ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三十一話 「父」

(やれやれ……やっと眠ったか)

 

 

疲れ果て、ようやく眠りについたリーニエの姿を見て、安堵の溜息をつく。アウラが出て行った後が大変だった。その後を追いかけていこうとするのを必死に止める。それが収まったかと思えば今度は家の中を動き回る。その結果がこの有様。せっかく片付けたはずの家はすっかり散らかってしまっている。小さな子供がそういうものであることは知っていたが、いざ目の前にするとその大変さに驚くしかない。同時にそれを毎日為している親たちに。

 

 

(お母さん、か……ちょっと言い過ぎたかな)

 

 

知らずリーニエの頭を撫でながら思い返す。お母さん、という言葉。僕はそれを何度もアウラに投げかけた。少しやりすぎかもしれないほどに。このきっかけを逃したくない。その一心で。

 

魔族の子供が発するそれはただの命乞いだ。彼女たちにはそんな概念はない。それはあの日から分かっている。でもこの子、リーニエは少し変わっている。その言葉を日常的に使っている。その理由は分からない。本能的にそれが自らの安全、庇護に繋がると理解したのか、アウラに従う意味での行動なのか。それはリーニエにしか分からない。ただ

 

 

(これをきっかけに、アウラが知ろうとしてくれれば……これはやっぱり我儘かな……)

 

 

これを機にアウラがお母さんという言葉、家族という概念に興味を持ってもらえたら。そんな自分勝手な願い。かつて村長に教えてもらったこと。僕の言った、償うという言葉の意味をアウラは知ろうとしてくれた。それをきっかけに、間違いなくアウラは変わってきた。さっきのアイゼンへの気遣いもそうだ。本人はそれが気遣いだと気づいていなかったけれど、魔族からすれば違う理由だったのかもしれないけどそれは間違いなくアウラの気遣いだった。ハイターと交流したことも大きかったのかもしれない。明らかに王都に行ってからアウラは変わってきている。村の中から外の世界へ。それは子供が成長するようなものなのかもしれない。本人に聞かれたら怒られるのは目に見えているが。

 

 

(言葉で伝えればいい、か……これじゃあどっちが魔族か分からないな)

 

 

ふと思い出すのはさっきのアウラの言葉。物なんて贈らずに直接言葉で伝えればいい。そんな子供でも分かるような当たり前のこと。本当なら人間である僕が魔族であるアウラに教えなければならないような事柄。完全に立場が逆転してしまっている。彼女には悪意がない。だからこそ、その言葉が胸に突き刺さる。あの時、言葉にしていれば彼女に伝わったのだろうか。そんな後悔。

 

 

(僕らしくないな……それにまだ別れて二年。焦る必要はない。まだまだ時間はあるんだから)

 

 

それに知らず蓋をする。そう、これが正しいはず。あの時伝えても、きっと彼女には届かなかっただろう。でも、今度は。約束の時までにはきっと。

 

そんな迷いを断ち切るように、家の片づけを開始する。アイゼンの姿もない。明日からの生活の準備をすると出て行ってしまった。本当に不器用な奴だ。今頃会えているだろうか。本当なら付いて行きたいが、僕がいたらきっと意味がない。リーニエもいる。なら待つことにしよう。五十年に比べれば大したことはない。きっと大丈夫。みんなのことを信じている。

 

 

(これは……?)

 

 

そんな中、床に落ちていた一冊の本を拾う。見ればアウラの鞄が開いてしまっている。リーニエの仕業だろう。アイゼンが貴重品は手の届かないところにと言っていたのに困ったものだ。彼女からすれば貴重品ではなかったのかもしれないが。そのままなんとはなしに本の中身を確認する。それだけで十分だった。

 

お節介焼きの生臭坊主の策略と、それに振り回されたであろう彼女の苦心。

 

どちらが先だったのかは分からない。でも知らず微笑んでしまう。どうやら僕の贈り物は彼女に届いていたらしい。ならいいだろう。言葉だけではなく、贈り物でも気持ちを伝える。魔族の彼女にはきっとそれぐらいがちょうどいい。

 

ヒンメルはそのまま本を鞄に戻しながら片づけを再開する。何事もなかったように。それが誰よりもお人好しで、不器用な勇者の在り方だった――――

 

 

 

「……遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

 

 

