「それで? 何しにきたのよ、あんたたち? またヒンメルに騙されて来たわけ?」
仕方なく二人分のお茶を出しながらそう問い詰める。目の前にはさも当然のように家に転がり込んできている生臭坊主と筋肉馬鹿。暑苦しいことこの上ない。
そもそもこの半年、冒険中毒になってしまったヒンメルから逃げるように姿を見せていなかったくせに、どういう風の吹き回しなのか。またヒンメルに騙されて誘き寄せられてしまったのか。そんな私の尋問に
「いえいえ、中々あなたが聖都に来てくれないので、こうしてやってきたのですよ」
飄々とそんな嘘をついてくるあたり、こいつはやはり食えない奴だ。これで聖職者だというのだから。女神の奴も、こいつの何を気に入ったのやら。
「そう。すっかり忘れてたわ。私の体だけが目当てってわけね」
「こらこら、リーニエの前ですよ?」
「お母さん失格だな」
「アウラ様、食べられちゃうの?」
「うん。リーニエ、村では言わないようにね?」
だが満更嘘でもないのだろう。他ならぬリーニエが反応していないのだから。嘘ではない嘘、だったか。私を迎えに来たというのも事実に違いない。リーニエの眼を誤魔化すことができるのはきっとこいつぐらいだろう。
しかし言われるまで、聖都へ行くことをすっかり忘れていた。これではあのエルフのことも言えはしない。それどころではなかっただけとも言える。もっとも、覚えていたとしてもこの状況では行けはしなかっただろうが。
「しかし困ったものです。また逃がしてしまったのですか、ヒンメル」
そんな私の反応を楽しむように眺めながら、さらっと核心を突いてくるハイター。本当に油断ならない奴だ。いつかの王都での詐欺を思い出す。ヒンメルとは違う意味でこいつを敵に回してはいけない。どうやら最初から分かっていて、からかっていたらしい。それが本命だったのだろう。私はそのついでだったに違いない。
「見ての通りさ。フリーレンらしいね」
「罪な女だ」
お手上げさ、とばかりに笑いながら白状するヒンメル。こいつのことだ。きっと何でもないように手紙であのエルフを逃がしてしまったことを伝えたのだろう。こんなに二人がすぐやってくるのはヒンメルからしても予想外だったようだが。アイゼンも呆れたのだろう。いつもの口癖が漏れてしまっている。
「指輪じゃなくて首輪を贈ればよかったじゃない」
大の男、ではなく伝説の勇者一行が揃いも揃って情けないことこの上ない。そもそもはヒンメルのせいでしかない。あのエルフを捕まえておきたいのなら、首輪でもしておくしかないだろうに。指輪なんて何の役にも立ちはしない。事実、あのエルフはその花言葉はおろか、花の名前すら知らなかったのだから。指輪の意味を知っているかどうかも怪しい。せいぜい失くされてしまうのがオチだろう。だが
「なるほど。それで今度は首飾りにしたわけですね」
「殺すわよ」
「これは失敬」
「みんな仲が良くて僕も嬉しいよ」
「俺は怖くなってきた。帰ってもいいか?」
そんなハイターの言葉に、思わず殺気が漏れてしまう。その視線が私の胸元へ向けられている。私とあのエルフ一緒くたにするなど、いい度胸だ。これが聖都の裁判なら、そのまま首を落としてやるところ。それを感じ取ったのか。本気で怯えて逃げようとしているアイゼンと、それに縋り付いているリーニエ。本当にこいつらは私の神経を逆撫ですることしかしない。
「しかしフリーレンにも困ったものです。今度会った時には叱ってあげなくては」
「お母さんかな?」
そんな本気かどうか分からない言葉を漏らしているハイターとヒンメル。そういえばハイターは勇者一行の中ではお母さんだったとか何とか。ならあのエルフは子供役だったのだろう。ふざけた奴らだ。
「どうでもいいわ。私には関係ないもの。むしろせいせいするわね」
鼻を鳴らし、腕を組みながらそう告げる。そう、私は勇者一行でもなんでもない。あのエルフがどうなろうと知ったことではない。むしろ好都合だ。半年前の生活が戻ってくるだけ。ちょうどさっきまで考えていたことでもある。それに巻き込まれるのは御免だ。
「そんなことを言っていいのですか? このままフリーレンが戻ってこないと貴方も困るのでは?」
「私が? 何でよ? 私はヒンメルじゃないわよ」
そんな単純なことも分からないのか。ハイターはまだ私を巻き込もうとしてくる。私はヒンメルではないというのに。あのエルフがいなくて困るのはヒンメルぐらいだろう。そんな私の苛立ちは
「今の貴方はフリーレンに従わされているのでしょう? このままではずっと服従させられたままになってしまうのではないですか?」
「は?」
そんな生臭坊主の何でもない、当たり前の指摘によって吹き飛んでしまった────
瞬間、言葉を失ってしまう。まるで言葉を忘れてしまった魔物のように。
────動悸がする。眩暈がする。立ち眩みがする。
