ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「花言葉」

(やっぱりここは落ち着くね……)

 

 

心の底からそう思う。閉じられた空間。だがここには全てがある。所狭しと置かれている魔導書の山。その何と素晴らしいことか。魔法の探求にこれ以上に相応しい場所はないだろう。思わず感嘆の溜息が出てしまうほど。

 

それがこの書斎。この半年、ここで魔導書を読み漁ることが私の日課になっている。夕食も済んで、ヒンメルは一階で何やら書き物をし、アウラとリーニエは既に隣の寝室。誰にも邪魔されることはない。だがそれは貴重な時間だ。一分一秒も無駄にはできない。何故なら私には時間が限られているのだから。

 

書斎の使用制限。それが私がアウラから科せられているもの。服従の魔法ではなく、そんなもので私を従えるなんて。ヒンメルの入れ知恵とはいえ、本当に屈辱だ。そのせいで、アウラに譲歩しなくてはいけなくなってしまっている。主人は私の方だというのに。

 

だがそれを含めても、やはり私にとってはメリットがある。まさにここは宝箱、いや宝物庫なのだろう。

 

 

(『命懸けで宝物庫の扉を閉じる魔法』か……あの魔法が嫌いになりそうだ)

 

 

本当にヒンメルは私のことをよく分かっている。まさかあの魔法をそんな風に使ってくるなんて。魔族の魔法以外で、本気で魔法が嫌いになりそうになったのは生まれて初めてだ。しかもアウラまで利用して。本当に趣味が悪い。大人しく格好だけつけていればいいのに。

 

だがいつまでもそんなことを考えていても仕方がない。時間がもったいない。目の前にたくさんの魔導書がある。それだけで十分なのだから────

 

 

(もうこんな時間か……)

 

 

ふと気づくと、もう数時間経ってしまっていた。本当に時間の流れは早い。この書斎の中だけ、時間の流れが違うみたい。気づけば日が昇っていたことも一度や二度ではない。そのせいで寝坊してリーニエに叩き起こされてしまう。気をつけなければ。あの子には悪意がないのだから。

 

 

「あ、そういえば」

 

 

そんな中、ちょうど思い出す。すっかり忘れてしまっていた。それもあって、この書斎に来たというのに。やはり魔導書の誘惑は恐ろしい。またそれに飲まれてしまう前に、探しておかなくては。

 

そのまま手に持っていた魔導書を棚に戻し、違う本を探す。どこかで見たはずだが。そのまましばらく本棚にある本の背表紙とにらめっこをする。魔導書ではないから、すぐに見つけられると思ったのに、手間取ってしまう。一体どこに。

 

 

「これか……」

 

 

苦労してようやくお目当ての本を発見する。ご丁寧に本棚の端っこ。それも一番上の棚の奥にしまわれていた。まるで隠されていたみたいに。本当ならわくわくするのだが、そんな気持ちにはなれない。何故ならこれは魔導書ではない。ただの本。植物図鑑だったのだから。

 

昼間、リリーに言われたことを確かめるために。今度会った時に聞かれてしまうかもしれない。また先延ばしにすると、怒られてしまうかもしれない。

 

そのまま何の気なしに図鑑を手に取ると、自然と本が開かれた。パラパラとページが捲れていくも、あるページでそれが止まる。まるで決まっていたみたいに。

 

そこには紫の、見覚えのある花が載っていた。

 

 

(これは……あいつの)

 

 

間違いない。それはアウラがいつも身に着けている、首飾りの花だった。それが開いた途端に出てくるなんて。偶然にしては出来過ぎている。もしかしたら、あいつもこの本でそれを調べていたのかもしれない。その跡が残っていたのか。

 

 

「フリージア……アヤメ科の球根植物……」

 

 

そのまま惹き寄せられるように、その項目を読み上げていく。花の名前。分類。生息地。淡々と、流れるように。調べることに意味がないとは思わないが、やはり魔導書に比べると興味が薄れてしまう。やっぱり私は人間とは違うのだろう。薄情だと言われてしまうのも仕方ない。そんな風に考えていると

 

 

「花言葉は……」

 

 

文字を追っていた指が、言葉が止まってしまう。まるでそこから先が読めなかったみたいに。いや、違う。ちゃんと読めている。なのに、その意味がすぐに理解できない。

 

『親愛』

 

それがフリージアの花言葉。人間たちが勝手に決めた、花が生きていく上では何の価値もないもの。

 

 

「…………本当に趣味が悪いね、ヒンメルは」

 

 

ただそう零すしかない。間違いない。これはヒンメルの仕業だ。魔族のあいつが、そんなことを知ってるわけがない。

 

魔族に贈り物をするだけでおかしいのに、それに花言葉まで。言葉で伝えればいいのに。きっと恥ずかしかったのだろう。ヒンメルらしい。本当に趣味が悪い。

 

 

(似合わないことをしてるね、あいつも……)

 

 

アウラ。あいつもそうだろう。それを肌身離さず身に着けているのだから。あの首飾りには、何の魔法的な価値も、希少性もないのに。あんなに執着するなんて。それが嘘か本当かも分かっていないのかもしれない。本当に魔族として、あいつは歪になってしまっている。リーニエとは違う意味で異端なのだ。この半年、監視という名の観察で得られた結論でもある。

 

花言葉も、きっとたまたま知ったのだろう。ヒンメルがそれを伝えるわけもない。なのにあんなに偉そうに。

 

