「さあ、ここが王都だよ!」
「知ってるよ」
王都の入り口のど真ん中で、いつかどこかで聞いたような台詞を吐くヒンメル。そういえばあの時もそうだったか。
対して、それをどこか魔族を見るかのような冷たい目で見つめているフリーレン。本当に仲間なのか疑わしい有様。だが他人事ではないのだろう。周りからは私もそう見られているのだから。本当にいい迷惑だ。
「久しぶりだからね。少しは街並みも変わっただろう?」
「たった十年でしょ。大して変わってないよ」
そんな氷のようなエルフを前にして、全く堪えることなくヒンメルは話し続ける。きっと旅の中では日常茶飯事だったのだろう。まるで自分の家の庭を見せびらかすように自慢しているが、フリーレンには全く響いていない。だがそれは私も同じだ。初めてここに騙されて連れてこられてから十年だが、街並みは大して変わっていない。私たちの村の方がよっぽど変わっている。もっともフリーレンのことだ。そもそも十年前の王都なんて覚えてないのかもしれないが。
「フリーレン、怒ってる?」
「……そんなことないよ」
「どうしてそんな嘘をつくの?」
「…………」
そんな剣呑な空気を全く気にしない、いつも通りの我が従者。図星だったのか。フリーレンは私達にもバレバレな嘘をついてリーニエに指摘されてしまっている。相変わらず学習しない奴だ。もっとも、今回に関してはそれだけではないようだが。何故なら
(やっぱりあの老害の仕業ね……鬱陶しいことこの上ないわぁ……)
フリーレンほどではないにしても、王都に入ってから苛立っているのは私も同じなのだから。
それは魔力だった。薄く精密な魔力探知が王都を包み込んでいる。人間の魔法使いであれば気づけないであろうほどのわずかな違和感。しかし魔族である私やフリーレンにとってはそうではない。その証拠に、フリーレンは王都に足を踏み入れてから露骨に不機嫌になっている。まるで常に監視されているような落ち着きなさがある。間違いなくあの老害の仕業だろう。
ようするにこの王都はあいつの縄張りなのだ。やはりエルフは私たち魔族寄りなのだろう。もっとも私も魔力を隠すことなく、正面からそれに喧嘩を売っているので他人のことは言えないが。今もそれによって魔力探知の相互干渉が起こっているが、魔法使いではないヒンメルは気づけていない。
「何だい、フリーレン。そんなに僕を見つめて。もしかしてやっと僕のイケメンぶりに」
「どうして私を王都に連れてきたの?」
「え? 無視?」
どこか恨めしそうにフリーレンはヒンメルを睨みつけているが、そんなことは何のその。ヒンメルは自然体そのものでいつものように戯言をのたまっている。本当に癪に障る奴だ。今この瞬間だけは、フリーレンの奴に同情してやってもいいと思うぐらいには。何故なら
「言っただろう? 君から預かっていた暗黒竜の角を返したいって。忘れるといけないからね」
「…………」
私もまた十年前、こうやって偽物の勇者に騙されてここに連行された過去があったのだから。
言外にフリーレンはヒンメルを問い詰めるも全く効いていない。もっともらしい言い訳を口にしている。騙している。それは嘘ではない嘘。リーニエの眼すら誤魔化すことができるもの。
フリーレンとあの老害を引き合わせること。それが今回の王都訪問の魂胆だったのだろう。完全にしてやられてしまった形。その手練手管はハイターのそれだ。きっと共謀しているに違いない。
「……楽しそうだね、アウラ」
「そう? ただの気のせいでしょ」
そんなヒンメルに倣うように、私も知らぬ存ぜぬを貫き通す。本当なら同じ騙された者同士、一時的に結託してやってもいいのだが、今回ばかりは別だ。あの老害と再会なんてしたくもないが、それ以上にフリーレンとあいつが嫌がっている様子を見れる方がきっと面白い。愉しそうだ。思わずその口元が緩んでしまうのを抑えられない。これではリーニエではなくとも騙せないだろう。
「それで、その格好は何?」
「見て分からないの? 法衣よ。王都や聖都ではこの格好をするよう命令されてるのよ」
取引はできないと悟ったのか。それとも。フリーレンは今度はその目を細めながら、奇異の目で訝しむようにこちらを見つめてくる。どうやら私の格好、法衣のことを言っているらしい。そういえばこいつは見るのは初めてだったか。それは王都や聖都での私の正装。角を隠すローブを被らない代わりでもある。動きづらく、鬱陶しいのだが仕方なく従っている。魔力ではなく、見た目で判断する人間の習性の煩わしさ。もっともこんな擬態をしなくてもいいほど、最近は私の存在も知れ渡ってしまっているので無駄でしかないが。
「悪趣味だね。全然似合ってないよ」
「そうね。あんたのコルセットドレスよりはマシって程度ね」
「アウラ様、私は?」
「もちろんみんな似合ってるよ。そのまま銅像にしたいぐらいにね」
「あんたには聞いてないわよ」
「ヒンメル邪魔」
「ひどくない?」
