「はんでハイターとアイゼンがひうの?」
「食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」
もしゃもしゃと口いっぱいにアップルパイを頬張りながら、そんなことを口にしているフリーレンに呆れるしかない。リーニエですらもっとお淑やかだろう。いくら野生のエルフだといっても限度がある。これで人類に分類されるというのだから。
「相変わらず薄情ですね。貴方がまた逃げ出したと聞いたので、こうして心配して来たというのに」
「そうだそうだ」
「薄情で悪かったね」
「まあまあいいじゃないか。こうして帰ってきたわけだし」
だがそんなこいつを甘やかすのが勇者一行の連中だ。いつものように下らないやり取りをしている。よく飽きないものだ。
昨夜、このエルフは忍び込むように家へ帰ってきたらしい。まるで家出した子供、いや老人のように。それが露見するのが嫌だったのだろう。魔力だけでなく、気配も消していたのか。全く気づけなかった。
だがそれも全くの無駄となる。リーニエによってその現場を発見されることによって。都合何度目になるか分からない、罠に嵌まって動けなくなるエルフの図。一月ぶりで忘れてしまっていたのか。巣の餌に埋もれて動けなくなってしまった渡り鳥。未だに生き永らえているのは奇跡と言えるだろう。
「そうはいきません。ちゃんと叱っておかないとまた迷惑をかけるに決まっています」
「アウラの真似か、ハイター?」
「私はお母さんじゃないわよ」
「アウラ様は私の主人だよ?」
その下らないやり取りに私を巻き込んでくるのが本当に小癪な奴らだ。私はこいつらの仲間でも、お母さんでもないというのに。それを理解しているのはもはやリーニエだけ。もしこの子にまでお母さん呼ばわりされたら、私は魔族ですらなくなってしまうのだろう。
「ですが本当に心配したんですよ、フリーレン。本当にこのまま
「そんなことしないよ。たった一月で帰ってきたでしょ?」
「やはりダメだな」
「フリーレンらしいね」
それは珍しく、ハイターの本音だったのだろう。他でもないリーニエも反応していないのだから。いや、この場にいる全員の総意でもある。こいつら曰く、信頼だったか。言葉の意味が逆になってしまっている気もするが。
そんなこっちの気も知らずに、素っ気なくいつものように答えるフリーレン。全く気にしていない。朝食という名の昼食もいつの間にか済んでいる。こいつにすればきっと早く帰ってきたつもりなのだろう。それに肩を落としているアイゼンと、楽しそうに微笑んでいるヒンメル。特にヒンメルは酷い間抜け面だ。本当は一番安堵しているだろうに。そんな中
「ダメだよ、フリーレン? ちゃんとみんなに合わせないと」
「…………ごめんて」
「完全に末っ子だな」
「恥晒しもいいところね」
生まれて間もない魔族が、千年を生きる大魔法使いのエルフを叱り始める。それには敵わないのか。それとも恥という感情がこいつにもあったのか。フリーレンはしおしおになりながら、見るに堪えない変顔を晒している。どちらが魔族か分かったものではない。一体どんな情緒をしているのか。本物の姉妹でもここまでにはならないに違いない。
「フリーレンがいなくなって私も迷惑した。アウラ様はおかしくなるし、ヒンメルはもっと頼りにならなくなった」
「──リーニエ」
「……むぅ。嘘じゃないのに」
「なるほど、それは大変でしたね。リーニエ」
「罪な女だ」
だが家のリーニエはそれだけでは終わらない。この子は悪意のない混乱を引き起こす存在なのだから。そのまま黙っていればいいのに、私たちの恥まで暴き始める。ヒンメルはまだ分かる。あんなに目に見えて落ち込んでいれば。だが私もそう見えたのだろうか。確かに調子は狂わされたかもしれないが、リーニエにそう言われてしまうなんて。でもこの子は嘘はつかない。ならそういうことなのだろう。反吐が出る。
「リーニエには敵わないね。それはそうとフリーレン。探し物は見つかったのかい?」
私とは違い、それを楽しそうに受け止めながら。ヒンメルは何でもないことのように、核心となるであろう質問をフリーレンに投げかける。
この騒動の発端。フリーレンが決して明かそうとしなかった秘密。だというのに
「…………うん。見つかったよ」
少しの間を置きながらも、あっさりとフリーレンはそう明かしてきた。
(リーニエが何も言わない……? 本当に見つけて帰ってきたってこと……?)