心からの本音でそう告げる。おかげでこんなに待たされてしまった。だが仕方ないかもしれない。具体的な場所を言い残したわけではない。失念してしまっていたがこいつは戦士。魔力探知もできない。ここに辿り着けただけでマシだと言えるかもしれない。

 

 

「そうか。やはりわざとだったのか」

「ええ。あれだけ見られていれば嫌でも気づくわ。大方あの生臭坊主と同じ理由でしょ? 鬱陶しいからこっちから一人になってやったのよ」

 

 

種明かしをするもドワーフに驚いた様子はない。やはり気づいていたのだろう。それは私も同じ。ずっとこちらを観察されていたのだから。それが私を警戒していたからであり、同時に二人きりになる機会を狙っていたことも。ようするにあの生臭坊主と同じだ。いつまでもそのままなのは鬱陶しいのでこうして誘い出してやっただけ。

 

 

「生臭坊主……ハイターともやはり二人きりで話したのか」

「? 知らなかったわけ? てっきり手紙でも送ってるのかと思ったけど」

「届いてはいない。これは俺が勝手にしていることだ」

 

 

それは意外だった。あの生臭坊主のことだ。そのぐらいはしているのかと思ったのだが。忘れていたのかそれとも他の理由があったのか。事ここに至ってはどうでもいいことだろう。

 

 

「そう……まあ、いいわ。それで? あの自慢の斧は持って来ていないの? それとも私を殺すなら素手で十分ってわけ?」

「俺を何だと思っている。ここに来たのはお前と話をしたかったからだ。代わりに持ってきた物はあるがな」

「何よそれ?」

 

 

ドワーフはこっちが拍子抜けするようなことを言ってくる。てっきりあの斧で脅しをかけてくるのかと思ったがそうではないらしい。基本的に勇者一行は私たちのように嘘はつかない。例外はあの生臭坊主ぐらいか。本当に話がしたいだけらしい。それを示すようにドワーフの手には斧ではなく、一本の瓶が握られている。見間違うはずのない代物。

 

 

「なるほどね……いいの? 後でヒンメルの奴に怒られるんじゃない?」

「心配ない。あいつはお前には頭が上がらないようだからな。ちゃんとお前の言うことは守っている」

「……あんた、良い性格してるわね。やっぱりあの生臭坊主の仲間だけはあるわ」

 

 

ドワーフはそのまま手に持った葡萄酒をこっちに振舞ってくる。表情は変わらず無表情だが得意げにしているのが分かる。なるほど。どうやらこいつもやはり勇者一行なだけはある。生臭坊主が言いそうなことを口にしている。同時にヒンメルへの皮肉も。奇しくも私が言った通り、ドワーフと共に二人きりの酒盛りが始まった。

 

 

「それで? 何を聞きたいわけ? 正直に答えてやるから早くしなさい」

「正直に、か。魔族とは思えん言葉だな」

「そうね。私もそう思うわ。信じないならそれでもいいわ。そもそも信じてもらおうなんて思っていないし」

 

 

もっともなドワーフの言葉に同意しながらもそう告げる。私にとってはこの問答は二回目。被るところはさっさと省きたい。無駄でしかない。魔族の在り方からすればあり得ない。欺かないということ。その有用性を私はこの一年間で理解している。今回もそれを利用させてもらう。生き延びるために。

 

 

「なんならこっちから先に答えてあげるわ。私は今まで殺した人間たちのことは何とも思ってないわ。それがあんたたちにとって不快だってことも知ってる。これでどう?」

「なるほど……ハイターにもう聞かれたということか」

 

 

先手を打つ。恐らくは人間が魔族に聞きたい一番の疑問。同時に私が欺く気がないと表明するもの。それを感じ取ったのか。アイゼンは髭を触りながらどこか納得した様子を見せている。どうやらひとまずは大丈夫らしい。だが

 

 

「なら違う質問をさせてもらう。さっき俺が服をリーニエに渡そうとした時、何か言いかけていたな。何を言おうとした?」

「…………」

 

 

その質問によって私は口を噤んでしまう。奇しくも先の再現。そのまま思ったことを口にするのを堪える。正直に答えると言った約束をすぐに反故するに等しい行為。しかしそれでもそれはできない。今私はヒンメルを前にしているのではないのだから。対応を間違えれば死に直結するのは避けられない。

 

 

