ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第一章 主従という名の友達
第三話 「再会」


魔王討伐から一年後。中央諸国グレーゼ森林。

 

その山道を一つの人影が進んでいる。白いローブを纏っている小柄な女性。何も知らない者が見れば少女だと思われてしまうような風貌。だが彼女は少女ではない。そもそも人間ですらない。見る者が見れば一目で気づいただろう。彼女が人間ではあり得ない、強大な魔力を纏っていることを。

 

 

『断頭台』のアウラ。

 

 

それが彼女の名前。魔王が討たれた後でも生き延びている数少ない大魔族の一人だった――――

 

 

 

(確かこの辺りのはずだけど……)

 

 

きょろきょろと周りを確認しながら歩みを進めるも、未だに見えてくるのは変わらない山道のみ。本当にこの道であっているのか。そう思うも道を尋ねることができる人間などそうそういるはずもない。だがそれ以上に煩わしさを感じるのはこのローブ。おかげで視界は悪く、動きづらいことこの上ない。何よりもこんなローブを纏わなくてはならない今の状況こそが煩わしい。

 

 

(目障りな人間どもね……魔王様を倒したことで自分たちが強くなったとでも勘違いしてるのかしら)

 

 

今から約一年前。この世界の情勢は大きく激変した。魔王様の討伐。それによって魔族は人間共に大きく追いつめられることとなった。その報せを聞いたときは耳を疑った。いくらあの勇者一行とはいえ、あの魔王様を倒すことができるなんて。それだけではない。自分以外の七崩賢に加え、将軍などを含めた上級魔族もいる。人間たちの苦し紛れの妄言だと。しかしその考えは一瞬で消え去ることになった。

 

人間による魔族の残党狩りが始まったことで。

 

 

(本当に馬鹿ばかりだわぁ……何も考えずに暴れるだけじゃ、そこらの魔物と何も変わらないじゃない)

 

 

心底呆れ果てながら魔王様の死後討伐されてしまった同胞という名の愚か者たちを思い出す。ある者は魔王様の敵討ちのために。ある者は魔王様がいることで好き勝手に暴れることができなかった鬱憤を晴らすために。ある者はただその本能の赴くままに。

 

その結果がこの有様。いくら魔族が人間より優れているとはいえ、何も考えずに暴れまわれば討伐されてしまうのは当然。今までそうならなかったのは魔王様がその力と恐怖によって本来協力することがない魔族を束ねていたからこそ。それが理解できない魔物同然の連中はここ中央では一年ほどでほぼ淘汰されてしまった。もちろんその例外となる者も存在するのだが。

 

 

(他の七崩賢の連中はどうなったのかしら……? あいつらが全員やられたとは思えないけど……)

 

 

『七崩賢』

 

 

魔王様直属の幹部であり、それぞれが絶対ともいえる強大な力を有する七人の大魔族。魔王様の腹心でもある『全知』のシュラハトも含めた魔族側における最高戦力。自分も含め、あいつらであればいくら勝手に暴れたとしても討伐されることなどあり得ない。人間では自分達の持つ魔法を破ることなどできない。魔族の魔法は人類の魔法の及ばない遥か高みにあるのだから。だが

 

 

(いいえ、油断は禁物ね……人間はともかく、『勇者』の連中は危険すぎる)

 

 

知らず久方ぶりに背筋が凍る感覚を思い出す。そう、油断してはいけない。人間たちなど敵ではない。本当に自分たちが恐れるべきはその中から生まれてくる『勇者』という存在なのだから。

 

その存在を思い知ったのは今から十年以上前。たった一年で魔王軍の前線部隊を壊滅させ、補給経路の心臓部である北部高原最北端までたどり着いた人間がいた。

 

 

『南の勇者』と呼ばれる化け物が。

 

 

当時、シュラハトから南の勇者討伐のために召集された際には耳を疑った。当たり前だ。いくら快進撃を続けているとはいえ、たった一人の人間を討ち取るために、七崩賢全員が招集されるなど。さらにシュラハト自身を含めれば八人。魔王様を除けば魔王軍の最高戦力が全て集結することになった。馬鹿げている。だがその考えが大きな過ちであったことを私は思い知った。

 

シュラハトと三名の七崩賢が南の勇者によって討伐されたことによって。

 

