ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三十三話 「魔族」

「洗濯物はここでいいのか?」

「ええ。後で魔法で乾かすから置いておいて頂戴」

 

 

かご一杯の洗濯物を持ち上げているアイゼンに片手間にそう伝える。どうやら川での洗濯をもう終えて帰って来たらしい。その体力馬鹿っぷりは凄まじい。出会ってまだ一週間ほどだが、他の連中とは違う意味でこのドワーフは規格外だ。主に物理的な意味で。深く考えてはいけないのだろう。こいつはそういう生き物だと思うしかない。だが洗濯をしてきてくれるだけマシだろう。ここに来てからはその量は倍の四人分。しかも汚れ物はさらに増えていっている。その理由はさておき、一番面倒な洗濯が終われば後は魔法で乾かすだけ。ならいつもと変わらない。

 

 

「……いつもこんなことをしているのか?」

「そうね。どこかの誰かさんのおかげでね。いい迷惑だわ。仕事って言うんでしょ?」

 

 

魔法で服を乾燥させているのが面白いのか、アイゼンは興味深そうに眺めている。そんなに珍しい光景なのか。民間魔法は人類側の魔法だろうに。仕事という概念もそうだ。人間社会の根幹を為す、魔族にないもの。もっともドワーフにはまた違う概念、風習があるのかもしれないが。

 

 

「ヒンメルは村ではどうしている? 家事はお前がやっているんだろう?」

「一時は無職、ヒモ扱いされてたけど……今は何やらやってるみたいね。人助けが仕事みたいなものでしょ、あいつは」

 

 

そう思ったことを口にする。一時期は無職だのヒモだのと揶揄されていたが、それに触発されたのか。今はヒンメルも仕事をしている。もっともその内容も多岐にわたっているので一言では言い表せない。あえて言えば人助けなのだろう。報酬をもらってやる分には仕事なのだろうが、それを無償でやってしまうのだから質が悪い。勇者というのはそんな連中ばかりなのか。

 

 

「違いない。あいつは旅でも寄り道ばかりしていたからな」

「そう。でもあいつの償いとやらに巻き込まれるこっちはたまったもんじゃないわ」

 

 

どうやら他の勇者一行もそれに巻き込まれていたらしい。想像に難くない。それに加えて二日酔いの生臭坊主に寝坊するエルフ。よくアイゼンは十年も付き合えたものだ。もっとも私も他人事ではない。下手をすればそれを超える勇者の寄り道に巻き込まれかねないのだから。その理由もさっぱり理解できない。

 

 

「償い……それは誰から聞いた?」

「? あの生臭坊主に決まってるじゃない。あんたも知ってるんじゃないの?」

「そうか、ハイターはそこまでお前に話していたのか」

「ええ。聞いてもいないのに聞かされたわ。馬鹿みたいに飲んでたし、そのせいでしょ」

 

 

何が意外だったのか。アイゼンは何かを考えこんでいる。何なのか。あの生臭坊主は余計なことを私に教えていたのだろうか。あの二日酔いのことだ。十分あり得る。もっとも私にはそれの何が余計なのか、まずいのかは判断がつかないのだが。

 

 

「でもどうしてそれが私とリーニエに家族ごっこさせることになるわけ? ヒンメルに聞いたけどはぐらかされてばっかりだし。あんたなら分かる、アイゼン?」

 

 

物はついでとばかりと尋ねてみる。最近理解できないヒンメルの行動の理由。私にお母さん、家族ごっこをさせようとしている理由。本人に何度か問い詰めてみたがはぐらかされてしまった。答える気がないのだろう。ならアイゼンなら何か分かるかもしれない。しかし

 

 

「……さあな。俺にもそれは分からん。アウラ、ヒンメルは家ではどうだ? 楽しそうにしているか?」

「? ええ、見れば分かるでしょ?」

「そうか。お前がそう言うなら間違いないだろう。きっとヒンメルは家族ができたみたいではしゃいでいるんだろう」

「家族? あいつと私が? 友達になりたいとか言ってたけど、違ったわけ?」

「友達か……あいつらしいな。それもあるかもしれんが、一緒に暮らす内に変わっていっているのかもしれん」

 

