ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三十六話 「親子」

「付いてきなさい」

 

 

そう命じ、先に歩き始める。無言のまま、命じられたリーニエは私の後を付いてくる。ただ従順に。いつものように、お母さんと声真似することもない。向かう先はあの川辺。近くにはヒンメルもアイゼンもいない。当たり前だ。今から私はリーニエと二人きりで話さなければならない、確かめなくてはならないことがあるのだから。

 

 

(放っておいたら付いてきかねないものね……本当に馬鹿な奴)

 

 

ついさっきのヒンメルの姿が目に浮かぶ。さも当然のように私たちに付いてこようとしていたのに当てが外れてしまったのだろう。何を考えているのか。よっぽど昨夜の出来事が嬉しかったのだろう。あからさまに調子に乗っていた。その原因となっているフリージアのアクセサリに目を奪われる。色々な意味でこれに振り回された形。だがそれも一応の決着を見た。先の課題は山積みだがそれはそれ。故に私がしなければいけないのは現在の、残された問題を片付けること。

 

目の前の魔族の子供、リーニエをどうするか。

 

それに向き合うため、その場所に辿り着く。ヒンメルもアイゼンも立ち入れない場所に。そう、これは魔族(わたし)たちの問題。かつて言ったように、例えヒンメルでも立ち入ることはできない。その結果がどうなろうと。

 

 

「怒ってる……?」

「怒ってないわ。あんたも探してくれたんでしょ?」

 

 

川辺に辿り着いたのに、ずっと私が黙り込んでいたからなのだろう。リーニエは小声でそう尋ねてくる。きっとこいつからすればまだ私は怒っていると警戒しているのだろう。その理由も理解し切れていないに違いない。だからこそいつものように付き纏ってくることもない。

 

それに対してアクセサリを見せることで答える。ヒンメルの言う通りなら、こいつはアクセサリを家中をひっくり返して探していたらしい。代わりとなるアイゼンのアクセサリを見つけていたにもかかわらず。普通の魔族なら代わりを見つけた時点で探すのを止めているだろうに。偶然なのか、それとも何かの模倣なのか。どちらにせよ、私がここまで連れてきたのはアクセサリの件ではない。

 

 

「ここに呼んだのは確かめたいことがあったからよ」

 

 

それはもう一つの問題を、疑問を解決するため。そのためにこんなところまでやってきた。ある意味、アクセサリ以上にここに来てから、私を翻弄し続けてきたこと。

 

 

「欺くことは許さないわ。そもそも私は人間じゃない。もしそんなことをすれば殺すわ。あの時のようにね」

 

 

発する魔力を強めながら宣告する。欺くな、と。魔族にとっては最も難しいであろう命令。大魔族として、下位の同族へと。殺気と共にその手に魔力を込める。人を殺す魔法(ゾルトラーク)。その矛先を向ける。あの時と同じ。違うのはこの場にはそれを止めてくれるヒンメルもアイゼンもいないということだけ。もし服従の魔法(アゼリューゼ)が使えればこんな面倒なことをしなくても済んだだろう。

 

自らの命の危機を感じ取ったのか、咄嗟にリーニエが声を発しそうになるのを私は見逃さなかった。だが寸でのところでリーニエはそれを飲み込む。私の命令を思い出したのだろう。本当に運のいい奴。そのままそれを口にしていたら駆除してやっていたのに。

 

 

「答えなさい。あんたは何故私を『お母さん』と呼んでいるの?」

 

 

その先をあえて口にしてやる。お母さん、という命乞いの鳴き真似。何故それを魔族である私にしてくるのか。その理由を問い質す。

 

だがそれすらも私にとっては茶番に過ぎない。何故ならその答えを私はおおよそ察しているのだから。それはあまりにも単純な答え。ヒンメルが執拗にこっちをかき回してくれたせいでそんなことにもすぐ気づけなかっただけ。だからこそ、あいつはここには来させなかった。何故なら

 

 

「…………あの人間(ヒンメル)を騙すため」

 