今でも信じられない、思い出したくもない悪夢。私たち全員を相手にしながらその半分を討ち取るという出鱈目ぶり。私が生き残ったのはそう、ただ運がよかっただけに過ぎない。同時に理解した。勇者とは魔族における魔王にあたる称号なのだと。結果的にはシュラハトと相打ちになった南の勇者だが、その名に違わない、魔族である私から見ても化け物だった。服従の魔法で不死の軍勢に加えることができればまさに無敵といってもよかったのだが残念ながらそれは叶わず。もっともそんなことができるような戦いではなかった。生き残れただけでも僥倖。しかし当時の私はまだ勘違いをしてしまっていた。勇者とは南の勇者のみである、と。当たり前だ。あんな化け物が早々いてたまるものかと。その油断と慢心の結果が今の私の姿。

 

 

(勇者ヒンメル……今思い出してもはらわたが煮えくり返るわぁ……!)

 

 

知らずかつてヒンメルによって斬られた部分に手を触れる。

 

 

『勇者ヒンメル』

 

 

南の勇者の死後、台頭してきた新たな勇者。北側諸国を攻めていた私はそれと戦うこととなった。その強さは南の勇者には及ばない。だが大きな違いが一つあった。それは奴らが四人のパーティーだったこと。勇者に加え、魔法使い、戦士、僧侶の四人組。他の三人に気を取られた一瞬の隙を突かれ、服従の魔法を発動する前にヒンメルに斬りつけられ、敗走するという屈辱。知らず噛んだ唇から血が流れてしまう。

 

 

(いいえ……まだ私は負けてない!……私は生きている!)

 

 

その血を拭いながらそう己を鼓舞する。そう、私はまだ生きている。魔王様やシュラハト、他の七崩賢とは違う。どんな力を、強さを持っていても死んでしまえば意味がない。文字通り全てが無に帰してしまう。それを身をもって味わった。生き延びることこそが何よりも重要。魔王様も、七崩賢の連中も分かっていなかったのだ。肉体の強さでも魔力の量でもない。寿命こそが、魔族が人間より最も優れている点であることを。

 

 

(今はただ耐えることを考えればいい……人間の寿命なんてせいぜい百年程度、あっという間だわ)

 

 

一度大きく深呼吸しながらそう自らに戒める。同じ間違いを繰り返す気は毛頭ない。今はただ耐え忍ぶこと。北側諸国から逃げ落ち、中央周辺に潜伏しているのもそのため。北側はまだ魔族の残党が多く、危険が大きい。ヒンメルたちによって不死の軍勢の駒も多くが失われてしまっている。かといって新しい駒を補充しようとすれば必ず人間、いや勇者たちに感づかれてしまう。最低限の食料は確保する必要があるが、できるだけ人間を襲うことも控えなければならない。

 

その結果が今の自分の姿。魔族の象徴である角を隠すために、みすぼらしいローブを纏わなければならない屈辱。人間の女を演じて生きる生活。だがその全ては勇者がいなくなった百年後の世界で自らの国を造るため。そのためならどんな辛酸をなめることになっても構わない。

 

今自分が行っていることもその一つ。少しでも自らにとって有利になる状況を生み出すための策の一つ。もっともそれが上手くいくかはまだ分からない、いわば次善策。そんなことを考えていると

 

 

「おや、旅人かね? 女性での一人旅とは珍しい」

 

 

そんな掠れた人間の老人の声が後ろからかけられる。どうやらようやく罠にかかってくれたらしい。随分前から後方に人間が二人、同じ道を進んでいることに気づいていた。魔力探知に引っかからないことから恐らくは一般人。

 

 

「――ええ、これでも冒険者をやっててね。近くにどこか泊まれる村がないか探していたの」

 

 

瞬間、それまでの思考を切り捨て魔族の本能に従う。人を欺く、という私たちの本来の在り方。小柄な女性という自らの容姿を利用した擬態。それを前にして目の前の死に掛け、もとい人間の男は完全な無警戒、無防備を晒している。私が捕食を目的としていればもうすでに喰われてしまっているだろう。どこか懐かしさすら感じる。そういえば生まれて間もなくはこの手を使って人間を食べていた。服従の魔法を身に着け、大魔族となってからは行うことのなかった行為。魔族にとっては原初的な行動。