「……答えられない、か。気にする必要はない。お前が正直に話す約束を守る限り、俺はお前を傷つける気はない」

「……そう。ならいいわ。もういない家族なんて連中を気にしている理由が分からなかった。それだけよ」

 

 

そんなドワーフの言葉に根負けし、そのまま思っていたことを吐露する。仕方がない。あのまま黙り続ける方が不味いのは私にも分かる。

 

 

「そうか。確かにお前たちには分からない事柄だろう。家族も分からないのか」

「ええ。期待に応えられなくて残念だわ」

 

 

こちらが危惧していたような反応もなく、どこか淡々とドワーフはそう尋ねてくる。どうやら思った以上にこのドワーフは冷静らしい。話し合いに来た、というのは偽りではないらしい。しかし

 

 

「家族は俺たちにとって最も大切な物の一つだ。俺もかつて魔族に家族を殺された。村の連中もだ」

 

 

空気が変わる。魔力を発しているのではと感じてしまうほどの重圧が襲い掛かってくる。その瞳が私を射抜いてくる。首筋に斧を当てられているのでは、そう錯覚してしまう。いや、事実そうなのだろう。ここで返答を誤れば私の首が落ちる。断頭台にかけられるように。それを前にして

 

 

「そう……それでそれを私に言ってどうしたいわけ? ごめんなさいとでも言えばいいの? 冗談じゃないわ。あんたの家族を殺したのは私じゃない。恨まれるのはお門違いよ」

 

 

偽らず、欺かず。ただ本音で答える。私は何もしていない。それをした魔族と私は全くの別個体。何故人間はそれが分からないのか。同時にこの思考こそが、人間が私たちを嫌悪する根源であることを私はあの生臭坊主から知らされている。だからこそそれを晒す。私はお前たちとは違う、と。

 

 

「……その通りだ。お前は俺の家族を殺してはいない。それでお前を恨んだりはしない」

 

 

にも関わらず、ドワーフはあろうことかそれを肯定する。思わず目を見開いたまま呆然としてしまう。当たり前だ。魔族である私を認めるようなことを勇者一行が口にするなど予想できるはずがない。

 

 

「……意外ね。てっきりそのまま殴りかかってくるのかと思ったのに」

「俺を何だと思っている。それにそれはこっちの台詞だ。魔族なら普通は命乞いをするところだ。お前の言う通り、ごめんなさいや助けて下さいとな。変わった奴だ。本当に正直に話しているのか」

「どうかしら。もしかしたらそうやって騙しているのかもしれないわよ?」

「だとしてもだ。そこまでできるのはもはや魔族とは言えん」

「かもしれないわね」

 

 

どうやら私が命乞いをしないことが功を奏したらしい。同じことをハイターも言っていた。命乞いをしないことが逆に生き延びることになる。魔族にとっては皮肉でしかない。もっともそれが通じるのは一部だけだろうが。

 

 

「だがさっきのは俺個人の考えだ。多くの人間たちはお前たち魔族を種族として嫌悪している。特に俺たちの仲間のフリーレンはそれが強い。気を付けることだ」

「知ってるわ。心配しなくてもこっちから近づいたり喋ったりはしないわ。殺されるのは御免だもの」

 

 

そして勇者一行でもそれが通用しないであろう存在を示唆される。言われるまでもない。伝え聞いている通りなら私は話す間もなく殺されるだろう。そしてそれこそが魔族に対する人間の最適解。話し合いをしている時点で魔族の思う壺なのだから。

 

 

「それに俺もお前のことを許してはいない。お前の魔法によって弄ばれた英傑たちの魂のために」

「……そう。許してもらう気なんてないけど、覚えておいてあげるわ」

 

 

先に匹敵する重圧を発しながら、ドワーフはそう告げてくる。きっとヒンメルの言う形見のような概念なのだろう。今まで殺した人間と同じように、死者の軍勢にした人間たちに思うことなど何もない。ただそれが人間たちにとっては私たちが魔法を愚弄し、貶められるのに匹敵する屈辱を感じているであろうことだけ。なら、その事実だけは覚えておいてやろう。

 

 

「それにしても、あんたたちは本当に死んだ人間が大好きよね。どうしてそんなに気にするわけ? 死んだら無に帰るだけじゃない」

 

 

