ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六章 人間と魔族
第二十七話 「母」


「よし! じゃあこの辺りで休憩にしようか」

 

 

上機嫌に慣れた様子で休憩の準備を始めてしまうヒンメル。激しい既視感。ついこの間も同じ光景を見たような気がする。本当ならあの王都から解放されてからの帰り道。だが変わらず気分は憂鬱なまま。当然だ。王都での続きがこれから向かう場所で始まりかねないのだから。

 

 

「でもやっぱり魔物に襲われないのは助かるよ。まさにアウラ様様だね」

「……あんた、わざと言ってるでしょ。人を虫除け扱いしないで頂戴」

「まさか。褒めてるんだよ」

 

 

そんな私の機嫌を知ってか知らずか。いつもと同じ調子でこちらをからかってくるヒンメルに呆れるしかない。一体この元気はどこからくるのか。一週間王都で動きっぱなしだったくせに全くそれを感じさせない。それに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。それでもあの生臭坊主がいなくなったのはせめてもの僥倖だろうか。

 

 

「それにしてもアウラ、君は随分ハイターに気に入られたみたいだね。あんなに楽しそうにしているあいつを見たのは久しぶりだよ」

「何よそれ。ただずっと飲んだくれてただけじゃない」

「そんなことはないさ。飲んだくれていたのは確かだけど、あんなに二日酔いになっていたのは滅多にないからね。よっぽど楽しかったのさ」

「……面倒を見てくれるからって飲みすぎてるだけじゃない。もう二度と御免よ」

 

 

まるで狙ったかのようにハイターの話題を振ってくるヒンメル。その内容も悪夢でしかない。何であんな奴に気に入られなければいけないのか。自分の世話をしてくれると勘違いしているだけだろうに。それか私の魔法が役に立つとでも思っているのだろう。私のことを捨て猫、犬ぐらいにしか思っていないに違いない。

 

 

「そういえば、ハイターから何かお土産をもらってただろう? 一体何だったんだ?」

「……大したものじゃないわ。ただの本よ」

 

 

そう淡々とヒンメルの問いに答える。そう、嘘は言っていない。鞄の中にはその通り、何冊かの本が詰められている。それは女神の聖典に加えて裁判に関する書物。だがただの書物ではない。ちらっとしか中身を見ていないが恐らく門外不出の類の物だろう。何でこんな物を私に。あの生臭坊主のことだ。何か企んでいるに違いない。しかしそれよりも遥かに厄介な本が一冊その中に紛れ込んでいた。それは

 

 

(あの生臭坊主……余計な物を……!)

 

 

花の図鑑だった。明らかに他の本とは内容が異なる物。それが何を意味するかなど考えるまでもない。知らず手が胸にかけられているアクセサリに伸びかけるも何とか抑える。あの生臭坊主はこのアクセサリがヒンメルから贈られたものだと気づいていたのだろう。本人から聞いたのかどうかは定かではないが間違いない。それでこんな本を渡してきたのだろう。私がこの花の意味を知っていないなら教えることができ、知っていてもその本があればヒンメルに私が花言葉を知っていることを明かすこともできる。どっちに転んでも私にとっては害しかない。

 

 

(村に戻ったらリリーにでも渡すしかないわね……)

 

 

とりあえずヒンメルに見つからないように花好きのリリーにでも渡すしかない。家の中に置いておくのは危険すぎる。あの目ざといヒンメルのことだ、次の日にはバレてしまうのは目に見えている。あの生臭坊主。二度と御免だが今度会う機会があれば。

 

 

「どうかしたのかい?」

「何でもないわ。あんたこそ、あの生臭坊主から何かもらってたんじゃないの?」

「ふふっ、そうとも。とっておきだよ?」

 

 

待ってましたとばかりにヒンメルは自分の鞄を漁り始める。どうやらそれを聞いてほしくてこんな話題を振ってきたらしい。本当に子供みたいなやつ。冷めた目でそれを眺めていると

 

 

「これさ! 珍しい葡萄で作られた葡萄酒でね。やっと手に入れることができたんだ!」

 

 

満を持したかのようにヒンメルは目を輝かせながらそれを見せびらかしてくる。どうやらハイターからそんな物をお土産にもらっていたらしい。そのまま無言で立ち上がり、ヒンメルの手から葡萄酒を取り上げる。そして

