ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三十四話 「人間」

「いただきます」

「ます」

 

 

いつもと変わらない、人間の真似をしている私たちと人間とドワーフ。四人の声が木霊する。ここ二週間で当たり前になりつつある日常。その中に溶け込んでる魔族である私。だがそのことに違和感を覚えつつある。ここ最近はなかったもの。そう、確かヒンメルに従わされてから半年ほどは当たり前にあった感覚。それが蘇りつつある。言いようのない異物感、生理的な不快感。その理由が何であるかは明白だ。

 

 

「…………」

 

 

黙々と、小動物のように一心不乱にリンゴを齧っている魔族の子供。リーニエ。道中で気まぐれで拾った存在。初めは自分にとって利用できるかと考えていたが、それは間違いだったのかもしれない。それに巻き込まれる形で私の環境は変わっていってしまった。理解できない家族、お母さんという概念によって。それを強いてくるヒンメル。そしてそれを理解していないまま模倣し、私にそれを求めてくるリーニエ。初めは全く気にならなかった。どうせ自分には理解できない物なのだと。それは正しかった。言われるがままにそれを真似してみたこともあった。でも結局何も分からなかった。

 

 

(私にどうしろって言うのよ……)

 

 

ただ黙々と目の前にあるアップルパイを口に運ぶ。リーニエ同様、囚われた時から口にするようになった人食いの代償行為。そういえばもう人間を食べなくなって一年以上になるのか。そのことすら忘れかけてしまっている自分に知らず息を飲む。いつからだ。いつから私はこんな風になったのか。私は魔族だ。なのに人間を食べることもなく、ただ隷属し飼われている。人間の真似をしながら。おかしい。人間を食べるためにその真似をしていたはず。なのにそれができない今、私は何故人間の真似をしているのか。

 

 

(リーニエは何も変わっていない……なら、私は)

 

 

知らず自らの胸元に目が行ってしまう。今はもう何もないと分かっているのに。習慣だろうか。それがあるのが当たり前になってしまっているからこその違和感。それを失くしてまだ一週間も経っていない。きっともう少しすれば気にならなくなるのだろう。リーニエのように。それが魔族だ。それを失くした張本人であるリーニエは何も気にすることなく、人間の子供の真似を続けている。当然だ。ただ物を失くしただけで何を気にする必要があるのか。

 

 

「……ウラ。………?」

 

 

なのに、どうして私はそれに違和感を覚えているのか。これではまるで――

 

 

「アウラ? どうかしたのかい?」

「……っ!? 何よ……驚かさないで頂戴」

「すまない。でも何度声をかけても反応しないからね。どうかしたのかい?」

「……何でもないわ」

 

 

こちらを訝しむように、ヒンメルがこっちを覗き込んでいる。リーニエもアイゼンもそれは同じ。どうやら昼食は終わってしまっていたらしい。それに気づかないほど考え込んでいたのか。一体何を。私らしくもない。それを誤魔化すように、席を立ちそのまま片づけを始める。そう、これが私の今の役割。勇者に従い、それを欺くための行動。それに間違いはない。なのに、何かを掛け違ってしまっているような不快感がある。こんなこと、今までなかったのに。ただそれを振り払うように体を動かす。いつものように。洗い物を始めようとするも

 

 

「お母さん」

 

 

そう、理解できない鳴き声と共に邪魔が入った。

 

 

「……鬱陶しいわね。離れなさい」

 

 

私の服に縋りつく前にその手を払う。考えるよりも早く体が動いた。反射に近い物。それによって体をよろけさせながら、リーニエはどこか不思議そうな顔をしている。一体何なのか。そこで気づく。そういえばここ最近は面倒なので縋りついてくるのはそのままにさせていた。だからこそいつもと違う反応を示してきた私に困惑しているのだろう。ただそれだけ。何も感じてはいない。魔族なのだから。そのまま再び洗い物をしようとするも

 

 

「……アウラ、ちょっといいかな」

 

 

それはヒンメルの呼び出しによって中断させられてしまった――――

 

 

 

