ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三十話 「模倣」

「いただきます」

「ます」

 

 

私とヒンメル、そしてドワーフに続くようにそれを真似ているリーニエ。意味も分からずただ模倣しているのだろう。もっとも私もリーニエのことは言えないが。意味も分からず人間の習性を真似ているだけに過ぎない。もっとも魔族らしいと言えば魔族らしい。

 

目の前には大量の料理。私ではなくあのドワーフが作った物。どうやら勇者一行とやらはヒンメルを含めて料理は得意らしい。あの生臭坊主とエルフについてはその限りではないのかもしれないが。それにしても量が多い。四人分だと考えても明らかに度を越している。とても食べきれるとは思えない。その中にヒンメルの好物であるルフオムレツがあるのはドワーフが勇者一行である証拠なのかもしれない。

 

 

「どうした、食べないのかい?」

「あんたたち、本当にこんなに食べるわけ?」

「そんなに多いかい? 冒険者ならこのぐらい当たり前だろう?」

「当然だ」

 

 

当り前だとばかりに豪語している冒険者二人。二人揃って頭がおかしいのではないか。それとも冒険者というのはこんな連中ばかりなのか。

 

 

「家ではこんなに食べないじゃない」

「君はあんまり食べないからね。僕だけ食べるのもおかしいだろう?」

「あっそう。まあいいわ。にしてもあの馬鹿でかいハンバーグはないのね。てっきり出てくるのかと思ったけど」

 

 

どうやらヒンメルはそんな意味の分からない気遣いをしていたらしい。確かに毎回こんな量を作っていたら骨が折れる。もっともそうなったら自分の分だけ作るようにするだけだが。それはともかく、あの馬鹿みたいにでかいハンバーグはない。てっきりそれをまた食べる羽目になるのかと思ったのだが違ったらしい。

 

 

「残念ながらあれは特別な日にしか食べれない代物だからね。だろう、アイゼン?」

「そうだな。あれは戦士を労うためのものだ」

「戦士って何なのよ。ならあんなレシピ送ってくるんじゃないわよ。いい迷惑だわ」

「……ヒンメルではなく、お前がハンバーグを作ったのか?」

「そうよ。どこかの誰かさんのせいでね」

「何か言ったかい?」

 

 

我関さずと言った風にルフオムレツを口に運んでいるヒンメル。本当にこの図太さはどこから生まれるのか。そして戦士とは一体何なのか。戦士の概念が分からなくなってしまう。思い出すのは自分が服従させられた日を記念して自らハンバーグを作らされるという嫌がらせ。その遠因を作ったドワーフに文句を言ったつもりだったのだが、肝心のドワーフには全く通じていない。そもそも何を考えているのかさっぱり分からない。その視線は隣に座っているリーニエに向けられている。当のリーニエはといえば

 

しゃくしゃくと、一心不乱にリンゴに噛り付いていた。

 

他の料理には目もくれていない。手づかみでそのままリンゴを頬張っている。ただ美味しいのか、時折頷きながら咀嚼しているその姿は餌付けされた小動物のよう。

 

 

「うん、やっぱりリンゴにして正解だったね。君ともお揃いだし、本当の親子みたいだ」

「冗談はよして頂戴。服従の魔法(アゼリューゼ)で命令したんだからそうなるに決まってるじゃない」

 

 

気が滅入るようなヒンメルの冗談に辟易しながらそう答える。そう、今リーニエには先の三箇条に加えて命令が追加されていた。奇しくも私と同じ食人欲求を抑制するための処置。問題はその対象を何にするかだったのだが結局私と同じリンゴに落ち着いた。私と同じ方が面倒が少ないというのもあるだろう。もっともいくら好物になったとはいえ、私は目の前のリーニエほどではない。もしかしたら元々リーニエはリンゴが好きだったのかもしれない。

 

 

(こいつもよく分からない魔族ね……明らかにただの声真似だけじゃない)

 

 

冷静に、魔族として目の前にいるリーニエについて分析する。通常の魔族の子供だとすればおかしな点が多い。特にお母さん、という言葉。これは本来命乞いの際に発する言葉であり、日常的に使うようなものではない。なのにこいつは私に何度もそれを発してくる。同じ魔族であることは分かっているだろうに。一体何のためにそんなことをしているのか。私も知らない、お母さんという言葉の概念を理解しているのか、それとも。それだけではない。何かとこちらの喋った言葉を真似してくる。ヒンメルからすれば子供はそういうものだと言うがそれは人間の話。リーニエは魔族だ。それには当てはまらない。なら、魔族としてのリーニエの特性だとすれば納得がいく。ならそれは