物はついでとばかりにそう尋ねる。このまま質問されっぱなしでは面白くない。少しだがこのドワーフのことも理解してきた。こちらが欺かない限り、こいつは実力行使はしてこない。無表情で分かりにくいが、あの生臭坊主よりはずっと単純で分かりやすい。ならヒンメルに近い形で接しても問題ないだろう。その方が効果的かもしれない。

 

 

「そうだな。俺もかつてはそう思っていた。今は少し違うがな」

「そう。意外ね。なら今はどう思ってるわけ?」

「天国で贅沢三昧している。そう思っている」

「ふぅん……死ねば女神に褒めてもらえるとかいう場所のこと?」

「魔族のお前が天国を知っているのか?」

「ええ。あんたたちの書物にはうんざりするぐらい出てくるもの。見たことも会ったこともない女神を信じてるのもだけど、本当に愚かよね。ただの人間にとって都合の良い御伽噺じゃない」

 

 

心底呆れるしかない。どうして人間はあんなに愚かなのか。自分の存在しない死後のことばかり気にしている。そんなことをする暇があるならもっとできることがあるだろうに。天国なんてものがあるなど本気で信じているのか。

 

そんな中、笑い声が聞こえる。聞き逃してしまいそうな、わずかな含み笑い。見ればドワーフは目を閉じたまま。一体何なのか。

 

 

「……何がおかしいのよ?」

「いや、ハイターも同じことを言っていたと思ってな」

「……呆れた。あいつ神父でしょ? なのにそんなこと言っていいわけ?」

「だろう? だからあいつは生臭坊主なんだ」

 

 

今度は違う意味で呆れるしかない。信仰を理解できない自分からしてもあの生臭坊主が言っていることがどれだけ異常かは分かる。そもそもそんなことを口にしていいのか。同じ心境なのか、ドワーフも呆れている。私と違うのは、何故か楽しそうにしているということ。意味が分からない。

 

 

「もういいわ。どうする? まだあの生臭坊主の話を続ける?」

「それはまた今度でいい。その時は本人の前でだ。お前はヒンメルのことをどう思っている?」

「ヒンメルのこと? 何を答えればいいわけ?」

「何でもいい。思ったことを口にしてくれれば構わん」

 

 

唐突に振られた話題に困惑するしかない。何でここでヒンメルのことなのか。質問が抽象的すぎる。意図は分からないが、ご要望に応えることにしよう。

 

 

「そうね……馬鹿みたいにお人好しね。勇者一行の連中はみんなそうなのかもしれないけど、あいつは特に酷いわ。何であんなに無駄なことばかりしているのかしら。よっぽど暇なんでしょうね」

「暇、か……確かにそうかもしれん。だがそれは人間の長所でもある」

「長所……?」

 

 

思ってもいないドワーフの返答に思わず聞き返してしまう。私はヒンメルの文句を言っていたはずなのに、どうしてそれが長所になるのか。

 

 

「人間の寿命は俺たちよりも遥かに短い。だからこそ俺たちのように物事を後回しにできない。彼らは俺たちよりもずっと生き急いでいる。なのに、色々なことに気を割ける。暇があるからだ。それは俺たちにはない長所だ」

「忙しいのに暇がある……? 意味が分からないわ」

「長命種であれば、いずれ分かる。もっとも魔族であるお前に分かるようになるかは俺にも分からんがな」

 

 

私にではなく、ここにはいない誰かにも話しかけるようにドワーフは告げてくる。その内容も荒唐無稽で理解できない物。私が魔族だから理解できないのか、それとも。ただ何となく、この言葉は忘れてはいけない。そんな気がした。

 

 

「……そのアクセサリはヒンメルからもらった物か?」

 

 

空気を変えようと思ったのか、それともずっと気になっていたのか。不意にドワーフはそれに触れてくる。知らず顔が強張ってしまう。これを身に着けてしまっていた私の落ち度。ここに来る前に外しておけば良かったか。いやそれではヒンメルにからかわれる。どっちにしろ無駄なことでしかない。

 

 

「……ええ。よく分かったわね」

「ヒンメルのやりそうなことだからだ。それが何の花かは知っているのか?」

「……フリージアでしょ。あんた、分かって聞いてるわね」

「俺は花の名前しか聞いていない。勘違いだ」

 

 

