「やっぱりここの銅像が一番だね」
「もう見飽きたわよ」
「ヒンメルと飴坊主はもっと老いてるよ?」
顎に手を当て、うんうんと頷くご満悦な勇者様。私はどうでもいいと思いながら適当に相槌を打つしかない。
目の前にあるのは、王都の広場に建つ勇者一行の銅像。私にとってはろくでもない代物だが、ヒンメルにとっては何度見ても飽きない、お気に入りの場所らしい。
王都に入るだけでも苦労したというのに、着いて早々こんな場所に連れてこられるなんて。
(ようするにフリーレンにこれを見せたかったってわけね……)
ずっと前から計画していたに違いない。本当に子供のようなやつだ。
「そ、そんなことはないよ。だろう、フリーレン? 君にとっては昨日みたいなものだろうし」
「あと二回だからね」
「え? これも数えられるの?」
当のフリーレンはそんなことなど気にした素振りもなくいつも通り。私よりも冷たい態度を見せている。どころか死の宣告をヒンメルに告げている始末。どうやらそれも年寄り扱いに含まれるらしい。この王都でも癇癪を起こされては敵わない。違う意味で、王都の人間たちから忘れられない存在になるだろう。
「相変わらず銅像が好きだね。この銅像を作るのにどれだけかかったか。最長だったかな……」
当時を思い出しているのか。ここではないどこかを見るような、遠い目をしているフリーレン。エルフであるフリーレンをして長かったと言わせるとは。流石は勇者だろう。ハイターたちも同じことを言うに違いない。
「それは良かった。ちなみに僕が銅像を作っているわけは覚えてるかな?」
「…………」
全く悪びれることなく、ヒンメルはフリーレンに問いかける。それに対してフリーレンは無言。
本当に分かりやすい奴だ。嘘をつけばリーニエに見抜かれるから、黙っているのだろう。もっとも、答えないこと自体が答えになっているのだから、何の意味もない。嘘をつけないリーニエと大差ない。
「……下らないわね。覚えておいてもらうためでしょ?」
仕方なくフリーレンの代わりに答えてやることにする。こんな簡単なことにも答えられないなんて。本当に勇者一行なのか疑わしい。私でも知っているようなことを。そもそも何で答えようとしないのか。本当に忘れてしまっているのか。この薄情者のエルフなら十分あり得る。
「何よ……?」
「……やっぱりお前は駄目だね」
私の答えの何が気に入らなかったのか。フリーレンは呆れたように横目を向け、そう吐き捨てた。何度聞かされたか分からない、こいつの口癖。けれど、今の言い方はいつもと少し違う。
覚えがある。そう、あれはリーニエと一緒に水浴びをしていた時だったか。なら
「流石だね、アウラ。僕の友達なだけはある」
「散々仕込まれたのよ」
「刷り込みだね」
「言い方」
それを思い出すよりも早く、自慢げなヒンメルがそんな見当違いなことを喋り出す。どうやら私の答えがお気に召したらしい。当然だ。この十年で散々仕込まれたことなのだから。ただの魔物でも覚えてしまうに違いない。残念ながら物忘れの酷いエルフには通じなかったようだが。もっと調教が必要だろう。
「ああ、そういえば思い出したわ。あんたにとってはフリーレンを忘れないためだったわね」
そこでふと思い出す。ちょうどこの銅像を前にした時のヒンメルとのやり取り。偉そうなことを言いながらも、自分もフリーレンを忘れてしまわないように銅像に目を奪われていたヒンメルの姿。ちょうどいい機会だ。忘れないうちにその醜態を本人にバラしてやろう。
「っ!? いや、それは……」
その効果は覿面だった。さっきまでの自信満々、ナルシストぶりはどこに行ったのか。リリーに怒られるシュトロのようにヒンメルは右往左往している。いい気味だ。
「……そうなの?」
「どうかな」
「何でそんな嘘つくの、ヒンメル?」