 

 

「慌てずにゆっくり食べろ。ここにはお前の敵はいない」

「……? うん」

 

 

そんな中、ドワーフがまたリーニエに余計なことをしている。どうやらリーニエが食べ物を喉に詰めないか気にかけているらしい。ハンカチで口を拭いてもいる。理解できない。何故魔族の子供にそんなことをしているのか。無口で分かりにくいが、こいつもヒンメルに負けず劣らずのお人好しなのだろう。物好きなことだ。

 

 

「流石はアイゼンだね。ほら、アイゼンも食べてくれ。僕たちだけ食べてたんじゃ悪いからね」

「そうだな。分かった」

 

 

変わらず平常運転の勇者はそのまま瓶をドワーフに向けている。ドワーフもまたそれにグラスで応える。特に何の変哲もないやり取り。つい先日まで嫌というほど目にしてきた光景。なのに

 

 

「…………ちょっと待ちなさい」

 

 

反射的にそれを制する。そう、それは条件反射だった。魔族ではない、生物としての本能。それが目の前の行動を許してはならないと告げている。

 

 

「な、何だい?」 

「誤魔化すんじゃないわよ。その手に持ってるものは何なわけ?」

「これかい? これはアイゼンの家にあった物で、あっ!?」

 

 

これ以上のない狼狽っぷりを見せているヒンメルの手からその瓶を取り上げる。咄嗟のことだったからか、それとも何か思うところがあったのか。ヒンメルはされるがまま。その中身を確認する。そこには

 

 

「……やっぱりあの生臭坊主のよこした酒ね。まだあったってこと。私言ったわよね。酒は禁止だって」

 

 

ついこの間、確かに捨てたはずの液体がある。信じられない。どうやらドワーフの家にあった瓶に中身を入れ替えていたらしい。一体何を考えているのか。魔族顔負けの偽装工作。勇者にあるまじき小癪さ。

 

 

「ち、違うんだ!? これは……アイゼンは葡萄が好きなんだ! だからどうしても飲ませてあげたくて」

「あんた、私に嘘はつかないんじゃなかったの? いいわ。じゃあそのドワーフだけには飲ませてあげるわ。それでいいでしょう?」

「そ、そんな!? アイゼン一人だけに飲ませるなんて可哀想じゃないか!? お酒は誰かと飲むから楽しいのに!」

「なら私が一緒に飲んでやるわよ。あんたはリーニエと一緒にリンゴでも齧ってなさい」

 

 

まるで子供のように言い訳をし、縋ってくるクズ勇者。あの生臭坊主といい勝負だろう。仕方なくドワーフには許可するも結局自分も飲みたかっただけらしい。まだ黙々とリンゴを齧っているリーニエの方がマシだろう。そのリーニエは不思議そうにそんな私とヒンメルのやり取りを見つめているだけ。それはドワーフも同じ。無言のまま私たちを見つめている。それがいつまで続いたのか

 

 

「そこまでにしておけ、二人とも。リーニエが見ているぞ。子供の前で酒を飲むのはよくない。俺が預かっておく。それでいいな、ヒンメル?」

「……はい」

「馬鹿じゃないの」

「ばか」

 

 

そう判決が下される。それに異論を唱えることはヒンメルでもできないらしい。流石は勇者パーティの父親役と言われるだけはあるのか。人間の言う父親の概念は理解できていないが、恐らくは従わなくてはいけない存在に近いのだろう。勇者であってもそれは変わらないらしい。そして当然のように私の真似をしているリーニエ。疑問形ではなくなっているのは成長している証なのかもしれない。

 

 

それが初日から大騒ぎになったドワーフ宅での食卓の終わりだった――――

 

 

 

「これで片付いたわね……じゃあ私は出かけてくるわ」

 

 

夕食の後片づけと洗い物を終わらせ、エプロンを脱ぎながらそう告げる。そこにはドワーフと一緒にリーニエと戯れているヒンメルの姿。どうやらもう立ち直ったらしい。相変わらずリーニエからは逃げられている。どっちが遊んでもらっているのか分からない有様。もはや突っ込む気も起きない。

 

 

「出かける? どこに?」

「魔力の鍛錬よ。ここのところまともにできていなかったし、夜の森でなら集中してできるわ」

 

 