 

 

「それなら僕らの村に来るといいよ。ここからだとすぐだから! ね、村長?」

 

 

そんな中、もう一人の人間がどこかはしゃぎながらそうまくし立ててくる。年齢は十ほどだろうか。麦わら帽子をかぶった人間の子供は村長と呼ばれる老人を困らせながら無邪気に私に纏わりついてくる。今自分がどれだけ危険な行為をしているか、理解していない。その姿に若干食指が動き始めるも抑え込む。今の自分の目的は食事ではないのだから。

 

 

「そうしてもらえると助かるわ。ここのところ、まともな食事もできてないの」

「ふむ……そうじゃな、これも何かの縁。ぜひ村に寄って行ってくだされ」

「やったー! お姉ちゃん、冒険者なんでしょ? 何の職業なの? 話を聞かせてよ!」

 

 

冒険者、という偽装が功を奏したのかそれとも元々警戒心などないのか。子供は目を輝かせながら話をせがんでくる。女性の一人旅を装う上で都合がいいので名乗っていただけだったのだが役には立ったらしい。

 

そのまま人間二人と世間話をしながら道中を共にする。どこで生まれ、どんな旅をしているのか。事前に作り上げていた嘘の経歴にも関わらず、全く疑われていない。そも疑うという思考がこの二つの個体にはないのかもしれない。そんな中

 

 

「ほう、魔法使いですかな。数奇なこともあるものです」

「……? どういうこと?」

「いえ、数年ほど前になりますかの。村に魔法使いが来たことがあるのです。それもあの勇者一行の魔法使いの方でして。確か名前は……」

「……フリーレン」

「そうですそうです! いや、年は取りたくないものですな。すぐに名前が出てこないとは」

 

 

恥ずかしいところを見られたと思ったか、罰が悪そうな人間の姿などどうでもよかった。知らず目が細まる。獲物を前にした感覚。当然だ。その話が、情報が欲しくてこんな下らない茶番を演じているのだから。

 

 

「そんなことはないわ。それで、何で勇者一行が来たのかしら? 旅の途中に寄っただけ?」

「それが……ごほん、数年前までクヴァールという魔族がこの地で悪逆の限りを尽くしておったのですが、それを勇者ヒンメルご一行が封印して下さったのです」

 

 

どこか感極まった様子で人間はその経緯を囀ってくれる。だがそれは私にとっては意味のない話だった。何故なら目の前の人間よりはるかに自分はその魔族について見知っているのだから。そんな中、もう一人の子供の人間が妙に静かになってしまっていることに気づく。さっきまでの鬱陶しさはどこに行ったのか。もしや自分の正体に気づかれてしまったのか。だが

 

 

「……ああ! そういえばお前はあの時フリーレン様のスカートを捲って勇者様に怒られておったの」

「っ!? な、何でそんなことだけちゃんと覚えてるんだよ!? あれはその、ただの出来心で」

 

 

そんな心配は杞憂だった。自らの失態を蒸し返されたからか、子供は赤面しながら弁明している。私が女性だから、というのもあるのだろう。本当にくだらない茶番。だがもういいだろう。

 

 

「そう……悪い子だったのね、あなた」

 

 

知らず口元を釣り上げながら囁く。同時に頭に被っていたフードを脱ぐ。瞬間、二人の人間の動きが止まる。まるで金縛りにあってしまったかのように。その顔が恐怖に染まる。思わず舌なめずりをしてしまいそうなほどに魅力的な表情。その視線は私の頭にある二本の角に。人ではない、魔族の証。

 

 

 

「――――悪い子にはお仕置きが必要ねぇ?」

 

 

 

悲鳴を上げるより先に、アウラは天秤をかざす。たったそれだけ。だがそれから逃れられる人間はこの場にはいない。それが魔族としてのアウラの狡猾な欺きだった――――

 

 

 

「――本当に封印されてたのねぇ、クヴァール」

 

 

村から離れた開かれた森の一角。そこには巨大な石像があった。小柄なアウラはそれをどこか愉し気に見上げている。

 

その風貌は羊の仙人といった、人間らしさは微塵も感じられないもの。人間を欺く、という点においては魔族らしくない容姿でもある。だがそんなことをする必要がないほどに、封印されているその魔族が強力であったことを意味している。