さっきまでと違い、どこか驚いたように目を見開いているフリーレン。それに無駄な抵抗を試みているヒンメル。黙り込んでいたフリーレンの方がまだマシだろう。
そんな下らないやり取りをしていく中で、さらに記憶が蘇っていく。この像を前にしたからか。今と同じぐらい下らないやり取り。その中でした、冗談でしかなかった約束。それを果たしてやるのも悪くない。
「なら丁度いいわ。フリーレン、忘れられないようにあんたをここで封印してあげてもいいわよ?」
「こっちの台詞だよ、アウラ。銅像を作る手間が省ける」
「こらこら喧嘩は止めなさい」
目の前にいる本物のフリーレンを捕まえて、封印してやる。ヒンメルの夢を叶えてやる絶好の機会なのだから。幸か不幸か、エルフを捕まえる魔法で渡り鳥を捕まえることもできた。あとは封印して石像にしてやるだけ。これで逃げられることもないだろう。
そんな事情も知らないフリーレンは、逆にこっちを封印してやると息巻いている。やれるものならやってみればいい。ヒンメルの前でそんなことができるのなら。万が一されても心配はない。こいつのことだ。クヴァールの時のように、封印を忘れてくれるに違いない。ヒンメルを挟んでそんなことをしていると
「……ヒンメル、私たちをクヴァールみたいに封印する気なの?」
珍しくそれまでずっと静かだったリーニエが、私の後ろに隠れて法衣の裾を掴んだまま、そんな言葉を口にした。
「? どうしてそんなことを聞くんだい?」
「だってヒンメルいつも私たちを銅像にしたいって言ってる」
そんなリーニエの言葉が理解できないのか。首を傾げているヒンメル。それは私も同じだった。だがようやく気付く。それは勘違いだった。ヒンメルが事あるごとに、私たちの銅像を作りたいと言っているのを、封印されると勘違いしてしまっている。ある意味騙されてしまっているのか。同時に、自分の言動がそう取られかねないことにヒンメルもようやく気付いたらしい。
「ち、違うよリーニエ!? 僕はそんなつもりで言ってたわけじゃ」
「気づいてなかったのか。てっきり脅してるのかと思ってたのに」
「こいつがそんなこと言うわけないでしょ」
「それもそうか。ヒンメルだからね。悪意がないのはお前と一緒だね」
「一緒にするんじゃないわよ」
まるで子供に嫌われてしまった父親のように、慌てて弁明しているヒンメルと、分かっていながらそれを放置してたらしいフリーレン。本当に薄情者なのだろう。ヒンメルにそんなことができるわけないだろうに。フリーレンではあるまいし。私とヒンメルを同族扱いするなんて怖気が走る。本当にこいつは人類なのか。魔族なのではないか。
「リーニエ、封印されたくないなら命乞いなさい」
「うん。『お父さん、捨てないで』」
「っ!? ど、どこでそんな言葉を覚えたんだい?」
「フリーレン」
「え?」
やられっぱなしは癪なので、リーニエを利用して仕返しをしてやる。案の定、ヒンメルは狼狽し始める。通行人の目を気にしているのか、挙動不審になってしまっている。いかに勇者といえど、周りの目は気にせざるを得ない。この十年で私が学んだことだ。
同時にうちの子に碌なことを教えないフリーレンにも釘を刺す。バレていないとでも思っていたのか。露骨に目を逸らしている。本当に魔力以外では嘘をつくのが下手な奴。
「そんなに銅像が好きなら自分がなればいいじゃない。用がある時だけ解いてやればいいのよ」
いつまで経っても収拾がつかないのでそう強引にまとめてやる。我ながら妙案だろう。ヒンメルはずっと好きなポーズを取れて、忘れられることもない。無駄がない。何か用がある時だけ元に戻してやればいい。そんな私の嫌がらせは
「……いや、それも悪くないかも。世界の危機にかつての勇者が蘇る……格好良くないかい?」
「馬鹿じゃないの」
「ばか」
「私は面倒だから解きには来ないよ」
