ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三十七話 「未来」

時刻は夕刻。それに合わせるように夕食の準備に取り掛かる。ここ最近はアウラにさせてしまっていたので自分で作るのは久しぶりになる。だが手を抜くつもりはない。何より今日は二人にとって特別な日になるはずだからだ。ならそれに相応しい料理を。そう気合を入れ、腕まくりをするも

 

 

「…………」

 

 

それは家の中をせわしなく動き回っているヒンメルによって水を差されてしまう。

 

昼からずっとこの調子だ。立ち止まったかと思えば歩き出し、何度も窓から外の様子を見ては溜息を吐いている。世界を救った勇者とは思えない挙動不審っぷり。出て行った二人が心配でたまらないのだろう。その姿はまるで妻と子供に出ていかれてしまった夫のようだが言わぬが華だろう。

 

 

「少し落ち着いたらどうだ。お前らしくもない」

「っ! そうかな、やっぱり落ち着きなく見えるかい?」

「当然だ。とりあえず座れ。こっちも落ち着かん」

「すまない、アイゼン」

 

 

そんな自分の様子を客観的に見えていなかったのか。ヒンメルはどこか困った顔を浮かべている。それに呆れながらも椅子を差し出す。元々子供のようにはしゃぎ、寄り道ばかりするような男だったが今回は勝手が違うらしい。もっともそれは人間なら大人になってから必ず突き当たるもの。かつては自分もこうだったのだろう。ならそれをフォローするのが俺の役割。

 

 

「気になるのは分かるが心配ない。あの二人は魔族だ。俺たちには理解できないこともあるだろう」

「それは分かってるんだけどね……僕らしくない、か。アウラたちが来てからはこんな風になってばかりなんだ。やっぱり冒険とは勝手が違うね」

「そうだろうな。お前にとっては冒険の方が気楽かもしれん」

「流石アイゼン。僕のことはお見通しだね。お父さんって呼んでいいかい?」

「お断りだ。こんな大きな子供などいらん」

 

 

下らない冗談を言う余裕は出てきたのか。ヒンメルは少し落ち着きを取り戻したらしい。しかしヒンメルからすれば気が気ではないのだろう。ヒンメルは人間だ。どうしても自分たち長寿種とは意識が、考え方が異なる部分がある。加えてあの二人は魔族だ。ドワーフの自分やエルフのフリーレンとも全く異なる。だからこそ魔族同士でしか分からないこともあるだろう。アウラがリーニエと二人きりで話したいことがあるというのならそれを尊重すべきだ。待つ、というのは長寿種である自分たちの特権だが、人間であるヒンメルにとってはその長さは自分たちの比ではないのだろう。切り開いていく冒険とは勝手も何もかも違う。

 

 

「……無理はするなよ、ヒンメル。お前が全てを背負い込む必要はない。俺たちは仲間だ」

 

 

ただ仲間としてそう告げる。そう、ヒンメルが全てを背負うことはない。あの夜、魔族の子供によって起きた悲劇は俺たち全員の罪だ。それを贖うことはできずとも、一緒に背負うことはできる。アウラとリーニエ。二人の魔族を救うことで、それを為したかったのは俺にも分かる。だがそれが勇み足だったことにも気づけたのだろう。家族という形ではなく、友という形で。ある意味ヒンメルらしいとも言える。

 

 

「……ありがとう、アイゼン。大丈夫だ。僕は独りじゃないからね。みんなに助けられているよ。相変わらずハイターは役に立たないことも多いけどね」

「それは一緒に酒盛りしているお前も悪い。やりすぎるとアウラに愛想をつかされるぞ」

「おかしいな。愛想なんてあったかな?」

 

 

そんな自分の言葉など必要なかったのか、ヒンメルはどうやら全てお見通しだったらしい。こいつらしい。これの手綱を握ってくれると言う意味ではアウラはヒンメルにとっては相性がいいのかもしれない。本人たちは決して認めないだろうが。どうやら愛想はヒンメルには感じ取れていないようだ。

 

 

「でも今回は本当に助かったよ。アウラだけならともかく、リーニエのこともあったからね。君がいてくれて本当によかった」

「殺し文句だな。しかし、意外だった。まさかお前が弟子を取るとはな」

「そうだね。僕もそう思う。でも、弟子を取ってみたいとは思ってたんだ」

 

 

