ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

28 / 252
第二十八話 「回顧」

「助けて……お母さん……」

 

 

馴染み深い、人間を欺く常套句を声真似している魔族の子供。それを取り囲んでいる村の人間たち。その様子を少し離れたところから観察する。

 

 

(村を襲ったのか……愚かね。まだ成長し切れていないのに……)

 

 

肩に手傷を負わされ、逃走することができないでいる幼い個体。状況から見るに村にいる人間に手を出して追いつめられてしまっているのだろう。未熟な魔族が犯しがちな間違いであり、浅慮さ。人間を捕食する際にはできるだけ一人でいる相手を狙うのが定石。複数になればなるほど捕食は困難になる。もちろん魔法を駆使すればその限りではないが、人間にも魔法を扱う者や身体能力が優れている者もいる。加えて集落や村、街単位になると衛兵などの組織も存在する。大魔族であればそれさえも問題にはならないが、わざわざ面倒なことをする必要もない。何よりも幼い魔族は個人差はあるが成長するまではよっぽどの好機がないかぎりは積極的に人間に手を出すのを控えなければならない。自らの生存のために。

 

 

(どうやらまだ人間を捕食したわけではないようね……なら、まだ助かる目はある)

 

 

耳障りな人間共の騒ぐ声が響き渡る。村の子供が怪我を負わされた、早く止めを刺すべきだ、まだ子供なのにそこまでしなくてもいいのでは。そんな聞いていて呆れてしまうような戯言の応酬。本当に人間は愚かでしかない。まだ魔王様が倒されてから二年しか経っていないのに、もう魔族のことを忘れてしまっているのか。人間たちにとって私たちは言葉の通じない猛獣。なのにそれを駆除することに躊躇ってしまう。ただ人間と同じ姿をし、同じ言葉を喋っているだけで。人間どもの無駄であり不合理の最たるもの。そこに付け入ることこそ私たちの生き方。それによって子供の魔族にはまだ生き残れる可能性がある。特に子供であることが大きい。お母さん、という言葉が使えるからだ。その言葉を使うだけで大抵の人間は魔族を殺せなくなる。まるで魔法のような言葉。それによって子供は村人たちを欺き、逃げることができただろう。

 

 

「勇者様! どうか……!」

 

 

この場に、ヒンメルという勇者がいなければ。

 

 

意見の違いに収拾がつかなかったのか、村人の代表と思われる人間が勇者に何かを懇願している。恐らく魔族の子供の処遇をヒンメルに押し付けようとしているのだろう。だが

 

 

「…………」

 

 

ヒンメルはその手に勇者の剣を持ちながらも、立ち尽くしたまま。その視線は魔族の子供に、いやそれを含めた周囲に向けられている。らしくない。即断即決がヒンメルの常。今はもう収まっているようだが、ついさっきまで剣を握っている手が震えているのを私は見ていた。これまで一度も見たことのないヒンメルの姿。

 

 

(こいつ……また無駄なことを考えてるわね……)

 

 

人間であり、勇者でもあるヒンメルの取るべき行動など最初から決まっている。その剣で魔族の子供を両断すること。ただそれだけ。ほんの数秒で終わる行為。なのにそれを躊躇っている。魔族の子供の命乞いに騙されてしまっているのか、騙されている村人の懇願に絆されてしまっているのか。いや、そうではない。そんなことはヒンメルは百も承知だろう。今まで数えきれないほどの魔族を葬ってきたヒンメルがそんな程度で躊躇うはずがない。だとすれば

 

 

(この状況……あの生臭坊主が言っていた話と関係があるってわけね……)

 

 

思い当たる節が私にはあった。つい先日、酒盛りの中でハイターに聞かされた話。何故ヒンメルが私を見逃したのか、その理由。その状況に目の前の光景は類似している。なるほど、それで体が震え、怯えていたのか。償いという人間の大好きな無駄な思考。状況が似通っていてもあの魔族の子供は全くの別個体。なのにそれを気にしているヒンメル。やはり人間の思考は、ヒンメルの考えることは理解できない。

 

 

(さて……どうしようかしらね……)

 

 

なら自分はどう動くべきか。あの魔族の子供を助ける理由はない。同じ魔族であっても別個体でしかない。故に考慮すべきはヒンメルのみ。このまま何もしないのも当然ありだ。そうすればヒンメルはそのまま魔族の子供を退治する。それで終わり。何も変わりはしない。残るのは下らないヒンメルの、罪悪感と言う名の理解できない思考だけだろう。なら私にとっての最善は何か。この状況で、利用できるものは何か。既視感。こんなにも似たような機会がすぐ訪れるとは思っていなかった。なら試してみるとしよう。