 

その答えは全く違う方向へと行ってしまう。いや、答えですらない。新しい疑問が増えただけ。私とリーニエだけではない。ヒンメルは私と家族になりたかったらしい。意味が分からない。友達になりたかったのではなかったのか。そもそも何でそれではしゃぐことになるのか。理解できないことだらけ。そもそも

 

 

「何でそんなことしてるわけ? そんなにしたいなら本物の家族とすればいいじゃない。大好きなお母さんがいるんでしょ?」

 

 

何でそんなことを魔族の私とする必要があるのか。償うことに何の関係があるのか。そんなことがしたいのなら自分の母親とすればいい。

 

 

「……あいつは幼い頃に両親を亡くしていてな。それからは孤児院で暮らしていた。だからきっと家族に憧れがあるのだろう」

 

 

しかしどうやらその大好きなお母さんはもういないらしい。なるほど。やはりこいつに話してよかった。恐らくこの内容はヒンメルと直接するのは望ましくない。形見と同様、人間にとっては不快に感じる物にあたるはず。それはそれとしてやはり意味が分からない。自分も家族についてよく分かっていないのに、あんなに偉そうに私に語っていたというのか。

 

 

「……何よそれ。だから私をお母さんにしたいってわけ? そんなに家族が欲しいならあのエルフにさせればいいじゃない」

「それも知っているのか。しかし……あいつが母親か。想像できんな」

「あんたたちの中であのエルフは一体どういう扱いなのよ……」

 

 

生臭坊主からは薄情扱いされ、アイゼンからは母親失格扱い。あのエルフはどういう扱いをされていたのか。そもそも家族は番と子供によって構成されるもののはず。ならヒンメルが好きなのはあのエルフ。それと家族とやらをすればいい。それを確かめるために私に自分が好きかなんて聞いてきたのだろうに。やることなす事、全てが矛盾している。

 

 

「すまないがもう少しあいつに付き合ってやってくれ。強引な奴だからな」

「言われるまでもないわ。今の私は従うしかないもの。あいつが飽きるまでの我慢比べね」

「……そうか。村に戻った時が大変だな」

 

 

結局はそうなるだけ。これはただの我慢比べ。騙し合い。村に戻れば何が大変なのか。それは分からないがやることは変わらない。勇者から逃れるために。それはリーニエも同じだろう。

 

不毛な会話を切り上げ、そのまま家から少し離れた開けた場所へと向かう。ここ最近は日課となりつつあるもの。今日も今日とてその光景が広がっていた。

 

 

「もう少し短く持った方がいいかな。僕とリーニエは体の大きさが違うからね。僕の動きをそのまま真似したら無駄がある。もっと小振りに」

「こう?」

「そうだ。やっぱり飲み込みが早いな。その動きを覚えておくんだ」

「うん」

 

 

ヒンメルはリーニエにそう言いながら手ほどきをしている。リーニエは時折、それに不思議そうな顔をしながらも言われる通りに木剣を振るっている。それがここ最近当たり前になっている、自称師匠とそれに付き合わされている弟子ことリーニエの稽古風景だった。

 

 

「ん? 二人とも遅いじゃないか。もう始めているよ」

「何様なのよ。こっちは仕事を終わらせてきたっていうのに。あんたたちは遊んでるだけじゃない」

「そんなことはないさ。僕はリーニエに稽古をつけていたんだよ。これも立派な仕事さ。ね、リーニエ?」

「ねー」

「あんたたちね……」

 

 

徐々にリーニエを手懐けつつあるヒンメルに呆れるしかない。流石は村で人たらしと呼ばれているだけはあるのか。それは魔族の子供にも有効なのか。もっともリーニエからすれば騙しやすいと思われているだけなのだろうが。同じ子供同士、波長が合うのかもしれない。アイゼンの真似をしていることがよっぽど羨ましかったのか、いつの間にかヒンメルはリーニエに自分の動きを覚えさせていたらしい。さらには馬鹿呼びから名前で呼ばせることにも成功。涙ぐましい努力だ。それをもっと他のことに生かせないのか。

