんたこそ一体何やってるのよ? こんなに散らかして、鞄でもひっくり返したわけ?」

 

 

呆れ果てながらそう突き付ける。夜中に人の書斎で一体何をやっているのか。子供でももう少しマシだろう。

 

そこでようやく自分がどう見えているのか気づいたのか。フリーレンはどこかぎこちない動きで周りを見渡している。まるで嘘がバレて叱られてしまった人間の子供のように黙り込んでしまう。それがいつまで続いたのか。

 

 

「……お前には関係ない」

 

 

ようやく言葉を思い出したかのように絞り出した言葉がそれか。もっとマシな言い訳、嘘をつけないのか。魔族顔負けの嘘つきのくせに。

 

 

「関係あるわよ。うるさくてリーニエが起きたらどうしてくれるのよ。あんたが代わりに寝かしつけてくれるってわけ?」

 

 

それに引導をくれてやる。こいつにも効くであろう、リーニエを利用した反論。同時に嘘ではない真実。それがいかに困難なことか。目の前のエルフでも身を以て知っているからこそ。

 

 

「…………分かったよ。さっさと出ていけ」

 

 

それが効いたのか。それともあきらめたのか。立ち上がりながら、まるで吐き捨てるように言い放ってくる。何が出ていけ、だ。ここがどこか分かっているのか。本当にこいつは何様のつもりなのか。

 

 

「こっちの台詞よ。まだ続けるようなら家から閉め出すわよ」

 

 

それにこっちは魔法で言い返してやる。その手に『命懸けで宝物庫の扉を閉じる魔法』を見せつけながら。ここは私の家で、この部屋は私の書斎。縄張りだ。その所有権は私にある。もしこれでも同じことを繰り返すのなら、書斎どころか家から閉め出してやる。

 

 

「…………」

 

 

だがそれに言い返してくることなく、フリーレンはそのまま静かに片づけを始めてしまう。それに思わず肩透かしを食らってしまった。てっきり言い返してくると思ったのに。もう用事はないとばかりに、私を無視したまま。

 

 

(何なのよ、こいつ……?)

 

 

癪に障るが、そのまま寝室に戻ることにする。これ以上こいつと言い争いしていたら本当にあの子が起きかねない。相変わらず何を考えているのか分からない奴だが、静かになるのならいいだろう────

 

 

 

「………ん」

 

 

まどろむ意識の中、徐々に目が覚めていく。瞼が重く、体が気怠い。上半身だけ起こして、そのままぼうっとしながら時計を見るも、まだ朝の五時を回ったところ。日も登り切っていない早朝。何故こんな時間に起きてしまったのか。寝つきが悪かったか。そういえば、あのエルフの奇行に巻き込まれたんだったか。そんなことを思い出していると

 

 

「……。……?」

「………。……」

 

 

何やら話し声のような音が聞こえてくる。何を話しているかまでは聞き取れない。一階だろうか。そのせいで目が覚めてしまったのだろう。こんな時間から一体何なのか。

 

 

「……アウラ様?」

「あんたも起きたのね」

 

 

見れば目を擦りながら、同じように起きてしまっているリーニエ。こうなってしまってはもう仕方ない。時間も時間だ。もう一度寝かしつけるのは無理だろう。そのまま寝巻のまま階段を降りていく。そこには

 

 

「……あんたたち、こんなところで何してるわけ?」

 

 

玄関の前で、何やら話し込んでいるヒンメルとフリーレンの姿があった。こんな朝っぱらから一体何をしているのか。揃いも揃って。そう文句を口をするも

 

 

「ああ、丁度良かった、アウラ。フリーレンがちょっと出かけるらしいんだ」

 

 

そんなヒンメルからの説明に、こちらの眠気が吹き飛んでしまった。

 

当たり前だ。あのフリーレンなのだ。毎日寝坊するのが当たり前。早起きするだけで褒められる存在が、こんな時間に起きて、さらに出かけるだなんて。幻覚魔法にでもかかっていると言われた方がまだ信じられる。

 

 

「こんな朝早くから……? 何しに行くのよ?」

 

 

だがどうやらそうではないらしい。目の前のフリーレンは既に着替え、その手にはあの無駄に物が入る鞄がある。この半年で何度も目にしている、旅をする時のこいつの風貌。ヒンメルを含めて、私もリーニエも寝巻なので、それが一層目立っている。とうとうこいつは昼も夜も分からなくなってしまったのか。それに

 

 

「……ただの探し物だよ。放っておいて」

 

 

一瞥するだけで、まともにこちらと顔を合わせることもなくフリーレンは呟いてくる。だが何一つ分からない。本当に子供みたいな奴だ。もう少し言葉を上手く話せないのか。もしかしたらリーニエの方がマシかもしれない。