そんな予想外の返事と事実に困惑するしかない。てっきり指輪を見つけられずに意気消沈して帰ってきたのだとばかり思っていたのに。それとも苦し紛れの嘘かとも思ったがそれもない。何故ならここには私の天秤に匹敵する裁判官がいるのだから。虚偽は許されない。
(そう……)
わざわざ失くした装飾品を見つける魔導書まで渡してやったというのに。全くの無駄だったらしい。
どころか恥を晒してしまった形。もしかしたら探し物は指輪ですらなかったのかもしれない。こいつがあの魔導書に気づかない内に回収しなくては。
「…………」
そんなことを考えていると、フリーレンがじっと私を見つめていた。この半年、何度も晒されてきた、魔族である私を観察する研究者の目。
「……何よ?」
「何でもないよ」
だが一月ぶりだからか。それが少し違っていた。いつもなら冷たく言い返してくるくせに。そのまま目を逸らされてしまう。一体どういう風の吹き回しなのか。気味が悪いことこの上ない。
「そうか。どんな魔導書だったんだ?」
「伝説級でしょうか」
「ミミックは?」
「みんな私を何だと思ってるの?」
「もちろん仲間だよ。当然だろう?」
そして当然のように弄ばれている魔導書中毒者。気づいていないのは本人だけなのだろう。やはり私の方がどうかしていたのだろう。こいつが指輪を探しに出かけるなんて。リリーに唆されてしまったのかもしれない。
「ですがこれで一安心ですね。ああ、そうでした。貴方が帰ってきたらお願いしたい大事なことがありまして」
「何のこと?」
そんな騒がしさを収めながら、これみよがしにハイターが宣教者のように話し始める。そういえばこいつはこっちが本業だったか。すっかり忘れてしまっていた。だが心当たりはないのか。フリーレンは興味なさげにしている。他の連中もそれは同じ。きっと慣れっこなのだろう。しかしそれは
「はい。物は相談なのですが……アウラをウチにくれませんか?」
十年ぶりの、どこかで聞いたことのあるお願いによって覆されてしまった。
「……どういうこと?」
「とうとうそこまで堕ちたか、ハイター」
「私は犬や猫じゃないわよ」
「っ! 何を言ってるんだハイター!? そんなのダメに決まってるだろう! アウラは僕のも」
「あんたは黙ってなさい、ヒンメル」
「ごめん」
事情を知らないフリーレンだけは首を傾げているが、それ以外の連中はそうではない。そう、これは明らかに十年以上前。初めて私がこいつに会った時に言われた言葉だ。忘れるわけがない。きっと私たちを貶めるための罠の類。だというのにそれにまんまと引っかかって醜態を晒そうとしているヒンメルを黙らせる。クズ勇者め。恥を知らないのか。
「はっはっはっ、これは大騒ぎですね。難しいことではありません。アウラには聖都で天秤として力を貸してほしいのですよ。今回のように貴方がいなくなってしまっては連れ出すこともできないので」
思った通りの反応を得られてご満悦なのだろう。手品師のように、いや、詐欺師なのか。種明かしをし始めるハイター。言っていることも完全に欲にまみれている。これでよく司教などと。女神の奴も騙されてしまっているに違いない。
「……こいつの魔法が目当てってことか。お断りだよ。こいつは私の物だ。油断したらどんな危険なことになるか」
それを見透かしているのだろう。冷徹な魔法使いとしての顔を見せながらフリーレンはそう断罪する。当然だろう。こいつは私を監視するために、私を服従させているのだから。それを首輪がついているとはいえ、他者に委ねるなど。私を七崩賢の大魔族だと理解し、忘れていない証明。やはりこいつは葬送のフリーレンなのだ。だがそれは