知らず息を飲み、体中から嫌な汗が噴き出してくる。こんな風になるのは、半年ぶり。あのエルフに狩られかけた時以来。
そこでようやく事態の深刻さに気づいた。そう、これはヒンメルだけではない。決して他人事ではなかったのだ。むしろ、逆なのだ。
私は今、葬送のフリーレンに服従させられてしまっているのだから。
「────」
もしフリーレンがこのまま戻ってこなければどうなるのか。考えるまでもない。私はそのままずっと、服従させられたままになってしまう。ヒンメルがいる間に、それから解放されるという私の企みも、何もかも無駄になってしまう。
私の魔法も奪われたまま。命すら握られてしまっている。どころかいつ自害させられるか分かったものではない。それはさながら、いつ落ちるか分からない断頭台にずっとかけられたまま生きていくのと同じ。
「……本当に気づいていなかったのか」
「っ! そ、そんなわけないでしょう……? たまたまよ」
「アウラ様、どうしてそんな嘘つくの?」
アイゼンの言葉に、何とか反応するも、まともに取り繕うことすらできない。こんなに無様な嘘をつくのは初めてだ。魔族の嘘を見抜けないはずのリーニエにすらバレてしまう始末。まさかこの子にそう言われる日が来るとは。
「どこに行ったのか心当たりはないのか?」
「それが分かれば苦労はないさ。探し物だって言ってたけど」
「魔導書か」
「魔導書でしょうね」
「ミミック!」
「その信頼は何なのよ」
戦々恐々としている私など知ったことではないとばかりに、下らない話を続けている勇者一行と我が従者。どうやらその見解は一致しているらしい。唯一リーニエはミミックと判断しているが同じことだ。むしろリーニエの方が正しいのかもしれない。あのエルフは一体何者なのか。
「そうでした。アウラ、貴方ならフリーレンを見つけられるのでは? 確かエルフを捕まえる魔法を使えるとか」
「馬鹿じゃないの? 私が使えるのは捕まえる魔法よ。見つける魔法じゃないわ」
「あればきっと伝説級の魔法だろうね」
「違いない」
「こらこら皆さん、真面目に考えなさい。一大事ですよ?」
お母さんの真似事なのか。一番不真面目な奴がこの場を治めようとしているのが救いようがない。私を便利な道具か何かだと思っているのだろう。そんな魔法があるのならとっくに使っているだろうに。
そもそも何で私がこんな魔法を持っているのか。あの老害から押し付けられたにしても、もっとマシな魔法をせびるべきだった。見つける魔法も伝説級、か。珍しいエルフの中でもあいつは珍獣なのだろう。今頃森の奥底にでも引きこもっているに違いない、なら
「知ったことじゃないわ。あんたたちでエルフ狩りでもすればいいじゃ……」
ない、と言いかけた瞬間、固まってしまう。まるで先ほどと同じように。間抜けな顔を晒してしまっている。違うのは
「あ」
「…………」
それが私だけではなかったということ。見れば隣にいるヒンメルも同じように口を開けたまま。まるで鏡合わせのよう。リーニエのようにこいつの真似をしているわけでもないのに。本当に気持ち悪い。
「どうかしたのですか、二人とも?」
そんな私たちの姿に、ハイターはもちろん、アイゼンも首を傾げている。当然だろう。こいつらはあの時にはいなかったのだから。
「……別に。ただあいつを見つける魔法があったのを思い出しただけよ」
「そうだね。僕もすっかり忘れてしまってたよ」
うんうん、とどこか居心地が悪そうにしているヒンメル。どうやら私が睨んでいるのを察したらしい。本当に私はどうかしているのだろう。調子が狂いっぱなしだ。
「何故だ? そんな魔法があるならすぐに思い出せそうなものだが」
髭を触りながらもっともな疑問を口にしてくるアイゼン。反論の余地もない。こうしている今も、自分の浅はかさに呆れてしまうぐらいなのだから。だが仕方ない。
「思い出したくもなかっただけよ……」
「ちょっとしたトラウマかな。僕たちの中ではなかったことになってるのさ。だろう、リーニエ?」
「……私のせいじゃないよ」
「あいつの真似は止めなさい」
「……むぅ」
「なるほど。既に前科があったわけですか」
「あいつらしいな」
それは私たちにとっては、思い出したくもない、存在しない記憶になってしまっているのだから。人間で言うトラウマ、だったか。
かつてフリーレンによって引き起こされたリーニエ癇癪事件。悪意はなかったとはいえ、リーニエにとってもそれはトラウマなのだろう。フリーレンの真似をして言い訳し始める始末。本当にあいつは碌なことを教えない。
「まあいいわ……物は試しね」
そのまま立ち上がり、無造作にその手に魔力を込める。瞬間、魔力光が辺りを照らしていく。同時に感覚が広がっていく。この村どころではない。大魔族である私の魔力だからこそ。その気になれば、中央諸国であれば探知することができるに違いない。