 

 

「……? どうしたんだい? もう飲みたくなった」

 

 

そのまま蓋を開け、中身を地面にぶちまけた。

 

 

「っ!? な、何をするんだ!? それは本当に貴重な――!?」

「私言ったわよね……? しばらく酒は禁止だって……まさかドワーフの所でも酒盛りするつもりだったわけ?」

「そ、そんなことは……!? で、でも捨てることはないじゃないか!? あれはハイターが悪かっただけで僕はそこまで」

「何か言った?」

「何でもありません」

 

 

自分でも驚くほど冷たい声が出る。それを感じ取ったのか、阿鼻叫喚だったヒンメルは泣く泣くあきらめている。冗談ではない。ようやく酔っ払いの後始末から解放されたのにこの先でも同じことをさせられるなんて。この勇者は学ぶことをしないのか。そもそも失態だとすら思っていないのかもしれない。

 

 

「ハイターならきっと三日三晩寝込んでしまうだろうな……それはともかく。アウラ、王都ではお疲れ様だったね。特に裁判所での活躍は格好良かったよ」

「雑になかったことにしたわね……」

 

 

そのままでは危険だと判断したのか。ヒンメルはこれ以上になく強引に話題を変えてしまう。突っ込みたいところは山積みだが仕方なく乗ってやることにする。こっちとしてもこれ以上酒の話題に振り回されたくはない。まだこっちの方がマシだろう。だがその判断は

 

 

「本当さ。いい機会だと思ってね。新しい二つ名をハイターに広めてもらえるように頼んでおいたよ」

 

 

興奮冷めやらぬヒンメルの発言によって過ちだったと気づかされてしまう。

 

 

「新しい二つ名……? 何よそれ?」

「『天秤』さ。君のイメージにはピッタリだろう? 裁きを下すって感じだし」

「そうじゃないわ!? 何でそんなことしてるわけ!?」

「だって『断頭台』じゃイメージがよくないだろう? せっかくだから新しい二つ名を考えたんだ。気に入らなかったかい?」

「あんたね……」

 

 

さらっと明かされる衝撃の事態。どうやら私の知らない間に新しい二つ名が広められようとしていたらしい。一体何の冗談なのか。渾名をつけるのとは訳が違う。人間共に勝手につけられた今の二つ名に愛着も何もないが、それでもこれは違う。自分で自分の二つ名を考えてしかも広げるなんて恥辱でしかない。この二人はそんなことにも気づけないのか。いや、ヒンメルはともかくあの生臭坊主は絶対分かってやっているに違いない。そしてその影響力から考えればそれがあっという間に広まってしまうのは火を見るより明らか。

 

 

「そうか……じゃあ他の二つ名にするかい? 手紙で出せばまだ間に合うと思うけど」

「……ちなみにどんな二つ名なわけ?」

「そうだね……確か『逆転』と『聖母』だね。あとは」

「『天秤』でいいわ」

 

 

即答だった。もはやそれ以上聞きたくもなかった。聞くまでもなく天秤が一番マシに違いない。広めるなと言ったところで無駄なのは分かり切っている。

 

 

「君も分かってるじゃないか。やっぱりこれが一番君に似合ってるよ。君はそれであの男性を救ったんだから。いや、彼だけでなくその家族もね」

「救う……? 何よそれ? 私は取引しただけよ」

「そうだね。君にとってはそうだろうけど、彼らにとってはそれだけじゃなかったってことさ」

「……相変わらず意味が分からないことばかり言うわね」

 

 

何故か満足げなヒンメルの姿に眉をひそめるしかない。何でも私はあの男を救っていたらしい。意味が分からない。救うとは一体何なのか。償うという言葉に負けず劣らず人間共が好きな言葉。信じる者は救われる、だったか。他人任せの理解できない行動を指すもの。そんなことをした覚えはないが、ヒンメルが言うなら私はそういう行動をしたように人間共には見えるということなのだろう。だがそれ以上に理解できないのは

 

 

「家族って何よ? 私はあの男以外には何もしてないわ」

 

 

家族という言葉。いや、言葉自体は知っているが何故それが今出てくるのか。

 

 