呆れながら、そのまま本来の目的。鏡蓮華の項目を探すことにする。そのためにこの本を探していたのだから。

 

 

「あった」

 

 

それを探した時とは比べるべくもなく、苦もなくそれを見つけることができた。同じようにそれを読み進めていく。生息地から咲く季節。様々な情報。魔法で咲かせるだけでは知り得ない、私には足りなかったもの。

 

だがその速度は、花言葉の欄で止まってしまう。さっきと同じように。いや、それ以上に。目を奪われてしまう。そこには

 

 

『久遠の愛情』

 

 

そんな、想像すらしていなかった言葉が載せられていた。

 

 

それが鏡蓮華の花言葉。永遠の愛を誓う。恋人に贈る物。

 

 

「…………」

 

 

そのまま、まるで時間が止まってしまったかのように立ち尽くす。本を持ったまま。まるで拘束魔法をかけられてしまったみたいに。

 

 

でも焦りはない。動揺も。鼓動もいつもどおり。でも動けない。本を見つめたまま。

 

 

(ヒンメルが、私に……?)

 

 

それが想像できない。現実感がない。だってヒンメルなのだ。たった十年一緒に旅しただけでも、それは分かる。そんな風なこと、感じたことはなかった。

 

 

何度も、そのページを読み直す。でもそれは見間違いではない。嘘ではない。

 

 

(そんなはずない。だってあれは……)

 

 

そもそもこれはただの偶然だ。だってそれは、ヒンメルに選ぶように言われて、自分が適当に選んだ物なのだから。ヒンメルもそんなことは知らなかったに違いない。

 

なのに、かつての記憶が蘇っていく。十年以上前、色褪せることなく焼き付いている、私の思い出。

 

 

────目を閉じ、騎士のように膝を突きながら、格好をつけて、私の指に指輪を嵌めてきたヒンメルの姿。

 

 

(もしかして……本当に……?)

 

 

でもそれを否定する材料がここにある。つい先ほど見た、ヒンメルがアウラに贈ったフリージアの首飾り。その花言葉。まるで私と同じように。いや、逆なのか。

 

 

────私の時の真似をして、あいつに親愛の花言葉の首飾りを贈ったのだとしたら。

 

 

────ヒンメルはその花言葉を知っていて、分かった上で私にそれを贈っていたのだとしたら。

 

 

「────」

 

 

そのまま、その左薬指を見つめてしまう。今は何も嵌められていない。違和感があったので、結局それから付けることはなかったのだが、それで良かったのかもしれない。知らず、それを受け入れたことになりかねなかった。いや、ヒンメルのことだ。それもお見通しだったのかもしれない。

 

私に教えてくれないまま、勝手にそんなことをして満足している。ヒンメルらしい。仲間外れにされた気分。でもそれを怒る気にもなれない。

 

そんなことを考えながら、確かめるように鞄の中から指輪を取り出そうとするも

 

 

「……あれ?」

 

 

それが見つからない。

 

確かにここにあるはずなのに。鞄を机の上に置いて、目いっぱい広げているのに。見当たらない。

 

 

「どこに行ったかな……」

 

 

見つからない。

 

でも焦ることはない。これはいつものこと。

 

こうして漁ることになったのは一度や二度ではない。そもそもこんな風に探したことなんてない。

 

小さくて、いつも失くしそうになってしまった。だから魔導書の方が良かったのに。

 

 

「…………」

 

 

見つからない。

 

何度探しても。何度見直しても。あの指輪が、ない。

 

気づけば鞄をひっくり返していた。まるで子供みたいに。整理整頓ができないといつもみんなに言われてしまってるのに。

 

床に散らばってしまった、私の大切な物。

 

魔導書に魔道具。珍しい素材。旅の中で手に入れた物。でもそれではない。私が今探しているのはそれじゃない。

 

大したものじゃない。ヒンメルからもらった物はあれだけじゃない。

 

もし失くしても、きっとヒンメルなら笑って許してくれるだろう。私らしいと。でも、それが嫌だった。私らしくない。

 

 

「こんな時間に何やってるのよ、あんた?」

『あんたも他人のこと言えないじゃない。鏡蓮華の指輪なんてもらっておいて』

 

 

何故か、昨日のアウラの言葉を思い出す。

 

そうか。だからあいつは、あんなことを。あいつは知っていたのだ。ヒンメルが私に指輪を贈っていたことを。鏡蓮華の花言葉の意味を。それを、私だけが知らなかった。仲間外れにされてしまっていた。

 

なら猶更、それを失くすわけにはいかない。知られるわけにはいかない。魔族なんかに、そんなこと。

 

 

「……聞こえてないの? その長い耳は飾り?」

 

「っ!」

 

 

思わず体が跳ねてしまう。まるで悪戯が見つかってしまった子供みたいに。みっともなく。

 

 

「────」

 

 

顔を合わせることもできない。床に這いつくばっている、無様な姿を見られたからではない。エルフの耳を馬鹿にされたからでもない。

 

 

一番見られたくない自分を、よりにもよってこいつ(アウラ)に見られてしまった。ただそれだけだった────

 

 




第四話のフリーレン視点のエピソードになります。それを踏まえた上で、もう一度第四話を読み返してもらえるとまた違った見方ができるかもしれません。良ければぜひ。
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