 

 

「アウラ……?」

 

 

そのままローブを被ったままヒンメルの前に進む。角を晒す必要はない。あの時はそれが利用できたからしただけ。この場でそれをすることは私にとって不利益にしかならない。そんな私の行動が理解できないのか、ヒンメルはどこか心ここにあらずといった風。本当に馬鹿な奴。こんな下らないことで時間を無駄にしているのだから。

 

 

「あんたがやらないのなら私がやってもいいわよ。見逃す気はないんでしょ?」

 

 

そのまま手に魔法を生み出しながらヒンメルに問う。人を殺す魔法(ゾルトラーク)。その矛先を魔族の子供に向ける。魔族との共存なんて夢物語を見ているヒンメルであってもこのまま魔族の子供を見逃すなんてあり得ない。そこまでヒンメルは甘くはない。私が見逃されたのは例外だったから。その理由によって私は人間を傷つけることはできないが魔族は別だ。魔法を放てば苦も無く駆除できる。ヒンメルがやらないならこのまま手を下してやってもいい。だがそうならないことを私は知っている。

 

 

「ダメだ! 君にそんなことはさせられない!」

 

 

ヒンメルは人間でも理解できないほどのお人好しなのだから。私が同族の子供を手にかけることをよしとしないであろうことは分かり切っている。その理由を理解はできないが、この人間の行動原理は理解できる。そのことに何故か苛立ちを覚える。似たようなことがあった気がするがあれはいつだったか。まあいいだろう。今私がするべきことは一つだけ。

 

 

「そう。ならさっさと解除しなさい」

 

 

さっさとこの茶番のような無駄な時間を終わらせること。同時に私にとっては一つの好機と実験でもある。だが珍しく察しが悪いヒンメルはどこか呆然としたまま。一体何をしているのか。いつも気味が悪いぐらいこっちの先読みをしてくるのに。どうやらそうなってしまうほど、この状況はヒンメルにとっては堪えるものだったらしい。そんな私の焦れ、空気を感じ取ったのか

 

 

「――ありがとう、アウラ。『僕を助けてほしい』」

 

 

さっきまでの情けない姿が嘘のように微笑みながらヒンメルはそんな意味が分からない言葉を告げてくる。どうしてそこでありがとう、なんて言葉が出てくるのか。何故そんな言葉で服従の魔法(アゼリューゼ)が発動するのか。間違いなく一時的に解除された感覚がある。本当に癪に障る。以前の裁判の時のような悦びも高揚感もない。その理由も理解できないがどうでもいい。とっととすべきことを済ますとしよう。

 

 

「お母さん…………」

 

 

先程魔法を向けられたからか、それとも近づいてきた私の魔力に怯えているのか。必死に命乞いを続けている魔族の子供。本能に従った魔族の習性。それに間違いはない。あるとするならば

 

 

「私に命乞いしても無駄よ。同じ魔族なんだから」

 

 

それは魔族である私には何の意味も持たないということ。私にはその言葉の意味も理解できない。子供であっても魔族。私が自分にとってどんな存在であるかは理解しているだろうに。それでも命乞いを止めることができない。初めて、人間の気持ちが分った気がする。本当に、魔族(私たち)は愚かなのだろう。人間と同じように。

 

 

「選びなさい。私に従って生きるか、このまま死ぬか」

 

 

見下ろし、その手にある天秤を見せつけながら問いかける。あの時の被告の男のような取引ではない。生か死か。これ以上にない単純な問いであり強制。その選択権は、生殺与奪の権利は私にある。弱肉強食。人間でも魔族でも逃れられない摂理。故に必要なのは

 

 

「……死にたくない」

 

 

欺くことのない、本当の命乞いのみ。人間の声真似ではない、魔族としての己の言葉。本当に運がいい奴。もしここで『お母さん』や『助けて』と口にすればそのまま自害させてやろうと思っていたのに。

 

そのまま服従の魔法(アゼリューゼ)を解き放つ。瞬く間に二つの魂が天秤に載せられる。そのどちらに天秤が傾くなど見るまでもない。魔力を包み隠さない魔族であるなら尚更。留意しなければいけない魔法使いはあのエルフぐらいのものだろう。

 

瞬間、魔族の子供は目を見開いたまま固まってしまう。微動だにしない。人形のような有様。自由意思を奪われた操り人形。それを前にして再び問いかける。する必要のない、意味のない問いかけ。服従の魔法(アゼリューゼ)がかかっているかを確かめるためのもの。

 

 