「彼が言っていただろう? 奥さんと子供がいるって。その二人を君は救った、助けたってことさ」

「そう。何でそうなるかは分からないけど良かったじゃない。家族っていうのは番と子供ってこと?」

「そうだね……そうか。確か、魔族(君たち)には家族っていう概念がないんだったね」

「ええ。私たちは生まれてからずっと一人で生きるわ。人間(あんた)たちみたいに無駄に群れたりしない」

 

 

ようやく思い出したのか、ヒンメルはそんな当たり前のことを言ってくる。そう、私たちにそんな概念はない。生れ落ちてから人間で言う天涯孤独に過ごすのが当たり前。個として独立している。人間のように無駄なことはしない。親も子もない。自分を生み出した、自分が生み出したものだろうが己と違う個体でしかない。特別視すべきは魔力の、力の優劣のみ。なのに

 

 

「あんたたち人間はお母さんが大好きだものね。だから子供の魔族に簡単に騙されるのよ」

 

 

家族なんて概念に囚われているから子供の魔族にも簡単に騙されてしまうのだろう。『お母さん』という魔族にとっては魔法のような言葉によって。本当に愚かな種族。

 

 

「……そうだね。僕もお母さんが大好きだからね」

 

 

そんな私の言葉にヒンメルはどこか寂し気にそう答えてくる。いつもなら気づくことのない、その差異。だが今の私にはそれが分かる。

 

 

(こいつ……また無駄なことを考えてるのね……)

 

 

ヒンメルがまた考える必要のない、無駄なことを考えているのだと。この一年の間に何度もあったこと。恐らく私が言った何気ない言葉に起因するもの。状況から察するにさっきの私の言葉の中にヒンメルが、人間が不快だと感じる何かがあったのだろう。それはまた後で精査するとして

 

 

「……だからって私をお母さん呼ばわりは止めなさい。あのエルフにでも頼めばいいわ」

「それは無理かな。フリーレンは年上のお姉さん枠だからね」

「本当にませたクソガキね、あんたは」

 

 

空気を変える意味もかねて話題を進める。その齟齬を広げることは望ましくない。何よりもこいつがしおらしくなるとこっちの調子もおかしくなってしまう。だがそんなことする必要もなかったかのように平常運転の勇者様。本当に癪に障る奴。

 

 

「一つ聞きたいんだけど……家族と友達ってのは何が違うわけ? 本でもよく出てくるけど、違いがよく分からなかったわ」

 

 

その意趣返しも込めて一つ質問する。家族と友達。ともに似通った概念なのだろうが違いが分からない。友達というのは魔族にも分からなくもない概念。友誼に近いものだろう。人間ほどではないだろうが魔族にもそれはある。家族はそれとは異なるのだろうか。

 

 

「そうだな……血の繋がりもあるけど……一緒に仲良く暮らしている人のことかな」

「何よそれ」

 

 

あまりにも曖昧なヒンメルの答えに呆れるしかない。あれだけ偉そうに何だかんだ言いながら自分でもよく分かっていないらしい。なのにそれにこんなにも振り回されているというのか。

 

 

「でもそうなると……うん、僕らも家族ってことになるのかな?」

「はぁ?」

 

 

うんうんと頷きながらそんな意味不明なことを口走っているヒンメル。頭がどうかしているのは今更だがどうしたのか。人間としても致命的に何かが狂っているに違いない。

 

 

「アウラ、僕と家族に……」

「何よ?」

 

 

いつかと同じようにまたふざけたことを言おうとしたのだろうが、そのままヒンメルは固まってしまう。一体何なのか。

 

 

「いや、待てよ……? 僕にはフリーレンが……そうなると僕は……になるんじゃ……?」

 

 

そのままヒンメルはぶつぶつと意味不明な独り言を呟き始めてしまう。あのエルフの名も呼んでいる。あの薄情なエルフに耐えかねてとうとう妄想に話しかけるまでになってしまったのか。それがいつまで続いたのか。

 

 

「うん。アウラ……君は僕のことが好きかい?」

「ええ。あんたがあのエルフのスカートを捲りたいと思うぐらいにはね」

「ごめん」

 

 

その妄想にこっちも巻き込もうとしてくるのでお断りする。一体何がしたいのか知らないが、ままごとがしたいなら帰ってリリーとやればいい。もっともリリーからしてもお断りされるような酷い設定に違いない。

 

 