間違いない。こいつ分かってやっている。表情は変わらないが楽しんでいるのが伝わってくる。知らない振りをしてもよかったが、教えられれば結局は同じ。生臭坊主と同じ手法。本当に似た者同士なのだろう。

 

 

「そう……勇者一行ってのは花言葉まで覚えてるのが当たり前なわけ?」

「そうだな。知らないのはフリーレンぐらいだ」

「……花畑を出す魔法を使う本人が花言葉を知らないってのはどうなの?」

「そこがあいつらしさだ」

 

 

その勇者一行の中でも明らかに異端なあのエルフ。生臭坊主が薄情なのですよと笑いながら言っていたので冗談かと思っていたが、あながちそうでもないのかもしれない。

 

 

「ちょうどいいから聞くけど、あのエルフがどこにいるかあんたは知らないの?」

「俺は知らん。恐らくハイターもそうだろう。何故そんなことを聞く?」

「このままあいつの所に連れていかれたら敵わないからよ。もし知っているなら近づかなくて済むじゃない」

「なるほど。そういうことか」

 

 

分かり切っていたことだがドワーフもハイターもあのエルフの居場所は知らないらしい。少なくともこのまま勇者一行巡りが続く心配はなさそうだ。しかし危険は残ったまま。いつ、どんな拍子で遭遇するか分かったものではない。その意味で所在を知っていればその危険を減らせる。そもそも

 

 

「それにそれが分かればヒンメルに先に会いに行かせることができるじゃない。先に私のことを説明してもらった方が無駄がないわ。どうせ揉めるのは目に見えてるもの」

 

 

それが分かったのならヒンメルを会いに行かせればいい。もちろん私は村に残るように命令を書き換えたまま。そうすれば私はあのエルフに会うことなく生き残ることができる。そこで無害認定させることができれば最善だ。逃げ出すか、戦うか。それは別として私は敵ではないとあのエルフを欺くことができれば私の方が圧倒的に有利に立てる。ヒンメルがあのエルフに関していつもしている無駄な行為も減らせる。それに振り回される私のストレスもなくなる。一石三鳥だろう。

 

 

「違いない。だが教えてもヒンメルは会いに行かないだろう。あいつはそういう奴だ」

「でしょうね。その時は無理やりにでも引きずっていくわ。あんたたちも協力しなさい。あいつの下らない拘りなんて気にしてたら百年ぐらいあっという間よ」

 

 

なので強硬策を提案する。流石にそこまですればヒンメルもあきらめるだろう。連れ出せなくてもドワーフと生臭坊主であのエルフを捕まえてくればいい。私も遭遇することになったとしても弾除けが三つあれば何とかなるはず。

 

 

「……そうだな。そうかもしれん。分かった。何か分かればお前に手紙を出す。ハイターにもそう伝えておこう」

「何で私なのよ?」

「ヒンメルなら黙っているかもしれないからな。お前に渡した方がいい」

「そう。やけに協力的ね。何のつもり?」

 

 

意外だった。恐らくヒンメルの無駄な拘りに同調して、てっきり反対してくるかと思ったのだが。私の読みが外れたのか。それに

 

 

「俺なりにお前を信頼した証だ。ヒンメルが信じるお前を俺も信じてみたくなった。それだけだ」

 

 

いつか聞いた言葉と全く同じものがドワーフの口から語られる。他人任せな、理解できない思考。

 

 

「……本当に勇者一行ってのは同じことを言うわね。あのエルフもそうであることを祈るわ」

「祈る、か……魔族のお前には一番似合わない言葉かもしれんな」

「それはあの生臭坊主に言ってやりなさい」

 

 

聖職者としてあるまじき生臭坊主の笑っている姿が目に浮かぶ。きっとドワーフも同じなのだろう。その一点に関しては同意するしかない。

 

 

「そういえばあんたに聞きたいことがあったのを忘れてたわ。何であんたたちはお母さんばかり気にするの? 男の方のお父さんには意味がないわけ?」

 

 

閑話休題。酒盛りを終わらせ、森の中の帰り道でそう尋ねる。家族やお母さんの概念についてはさっき聞いたがそれは忘れてしまっていた。何故命乞いの際に私たちはお母さんと発するのか。それはそっちの方が生き残ることができたから。ならお父さんには何の意味があるのか。

 

 