「もちろん無料でとは言いません。最近手に入れた伝説の魔導」
「乗った」
たったそれだけのやり取りによって覆されてしまった。
「気のせいかな? 今酷い人身売買を目の当たりにした気がするんだけど」
「私たちは魔族よ」
いっそ清々しいほどだ。きっとこれが悪意の塊なのだろう。私たち魔族は魔物、動物。人身売買にはあたらない。そんなところか。本当にこいつらは人類なのか。
「私たち売られちゃうの、アウラ様?」
「そうね。嫌なら命乞いしてみなさい」
「うん。何でもするから捨てないで、フリーレン」
「っ!? ど、どこでそんな言葉を覚えたんだい、リーニエ?」
「飴坊主」
「なるほど。最低だな」
「はて、覚えがありませんね。何のことでしょうか?」
「大丈夫だよ、リーニエ。役に立つなら捨てたりしないから」
「ほんと? よかった! フリーレン大好き!」
「ここにはクズしかいないわね」
あとはもうお察しだ。売り言葉に買い言葉。それぞれが好き勝手なことを言い始める始末。騒々しく、暑苦しいことこの上ない。ただでさえ最近家が狭くなってしまっているというのに。
「そういえば、何か忘れてないかな、フリーレン?」
「何のこと?」
それが冷めやらぬ中、何かを思い出したかのようにヒンメルがそう告げる。気づけば周りの連中もそれに見入っている。やはりこいつは勇者なのだろう。当のフリーレンは心当たりが多すぎるのか。要領を得ない。それを知ってか知らずか
「────おかえり。フリーレン」
格好つけたがりの勇者は、そんな言葉を薄情者の魔法使いに投げかけた。
「…………」
瞬間、その無駄に長い耳が反応したのを見逃さなかった。本当にこいつは嘘が苦手なのだろう。魔族を騙すのはあんなに得意のくせに。表情は何も変わっていない。いつもの薄情な無表情のまま。
だが嫌そうにしているのが丸わかりだった。ヒンメルが何を言いたいのか、言わせたいのかを察して黙り込んでいる。気づけば全員の視線が集まっていた。それはさながら公開処刑だ。こいつらなら、そんなこと言わなくても分かっているだろうに。
「ダメだよ、フリーレン。帰ってきたらちゃんと言わないと」
「…………ただいま」
それがきっと止めだったのだろう。リーニエに後押しされて、ようやくその言葉を口にするフリーレン。たった一言。それだけのために、こんなに面倒なことを。本当に巻き込まれるこっちはいい迷惑だ────
アウラは知らなかった。
フリーレンが探していた指輪が、本当は最初から書斎にあったことを。
フリーレンの『見つかった』が嘘ではなかった。その意味を。
灯台下暗し。
それがこの迷子騒動の顛末だった────
「……あんた、私の魔導書どこにやったのよ」
「魔導書? 知らないよ。何のこと?」
「どうしてそんな嘘をつくの、フリーレン?」
今回で第五節のエルフと魔族は終了となります。
今回のエピソードは題名にある通り、エルフと魔族。フリーレンとアウラが互いを個人として認識することがテーマでした。種族という差を超えた関係性の構築でしょうか。
感想欄でも触れたように、第六章の人間と魔族のオマージュでもあります。それをアウラからフリーレンに反転した形です。
長くなりましたが、次話からは第六節、生ける魔導書の忠告になります。起承転結の承の後半。読者の皆さんが期待していた人物の登場もあります。ぜひお楽しみに。感想お待ちしています。