ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七話 「空席」

(こんなものかしらね……)

 

 

慣れた手つきで朝食の準備を済ませる。もうすっかり習慣になってしまった私の習性。もはやそれについてはあきらめている。結局自分も食べなければいけないのだから他の連中の分が増えたところで、手間はそう変わらない。あのエルフ曰く、何でそんな無駄なことをしているのか、だったか。全くその通りだろう。命令されたわけでもないのにこんなことを。ヒンメルに媚びを売るためとはいえ、かつての自分からは考えられない。あのエルフと同じように、私もあいつに染められてしまったのだろう。

 

 

「できたわよ、ヒンメル。そっちに運んで頂戴」

 

 

振り返りながら、その元凶にそう命じる。完全な主従の逆転。いや、今は主従ですらない、奇妙な関係。こいつの言葉に倣うのなら友達か。本当に物好きな奴。命令されてもどこか嬉しそうにしているのだから。だが

 

 

「…………」

 

 

いつもなら任された、といいながら意気揚々と食事をテーブルに運んでいくはずなのに、反応がない。そもそも私の声が聞こえていないらしい。どこか上の空。窓の外を眺めたまま。間抜けな顔を晒している。

 

 

「……ヒンメル。聞こえないわけ?」

「っ! アウラ……? どうかしたのかい?」

「……もういいわ」

 

 

そこでようやく私に気づいたのか。目に見えて狼狽しているが、全く取り繕えていない。これ以上は付き合いきれないのでそのまま自分で食事を運ぶことにする。本当に役に立たない奴。誤魔化せているとでも思っているのか。私が魔族だとしても馬鹿にしすぎだろう。リーニエにも隠し通せていないというのに。そんな中

 

 

「……おはよう、アウラ様。ヒンメル」

 

 

とてとてと寝ぼけた足取りで、目を擦りながら当の本人がやってくる。どうやら今日は寝坊したらしい。だがそれを叱ることもできない。こと寝坊についてはそれを遥かに超える愚か者が我が家には居ついているのだから。

 

 

「遅かったわね。まあいいわ。ついでにあのエルフも起こしてきなさい」

 

 

罰としてそうリーニエに命じる。もはや日課となっている、リーニエにとっては仕事なのかもしれない。お姉ちゃんとして妹を起こす模倣。だが相手を間違えたと言わざるを得ない。さしものリーニエもあのエルフの世話は骨が折れるのか。最近はスパルタになりつつある。そのうち起こしてくれなくなる日も遠くないかもしれない。だがそんな想像は

 

 

「? フリーレンはいないよ、アウラ様?」

 

 

きょとんとした、我が従者の言葉によって現実に引き戻されてしまった。

 

 

「……ええ。そうだったわね」

 

 

一生の不覚だろう。よりにもよってそんな間違いを、ヒンメルの前で犯すなんて。これでは私もヒンメルのことも言えはしない。

 

そのまま何事もなかったように、用意していた一人前の食事を片づける。まだたった一月とはいえ、ここまで染みついてしまっているなんて。

 

 

(本当に、慣れっていうのは恐ろしいわね……)

 

 

内心舌打ちしながら怖気が走る。やはり私は魔族、動物なのだ。たった半年だというのに、あのエルフとの生活習慣が刷り込まれてしまっている。この調子ではそれが抜けるのにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

(あいつ、一体どこに行ったのかしら……?)

 

 

あのエルフが探し物があるからと言って出て行ってから、もう一月が経っていた。

 

すぐに戻ると言っていたくせに、全く音沙汰もなし。それもそうか。ヒンメルと別れてからも、十年音沙汰がなかった奴だ。こんなのはきっと待たせた内に入らないのだろう。このまま流星を見る四十年後まで帰ってこなくてもおかしくない。

 

 

「…………」

 

 

その結果が、目の前にいる腑抜けた勇者だ。

 

 

「……どうしたんだい、アウラ? そんなに見つめて。ようやく僕のイケメンぶりに気づいて」

「寝言は寝て言いなさい。さっさとリーニエを見倣って手伝ったらどうなの?」

「ごめん」

「ヒンメルは頼りにならない」

 

 

リーニエの言葉が堪えたのか。いつも通り減らず口を言いながら動き始めるヒンメル。だがそれが普段通りではないのは明らかだった。何やら考え込んでいる、心ここにあらずといった風になっていることが増えた。その表情も、視線も。何のことはない。半年前に戻っただけだろう。あの薄情者がいなくなった。ただそれだけ。

 

 

(本当に癪に障る奴らね……)

 

 

だがそれは私にとっては好都合でしかない。いや、むしろ念願が叶った形だ。あの厄介者がいなくなったのだから。元々あいつを追い出すために、媚びを売って、奥さんの振りまでしていた。今までの平穏が戻ってくるだけ。

 

なのにどうしてこんなに苛々するのか。そんな理解できない感情に振り回されていると

 

 

「誰か来たよ?」

 

 

そんなリーニエの声によってようやく気付く。玄関から人の気配がすることに。どうやらヒンメルもそれは同じだったらしい。こいつらしくもない。魔力探知がなくても隠れた相手を感じ取れるくせに。腑抜けてしまっている。

 

 

「……本当だ。こんな朝早くに誰だろう?」

 

 

だが考えていることはきっと私と同じだったのだろう。明らかに浮足立ちながらヒンメルはそれを迎えに行く。それに釣られるように私とリーニエも続く。だがその先には

 

 

「おや、皆さんお揃いで。まさかこんなに歓迎してもらえるとは思っていませんでしたよ」

「そこまでにしておけ、ハイター」

 

 

同じ勇者一行でも、思っていたのとは違う二人の姿があった────

 

 

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