 

 

「肩の調子はどうだ? 痛みはないか?」

「? うん、大丈夫」

 

 

そんなヒンメルとは対照的に変わらずお父さんらしいことをしているアイゼン。それには敵わないとみるや違う方向から攻めるのは勇者らしい切り替えの早さと言えるのかもしれない。

 

 

「まだ教え始めて三日ほどだけど本当に飲み込みが早いよ。流石は僕の一番弟子だね」

「ちょっと前までお父さんで大騒ぎしてたとは思えない変わりっぷりね……でも何で一番なわけ? 他にも弟子を取るつもり?」

「いいや。でもその方がかっこいいじゃないか! な、アイゼン?」

「当然だな」

「ようするに意味はないわけね」

 

 

勇者一行の前衛二人はそう意気投合している。どうやら私には分からない拘りがあるらしい。弟子、師弟という概念。おおよそ家族に近い意味合いのようだが、こちらは血の繋がりよりは技術の継承が優先されるらしい。魔法を指南することは魔族にもないわけではないが、自分の魔法を教え込むなんてことはない。やはり人間の風習は理解できない。

 

 

「でもあんたはそれでよかったの? あの子、最初はあんたの真似をしてたのに」

「構わん。俺の動きと武器はあの子には合っていなかったからな。ヒンメルの剣技の方があの子には合っている」

「ふぅん……よく分からないけど、あんたがそう言うんならそうなんでしょうね」

 

 

魔法使いである私には戦士、剣士の勝手はよく分からないが、こいつがそう言うならそうなのだろう。そういう意味ではリーニエにとっては都合が良かったのかもしれない。あのままでは自分には合わない動きを模倣し続けていたのかもしれないのだから。皮肉ともいえるかもしれない。

 

 

「それにあの子は女の子だ。戦士の教えを叩きこむわけにもいかん」

「戦士の教え?」

「そうだ。何度倒れても立ち上がって技を叩きこむ。倒れることだけは許されない。それが戦士の戦い方だ。いくら魔族とはいえ、あの子にそれはさせられん」

「……そもそもそれはあんたにしかできないわ。脳みそまで筋肉でできてるんじゃないの」

 

 

戦士というのはつくづく私達とはかけ離れた存在なのかもしれない。そんなことができる奴なんてこいつとあの年寄りぐらいだろう。そうなるとこいつの弟子になれる奴なんて存在しないのではないか。少なくとも人間では耐えられないだろう。

 

 

「何より、あの子はこれからお前たちと一緒に暮らすことになる。ならヒンメルに任せた方がいい」

「そう……結局ごっこ遊びになるわけね。あいつ……真似をしていれば本物になるなんて本気で信じてるのかしら」

 

 

そして告げられる憂鬱な現実。これから村に戻っても変わらずヒンメルとのごっこ遊びは続くのだから。しかもリーニエも増える。何の冗談なのか。不意に思い出すのはいつかのあいつの言葉。魔族(私たち)が人間に、家族になれるなんて本気で信じているのか。

 

 

「何の話だ?」

「ただの独り言よ。そもそも魔族を鍛えるなんていいわけ? あんたたち勇者一行じゃなかったの?」

「リーダーはあいつだ。しかし魔族のお前が言うと説得力が違うな」

「そっくりそのまま返してあげるわ。その言いよう、やっぱりあの生臭坊主の仲間なだけあるわ」

 

 

楽し気にそう言い返してくる筋肉馬鹿の姿にいつかの生臭坊主が重なる。間違いなくあいつの仲間なだけはある。それだけで、あのエルフも自分にとって天敵であることは想像に難くない。

 

 

「おーい、アイゼン! ちょっと打ち込み稽古をしたいから手伝ってくれ!」

「お父さん、来て」

「分かった。本気で打ち込んで来い。全部受け止めてやる」

「……本気? そこら辺の木でいいじゃない」

 

