「さて。それではフリーレンを探しに行く算段をつけましょうか」
「はぁ?」
当たり前のようにハイターが口にした戯言によって、思わず開いた口が塞がらなくなってしまう。私は今日何度同じ反応をさせられてしまうのか。だがそれは私のせいではない。
「さっきと言ってることが違うわよ? あいつが戻ってくるのを待つんじゃなかったわけ?」
目の前の生臭坊主の発言が、あまりにも理解できない、胡散臭いものだったからこそ。
今、私たちは恒例となった飲み会の最中。いつものようにヒンメルだけが酔いつぶれ、残った三人で密談を始めている。ゼーリエの時と何も変わらない。やはりこいつらは勇者一行なのだ。
「はて。なんのことですか? 私はそんなことは一言も言っていませんよ」
「俺もだ」
「あんたたち、本当に仲間なの?」
そのリーダーであるヒンメルを排除し、その命令まで無視している。生臭坊主の二つ名通り。アイゼンも当然のようにそれに同意している。もしかしたら仲間だと思っているのはヒンメルだけなのではないか。
「一体どういう風の吹き回し? ヒンメルならそうするってやつじゃないの?」
酔えない酒を口にしながら、嘘偽りない本音で問いかける。まだ十年と少しだが、こいつらの習性を少しは理解したつもりだ。その中でも特に強いものがそれだ。ヒンメルの命令ではなく、その習性を真似するこいつらの行動。
事実、私もそれによって生き延びてきた。あいつの真似をすることで、人間を欺き利用できる。リーニエがその最たる例だ。だというのにそれに反するなんて。こいつららしくもない。
「耳が痛いですね。確かに以前ならそうしたのでしょうが……私たちも考えを改めたのですよ。あの二人に関しては見守ってばかりではいけないのだとね」
「そう。気づくのが二十年遅かったわね。ようするにヒンメルを信じられなくなっただけじゃない」
「むしろ逆だ。あいつらなら流星まで本当にこのままになってしまいかねん」
「……そう。信頼してるってわけね。ややこしいわ」
相変わらず遠回し、無駄なことをしている連中だ。今回のエルフの脱走でようやくか。何故そんなことに今まで気づけなかったのか。つまるところ、こいつらはあの二人に甘かっただけ。だが言っていることは正しいだろう。あのお人好しと薄情者のことだ。放っておけばどうなるかなんて私でも分かる。
「何よりもフリーレンに言われましたから。仲間外れにしないでほしいと、ね。彼女には対等に叱ってくれる相手が必要なのですよ」
そんな私をどこか楽しそうに見つめながら、ハイターはそんなことを口にしてくる。仲間外れ。それはいつかあのエルフが言っていた懺悔だったか。ヒンメルもだが、ハイターたちにもそれは思うところがあったらしい。頑固者のこいつらが、今までの対応を変えてしまうぐらいには。
「ふぅん……ご苦労なことね。せいぜいお母さんの真似事をするのね」
自分を叱ってくれる相手を何で欲しがるのかは理解できないが、好きにすればいい。お母さんでもあるまいし。腐っても聖都で司教を装っているのだ。そのぐらいはお手の物だろう。なんならあのエルフを聖都に連れて行って、矯正してやればいい。
「…………」
「何よ?」
「いや、やはり罪な女だと思っただけだ」
「それはあのエルフに直接言ってやりなさい」
気づけばハイターだけでなく、アイゼンも何か言いたげな視線を私に向けていた。文句があるならそう言えばいいだろうに。出てくるのはいつもの口癖だけ。戦士と同じぐらい理解できない言葉。分かるのはそれが私を馬鹿にしたものだということ。私なんかよりもあのエルフの方がお似合いだろう。
「話が逸れてしまいましたが、とにかく私達だけでもフリーレンを探しに行きましょう。ヒンメルは強情なので、きっと話しても行こうとはしないでしょうから」
「違いない」
ぱんぱんと手を叩きながら、強引に話をまとめようとしているハイター。いつの間にか杯が空になってしまっている、いつの間に。魔法でアルコールを抜く暇もない早業だ。油断も隙もない。それにしても強情と薄情か。やはりあの二人はお似合いなのだろう。反吐が出る。何よりも
「何で私が一緒に行くことになってるのよ?」
「当然でしょう? フリーレンを見つける魔法を使えるのは貴方だけなのですから」