 

その答えは、ヒンメルにとって無駄なことでしかないのだから。

 

 

「……そう。やっぱりね。理由をもっと詳しく話しなさい」

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)を解除しながら、その先を促す。驚きはない。そう、少し考えれば分かることだった。いくら子供だとはいえ、こいつは魔族だ。それが同じ魔族であり、大魔族でもある私を相手に、人間のように振舞ってくるわけがない。命乞いの意味がないのだから。なら誰を騙すためにそれをしているのか。決まっている。あの場に人間はあいつ一人しかいないのだから。

 

 

「あの人間があなたを従えていたから。それが怖かった。だから人間のこどもの真似をすれば生き延びられると思った」

「それで私をお母さんに見立ててたってわけね……」

 

 

リーニエは淡々とそう事実を明かしてくる。そう、リーニエにとっては大魔族である私よりもヒンメルの方が恐ろしかったのだ。当たり前だ。魔力の大きさ、多寡で強さを判断する魔族にとっては異常でしかない。大魔族である私が何の魔力もない人間に従わされているのだから。それに同じように従わされてしまったらどうするか。できるのはヒンメルを騙し、生き延びること。そのためにリーニエは人間の子供の振りをし続けた。人間が同族の子供は手にかけづらいという習性を持っているからこそ。その上で最も効果的な命乞いである『お母さん』を使うために、リーニエは私を利用していた。いかにも魔族(わたし)たちらしい単純な、馬鹿らしい理由だった。やはりあいつをここに同行させないで正解だった。

 

 

「あんた、私がヒンメルに従わされてるってよく気づけたわね。言ってなかったはずだけど」

「そんなの魔力の流れを見れば分かる」

「そう。そういえばあんたは眼が特別だったわね」

 

 

確か私は自分の状況のこともこいつには明かしていなかったはず。ヒンメルも服従関係のことはこいつには話していなかったにも関わらず何故と疑問に思うもそれはあっさりと氷解する。そういえばこいつの眼は特別だった。相手の体内の魔力の流れを見ることができるらしい。だからこそ私や自身の魔力の流れがヒンメルを通じて縛られていることを見抜き、恐怖したのだろう。その機嫌を損ねれば次の瞬間には自害を命じられてもおかしくないのだから。

 

 

「その割にはヒンメルを雑に扱ってたわね」

 

 

だがその割にはこいつのヒンメルへの態度はとても従順と言えるものではなかった。全く懐かず、馬鹿だのなんだの言いたい放題。人間の子供の真似だとしてもやりすぎだろう。相手がヒンメルでなければどうなっていたか。しかし

 

 

「そんなことしてない。あなたの真似をしただけ。何かおかしかった?」

「……いいえ、何でもないわ」

 

 

きょとんとしたリーニエの答えに今度はこっちが黙り込んでしまう。どうやらこいつは私の真似をしていたらしい。既に従わされている私と同じようにすれば生き延びられると考えたのだろう。こいつから見れば私はああいう風にヒンメルに接しているように見えていたのか。藪蛇だった。それ以上は不毛なので触れないこととする。

 

 

 

「このこと、ヒンメルに言ったことは?」

「ない。私は殺されたくない」

「ええ、それが正しいわ。魔族としてね」

 

 

リーニエは魔族としてそう答えてくる。それは正しい。人間を欺くのが魔族の在り方。わざわざ欺いていることを人間に明かす馬鹿なんていない。そんなことをすれば殺されてしまう。捕食する側とされる側。いつそれが逆転するかなど分からないのだから。それを理解した上で

 

 

「でもこれからは止めなさい。あんたはこれから欺くことなく生きなさい」

 

 

私はリーニエに命じる。魔族として矛盾した、秩序に反した命令を。

 

 

「……? 嘘をつかずに……? 何で……?」

 

 

それを前にして、リーニエは呆然としている。当たり前だ。今まで当り前にしてきたことを止めろと言われたのだから。生き物ならいきなり息をするな、歩くなと言われるに等しい物。しかも同じ魔族からそんなことを命じられる。理解できるわけがない。私もそうだった。