「『真実を話しなさい』……『私に従う気はある?』」

 

 

そして、目の前の魔族が本当に魔族であるかを確かめるための問い。

 

 

「『ない。私は生き残りたいだけ』」

 

 

それに機械的に、それでも明確に答えを口にする魔族の子供。知らず口元が吊り上がってしまう。そう、魔族とはかくあるべきなのだ。息を吐くように相手を欺き、食らい尽くす。そこに躊躇も無駄もない。そんな物があるのは人間だけだろう。そんな当たり前のことを目の前の魔族の子供は証明する。

 

 

「――そうね。それが魔族よ。どうする、ヒンメル?」

 

 

それを見せつけながら今度はヒンメルに問いかける。知らず高揚している自分がいる。人間を欺く、魔族の本能によるものか。それとも違う何かか。魔族である子供をまた自分と同じように見逃すのか。同時にもう一つ。改めて私をこのままにしていいのか、という挑発。この一年の間に、ヒンメルが私のことをどう考えているのかは分からない。それでも、魔族という理解し合えない種であるということを改めて突きつける物。それに

 

 

「決まってるだろう? 君と同じさ」

 

 

迷いなくこちらを見つめながらヒンメルは答えてくる。一年前と変わらない答え。どうやらお人好しの勇者様はまだ下らない夢を捨てきれないらしい。知らず一瞬、胸にある銀の花、フリージアに目が奪われる。ここまでくるともはや呪いの類だろう。ようするに私はまだしばらくはこの勇者という呪いに囚われたままだということ。それを解き、脱することが今の私の目的。そのためなら何でもやってやろう。例えそれが魔族の在り方に反することであろうと。

 

 

それが一年振りの勇者との問答。あの時の続き。そしてこれからの始まり。それに巻き込まれる形で魔族の子供は命を拾うことになったのだった――――

 

 

 

「それで? 本当にあの村に泊まっていかなくてよかったわけ?」

「ああ。あのままお世話になると迷惑になってしまうからね……この子のこともある。今度お詫びの手紙を送っておくよ」

「……そう。好きにすればいいわ」

 

 

月明りだけが辺りを照らす森の中、私たちは歩いていた。違うのはヒンメルがその背に魔族の子供を背負っているということ。疲れてしまっているのか、魔族の子供はすっかり眠ってしまっている。簡単な傷の手当てをした後、私たちはすぐにあの村を出立することになった。

 

 

(あの村に留まることができれば最善だったんだけど……そう上手くはいかないわね)

 

 

先に進むヒンメルの後姿を眺めながらそう内心舌打ちする。そう、あのままあの村に留まることができれば私にとっては都合が良かった。勇者から逃げ出すことができるかもしれない絶好の好機だったのだから。

 

 

(まあ、どっちにしろそれは難しかったわけだし、仕方ないわね……服従の魔法(アゼリューゼ)の現状が把握できただけでも儲けものね)

 

 

今はもうその手にはない天秤を想像しながら考え直す。今の私は再びヒンメルに服従させられている状態。当然だ。一時的な解放でしかなかったのだから。しかし今回は前回の時とは状況が異なる。言うまでもなく、魔族の子供が原因だ。

 

 

(間違いなく、あの子供にも服従の魔法(アゼリューゼ)がかかっている。つまり、私が服従させられてもそれまでの命令は消えないってことね……)

 

 

ヒンメルに背負われている魔族の子供。それにも私同様服従の魔法(アゼリューゼ)がかけられている。その内容も私と同じ。

 

『人間を食べてはならない』『人間を傷つけてはならない』『勇者から離れすぎてはいけない』

 

いわば三箇条とでも言える制約。ヒンメルからすればこの子を見逃すためには絶対に譲れない枷であり、それがあったからこそ私もまだ生かされている。しかしそれには大きなリスク、問題があった。それは私が服従させられれば、この子にかけた命令はどうなってしまうのか、ということ。もし命令がなかったことになるのなら魔族の子供には枷がかけられないことになる。そうなればどうなるかはヒンメルは身を以て知っているはず。ならば私を服従させることができなくなる。二者択一。その状況にヒンメルを陥らせ、隙を見て逃走を図る。それが私にとっての最善だったのだが流石にそこまで上手くはいかなかった。

 

 

(元々そういうルールだったのか、それともヒンメルのせいでそうなってしまったのか分からないけど……)

 

 

結果は見ての通り。私が服従させられてもあの子への命令は継続して有効になっている。服従の魔法(アゼリューゼ)が元々そういう仕組みだったのか、それとも主人であるヒンメルの意識に影響されて変質したのかは定かではないが。そもそも魔法の使い手である私が服従させられてしまっているという時点で異常なのだ。何があってもおかしくはない。

