(この森、いつも迷うな……)
そう内心愚痴を言いながら、深夜の森の中を独り進んでいく。人どころか、動物の気配すら感じられない。月明りだけを頼りに、ようやく辿り着くことができた。
(誰もいないか……まあ当然かな)
もうすっかり見慣れてしまった、私にとってはクヴァールを封印していた村。この半年で何度か行き来しているが、未だに慣れない。昼と夜とではまるで別の村のように、静まり返ってしまっている。深夜なのだから当たり前。むしろ私にとっては好都合か。昼間であれば、きっと面倒なことになっていただろう。
(結局、見つけられなかったな……)
そのまま、手に持っている鞄を地面に降ろす。それが本当に重く感じた。どころか、体も、足取りも。ここに戻ってくるにつれて、それが増してくるみたいに。行きにはそんなこと感じなかったのに。
(どこに行っちゃったんだろう……)
失くしてしまったヒンメルからもらった指輪。それを探すために出かけたのに、結局見つけることはできなかった。
最後に確認したのは、あのダンジョンで鞄を開けた時。だから周囲をくまなく探した。それでも駄目だった。
でも仕方ない。あんな小さな指輪、落としてしまったら見つけようがない。
本当ならもっと探していたかったのだが、あきらめて早く帰ってきた。たった一月で。すぐに戻ってくるとヒンメルにも約束したのだから。また何年も待たせたら、何を言われるか分からない。
『フリーレン、僕も一緒に行くよ。探し物なら手が多い方がいいだろう?』
家を出る前、そうヒンメルに言われたのを思い出す。
でもその顔を、私は見ることができなかった。
それを断るしかなかった。
正直に指輪を失くしてしまったと言えばよかったのかもしれない。
ごめんなさい、と。一緒に探してほしい、と。でもできなかった。
きっと前の私ならそうしただろう。
『……あんたたち、こんなところで何してるわけ?』
指輪を探しているところまで見られてしまった。見られたくなかったのに。あいつにだけは────
「…………」
気づけば家の前に着いていた。ドアにカギはかかっていない。魔法で閉じられてもいない。なのに知らず尻込みしてしまう。足が踏み出せない。見れば手が震えていた。ここはダンジョンでも、魔王城でもないのに。まるでアイゼンみたいだ。私は魔法使いなのに。
意を決し、勇気を出しながらその扉を開いて中に入ると
「……ただいま」
知らずそんな声が漏れていた。
「────」
それに私自身が驚いた。どうやら私も、たった半年でそれが習慣になってしまっていたらしい。これではあいつのことも言えはしない。
静かに、まるで盗人のように家に忍び込んでいく。誰にも気づかれないように、起こさないように。どうせ明日にはバレてしまう無駄なことを。
一階のリビング。ランタンの明かりが灯されているその傍らで、ヒンメルが眠っていた。机に突っ伏したまま。きっといつものように書き物やらなんやらしていたのだろう。完全に寝入ってしまっている。
十年前と変わらない見慣れた寝顔。違うのは似合わない髭ぐらいか。
それでも、何故か胸が苦しくなる。
今はもうない、左手の薬指の指輪。
鏡蓮華。
久遠の愛情。
それが本当か嘘だったのか。確かめることもできない。もう失くしてしまったのだから。
それを誤魔化すように、階段を上っていく。
その先には寝室があった。アウラとリーニエが寝ている場所。いつもは私も寝ている場所でもある。
でもそこに立ち入る気は起きなかった。リーニエを起こしてしまうかもしれない。それだけではない。
あいつの顔を見たくなかった。ただそれだけ。
そのまま逃げるように書斎へと向かう。自分にとっての宝物庫でもある。アウラにはエルフの巣だのなんだのと言われてしまっている場所。だがそれも馬鹿にはできない。今の私にとっては、ここが一番落ち着く場所になってしまっているのだから。
「……?」
書斎に踏み入った瞬間、足に何か当たって思わず転びそうになる。何なのか。ここには誰もいない。なら構わないだろう。そう思って灯す魔法で辺りを照らすと
そこには一月前、私が出て行った時のままの光景が広がっていた。所狭しと、足の踏み場もないほど散らかってしまっている。
きっとアウラの仕業だろう。いつもなら片づけてくれるのに。嫌がらせに違いない。
それにしてもこんなに散らかしていただろうか。指輪を必死に探してばかりで、全く気づけなかった。
「しょうがないね……」
とにかくこのままでは寝ることもできない。仕方なくそのまま片づけを始める。たくさんの魔導書。いつもなら宝の山なのに、今は違って見える。私らしくもない。それに居心地の悪さを感じながら、本を棚に戻していく。難しくもなんともない、単純な作業。なのに、
「……え?」
その手が止まってしまう。固まってしまう。その手に持っている、魔導書に目を奪われてしまう。
それはいつものことだった。
でも、これは違う。何故ならその魔導書は、この書斎にはなかったはずの物なのだから。
私にはそれが分かる。私はこの書斎にある本はすべて把握しているのだから。なら、答えは一つしかない。これは、アウラが隠し持っていた一冊だ。私に奪われるのが嫌で、隠しているあいつ個人の持ち物。
それがここに混じっている。木を隠すなら森の中。つまり本を隠すなら、書斎の中、ということなのか。私がいない間にここに持ち込んだまま、隠すのを忘れていたのか。
「…………」
でも、それは違った。
何が『魔族は嘘つき』だ。つくのならもっと上手く嘘をつけばいいのに。これではリーニエも騙せないに違いない。
その魔導書の表紙にはこう綴られていた。
『失くした装飾品を見つける魔法』
「…………やっぱり
知らず、独り言を呟いてしまっていた。ここに来てからの、私の口癖。でもそれが、いつもとは少し違っていた気がした────
翌朝、リーニエによって「フリーレンが死んでる」と報告を受けてアウラが書斎に向かうと、そこにはいつものように、本の山に埋もれてお尻だけ出た状態で身動きが取れなくなっているフリーレンが発見されたのだった────