 

 

「それがヒンメルを……いいえ、人間を騙すことになるわ。それができればあんたは生き延びられる」

 

 

だが今は違う。欺かないこと。それが生き延びる術になることを私は知っている。魔族のそれは逆に人間を欺くことになる。特にヒンメルたちのように魔族を熟知している人間たちにとっては。ヒンメルに従って生きる以上、リーニエもまたそういった人間共と接する機会が多くなるはず。今回は事なきを得たが、これからもそうなるとは限らない。

 

魔族である自分を欺き生きる。

 

それができれば、リーニエは生き延びることができるだろう。私にはできなかったこと。だが生まれて間もないリーニエなら、模倣に長けているこいつならできるかもしれない。そんな私らしくない考え。そう、これは一つの賭けだ。

 

 

『それでもさ。もしかしたら真似をしているうちにそれが本当になるかもしれないしね』

 

 

いつかヒンメルが口にしていた絵空事、夢物語。偽物が本物に。魔族が人間のようになれるかもしれない。そんな荒唐無稽な願いがどうなるのか。見届けてやるのも面白いかもしれない。

 

 

「……?」

 

 

そんな私の考えなど知る由もなく、リーニエはただ立ち尽くしている。当然だ。理解できない、実行できない命令をされたのだから。つい先ほどまでの私と同じ。そんなことをすれば魔族である自身が壊れてしまう。だからこそ私は示す。

 

 

「信じられないでしょうね……私も魔族だもの。なら契約よ。私に従う限り、あんたの命を保証してあげる」

 

 

魔族(わたし)たちにも理解できる、その道筋を。人間のような無駄のない在り方を。

 

 

「従う……?」

「そうよ。親子よりよっぽど分かりやすいでしょう?」

 

 

主従。従うという魔族に限らない、動物の本能。魔王様に多くの魔族が従ったように、私達にもそれはある。弱肉強食。自然の摂理。それに従うことこそが魔族(わたし)たちにとって最も相応しい。親子なんていうあやふやな関係など害にしかならない。

 

 

「私はあんたを利用する。あんたも私を利用しなさい。それが魔族(わたし)たちでしょう?」

 

 

そう、それこそが魔族(わたし)たちにおける親子(主従)の形。互いが互いを利用し、騙し合う。馴れ合うことのない、個として独立している生き方。人間ではない魔族の証。

 

 

「……なら、何て呼べばいい?」

「何のことよ?」

「あなたのこと。お母さんじゃないなら、何て?」

 

 

こちらの言うことを理解したのか、それとも。リーニエはそう問いかけてくる。私のことをどう呼べばいいのか、と。お母さんはあり得ない。かといって呼び捨てにさせるのも論外だ。主従なのだから。なら

 

 

「そうね……ならアウラ様と呼びなさい」

 

 

それが一番無難だろう。ヒンメルに弄られるのは目に見えているが、それ以上の呼び方を思いつけない。だが不思議と不快感はなかった。そう、村人にされるような形ではない。本来の意味での様付けをさせるのだから。知らずそのことに感慨を覚えるも

 

 

「分かった、アウラ様」

 

 

それは一瞬で霧散してしまう。どうやら主従関係についても、教えていく必要があるらしい。

 

 

「言葉遣いがなってないわね……まあいいわ。せいぜい私の役に立ちなさい、リーニエ」

「うん。私もがんばってアウラ様を利用する」

「……前途多難ね」

「?」

 

 

何故私が頭を抱えているのか理解できないリーニエはただきょとんとしているだけ。リーニエからすれば私の命令を守っているだけなので怒るわけにもいかない。もしかしたら私はとんでもない間違いを犯してしまったのかもしれない。そう気づくも後の祭り。あとはヒンメルに、あの自称師匠に任せることにしよう。この子を拾った責任の半分以上はあいつにあるのだから――――

 

 

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