 

 

(とにかくしばらくは様子見ね……これがどう影響するかは私にも分からないし)

 

 

全て目論見通りとはいかなかったが収穫はあった。ヒンメルに服従させられても、それより前にかけた服従の魔法(アゼリューゼ)は有効であること。使いようによってはこれは武器になる。そして魔族の子供。これを利用すればヒンメルを出し抜ける可能性がある。先の二者択一ではないが、ヒンメルの目を私だけではなく、これに向けることができれば私も動きやすくなる。利用できる価値はあるはず。

 

 

「ん………」

「おや、起きたかな? 歩けるかい?」

 

 

そんな中、ようやく目を覚ましたのか魔族の子供はもぞもぞとヒンメルの背中から降りてくる。一度周りを確認した後、私とヒンメルを交互に見比べている。恐らく状況を把握しようとしているのだろう。自分が生き残るためには何が必要か。魔族の本能。

 

 

「そういえばこの子の名前は何なんだろう? アウラ、聞いてみてくれないか?」

「はぁ? 何で私が?」

「同じ魔族じゃないか。それに君たちは魔力が大きいほうに従うようになってるんだろう? きっと君の方が適任さ」

「五月蠅いわね……いいわ、あんた名前はあるの?」

 

 

こんな時だけ魔族の習性をしっかりと理解し、利用してくるヒンメル。さっきの村での不調は完全になかったことになっている。本当に調子がいい奴。仕方なく魔族の子供の名前を問う。名前なんてどうでもいいが、一々呼ぶ時になければ煩わしいのは事実。

 

 

「……リーニエ」

 

 

何度か瞬きした後、ぽつりと魔族の子供、リーニエはその名を明かす。自分で付けたのか、誰かに付けられたのかは分からないが一応名前はあったらしい。魔族であっても名前を欺く意味はない。

 

 

「リーニエか。可愛い名前だね」

「どうせどんな名前でもそう言うでしょ、あんたは」

「そんなことはないさ。君の名前も可愛いと思うよ、アウラ?」

「そう。良かったわね」

 

 

そのまま当然のようにこっちを弄ってくるヒンメル。反論しても調子に乗るだけなので無視することにする。そういえば私の名前はどうだったか。五百年近く前のことですぐには思い出せない。そんなことを考えていると

 

 

「……お母さん」

 

 

そんな意味のない言葉を呟きながらリーニエは私のローブを掴んできた。

 

 

「? 何言ってるの? 私はあんたのお母さんじゃないわ。離しなさい」

 

 

理解できないリーニエの行動に困惑しながらその手を振り払う。だがすぐさま再びローブを掴んでくる。一体何なのか。魔族である私を欺くことに意味はないのにそんなことも分からないのか。

 

 

「いいじゃないか。きっとリーニエにとっては君はお母さんみたいなものなんだ」

「馬鹿も休み休み言いなさい。前にも言ったでしょ? 私達にはそんな概念はないわ。これは人間の子供の真似をしているだけよ」

「それでもさ。もしかしたら真似をしているうちにそれが本当になるかもしれないしね」

「ならとっくに魔族(私たち)人間(あんたたち)になってるわよ」

 

 

世迷言を口にして楽しそうにしているヒンメルに辟易するしかない。そう、これはただの人間の真似事に過ぎない。刷り込みに近い習性でしかない。本質は何も変わっていない。リーニエはただ自分が生き残るために最適な行動を取っているに過ぎない。それが分からないほどヒンメルは愚かなのか。それに翻弄されてしまう私。まさかこんな形で魔族に欺かれる人間の疑似体験をさせられることになるとは。

 

 

やはり魔族の子供、リーニエを利用しようとしたのは間違いだったかもしれない。そう思いながらも自らに纏わりついてくるリーニエと共に、勇者一行の一人、アイゼンの元に向かうしかなかったのだった――――

 

 

 

(とりあえずは一安心かな……前途は多難だけど)

 

 

リーニエに付き纏われて四苦八苦しているアウラのどこか微笑ましい姿に知らず笑ってしまいそうになるのを我慢しながら肩をなでおろす。まさかアイゼンのところに向かう道中でこんなことになるなんて思いもしなかった。

 

 

(アウラからすればきっとあの子、リーニエを利用して僕から逃げようとしたんだろうけど、当てが外れたってところかな……?)