 

やる気満々に腕まくりしながら向かっていく脳筋(アイゼン)。どうやらリーニエの剣を体に受け止める気らしい。馬鹿なのか。いくらリーニエが子供だとしてもおかしい。それが当然だと言わんばかりのヒンメルもまた同類なのだろう。

 

それがなし崩し的に始まった、リーニエによって生まれた新たな日常の光景だった――――

 

 

 

「お母さん、どうしたの?」

「何でもないわ。それと……もういいわ」

「?」

 

 

いつもと変わらず、私をお母さん呼びしてくるリーニエに反論しようとするもあきらめる。もう数えきれないほどしてきたやり取り。それが無駄であることはもう分かった。認めるわけではないが、正すのは時間の無駄でしかない。好きにさせればいい。害があるわけではないのだから。

 

 

(そういえば……こいつと二人っきりになるのは久しぶりね)

 

 

今、私とリーニエは二人きりになっている。稽古の後、あの脳筋二人は食料調達のために森へと出かけて行った。流石にリーニエを連れて行くのは邪魔だったのだろう。その間は私が一緒にいることになった。だが途端に分からなくなる。私はこいつとどう接すればいいのか。

 

『私は生き残りたいだけ』

 

あの時、私の魔法で聞き出した魔族としての本音。それに偽りはない。リーニエはヒンメルたちを欺いている。あの時からずっと。人間の子供の振りもしているのも、弟子の振りをしているのも。私に対してもそれは同じなのだろう。間違っているのは魔族である私に対してそれは無意味であるということだけ。子供だから理解していないのか、魔力の大きい私に従っているからなのか。本当なら配下として使ってやるところなのだが、幼いこの有様では役には立たない。そもそもそんな扱いはヒンメルが許さないだろう。どう扱ったものか。そんな中

 

 

「…………」

 

 

リーニエはその魔力を読み取る瞳で何かずっと見つめている。その視線の先は私の胸元に向かっている。いや、正確にはそこにある銀のアクセサリに。

 

 

「……何? これが気になるわけ?」

「うん」

 

 

こくん、と頷くリーニエ。そういえば事あるごとにリーニエはこれを気にしていた。これだけではない。ローブや私の鞄。私が持っている物に興味を示している。思い出すのはヒンメルの言葉。子供は何でも欲しがるのだと。人間の子供の習性のはずだが、魔族にもそれは当てはまるのか。それとも同じ魔族として、私が身に着けている物が気になるのか。

 

 

「…………いいわ。貸してやるわよ」

 

 

そのまま首から外し、アクセサリをリーニエの首にかける。あの時のヒンメルのように。貸してあげればいいじゃないか、そんなヒンメルの言葉に従ったわけではないが、頑なに断る理由もない。私の物ではあるが、これは特別な価値がある物ではない。ただの金属の装飾品。ただの物でしかない。

 

 

「…………」

 

 

リーニエはそのままアクセサリを持ったり、見つめたりを繰り返している。きっとその意味が分からないのだろう。その様子にいつかの自分が重なる。そういえば自分もアクセサリの意味が、価値が分からず同じようにしていた。フリージアという花言葉の概念を知るまでは。贈り物という、私達にはない概念。その真似事をすればその意味を知ることができるかもと思ったがやはり意味はなかった。何も感じない。

 

 

(これなら、まだ償うの方がマシかもね……)

 

 

アクセサリに飽きたのか、そのままその場を走り回っているリーニエを眺めながらそう結論づける。償う。ヒンメルが私にさせようとしている、人間の概念。それをこの一年、私は知ろうとしてきた。書物や人間たちの反応から。そんなことをする意味が何故あるのか。未だにそれは理解できないが、概念としてはおおよそ把握できたと言っていい。裁判や刑法。罪と罰。その重さ。平等と秩序維持。それに照らし合わせればヒンメルに償うべき罪などないのだが、本人はそれが罪だと思っているらしい。本当に無駄なことが好きな奴だ。アイゼンに言わせれば暇にあたるのか。それが人間の長所らしいが短所にしかなっていない。