それによって感じ取る。私の放った網に引っかかる獲物を。見なくても分かる。この半年で嫌になるほどに感じ取っていた、私にとっての天敵の存在を。
「見つけたわ。ここから南にいるわ。飛んでいけば三日ぐらいの距離かしら」
知らず閉じていた目を開き、その方向を指差す。距離はおおよそだが、間違ってはいないだろう。まだそのぐらいの距離で良かったかもしれない。もし南や北側諸国まで行っていれば、探すのは困難だったはず。
「そこまで分かるのか。それで? それは何の魔法なんだ?」
魔法を使えないアイゼンには分からない感覚なのだろう。もっとも生き物の心拍音や息遣いで相手の居場所を探知するこいつの方が理解できないのだがそれはともかく。
「迷子を捜す魔法よ」
その答えを明かす。それが伝説のエルフを見つけるための、何の変哲もない、下らない人類の魔法だった。
「…………」
それによってアイゼンとはハイターは無表情のまま互いに顔を見合わせている。まるでさっきの私とヒンメルのように。きっと同じ気持ちだったに違いない。
「それであいつが見つかったのか?」
「ええ。あいつは人生に迷ってるのよ」
「至言ですね。彼女らしいかもしれません」
「私もシュトロもよく使われたよ」
自分も会話に混ざりたいのか、アイゼンに纏わりついて行くリーニエをよそに、ハイターも納得したらしい。
それがこの魔法の、いや人類の魔法の下らなさだ。魔法はイメージ。いい加減な基準でもどうにかなってしまう。鳥を捕まえる魔法が鳥っぽいものなら何でも捕まえられるように。本人が迷っていると思っていなくても、私が迷子だと思えば探せてしまう。
実際にリーニエやシュトロ、そういえばヒンメルにも使ったことがあったか。本当に人類は誇り高き魔法を何だと思っているのか。
「それで、その困った迷子のエルフさんはそんなところで何をしているんでしょうか?」
「きっとダンジョンでしょうね。前に行ったダンジョンも確かあの辺りだったわ」
「そういうことか。忘れ物でもしたのかもしれん」
「ならそう言ってくれればいいのに。本当にフリーレンにも困ったものだね」
「どうしてそんな嘘つくの、ヒンメル?」
ヒンメルめ。やれやれと言いながらも、安堵したのが丸わかりだ。リーニエにも見抜かれてしまっている。情けない師匠もあったものだ。他の連中も気づいているに違いない。もっとも本人は嘘をついているつもりはないのかもしれないが。
「? 捕まえに行かないわけ?」
だが一向にヒンメルたちには動く気配がない。ようやくあのエルフの居場所を特定したというのに。てっきりそのままエルフ狩りに乗り出すのかと思ったのだが。やはり私は魔族なのだろう。忘れてしまっていた。
「大丈夫さ。フリーレンも言ってただろう? すぐに戻ってくるって。薄情だけど、約束はちゃんと守る奴だからね」
ヒンメルがそういう奴だということを。
この一月がなかったかのように、どこか楽し気に、嬉しそうにそう答えるヒンメル。それがこいつなのだ。リーニエが指摘しないということは、それは嘘ではない。本心なのだ。
信じられない。その薄情者との約束を信じて、五十年待ちぼうけを食らいかねなかったというのに。お人好しを通り越してただの馬鹿だろう。
もはや足を踏みつける気も失せてしまう。そもそも私は何故そんなことができたのか。私は人間を傷つけることができない枷が嵌められているのに。
「あっそう。なら好きにすればいいわ。せいぜい女神にでも祈るのね」
「心配いらないよ。代わりに君に祈っているからね」
「なるほど。今回はその方が加護があるかもしれません」
「俺も祈っていいか?」
「首を落とすわよ」
「? アウラ様は女神じゃないよ?」
答えの出ない疑問に蓋をして、そう誤魔化す。せっかくあのエルフを見つけてやったというのに、それだけで満足するなんて。これでは捕まえるのにどれだけかかるか分かったものではない。女神の奴にでも祈るしかないだろう。すると待ってましたとばかりに私を女神扱いしてくる愚か者たち。私に加護なんてものはないが、服従させられていなければ呪い殺してやるところだ。そんな中
「……?」
ふとハイターとアイゼンと目が合う。ヒンメルに気づかれないよう、ハイターが私へ目配せをしてくる。詐欺師めいた、妙に胡散臭い合図だ。それをアイゼンが肘で小突いて諫めている。
一体何なのか。てっきりこいつらもいつものように、ヒンメルがそうすることに従っているとばかり思っていたのに。今度は何を企んでいるのか。
(…………本当にいてもいなくても迷惑な奴ね、あのエルフは)
そのまま賑やかな勇者一行たちに呆れながら、ふと窓の外を眺める。ここにはいないはずなのに、こんなに私たちを惑わし続ける薄情者のエルフ。
分かるのは、ヒンメルたちだけではなく、私もまたそれに翻弄されるであろうことだけだった────