だがこいつにだけは言われたくはない。醜態ぶりでいえば私はこいつの足元にも及ばないだろう。喜ぶのはエルフが性癖の勇者ぐらい。いや、リーニエもいたか。ようするに着てくれるのなら誰でも良いのだろう。
「でも懐かしいね。フリーレン、覚えてるかい? 魔王を倒した後の盛大なパレードを。アウラ達にも見せたかったね」
旗色が悪いと見るや、ヒンメルは強引に話題をすり替えてくる。判断が恐ろしく早い。こうして勝てない相手からは逃げ回っていたのだろう。
そんな私の視線に気づくことなく、まるでここではないどこかを見ているヒンメル。魔王様を倒した後、十年前のパレードとやらを必死に思い出しているのだろう。ご苦労なことだ。
「本気で言ってるの、ヒンメル?」
「私はその頃はあんたに怯えて隠れてたから知らないわ」
「私はまだいないよ?」
「こらこら空気を読みなさい」
それを知っているのはここにはフリーレンしかいないのだから。そもそも魔族に向かって魔族が負けた日を祝う話を振ってくるなんて何の冗談なのか。喧嘩を売っているにしてもほどがある。侮辱でしかない。そもそもこの話を聞かされるのも何度目か。いい加減うんざりしてしまう。仲間であるはずのフリーレンすらこっち側になってしまっている。世も末だ。
「……そういえば、ヒンメルはそういうのが好きだったね。旅立つ時はいつもそうだった」
「思い出してくれたかな」
その渾身の冗談は、どうやらフリーレンのなけなしの記憶を呼び起こすことには成功したらしい。本当にこいつは薄情なのだろう。どうやったらこの勇者のことを忘れられるのか。教えてほしいぐらいだ。
「私はああいうのあまり好きじゃないんだよ。落ち着かないし」
だがそれはフリーレンにとっては面白いものではなかったらしい。それもそうだ。目立ちたがりのヒンメルや、酒好きのハイターならともかく、この引きこもりが大勢に祝われるなんて行事を楽しめるわけがない。そういう意味ではアイゼンもそうか。
「いいじゃないか。僕たちが勇者一行だっていう何よりの証さ」
「目立ちたがりのヒンメルらしいね。私も大変だったんだよ。最近は落ち着いてきたけど、行く先々で勇者一行の魔法使いだって騒がれたんだから」
どこか遠い目をしながらフリーレンはそんな愚痴を漏らしている。なるほど。魔族の連中は勇者であるヒンメルばかり恐れて身を隠していたが、人間たちにとっては勇者一行なのだ。ヒンメルほどではないにしても、人間たちが群がってきても当然だろう。迷惑この上ない。ヒンメルのことだ。それが目的で魔王様を倒したと言ってもおかしくない。そんなことを考えていると
「あれってもしかして……」
「ああ、間違いない」
どこか遠巻きにひそひそ話をしている住民たちがいた。これだけ騒いでいれば当然か。私にとっては見慣れた光景。最初は勇者であるヒンメルが狙いかと思ったが、どうやらそれは違ったらしい。何故ならその視線は
「噂をすればかな……どうやら君が目当てみたいだよ」
ヒンメルではなく、フリーレンに向けられていたのだから。なるほど。確かに王都の人間たちからすれば十年ぶりの勇者一行の魔法使いの来訪になるのだから。普段のダメっぷりで忘れてしまいそうになるが、こいつは葬送のフリーレン。英雄なのだから。
「あの……」
「……仕方ないね」
そのままどこか恐る恐る住民が話しかけてくる。察したのか。どこかそれに嫌々ながらもフリーレンが応対しようとするも
「天秤のアウラ様ですよね? お会いできて光栄です……!」
「どうか天秤のご加護を」
王都の民はフリーレンを素通りし、私に向かって手を伸ばし、祈り始めてしまった────
「え……?」
それを前にして固まってしまうフリーレン。まるで取り残されてしまったかのように。無様なことこの上ない。その光景にどこか見覚えがあった。あれは何だったか……そう、思い出した。リーニエに自分がお父さんと呼ばれたと勘違いして、それをアイゼンに奪われてしまった時のヒンメルのよう。やはりこいつら似た者同士なのだろう。
「ふぅん……たった十年でも馬鹿にできないものね」
「そ、そうだね……僕もうかうかしてられないな」
たった十年。だが私たちと人間のそれは全く違うのだろう。その事実をフリーレンは身を以て証明している。味わっている。
伝説の勇者一行の魔法使いも、あっという間に忘れ去られてしまう。たった十年で、人間を騙してきた魔族である自分の方が有名になってしまうほどに。本当に飽きっぽい生き物たちだ。だからヒンメルも必死なのだろう。自分が忘れられないように。
その光景に苦笑いしている伝説の勇者様。面白半分で僧侶と一緒に私を祭り上げていただけだろうに。まさかそれがフリーレンを殺す魔法になるなんて。本当にこいつらは仲間なのか。
「フリーレン、怒ってる?」
「…………違うよ」
「? じゃあ何で」
「さあ、そろそろ行こうか! 時間は大切だからね」
見るからにしおしおになっているフリーレンに容赦なく止めを刺そうとしているリーニエ。完全な自業自得。それを強引に誤魔化しながら、ヒンメルは私たちを王都へと連れ出していくのだった────