「そんなことはない。ただ役割が少し違う。お母さん、母親は子供を育て守り、父親はそれを守る。どうしても子供は母親の方に懐きやすいだけだ」

「そう。ようするにお母さんの方が人間にとっては優先順位が高いわけね」

「そう単純な物ではないが……まあそうだろう」

 

 

何か言いたげにしているが必要ないと思ったのか、ドワーフはそう締めくくる。魔力の多寡でもなく、強さでもない優先順位が家族とやらにはあるのだろう。理解はできなくとも覚えておかなくては。何かに利用できることもあるはず。

 

 

「お帰り。遅かったね。リーニエはもう眠ってしまったよ」

 

 

家に戻るなり見慣れた顔が出迎えてくる。まだ起きていたらしい。さっさと寝ていればいいものを。今日はもう顔を見たくなかったというのに。

 

 

「そう。逃げ出されているかと思ったわ。でもそうね、あんたからは物理的に逃げれないから余計な心配だったわね」

「僕、何か悪いことをしたかな、アイゼン?」

「さあな。自分の胸に聞いてみたらどうだ?」

「え? 何だか二人とも僕に冷たくないか?」

 

 

どうやらリーニエに逃げ出されずに済んだらしい。もっとも追いかけまわす羽目になったのは目に見えているが。そういった意味では服従の魔法(アゼリューゼ)様様と言えるかもしれない。そんなヒンメルに追撃をしているドワーフ。もう分かったことだが、こいつも良い性格をしている。そして置いてけぼりの勇者様。もう酒は残っていないことを伝えてやろうかと思うも

 

 

「……お母さん」

「……私はお母さんじゃないわ」

 

 

物音で起きてしまったのか。寝ぼけた様子でリーニエは私に縋りついてくる。未だに慣れないやり取り。これに慣れる日が来るのか。いや、それはあり得ない。私達にはない概念。それが生まれることなどあり得ない。欺き、欺かれる。それが私たちの在り方。なら私とリーニエはどうなっていくのか。魔族としてどうあるべきなのか。

 

 

「いいじゃないか。懐かれてるんだから」

「懐かれてないからそんなことが言えるのよ。あんたも四六時中お父さんって呼ばれて纏わりつかれてみれば分かるわ」

「お父さんか……確かにそうかもね」

 

 

何も考えていないようにこちらをからかってくるヒンメルにそう言い返すも全く効いていない。懐かれているように見えるのも偽りに過ぎない。それすらもしてもらえていないヒンメルに言われる筋合いはない。なのにヒンメルは何かを考えこんでいる。一体何なのか。そんな中

 

 

「……お父さん」

「え?」

 

 

そんな初めて聞くリーニエの声が響き渡る。私も思わずそんな声を上げてしまう。そう、それは奇しくも私がさっき口にした言葉。しかもただ声真似しただけではない。その証拠に、リーニエは私から離れてヒンメルたちの方に歩み寄っていく。間違いない。リーニエは人間の家族の中で暮らした経験があるのだろう。その中でそれを観察し、真似している。いや、模倣と言ったほうがいいのかもしれない。こんなにもそれを行っているのはリーニエの持つ固有の魔法の影響だとすれば納得がいく。

 

 

「そうか。困ったな……これじゃあ君のことも言えなくなって……?」

 

 

それに気づくこともなく、ヒンメルはどこか困惑した様子を見せている。いや、違う。あれは喜んでいるのか。気持ち悪い顔をしながら頭を掻いている。どうやらリーニエにお父さんと呼ばれることが嬉しいらしい。意味が分からない。纏わりつかれることがそんなに嬉しいのか。自分に懐いていなかったのをそんなに気にしていたのか。だがそんなことは関係なく

 

 

「む?」

「お父さん」

 

 

リーニエはそのままドワーフに縋りつく。まるでそれが当たり前のように。ドワーフはそのままされるがまま。ぶら下がったり、登ってこようとしているのを怪我をしないように見守っている。きっとそれがお父さんというものなのだろう。

 

 

「……なるほどね。あんたの言ってた意味が分かったわ、アイゼン」

「――――」

 

 

目の前でそれを目の当たりにすれば納得するしかない。それは待ち惚けを食らっているヒンメルも同じ。そのまま微動だにしない。子供は残酷だとはアイゼンの言葉だったか。序列はここに決定された。

 

 

余談だが、翌朝まるで二日酔いになってしまったかのように勇者は布団から出てくることはなかった――――

 

 

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