 

 

「また下らない魔導書探し? それともミミックかしら? 好きにすればいいわ」

 

 

だがリーニエが反応しないということは、それは嘘ではないのだろう。珍しい魔導書の噂でも聞きつけたのか。それとも魔道具か。元々当てもなく魔法収集の旅なんて無駄なことをしていた奴だ。いつ出かけてもおかしくはない。ハイターたち曰く、渡り鳥みたいな奴だったか。この半年はこいつにとってはちょっと止まり木に留まっていたぐらいだったのかもしれない。

 

それを制止する理由なんて私にはない。むしろ喜ぶべきことだろう。邪魔なこいつがいなくなってくれるのだから。追い払うこともなく出て行ってくれるのならそれに越したことはない。そう判断するも

 

 

「…………」

 

 

横にいるヒンメルにとってはそうではなかったらしい。

 

出かけていくフリーレンを見送る横顔。その表情を私は知っていた。

 

毎日手紙を確認する時も、クヴァールの封印を見に行く時も、あのエルフを待ち続けていた時も見せていた顔だ。この半年、見なくなっていたはずの。

 

 

(こいつ、また無駄なことを考えてるわね……)

 

 

本当にこいつは変わらない。他人ことばかり見て、自分のことになるとこれだ。それでは目の前の薄情者には通じないと分かっているだろうに。さっさと言葉で伝えればいいだけなのに、いつまで待ってもそれを口にしようとしない。村に残ってほしいと言えただけで精一杯だったのか。

 

あのエルフは何も気づかぬまま、出かけようとしていく。ちょっと出かけてくるだけかのように。その通りだ。ただの探し物だ。何も心配することはない。無駄なこと。だというのに、この臆病者の勇者にとってはそうではないのだろう。私には関係ない。知ったことではない。なのに

 

 

気づけば、私はヒンメルの足を踏みつけていた。

 

 

「っ!? アウラ……?」

 

 

瞬間、まるで騙し討ちをされたかのようにヒンメルが驚きの表情と声を上げている。いきなり足を踏まれれば当たり前か。だが私自身も驚いていた。反射に近い行動。

 

 

「──っ」

 

 

戸惑いながらもそれに身を委ねながら、目線と、首の動きでフリーレンを指す。相変わらずこちらを気にもしていない。だが都合がいい。言葉で伝える方が手っ取り早いが、そうすればあのエルフにも聞かれてしまう。それは癪だ。何よりも、こっちの方がヒンメルには通じるに決まっている。

 

 

「────そうだね。フリーレン、僕も一緒に行くよ。探し物なら手が多い方がいいだろう?」

 

 

当然のようにそれを受け取りながら、一度嬉しそうに笑みを浮かべながら意を決したようにヒンメルはそうフリーレンを引き留める。たったそれだけのことがこいつにはすぐにはできないのだ。勇者のくせに。五十年後の約束を本気で楽しみにするような奴なのだから。だがそんなヒンメルの言葉は

 

 

「……いいよ。大した探し物じゃないし、すぐ戻るから」

 

 

どうやら、千年を生きている薄情者の前では未だに通用しないらしい。

 

 

一度ヒンメルを見て、何かを考えるようなそぶりを見せながらも、そう言い残したままフリーレンはいつも通り素っ気なく去っていく。取り付く島もない。いっそ清々しいぐらい。

 

 

「振られて残念だったわね、ヒンメル」

 

 

それが嘘偽りない私の感想だった。下らない言葉だったが、ヒンメルからすれば、一世一代の告白、求愛だっただろうに。言葉にしても伝わらないのがきっとフリーレンという生き物なのだろう。

 

 

「そんなことはないさ。当の本人は振ったことに気づいてないからね。ありがとう、アウラ」

「本当にあんたは変わらないわね。あの薄情者とお似合いだわ」

「それはどうも」

「私は? アウラ様?」

「あんたはそれは真似しないようになさい」

「反面教師だね」

「?」

 

 

それが良いとばかりのヒンメルの盲目さにはもはや手遅れだろう。ようするにお似合いなのだ。そんなところまで真似しないようにリーニエに釘を刺すが、望み薄だろう。

 

ただ私も他人事ではない。咄嗟にしてしまった、さっきの自分の行動。その意味が、自分でも分からないのだから。自分の得にはならないはずの行動を何故。

 

それを誤魔化すように、飛び立っていった、もう見えない渡り鳥の後姿を見つめる。

 

この時の私はまだ知らなかった。

 

たった半年一緒に暮らした程度で、あのエルフを理解したつもりになっていたことを。

 

そして──

 

この日を境に、フリーレンは一月経っても村へ帰ってくることはなかった────

 

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