ローブを羽織りながらそう答える。私にとっては日常である魔力の鍛錬。だが最近はそれが滞っていた。言うまでもなくこの勇者一行巡りの旅によって。これ以上それが滞るのは魔族として、魔法使いとして望ましくない。かといって集中ができないこの場ではできるはずもない。幸いにもここは森林地帯。夜であれは喧騒もない。私にとってはうってつけだった。

 

 

「じゃあリーニエはどうするのさ? 一緒に寝てあげないのかい?」

「はぁ? 何で私がそいつと一緒に寝ないといけないのよ」

「お母さんだから」

「私はお母さんじゃないわ」

 

 

流れるように戯言をほざいてくるヒンメル。わざと言っているのか。いい加減お母さんから離れたらどうなのか。そもそも何故私がリーニエと一緒に寝なければならないのか。意味が分からない。

 

 

「それは冗談だとして、子供はお母さんに、大人に添い寝してもらうと安心するんだ。きっとこの子にとってはそれが君なんだ」

「そう。本当はあんたが添い寝してもらいたいんじゃないの。お母さんが大好きだものね」

 

 

いつかのようにそう返してやる。ヒンメルがお母さんとやらが大好きなのは間違いない。きっとそうしてもらってきたのだろう。そしてそれを私にも押し付けている。相変わらず無駄なことが好きな奴だ。私はヒンメルはもちろん、リーニエのお母さんではない。そんなことが何故分からないのか。

 

 

「そうだね。今でも夢に見るぐらいだからね。この子にもそうなってもらいたいんだ」

「あんたね……そいつが魔族だって本当に分かってるわけ?」

「もちろん。君と同じさ」

 

 

本当にリーニエが魔族だと分かっているのか。その問いに迷いなくそう答えてくるヒンメル。余計に質が悪い。私たちが魔族だと分かった上で人間扱いしてくる。鬱陶しいことこの上ない。こいつの頑固さを変えられる奴は人間にも魔族にもいないに違いない。本当に癪な奴。

 

 

「……好きにすればいいわ。とにかく、今晩はあんたが面倒を見なさい」

 

 

これ以上話しても無駄だろう。そのまま踵を返し、家を後にする。その瞬間、横目でドワーフと目が合う。相変わらず気味が悪い奴。だがこれで満足だろう。あとはさっさと済ませるだけ。

 

 

「行っちゃうのか。薄情なお母さんだね、リーニエ?」

「ねー」

「聞こえてるわよ」

 

 

リーニエを巻き込みながら最後まで私に嫌がらせをしてくるヒンメル。まだシュトロとリリーを相手にしていた方がいくらかマシだろうと憂鬱になりながら森へと向かうのだった――――

 

 

 

「――――」

 

 

ただ息を整え、自らの魔力の流れだけに集中する。それが研ぎ澄まされていくのを肌で感じ取る。自分が魔族、魔法使いであることを実感できる瞬間。私が生まれてきた意味であり存在理由。随分久方ぶりのはずだが衰えはない。杞憂だったか。少し心配しすぎていたのかもしれない。間違いなく、順調に魔力量は増加している。本当なら喜ぶべきこと。なのにそれが嬉しくないのは何故なのか。

 

 

(やっぱり駄目ね……このまま魔力量を増やすだけじゃ意味がないわ)

 

 

そう、このままでは意味がない。魔力量を増やすこと自体には当然意味はある。服従の魔法(アゼリューゼ)においては魔力量が全て。それを扱う私にとっては最適解。それは間違いではない。だが、それが通じない相手にとっては全くの無駄となってしまう。

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)勇者一行(あいつら)には通用しない……本当に化け物みたいな連中だわ……!)

 

 

勇者一行。ヒンメルについては言うに及ばず、生臭坊主は私に匹敵する魔力持ち、女神の加護なる力がある。あのドワーフは魔力はないが最強の戦士とまで呼ばれている以上、その精神力で通じない可能性が高い。極めつけがあのエルフ。あの生臭坊主の言う通りだとすればその魔力量は私の倍以上。逆立ちしても敵う道理がない。

 

ようするに服従の魔法(アゼリューゼ)では直接勇者一行には勝てないということ。相性が悪すぎる。

 

 

(本当ならヒンメルが死ぬまで隠れていればいいと思っていたけど、甘かったわ……)

 

 

なら戦わなければいい。当初の計画通り、ヒンメルたち勇者一行が寿命でいなくなるまで待てばよかった。魔族という長命種だからこそできる戦法。それは正しかった。そう、あのエルフがいなければ。

 

 

(エルフの寿命がどのぐらいかは調べないと分からないけど……間違いなく私よりは長寿のはず。避けては通れないわね)