「ごほんっ、でも家族については僕よりもアイゼンに聞いた方がいいかもね」

 

 

ようやく現実に戻って来たのか。咳払いしながらそれでもやはり理解できないことをヒンメルは口走っている。アイゼン。あの生臭坊主と同じ勇者一行の一人。そして今から向かっている目的でもある。

 

 

「どうしてそうなるわけ?」

「僕たちのパーティの中ではアイゼンはお父さんのような役割だったからね。ちなみにお母さん役はハイターだったんだ」

「そう。良かったわね。それであんたとエルフは子供役だったわけね」

「っ!? ち、違う! 僕はパーティのリーダーだったんだ! フリーレンは……そうだね、否定はできないけどそういうところも逆に良くて」

「そんなこと聞いてないわ。私じゃなくて本人に言いなさい。それで、そのアイゼンはどんな奴なの? あの生臭坊主みたいな破戒僧なわけ?」

「そ、そんなことはないよ。アイゼンは僕たちの中でも一番大人だからね。臆病で勇敢な戦士なんだ。あとすごく丈夫でね。自由落下ならどんな高さからでも無傷なんだ! 毒も全く効かないんだ!」

「そう、聞いた私が馬鹿だったわ」

 

 

凄いだろう、と子供のように自慢してくるヒンメルに辟易しながらも立ち上がる。これ以上話していても時間の無駄だろう。どこにそんな生物がいるのか。魔族ですらあり得ない荒唐無稽な話にこれ以上は付き合ってはいられない。

 

 

そのままローブを被り直しながら出立する。それに慌てて付いてこようとするヒンメル。分かるのはこの先にいるアイゼンとやらもハイター同様自分にとっては厄介事の匂いしかしないということだけだった――――

 

 

 

「この辺りのはずだけど……ああ、あったあった! 見えてきたね。今日はあの村にお世話になるんだ!」

「落ち着きなさいよ。恥ずかしいわね」

 

 

目当ての村を目の当たりにしたことではしゃぎ始めるヒンメルに呆れるしかない。もう少し静かにしてほしい。ただでさえこの馬鹿みたいなローブのせいで目立つのだから。しかも勇者とお揃い。一体何の嫌がらせなのか。制止も虚しく、ヒンメルは小走りに村に向かっていってしまった。それに仕方なく付いて行くしかない私。本当なら不審者扱いされておかしくないのだが、何でもヒンメルは中継地点として寄ることをあの村に手紙で伝えているらしい。本当にそういうところは抜かりがない。それをもっと他のことに活かせないのだろうか。だがそんな空気は

 

 

「っ!? 勇者様! よかった! お待ちしていたんです!」

 

 

切羽詰まった、鬼気迫った村の人間の迎えによって一変してしまう。

 

 

「っ! 何かあったのか!?」

「村に魔族が出たのです! 今、村の者たちが退治しようとしているのですが手間取っていまして……!」

「分かった。案内してくれ!」

 

 

さっきまでとはまる別人。魔族を狩る者としての貌を見せながらヒンメルは疾走する。その手には既に勇者の剣が握られている。それに呼応するように私もまた魔族としての、魔法使いとしての私に研ぎ澄まされていく。

 

同時にヒンメルよりも早く、この村の状況を把握する。魔力探知という魔法使いの基礎によって。加えて、同じ魔族として。それが何をもたらすかまでは私にも分からない。

 

 

「――――」

 

 

ヒンメルはただ立ちすくんでいた。目の前の光景を前に。さっきまでの覇気は見られない。その剣を握る手が微かに震えているのを私は見逃さなかった。いや、私が後ろにいることすらヒンメルは気づいていないに違いない。

 

 

そこには一匹の魔族がいた。村の者たちにやられたのか。肩には傷を負っている。逃げ切れず、追いつめられてしまっているのだろう。無理もない。その魔族からはわずかな魔力しか感じ取れない。何故なら

 

 

「助けて……お母さん……」

 

 

その魔族は、幼い子供の個体だったのだから。

 

 

欺くための、偽りの母を呼ぶ声真似がその場に響き渡る。その意味を知るのは魔族である私と、誰よりも魔族を葬ってきた勇者のみ。

 

 

それがのちに『例外』の二つ名を贈られるリーニエと二人の出会いだった――――

 

 

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