「……何の用? さっさと洗い物を済ませたいんだけど」

 

 

ただ淡々とそう伝える。なんでわざわざ家の外まで連れ出されなくてはいけないのか。そもそも何の用なのか。あの場では言えないことなのか。いや、違う。それが何なのか今の私には見当がついている。ついてしまっている。それがさらに私を苛つかせる。

 

 

「さっきのリーニエのことさ。なんであんなことをしたんだ? いつもは好きにさせているじゃないか」

「はぁ? 言ったでしょ。鬱陶しかったからよ。何か問題あるわけ?」

 

 

その張本人がさらに私を逆撫でする。本当に目ざとい奴だ。私の一挙手一投足を見逃さない。だからこそさっきのは失敗だった。あんな分かりやすい反応をしてしまえばこうなってしまうのは分かっていたのに。

 

 

「あるさ。あんな風にされたら、リーニエが可哀想だろう?」

「……可哀想?」

 

 

およそ、魔族には無縁の言葉に思わずそのまま返してしまう。意味が分からない。こいつは本当に何を言っているのか。

 

 

「あんた、本気で言ってるの? あいつは魔族よ。そんなこと思うわけないでしょ。そんなことも分からないわけ?」

 

 

魔族の私たちがそんなことを感じるわけがない。服従の魔法で問い質せば分かるだろう。リーニエが今、何も感じていないことを。魔族を人間のように扱うどころではない。こいつは本当に、魔族を人間だとでも思っているのではないのか。

 

 

「……やっぱりアクセサリのことかい?」

 

 

瞬間、目を細めるのを抑えることができなかった。本当に癪に障る奴。わざわざこのタイミングでその話題。やはりこいつもあの生臭坊主の仲間だということなのだろう。

 

 

「……何のことよ」

「アクセサリをリーニエが失くしてしまったことだよ。君の様子がおかしくなったのはその頃からだ。それでリーニエにきつくあたってしまってるんじゃないのか」

「…………」

 

 

ただ無言でそれを聞き流す。それにどう反応したところで無駄だろう。勇者の中ではもう結論は出ているのだから。それに付き合う意味も必要もない。

 

 

「みんなで探したけど、見つからなかった。残念だったけど、リーニエはまだ子供だ。悪気があった訳じゃないんだよ。だから」

「……そんなこと言われるまでもないわ。私たちは魔族よ。そんなものあるわけないじゃない」

 

 

勇者の言葉に呆れるしかない。悪気、なんてものは私たちにはない。そんな物があるならとうに私たちは魔族ではなくなっているだろう。だから許してくれるのだろう。騙されるのだろう。それでいい、と。

 

あれはあんたが渡してきた物なのに、それがなくなってもいいのか。なら、何であんなものを。なら最初から

 

 

「だからこれは魔族(わたし)たちの問題よ。人間のあんたが口出ししないで頂戴」

 

 

これは魔族である、私たちの問題。人間である勇者に立ち入ることなどできはしない。そんな最初から子供でも分かるような結論を勇者に突きつける。それを前にして、勇者はどこか寂し気な表情をしている。それを無視するように踵を返そうとするも

 

 

「…………」

 

 

そこにはいつの間にか出てきてしまったのか、リーニエの姿がある。変わらず無表情の、感情を感じさせない魔族の貌。その後ろには付いてきたのか、アイゼンもいる。結局こうなるのか。家の外に出た意味が何もない。

 

 

「……何よ」

「お母さん、怒ってる?」

「……怒ってなんかいないわ。ただの勘違いよ」

 

 

ぽつりとリーニエがそう尋ねてくるがそう切り捨てる。どうやらリーニエにはそう見えたらしい。どうでもいい。だから何だと言うのか。私が怒っていようがいまいが何の関係もない。人間の子供の真似に付き合うのもいい加減鬱陶しくなってきた。ただそれだけ。

 

 

「どこに行くんだ、アウラ?」

「水浴びよ。心配しなくても私はあんたから逃げられないんだから気にする必要ないでしょ」

 

 