 

 

あの生臭坊主の話通りならあのエルフは千年以上生きている。長命種は見た目がそのまま年齢に反映されるわけではないが、それでもまだあのエルフは若かった。なら寿命の長さでは勝負にならない可能性が高い。いくら身を隠していても仕方ない。

 

 

『あなたは慎重な、臆病な魔族です。ヒンメルに敗れてからずっと身を隠していたように。そんなあなたがフリーレンの力を知れば戦おうとはしないでしょうから』

 

 

いつかの生臭坊主の言葉を思い出す。あのエルフを前にすれば私は逃げ出すしかない、戦うことはないという侮辱。今思い出しても腸が煮えくり返る。それはそれが事実だからに他ならない。魔族としての私の本能。だからこそ許しがたい。あのエルフに怯えながらずっと隠れて生き続けなければならないのか。五百年以上を生きる大魔族のこの私が。あり得ない。

 

 

(あのエルフと戦うには、今のままじゃ勝負にならない……何か、他の手を考えなければ……)

 

 

ヒンメルから逃げ出すことができるのか、その死後自分はどうなるのか。その全てを度外視し、ただあのエルフと戦うことだけを考える。

 

一番簡単なのが死の軍勢を再び作り出す事。だがそれには時間がかかり、気づかれてしまうリスクがある。何より物量で圧倒する手段があのエルフには有効ではない可能性がある。それは以前の戦い。その際、あのエルフ以外の連中の動きが悪かった。その理由が今なら分かる。奇しくもヒンメルによって知った形見という概念。それと同じなのだろう。ヒンメルたちは死の軍勢を、死者を損壊しないよう手加減していたのだろう。それが人類最強の戦士とされているはずのあのドワーフの印象が薄かった理由。だが

 

 

(あのエルフは他の連中とは違う……どちらかといえば魔族(わたし)たちに近い感性を持っている)

 

 

あのエルフだけは違っていた。あのエルフは死者たちを魔法で派手に吹き飛ばしていた。何の容赦もなく。勇者一行の中では異質な、魔族よりの存在。死者の軍勢を増やしたとしてもその圧倒的な魔力で掃討されれば意味がない。私の服従の魔法(アゼリューゼ)のことも知られてしまっているのも致命的だ。私の魔力量を下回らないように立ち回ってこられれば勝ち目がない。私たちは魔力を包み隠せないのだから。

 

あとは人質を取る戦法か。これが有効なことはヒンメルとの再戦で分かり切っている。しかしこれもリスクが高い。もしあのエルフが人質を無視してくれば意味がない。万が一にもないとは思うが、あの生臭坊主が言っていたように服従の魔法(アゼリューゼ)自体を無力化する手段を持っていたとすれば全てが終わってしまう。

 

 

(机上の空論ね……なら、考え方を変えるしかないわ。どうすればあのエルフを……)

 

 

瞬間、思い出すのはリーニエの姿。その、真似ばかりする、擬態する魔族の在り方。それこそが、私たちの強さ。だからこそ私たちはここまで生き残ってきた。そして今の私には、以前とは違う経験がある。

 

そう、なら勇者一行の模倣をすればいい。その強さの理由を。今の私はそれを知っている。思い知らされている。理解している。

 

その一つが仲間がいること。命令に従うだけの死の軍勢ではない、連携することができる仲間の存在。それによって私はヒンメルたちに敗れた。先の討伐依頼でもヒンメルの連携の恐ろしさを目にした。一人一人では及ばなくとも、連携することで格上の相手を下すことができる。人間の強さ。魔王様すらその前には敗れ去った。

 

そして、あのエルフの恐ろしさ。魔族を魔力で欺いて殺す。魔法を貶める、卑怯者の戦法。だがそれは魔族(わたし)たちに致命的な油断を生み出す。あのエルフが葬送の二つ名で呼ばれる所以。なら、魔族(わたし)ならどうすればいいのか。どうすればあのエルフを――――

 

 

その思考の檻に光明が差し込みかけた瞬間、足音が聞こえてくる。だが驚きはない。何故なら、私はずっとそれを待っていたのだから。そのためにわざわざこんなところまでやってきたのだから。このまま朝まで待たされる羽目になるのかと思っていたほど。

 

 

「……遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

 

 

そこには月明りに照らされた人類最強の戦士の姿がある。初めての二人きりでの対面。そしてつい先日の生臭坊主同様、私の命運を懸けた問答の再来だった――――

 

 

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