何故そのメンバーに私が含まれているのか。私は勇者一行でも、仲良しでもないというのに。だが織り込み済みだったのだろう。全く気にする風もなくハイターはその口車を回し続ける。
「そうですね……とりあえず一週間待っても帰ってこないようなら動きましょう。元々私は貴方を聖都に迎えに来たので、その途中で拾って行けば無駄もありません。ヒンメルもきっと何も言えないでしょう」
「ハイター、お前最初からそのつもりだったな」
「ただの生臭坊主じゃない」
何のことはない。私は最初からこいつの掌の上で弄ばれていただけなのだから。ヒンメルやアイゼンもそうなのだろう。飄々としながら、気づけばどいつもこいつもいいようにされてしまっている。どこからが本当で嘘なのか。リーニエですら見抜けないことがあるのだから。だが
「でもあんたにしては珍しく抜けてるのね。そもそも私は付いて行けないわよ?」
こと、今回に関しては例外なのだろう。こいつらしくもなく、詰めが甘い。どころか最初から勘違いしてしまっている。やはりヒンメルほどではないせよ、あのエルフがいなくなってしまったことで焦ってしまっているのだろう。
「? 何故です? やはりフリーレンが嫌いだからですか?」
「そんなこと聞くまでもないでしょう? あんた、自分が言ったことをもう忘れたの? 私はあいつに服従させられてるのよ」
今更口にするまでもないことを聞いてくるハイターに辟易しながらも、仕方なく答えを教えてやることにする。奇しくもそれは先ほど私がこいつに指摘されたこと。それをそのままやり返す。私があのエルフに服従させられている。その意味を。
「科せられてる命令も変わってないわ。私はヒンメルから離れられない。命令を書き換えることができるのはあのエルフだけ。ヒンメルも一緒じゃないと今の私はどこにも行けないわ」
淡々と、どこか他人事のようにそう自らの現状を白状する。まるで被告のように。以前はその事実に腸が煮えくり返っていたが、もはやそれもない。慣れなのかあきらめなのか。十年以上前から、私は奴隷であり、家畜なのだから。
「…………」
それによってハイターはどこか息を飲んでいる。ようやく自分の勘違いに気づいたのだろう。だが無理もない。当の私もこいつに言われるまで気づけなかったのだから。問題は服従の内容云々ではない。私の主が、ヒンメルからあのエルフに代わってしまっていること。つまり
「そもそもあのエルフが解除しないと私は
今の私は、ヒンメルに首輪を繋がれてしまった、魔法も使えないただの魔物なのだ。しかもその首輪を外す鍵を持ったままあのエルフはいなくなってしまっている。認めたくはないが、ハイターが言っていた首輪云々はまさにその通りだった。
「…………ごほん。これは一刻も早くヒンメルのためにフリーレンを捕獲しなければいけませんね」
「本音が駄々漏れだぞ、ハイター」
「リーニエじゃなくても嘘をついてるのがバレバレね」
私を利用できないと知って焦っていたのだろう。これが悪意というものなのか。あのエルフを探すと言っていたのが捕獲になっている。アイゼンが呆れているのも当然だ。
そのまま寝付いたリーニエを起こさないように気をつけながら、二人との下らない密談に深夜まで付き合わされることになったのだった────
(本当に面倒なことになったわね……)
買い物かごを持ち歩きながら、内心溜息をつくしかない。
今私は一人で村の市場に向かっている最中。煩わしい勇者一行もここにはいない。ヒンメルとアイゼンはリーニエとの修行に出かけ、ハイターは二日酔いで寝込んでいる。いつもと変わらない。
だが肝心の問題は何一つ解決していない。結局昨夜の話し合いでは結論が出なかった。問題はそう、ヒンメルをどう説得するか。騙すかにかかっていると言っていい。
だがどんなに情けなくても勇者だった男だ。何より恐ろしいのはヒンメルの相手を観察する能力。一緒に暮らしている私ですら空恐ろしく感じるほど。騙して連れ出すのは困難だろう。それと同じように説得することも。
十年かけても、ヒンメルはあのエルフを引き留めるのが精一杯だった。探しに行かせるにはさらに十年必要だろう。なら求愛するには一体どれだけかかるのか。
(本当にいい迷惑だわ……)