 

 

(家族に贈り物、ね……)

 

 

ここに来てからヒンメルによって押し付けられた概念。だがそれは償うとは何かが違う。書物やアイゼンから聞いても全く理解できない、いや感じ取れない。恐らくこれは読んだり、聞いたりでは理解できない物なのだろう。自ら経験しなければ。そう思ってやってみたが結果はこの有様。もっとも期待などしていなかったのだが。

 

そんなことを考えていると勢い余ったのか、リーニエはそのまま転んでしまう。それを何とはなしに眺めている私。

 

 

「……痛い」

「……何やってるのよ」

 

 

まるで私が悪いかのようにこっちを見つめてくるリーニエ。意味が分からない。自分で走り回って自分で転んでそれを私に言って何になるのか。それがいつまで続いたのか、リーニエはまるで何事もなかったかのように立ち上がる。そこでようやく気付く。どうやらリーニエは転んだ自分を抱き起してくれるのを待っていたのだと。いや、それを期待していたのだろう。母親ならそうしてくれるだろう、と。愚かでしかない。私たちは人間ではなく魔族。そんなことも分からないのか。

 

仕方なくそのまま近づきながら確認する。特に怪我は見られない。ただ稽古のせいもあるだろう。体もだが服も泥だらけになっている。同時に思い出す。いつかアイゼンが言っていたこと。その通りに動くのは癪だが、確かめてみる価値はあるかもしれない。

 

 

「汚れてるわね……付いてきなさい」

「どこに?」

「水浴びよ。もう肩は良くなったんでしょう」

 

 

理解できないのか。ぽかんとしているリーニエに命じながら歩き出す。目指すは川。あの時はできなかったことを試すために。

 

 

「冷たい」

「我慢しなさい」

 

 

文句を言っているリーニエを無視しながらその体を洗ってやる。肩の傷はすっかり良くなっている。魔族だからなのもあるだろうが、アイゼンの手当てが的確なのもあるだろう。

 

川の浅瀬で淡々とリーニエの体を洗い流していく。リーニエと同じく、私もまた素肌を晒している。服を着たままでは濡れてしまい、無駄な洗濯物を増やしてしまうだけ。その証拠にリーニエは抵抗し、水飛沫がこちらにもかかってくる。面倒なことこの上ない。人間の母親というのはなぜこんなことをしているのか。

 

 

(こんなことに何の意味があるのかしら……ただリーニエが得をしてるだけじゃない)

 

 

ようやくリーニエの洗濯……ではなく、洗身が終わり持ってきたタオルで長い髪を拭いているところ。あきらめたのか、それとも疲れたのか、リーニエはされるがまま。経験すれば何か分かるかと思ったがやはり収穫はなし。リーニエの模倣には意味があるが、私の真似事にはどうやら全く意味がなかったらしい。もっとも剣技とは全く別物なので比べることなどできないのだが。

 

そう、結局これでは得をしているのはリーニエだけ。私には何の得も、利益もない。なのに何故人間は、母親とやらはこんなことをしているのか。

 

知らず自らの体とリーニエの体を見比べる。ともに同じ、人間の女と同じ肢体。その見た目は同じでも、人間とは全く違うのが私たち魔族。その習性も、価値観も全く異なる。なら理解できないのは当たり前。何でヒンメルはそんな無駄なことをしているのか。いや、そもそも私は何でこんな無駄なことを。

 

 

「お父さん、ヒンメル」

「え?」

 

 

そんな中、リーニエが何かに気づいたように指をさしながらそんなことを口走っている。それに吸い寄せられるように向けた視線の先には

 

 

いつかと同じように目を見開いたまま、固まってしまっている勇者の姿があった。まるで信じられない物を見た、といった風に硬直している。違うのは私の隣にはリーニエが、ヒンメルの隣にはアイゼンがいるということだけ。

 

 