もし俺が女だったなら勘違いしてしまうような台詞をさらりと言ってくる。いや、男でもそれは同じだろう。それに呆れながらも話題を切り替える。それはリーニエのこと。娘のように扱うのなら分かるが、まさか弟子にするとは思っていなかった。自分に対する対抗心もあったのだろうが、それだけでヒンメルはそんなことをする奴ではない。そもそもヒンメルは弟子を取るようなタイプではない。自覚はあったのか、ヒンメルは苦笑いをしている。なら何故。それに

 

 

「覚えてるかい、アイゼン? 未来のフリーレンが弟子を取ってるって言ってたのを」

 

 

どこか遠くを見るように、ヒンメルはその理由を口にする。ここにはいないあいつに想いを馳せるかのように。

 

 

「ああ、覚えている。あいつが弟子を取るなんてとても信じられなかったからな」

 

 

それに気づかない振りをしながら、思い出す。それは今からおよそ五年前。魔王討伐の途中での出来事。女神の石碑を解析したいというフリーレンの希望によって自分たちはその場所へと向かった。だがその石碑にフリーレンが触れた瞬間、異変が起きた。俄かには信じがたいことだが、それによって八十年後のフリーレンの意識が宿ってしまったのだ。

 

それから一週間ほど、未来のフリーレンと自分たちは旅をした。その中で明かされた内容に、フリーレンが弟子を取っているというものがあった。それは自分たちにとって女神の奇跡に匹敵する衝撃だった。

 

 

「そうだね。だから僕も弟子を取ってみたいと思ったんだ。あのフリーレンがやっているのに、僕がやらないわけにはいかないってね」

「相変わらず負けず嫌いだな」

 

 

どうやらそんな対抗意識があったらしい。いや、きっと嬉しかったのだろう。今の自分たちからは信じられないフリーレンの変化が。成長が。羨ましかったのも事実には違いないだろうが。

 

 

「そういうアイゼンだって他人のことは言えないだろう? わざわざフリーレンに弟子を取らないのか、なんて聞いておいて」

「そうだったな。あいつはどうせすぐ死んでしまうなんて言っていたが、それが八十年後には弟子を取っているんだからな。何が起こるか分からんものだ」

 

 

目を閉じながら思い返す。それは魔王討伐が終わり、王都に凱旋した日の夜。俺はフリーレンに問いかけた。弟子は取らないのか、と。旅は誰かとした方がいい、と。本当ならそれがあいつにとっては早すぎることは分かっていた。遥かに長い寿命を持つエルフであるあいつにはまだ理解できないだろうと。事実、フリーレンはそれを理解することはなかった。だがそれでも構わない。この先、それが届くことは分かっていたのだから。

 

同時に、ヒンメルのように俺も弟子を取ってみたいと思った。俺らしくないことは分かっている。それでもフリーレンがそうしたのなら。きっとヒンメルも同じなのだろう。

 

 

「でもあの時は本当に焦ったよ。あのフリーレンが大泣きしてどうにもならなかったからね。老人扱いして三日三晩泣き喚いたのに匹敵する衝撃だったよ」

「そうだったな。俺はフリーレンよりも大慌てしていたハイターの方が忘れられん」

 

 

言葉通りなのだろう。笑い話にもならない苦笑いをしながらヒンメルはそう振り返っている。それに合わせるように自分も思い返す。あの時、未来のフリーレンが目覚めた時は本当に大変だった。何故ならフリーレンはしばらく放心していたかと思えば突然大泣きしてしまったのだから。ヒンメルに縋りつきながらずっと。その衝撃はヒンメルの言う通り、老人扱いによって三日三晩泣き喚いた時を思い出すほどだった。縋りつかれて、身動きが取れなくなっているヒンメル以上に取り乱していたのがハイターだった。体調が悪くなってしまったのか心配し女神の魔法を使おうとしたり、手当たり次第に飴をあげたり、何だかんだで一番フリーレンに甘いハイターだからこその困惑っぷりだった。

 

だがそれがそんなものではないことを、俺も、ヒンメルも、ハイターもすぐに悟った。それはフリーレンが何度も繰り返していた言葉。

 

 

『ごめんなさい』

 

 

嗚咽を漏らしながら、ただあいつは謝っていた。ヒンメルに、そして俺たちに。その理由を当時の俺たちには理解できなかった。フリーレンもそれは明かさなかった。ただ何となく察しはついていた。

 