どうやらヒンメルには通じなかったらしい。むしろ本気で妄想を膨らませている。ワクワクしているのが丸分かりだ。封印されて喜ぶ変態が勇者だったなんて。流石のフリーレンも付き合いきれないのか、あっさり見捨てている。きっと八十年は封印されたまま放置されるに違いない。
「おっといけない。そろそろいい時間かな。行こうか」
妄想からようやく帰ってきたかと思えば、今度はすぐに動き出そうとしている。本当に忙しない奴だ。疲れないのだろうか。アイゼン顔負けの体力馬鹿め。
「どこに?」
「決まってるだろう、王様との謁見にさ。王様がぜひ君に会いたいってね」
フリーレンが私よりも先に問い質したが、ヒンメルの返答は理解できないものだった。まるでそれが当然だと言わんばかりの自分勝手っぷり。言葉を話す魔族の方がマシなのではないか。そういえば、王都に入る前に門番の衛兵と何やら話していたが、あれがそうだったのか。油断も隙もあったものではない。
「どうして私が?」
「前呼ばれた時には君はいなかったからね。代わりにアウラに来てもらったけど」
「私はフリーレンじゃないわよ」
「私は留守番だった」
なるほど。魔法協会の式典の時のことか。生臭坊主の策略に乗り、渡り鳥であるエルフを捕獲する作戦を敢行したのだった。結果はお察しだが。
その時、留守番だったリーニエは面白くなかったらしい。お土産まで買って帰ってやったのに、もう忘れてしまったのか。その場にいなかったという意味では、フリーレンも同じだろう。
「お断りだよ。面倒だし、またヒンメルがタメ口きいて処刑されたら困るからね」
「心配ないよ。もうとっくにされかけた後だからね」
そんなことなど知ったことではないとフリーレンはあっさりと断ってしまう。だがその理由は納得できるものだった。やはりこいつは勇者一行なのだ。あいつらと同じことを口にしている。ヒンメルが王様を怖がっているのも分かっているのだろう。だというのに全く懲りていない勇者様。もう一度処刑されてしまえばいい。
「でも大丈夫。今はアウラがいるからね。アウラは王様にも信頼されてるのさ。タメ口をきいても怒られないんだ。すごいだろう?」
「まんまと騙されてるのか」
「利用されてるだけよ」
「言い方」
それを回避するための私なのだろう。本当に小癪な奴。何が頼りにするだ。利用しているだけのくせに。まだ素直に私の魔法を利用している王の方がマシだろう。
「行きたいなら行ってくればいいよ。私は街を見て回るから。新しい魔法店もできてるかもしれないし」
面倒事に巻き込まれるのを察しているのか。それとも魔法店が気になっているのか。そのまま背を向けてフリーレンはその場を去って行こうとする。まるでそのまま旅立ってしまうような勢い。取り付く島もない。だがそれは
「それは残念だね。王様が君にも褒美をくれるって話だったんだけど。もしかしたら魔導書」
「何してるの? 早く行くよ」
「待ってフリーレン! 私も行く!」
勇者の策略によって陥落してしまう。魚の一本釣り。この場合はエルフなのか。餌は魔導書。それに釣られて王城に突っ込んで行くフリーレン。あれではミミックに食われに行くのとさして変わらない。あのままでは処刑台に送られかねない。
「さあ、僕たちも行こうか、アウラ」
気づけば当然のように手を差し出し、私も連れ出そうとするヒンメル。その手を振りほどくのもあきらめた。結局私もそれに巻き込まれるのは避けられないのだから。
ふと振り返り、広場に立つ勇者一行の銅像を見つめる。
これを見ている人間たちは、きっと知らないのだろう。こいつらの本性を。いや、知らないままでいられるのだ。
(これじゃあ、銅像の方がマシね……)
そう思えば、この銅像にも価値はあるのだろう。
少なくとも、目の前で好き勝手に騒ぐ本人たちよりは────