「…………いつまで見てるわけ?」

「……え? いや、違うんだ!? 僕たちは魚を釣るために来ただけで覗きに来たわけじゃ、ぶっ――!?」

「水浴びをしていたのか、すまん。気づくのが遅かったな」

「のぞき?」

「ち、違うんだリーニエ……それと、アイゼン、ここまでしなくても」

「いいからそのままでいろ」

 

 

そのまま私の体を凝視していたヒンメルはまるで閃光のような速さでアイゼンによって頭から地面に叩きつけられてしまう。思わずこちらが身構えてしまうような早業。自らは目を閉じたまま。リーニエはその言葉の意味も分からないまま真似している。アイゼンからすればそれも原因なのだろう。地面にめり込んでしまうのではないかと思える力でヒンメルを押し込んでいる。流石は戦士なのだろう。

 

 

「気にしてないわ。慣れてるし。女の肢体に慣れてない勇者様には刺激が強すぎたかしらね」

「……ヒンメル?」

「ち、違う!? それは不可抗力で――!?」

「……そうね。そいつはエルフのスカート捲りでしか欲情できない変態だったわね。忘れてたわ」

「……罪な男だ」

「いっそ殺してくれ」

「へんたい?」

 

 

そのままうなだれるようにピクリとも動かなくなった屍のような勇者を担ぎながらアイゼンは去っていく。慈悲はない。そんな男二人の後姿をリーニエは興味津々に見送っている。魔族であってもあの勇者が教育上宜しくない存在であることは変わらない。そのまま知らず握っていた自分の服を手放し、リーニエを着替えさせるのだった――――

 

 

 

「お帰り。夕食の準備はできてるよ」

「ただいま。顔を洗ってきたら? まだ土がついてるわよ」

 

 

閑話休題。これも償いなのか、何故か頼んでもいないのに夕食の準備をしている勇者様。分かり易すぎる。その証拠に顔にはまだ土がついたまま。対してアイゼンもまた黙々と家事を手伝っている。どうやら男衆にとっては女の肢体を見てしまうことは服従の魔法に匹敵する効果があるらしい。色仕掛けと私の魔法は等価値なのか。私にとっては侮辱でしかない。

 

 

「アウラに体を洗ってもらったのか、良かったな」

「うん。洗われた」

「……もうしないわよ」

 

 

リーニエの体を確認しているアイゼン。そして当のリーニエの発言に辟易するしかない。確かにリーニエからしてみればそうなのだろうが、それでも癪に障る。自分から勝手にしたことではあるが、もう頼まれてもしてやるものか。そう悪態をついていると

 

 

「……? アウラ、アクセサリはどうしたんだい? 外してるのかい?」

 

 

ヒンメルがそんなことを聞いてくる。本当に目ざとい奴だ。ほんの少しの変化も見逃さない。それを何故さっき発揮できなかったのか。

 

 

「……五月蠅いわね。リーニエに貸してやってるのよ。あんたのご希望通りね。これで満足でしょ?」

 

 

意趣返しとばかりにそう言い放つ。リーニエからすれば勝手に渡されたことになるのか。これに関しては本人が欲しがっていたのだから文句もないだろう。そもそも薄情だのなんだの言っていたのはヒンメルの方。しかし、やはりこれは失策だった。アクセサリのことだけではない。私たちが人間の真似をするのは人間を欺くため。それ以外のために人間の真似をするなんてそもそも間違い、無駄でしかないのだから。魔族であることを欺くようなもの。矛盾でしかない。そう自嘲するも

 

 

「リーニエに……? でもリーニエはアクセサリはしてないけど……」

「はぁ? そんなわけないでしょ。さっき着替えさせた時に私がちゃんと……」

 

 

それは一気に吹き飛んでしまう。思わず目を見開き、息を飲んでしまう。ただその視線がリーニエの胸元に注がれる。だがそこにあるはずの、あったはずの物がなくなっている。間違いなく、そこにあったはずなのに。

 

 

「……ない」

 

 

淡々と、どうでもいいことのように彼女は答える。魔族(リーニエ)としての返答。それを前にして魔族(アウラ)はただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった――――

 

 

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