 

 

『腐敗の賢老』クヴァール。

 

 

その異名の示す通り、同じ魔族からも天才と呼ばれるほどの実力者であり七崩賢ではなくとも、それと同格に扱われるほどの大魔族だった。

 

 

(わざわざ封印されたってことは、勇者たちはクヴァールを倒すことができなかったってことね)

 

 

注意深く、封印されたクヴァールの周りを一周しながら観察するも致命傷となるような傷や損傷は見られない。今度はその手で直接触れ、確かめる。間違いなく生きたまま封印されている。同時にその封印の強さも。

 

 

(間違いなくフリーレンの魔法ね……これなら五十、いや八十年は封印は解けないか)

 

 

その魔力、魔法の痕跡からそう結論付ける。人間がこれほどの封印魔法が使えるとは思えない。できるとすればエルフであり勇者一行の魔法使いであるフリーレンぐらい。あの人間たちから聞き出した情報は事実だったのだろう。これならばクヴァールが少なくとも八十年は復活することはなかっただろう。

 

この私、という大魔法使いがいなければ。

 

クヴァールの封印を解くこと。その復活こそが私がこの村にやってきた目的。風の噂では耳にしていたが真偽が不明のため後回しにしていた次善策。

 

勇者がいなくなるまで待つといっても人間たちにとって百年はとてつもなく長い年月にあたるらしい。その間に見つかり、追いつめられてしまう可能性もゼロではない。加えてまた南の勇者のような化け物が生まれてこないとも限らない。その保険として考えたのが他の魔族との共闘、もとい協力関係の構築。

 

だがどんな魔族でもいいわけではない。暴れるしか能のない雑魚は論外。理想とすれば自分と同じレベルの大魔族が望ましいがそんな魔族はいまやほとんど残っていない。そもそも魔族に協調性はない。七崩賢のマハトをはじめとして魔族としても理解できない連中も多い。魔王軍は魔王様という存在があったからこその奇跡といってもいい。

 

 

(その点、クヴァールはうってつけだわ……ゾルトラークの件もあるしね)

 

 

だからこそ自分にとってはクヴァールが協力相手としては望ましい。その名の通り、クヴァールは魔族においても賢老と呼ばれるほどの天才。彼が生み出した魔法『人間を殺す魔法(ゾルトラーク)』はその最たるものであり、人間はもちろん、魔族の魔法体系においても大きな影響を及ぼし続けている。人間がこぞってゾルトラークを研究している現状を目の当たりにした時のクヴァールの反応が見てみたい、というのもあるが何よりその知性、頭の良さが重要だ。

 

 

(協力できれば最善、できなくとも封印が解けたことでクヴァールに人間たちの目がいけば十分。あわよくば恩が売れる)

 

 

上手く協力関係を築ければ身の安全を今以上に確保でき、できなかったとしてクヴァールが復活したとなれば勇者はもちろん、人間たちの目もそちらに向き、潜伏しやすくなる。何よりもクヴァールは義理堅くもある。恩を売っただけでも十分にお釣りがくるといっていいだろう。

 

そんな思考の間に、魔法の構築が完了する。封印を解除するための魔法。魔族は生涯を己が持つ一つの魔法を極めるために費やす。だがそれはそれ以外の魔法が使えないことを意味するものではない。およそ人類の魔法の全てを魔族は扱うことができる。大魔族であればなおのこと。

 

 

「残念だったわね、フリーレン。私は五百年以上を生きた大魔族よ」

 

 

ここにはいないエルフの魔法使いに勝ち誇りながら、その魔法を放たんとした瞬間

 

 

 

「――――そこまでだ」

 

 

 

そんな、あり得ない声が聞こえた。

 

 

「…………は?」

 

 

分からない。何でそんな間抜けな声を上げてしまったのか。分からない。何で私が固まってしまっているのか。分からない。何で私の体が震えているのか。分からない。何で私が人間ごときに目を奪われてしまっているのか。あるのはただ一つ、恐怖という感情だけ。

 

 

 

――――こんなところに、ヒンメルがいるわけないじゃない。

 

 

 

それがこの物語の始まり。本来あり得なかった断頭台のアウラと勇者ヒンメルの再会だった――――

 

 

 

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