そのまま振り返ることなくその場を後にする。これ以上この場にいても意味はない。だがそれが理解できていないのか。リーニエはそのまま私の後に付いてこようとする。恐らく以前私が体を洗ってやったことを覚えていたからだろう。それに伴う刷り込み的な反応。

 

 

「――付いてこないで。邪魔だわ。あんたもよ、ヒンメル。覗きたいならあのエルフにしなさい」

 

 

それを振り払うように歩きはじめる。今はただ、こいつらの顔は見たくなかった。ただただ苛立ちが増すだけ。そのまま逃げるように、私は独り川辺へと向かうのだった――――

 

 

 

(何やってるのかしら、私は……)

 

 

そのままただ歩き続ける。その視線は自らの足元に向けられている。もう川辺には着いていた。にも関わらず水浴びをすることなく、ただ歩いている。あるはずのない物を探すように。

 

もう何度も探したのに。見つかるはずもないのにそれを繰り返している私。そんなことに何の意味もないと理解しているのに、何故こんなことをしているのか。もうあれから何日も経っている。雨も降った。動物に持っていかれたかもしれない。この山の中で、あんな小さなものを見つけることなんてできるわけがない。

 

あれは私の物だ。だからそれを失くしたら探すのは当たり前。何もおかしくはない。だが、あれには特別な価値はない。希少価値も、魔力的な価値も。ならここまで固執する必要もない。リーニエを見れば分かる。あれが魔族の反応だ。魔族はかくあるべきだと、私もそう思っていた。なのに何故それに苛立たなくてはいけないのか。

 

 

「……馬鹿じゃない」

 

 

いつもの口癖が知らず漏れる。違うのは、それが自身に向けられた物であることだけ。その意味を理解するよりも早く誰かの足音が近づいてくる。思わず顔を上げ、身構えるも

 

 

「……アイゼン?」

 

 

そこには見慣れたドワーフの戦士の姿があった。同時に安堵する自分がいた。あの二人が来るよりは遥かにマシだったのだから。しかし分からない。何でこいつがここにいるのか。

 

 

「何であんたがここにいるのよ。付いてこないでって言ったはずだけど。それともあんたも水浴びに来たわけ? それとも覗き?」

 

 

すぐさま平静を装い、アイゼンにそう悪態をつく。そう、私は付いてこないように言ったはずなのに何でここにいるのか。まさか本当に水浴びに、覗きに来たわけではないだろう。ならとっととここから去ればいい。にも関わらず

 

 

「俺はヒンメルじゃない。それに俺は付いてこないように言われていないからな」

 

 

髭を触りながら、そんな言い訳にもならない言い訳を堂々と告げるアイゼンに呆気にとられるしかない。やはりこいつの脳みそは筋肉でできているのだろう。もはや反論する気にもならない。

 

 

「あっそう。で、一体何しに来たわけ? あんたもヒンメルみたいに無駄な説教する気?」

 

 

呆れながらそう告げる。きっとこいつもヒンメルと同じようにさっきのことを言いに来たのだろう。人間の母親らしくしろと。勇者一行として。笑い話だ。飼い慣らせれば、本当に魔族が人間になれるとでも思っているのか。魔王様を倒し、数えきれないほどの魔族を殺してきながら今更何を言う気なのか。そんな私の言葉に

 

 

「アウラ、お前は魔族だ」

 

 

アイゼンは、明確な肯定をしてきた。当たり前の、何でもない言葉。だがそれは、今私が一番欲していた物だった。

 

 

「何よそれ。そんなの当たり前じゃない」

「そうだ。俺たちは人間じゃない。人間にはなれない。ドワーフも、エルフもそれは同じだ」

 

 

アイゼンは目を閉じたまま、静かに、それでも噛みしめるようにそう続ける。それはまるで独り言だった。私に向けた物ではない。アイゼン自身のことのように。

 

 

「それでも寄り添うことはできる。魔族(お前)たちには魔族(お前)たちの形があるはずだ」

 

 

まるでそれを経験したことがあるかのように、アイゼンは私にそう伝えてくる。相変わらず抽象的で、何が言いたいのは分からない言葉。何故こんなにこいつは不器用なのか。魔族よりも言葉を伝えることが下手なのではないか。