私もその相談、企みに誘われたが無視してきた形。それ以上は付き合っていられない。勝手にすればいい。そもそもあいつらがやってきたせいで買出ししなければいけないのだから。どちらにせよ、迷惑なのは変わらない。そうあきらめながら足を進めていると
「姉さん? お一人なんですか?」
いつの間に近くにいたのか。聞き慣れたリリーの声が聞こえてくる。どうやら考え事をしていて気づけなかったらしい。これでは最近のヒンメルのことも言えない。気をつけなくては。
「ええ。昨日ハイターたちもやってきたけど、どいつもこいつも好き勝手してるわ」
「そうですか。勇者一行らしいですね」
「巻き込まれるこっちはいい迷惑ね」
それだけで察したのだろう。嬉しそうに笑みを浮かべながらリリーはそう漏らしている。この子にそう思われてしまうほどに、あいつらの奇行は広まってしまっているのだろう。恥晒しでしかない。
問題は、世間では私もそれに加えられつつあるということ。このままでは本当に魔族の私が勇者一行扱いされかねない。想像してだけで怖気が走る。どうにかできないものか。
「……姉さん、フリーレン様はまだ帰ってこられていないんですか?」
そんな私とは違い、何故か遠慮がちにあのエルフのことを尋ねてくるリリー。いつもと違い、どこかよそよそしい。まるで小さかった頃のように。そういえば最近元気がなかった気がしたが、そんなことを気にしていたのか。無駄なことを。
「ええ。でも心配ないわ。魔法で探して、居所は掴んだから。今頃ミミックにでも食われてるんでしょ」
あのエルフを心配するなんて時間の無駄でしかない。この子には何の関係もないのだから。やはりお人好しなのだろう。ヒンメルが移ったのか。あいつのようになれるとは思えないが、一応注意しておかなくては。
「そうですか……やっぱり姉さんには伝えておいた方がいいかもしれませんね」
「? 何の話よ?」
一度何かを悩みながら、リリーはそのまま私へと一歩近づいてくる。そこにはさっきまでの怯えていた姿は見られない。思わずこっちが気圧されてしまうほど。
「……フリーレン様の話です。ヒンメル様には内緒にしてくださいね」
口の前に指を立てながら、リリーは私に内緒話を聞かせてくれる。頼んでもいないのに。自分勝手に。
そのまま私は聞かされることになる。一月前にあった。私の知らない、知りたくもなかったあのエルフの新しい醜態を────
そのまま静かに、音を立てないように階段を上っていく。ここは私の家だというのに。まるで盗人のように。家には誰もいない。ハイターの魔力も感じ取れない。なのにどうしてそんなことをしているのか。分からないまま。
その目的地である、書斎に辿り着く。そのまま静かに中へと踏み入る。誰もいないのは分かっているのに。
そこには思わず目を背けたくなるような惨状が広がっていた。
机から床に至るまで、足の踏み場がないほど本が散らかったままの有様。一か月前と変わらない光景。あのエルフが戻ってきたら自分で片づけさせるために、あえてそのままにしている犯行現場。
その中に、魔導書ではない、植物図鑑が混じっているのを見つける。一か月前には気づけなかった証拠。手の届かない棚の上の方に隠していたはずの物。
「…………」
それを手に取り、知らず開いていた。その中に、折り目がついていたページがあった。きっと焦って本を閉じたからだろう。そこには一つの花が載っていた。
『鏡蓮華』
リリーの証言を裏付けるもの。裁判に倣うなら、状況証拠か。物的証拠とも言える。
思い出すのは、盗人のようにこの書斎で探し物をしていたフリーレンの姿。らしくなく、焦りを隠しきれていなかった、愚かなエルフの醜態。
そのまま図鑑を捲ると、まるで決まっていたかのように、自分のページが開かれる。
「────」
同時に自分の胸元にある首飾りに目を奪われる。
脳裏に蘇るのは、かつて自分が同じようにそれを失くした記憶。
「…………本当に薄情者ね、あいつは」
アウラはしばらく植物図鑑を手にしたまま立ち尽くした後、書斎を、家を後にする。
ここではない、秘密の隠し場所。自分にとってのもう一つの宝物庫がある、村長の家に向かって。
そこにある、一冊の魔導書を手にするために────