自分たちは魔王討伐を成し遂げられず、命を落とすのだろう、と。きっとフリーレンは生き残ることができたのだろう。それを察したからこそ、俺たちはそれ以上フリーレンに未来のことを聞くことはなかった。だというのに

 

 

「だが抜けているのも変わっていなかったな。弟子を取ったなんて本当なら秘密にしなければいけないことだろうに」

「彼女らしいね。でも本当に良かった。フリーレンが未来で仲間と一緒に旅を続けていてくれて。独りぼっちじゃないんだから」

「恐らく俺もまだ生きているぞ、ヒンメル」

「これは失礼。じゃあ当分は大丈夫だね」

 

 

当のフリーレンはうっかりそんな未来の情報を漏らす始末。いくら弟子を取るぐらい成長してもあいつはあいつのままなのだろう。それが嬉しかったのか、ヒンメルはいつものように笑みを浮かべている。いや、いつも以上か。

 

それは未来でフリーレンが独りぼっちではなかったのが分かったから。それを危惧して各地に銅像を残していたくらいなのだから。もっとも半分は自分の趣味なのだろう。八十年後ならまだ自分も生きているはず。ならフリーレンの弟子を見ることもあるかもしれない。先の楽しみができた。それでも

 

 

「……ヒンメル、先のことを見据えるのはお前の長所だが、短所でもある。今を大切にしろ。俺たちはまだ生きているんだからな」

 

 

ヒンメルにそう忠告する。仲間として、友として。

 

 

そう、フリーレンが謝っていた理由。その理由を自分は旅が終わって理解した。何故なら自分たちは一人も欠けることなく魔王を倒すことができたのだから。それはこれ以上にない結果だった。だが同時にフリーレンの涙の理由が自分たちが思っていたものではなかったことを意味していた。

 

 

きっと、あいつはヒンメルと再会することができなかったのだろう。

 

 

いや、もしかしたら再会はできたのかもしれない。半世紀(エーラ)流星を一緒に見る約束もあった。でもあの涙は、後悔の言葉はきっとそういうことなのだろう。長寿種が人間と関わるうえで避けて通ることができない壁。あいつはきっとそれで間違えてしまったのだろう。後悔したのだろう。俺も痛いほどそれが分かる。いくら言葉で伝えても、経験しなければそれを理解することはできない。

 

そして誰よりもヒンメルはそれを知っている。きっとヒンメルも察したのだろう。未来のフリーレンの涙の理由。自分がこの先フリーレンと理解し合うことができないことが。時間が足りないことが。だからこそ何も言わず、鏡蓮華の指輪を贈ったのだろう。届かないとしても、きっといつか。そんな想いを込めて。未来の彼女の姿を見てもなお。

 

 

「――――もちろんさ。いつフリーレンが顔を見せるか分からないしね。それにアウラたちのこともある。やることは盛りだくさんさ」

 

 

その全てを理解した上でヒンメルはいつもと変わらずそう宣言する。勇者として。未来だけではない現在。アウラとリーニエ。二人の魔族との交流。その責任を。本当に寄り道が好きな奴だ。いや、こいつにとっては全てが正しい道なのだろう。自分の人生も、他人の人生も楽しみ尽くす。あの十年で知った、本当に下らなくて、楽しい旅。

 

 

「まず村に戻ったらリーニエの挨拶回りだね。きっとみんな驚くだろうね。でもシュトロやリリーは喜んでくれるはずだ。それと新しく家を建てようと思ってるんだ。前々から考えていてね。いつまでも宿屋を借りるのは心苦しくて。リーニエもいるからちょうどいい機会だと思って。いいと思わないか、アイゼン?」

「……そうだな。どうやら余計な心配だったようだ」

「……? 何か言ったかい、アイゼン?」

「何でもない…………罪な男だ」

 

 

そんなこっちの感傷が台無しになるようなことを嬉々として語ってくるヒンメルに頭を痛めるしかない。前言撤回だ。フリーレンが泣いていた理由の半分はこいつのせいでもあったのかもしれない。同時にそんな長寿種殺しのような男にこれから付き合わされるであろうアウラたち。フリーレンも罪な女だが、ヒンメルも負けず劣らず罪な男だ。

 

 

なら俺は同じ長寿種として、友としてフリーレンとアウラたちを支え、見守ることとしよう。仲間として、ヒンメルを窘めるのを忘れずに。未だ見ぬ、未来の一番弟子を夢見ながら――――

 

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