 

 

アウラがリーニエを救ったのは、きっとあの子を利用することで自分から逃れる機会を作り出そうとしていたのだということは分かっていた。彼女からすれば当然の行動。今回だけではない。王都での謁見の時も、裁判所での一件も、その全てはそこに起因している。僕から逃れ自由になるために。魔族なら当然の、人間を欺くという在り方。それはこの一年で何も変わっていない。

 

あの時彼女自身が言っていた。服従させられた中で問いかけた僕の問いへの答え。魔族は人間を欺くことはやめられない、と。

 

村長も言っていた。彼女はきっと人間のことを理解することはできないだろうと。僕もそう思う。理解できているように見えてもきっとそれは変わらない。

 

それでも、それだけではないことを僕は知っている。彼女は知ってくれている、覚えてきている。僕の好物も、苦手な物も。村人の顔と名前も。村での仕事も。人間社会の仕組みも。

 

何よりも、彼女自身がよく口にする、無駄なこと。それを彼女自身も行っていることを。きっと自分では気づいていないのだろう。あの時も、あの時も。今回もそうだ。それが何を意味するのか。僕にもまだ分からない。でもきっとそれはアウラにとって悪いことではないはず。

 

 

(結局、今の関係が一番僕たちらしいのかな……)

 

 

人間と魔族。それに合わせるようにお互いの腹を探り合う、気の抜けない、置けない悪友のような関係。それが僕たちには相応しいのかもしれない。僕もそれが気に入っている。他の仲間たちとは違う、それでも確かな物。

 

 

(何だろう……僕はままならない女性に惹かれる質なのかもしれないな)

 

 

口に出したら大惨事になるであろうことにようやく気付く。事ここに至って気づく自分の鈍感さに呆れるしかない。そのままならない女性筆頭の姿が頭に浮かぶがなかったことにする。もしそんなことがバレればどうなるか分かった物ではない。

 

 

(さて、これからが大変だな)

 

 

気を取り直しながらこれからのことに向き合う。リーニエがアウラと僕の関係にどんな影響を与えるのかは分からない。それでも向き合わなくては。これはあの日の後悔の続き。燃え盛る火の中で失われた命とその代価。独りよがりな償いの形。でもあの時とは違う選択肢を、彼女は示してくれた。それが彼女の真意ではないとしても。今度こそ後悔がないように。きっと大丈夫だ。今の僕は一人ではないのだから。

 

 

「ほら、見えてきたよ。あそこがアイゼンの家だ」

 

 

ようやく目的地であるアイゼンの家が見えてくる。一年振り以上だが全く変わっていない。根負けしたのか、疲労困憊になっているアウラに代わってリーニエを抱きかかえたままそこへと向かう。夜通し歩いてきたのも影響しているだろう。だが仕方ない。この子を連れたままあの村に逗留するのは迷惑をかけすぎてしまう。争いごとの種になるのは火を見るより明らか。村長やシュトロがいる村とは事情も何もかもが違うのだから。それならアイゼンの所にお世話になった方がいい。アイゼンならきっと事情を察してくれるはず。

 

 

「っ! アイゼン、久しぶりだね。元気そうでよかった。予定よりもちょっと早くなったけど遊びに来たよ」

 

 

ちょうど作業をしていたのか。家の外にアイゼンの姿がある。ドワーフ特有の小柄な体ながらも隠し切れない力強さを秘めた風貌。大きな髭と意志の強さを感じさせる瞳。全く変わっていない、僕が知っている通りのままの仲間の姿に思わずはしゃいでしまう。だが

 

 

「…………」

「……アイゼン?」

 

 

アイゼンは無表情ながらも、どこか怪訝そうな様子で僕を見つめている。十年以上一緒に旅をしてきた中でも初めて見る。一体どうしたのか。だがその視線が自分の胸元と、隣に行っては来てを繰り返している。それが一体何を意味しているのか。

 

そこでようやく悟る。今の自分の置かれている状況。この光景を知らない人が見ればどうなるか。それに気づくよりも早く

 

 

「……見損なったぞ、ヒンメル」

 

 

心からのかつての仲間からの忠告によって体中が冷や汗で濡れてしまう。そう、今の僕はどこからどう見ても、想い人がいるのにそれ以外の女性とその子供と一緒に遊びに来た人でなし勇者にしか見えなかったのだから。

 

 

「っ!? 違うんだ、アイゼン!? これには深い訳が……!?」

「馬鹿じゃないの」

「ばか?」

 

 

先程までの決意などどこ吹く風。必死に弁明するしかない中、いつものように悪態をついてくるアウラとその真似をしているリーニエ。

 

 

それが王都に続く、ヒンメルにとっても受難となる新たな生活の始まりだった――――

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。