 

 

「……何してるのよ?」

 

 

言いたいことを言い終わったのか。アイゼンはそのまま何も言わず辺りを散策し始める。まるで何かを探すかのようにウロウロと。一体何をしているのか。それに

 

 

「俺も落とし物をしてな。探しているだけだ」

 

 

ぶっきらぼうに、落とし物をしたくせに何故か得意げに答えてくる筋肉馬鹿。それを前にして呆れて言葉もない。

 

 

「そう……勝手にすればいいわ」

 

 

ならこっちも勝手にさせてもらう。そのまま顔を合わせることなく、二人揃って間抜けな探し物を再開することになったのだった――――

 

 

 

「今戻った」

「……」

 

 

時刻は夕刻。アイゼンと共に帰宅する。収穫はなし。見つかるはずのない探し物をしていたアイゼンは当然として、私の探し物も見つかることはなかった。これ以上は暗くなり難しいということで切り上げとなった形。そうとも言えず、そのまま無言で帰宅するも

 

 

「遅かったね二人とも。おかげでリーニエが大変だったんだ。見てくれよ、この惨状」

 

 

昼の出来事がまるでなかったかのように、平常運転の勇者様。気にしていたこっちが馬鹿だったのではないかと思ってしまうような有様。それを示すようにその顔には疲労感がにじみ出ている。その理由が目の前の光景。

 

 

「何なのよ、これ?」

「見て分かるだろう? リーニエさ。ずっとこの調子でね。困ったものだ」

 

 

それはまさに惨状だった。めちゃくちゃだった。部屋中がまるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように散らかってしまっている。その犯人は未だに部屋を荒らしまわっている。一体何をしているのか。そして同時に頭が痛くなってくる。これをまた片付けなくてはいけないのだから。リーニエとどう接するべきか。昼のこともあった手前、気にしていたのだがそれも吹っ飛んでしまう。それに辟易していると、私の姿を見るなり、それまでの騒ぎが嘘のようにリーニエはこっちにやってくる。そして

 

 

「これ」

 

 

何の前触れもなく、ただ淡々と何かが私に差し出された。

 

 

「……何のつもり?」

 

 

知らず、自分でも驚くほど冷たい声が出た。その視線がその掌に釘付けになる。そこにはアクセサリがあった。金色の、見たことのない、装飾品。恐らくはアイゼンの持ち物だろう。何故そんな物を私に差し出してくるのか。そんなこと、聞くまでもない。

 

 

動悸がする。眩暈がする。立ち眩みがする。

 

 

「代わり。私がなくした物の」

「――――」

 

 

それは私が失くした、親愛の花(フリージア)のアクセサリの代わり。

 

 

きっとそれを失くしたことで、私の態度が変わってしまったと感じていたのだろう。それはきっと平穏に暮らしたいであろうリーニエにとっては望ましくない。だから代わりを探していた。用意した。ただそれだけ。魔族なら何の矛盾もない、当たり前の思考。行動。

 

なのに、ただ呆然とするしかない。リーニエの行動に、ではない。それに対する、自らの反応に。

 

 

「……お母さん」

 

 

その鳴き声を、言葉を聞いた瞬間、金のアクセサリを払いのけていた。無造作に床に転がっていくアクセサリ。それを何の反応もなく、ただ無表情に眺めているリーニエ。分からないのだろう。自分が何を間違えたのか。

 

 

「……ふざけないで」

 

 

いや何も間違えてなどいない。間違えているのは――

 

 

「……っ! 私はお母さん(人間)じゃないわ……っ!」

 

 

アウラは叫ぶ。リーニエへの拒絶であると同時に、魔族である自分自身へと。そして己を人間扱いしてくる勇者への。

 

 

アウラはそのまま去っていく。逃げ出すように。リーニエはただ払われた自らの手と床に転がっているアクセサリを交互に見つめている。アイゼンは目を閉じたまま、何も語ることはない。

 

 

そしてヒンメルは――――

 

 

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