「これを向こうに運んでくれ、リーニエ」
「分かった、アイゼン」
言われるがままに、その小さな手に両手いっぱい料理を抱えながらよたよたとリーニエは台所とテーブルを行ったり来たりを繰り返している。それを傍で監視、ではなく見守っているアイゼン。相変わらずリーニエには甘い奴だ。リーニエに限った話ではないのかもしれないが。
(とりあえずはこれで落ち着くかしらね……)
知らず溜息をつきながら現状を思い返す。無事リーニエと主従契約を結んだ後、私たちはそのまま帰ってきた。ヒンメルとアイゼンにも触り程度ではあるが説明もしている。その効果もあったのか、違和感なくリーニエはこの場に溶け込んでいる。私をお母さんと呼び付き纏ってくることはなくなり、アイゼンをお父さんと呼ぶこともなくなった。これに関してはアイゼンの方から自分を名前で呼ぶようにリーニエに言ってきたため。リーニエに関してはヒンメルよりもアイゼンの方が察しが良いのかもしれない。
リーニエに関しては見た通り。アイゼンの手伝いをしているように見えるが、実際は私の命令に従って動いている。従者として当然の姿。もっとも見た目通り幼いので、子供の手伝い程度にしか役には立たないが家族ごっこをするよりは遥かにマシだろう。
「可愛い部下ができたね、アウラ様?」
「五月蠅いわよ。今度言ったら一週間無視するわ」
「ごめん」
そんな私の心を読んだかのようなタイミングで煽ってくるヒンメルを返しで黙らせる。本当にこいつは何も変わらない。様付けをさせる以上こうなるのは分かっていたが学習することはないのか。やはりアクセサリを受け取ったのは早まったのかもしれない。
「僕も手伝おうか、リーニエ?」
「ヒンメルじゃま」
「え? 反抗期かな?」
「いつも通りでしょ」
空気を変えようとしたのか、それともリーニエに構ってほしかったのか。ヒンメルが近づこうとするもすぐに拒絶されてしまっている。一瞬でふられてしまい、意味が分からない言葉を発している。その言葉の意味は知らないが、碌でもないことは間違いない。実はこの場ではリーニエに一番恐れられている、序列では一番上の存在のはずなのだが全くそうは見えない。私の真似をしていると言っていたが本当にそれだけなのかどうかは怪しい。その内リーニエの中でも序列変動が起こるに違いない。
「待たせたな」
そんなこんなで夕食となった。だがその料理の内容は普段とは異なっていた。私の代わりにアイゼンが作った、という違いだけではない。その原因はただ馬鹿みたいに大きなハンバーグにあった。本当に大きい。一度自分で作り、見たことがあるはずなのに本当に馬鹿みたいに大きかった。もっとも料理をしている匂いでおおよそ予想はできていたのだがそれを上回る衝撃。二つではなく四つ並んでいるのも理由だろう。
「やっぱりこうなるわけね」
「懐かしいな。誰かの誕生日には焼いてくれてたね」
対してヒンメルはどこか懐かしそうに、楽しそうにしている。こいつは旅の途中で何度も目にしているので感覚が麻痺しているのだろう。何でも誕生日の度にアイゼンはこの料理を振舞っていたらしい。ということはあの生臭坊主はともかく、あのエルフもこの馬鹿みたいなハンバーグを平らげていたというのか。冒険者の胃袋は一体どうなっているのか。それはともかく
「誰の誕生日なのよ? あんたは違うでしょ?」
単純な疑問を口にする。そう、確かこのハンバーグは誕生日に出される料理のはず。村で私が作ったのは特別な日だったから。私にとっては屈辱でしかなかったのだが、ともかく何か特別な事情がないとこの料理は出てこないはず。一体何なのか。ヒンメルの誕生日ではない。ならアイゼン自身の誕生日なのか。それに
「お前たちだ」
「は?」
アイゼンはさも当然のように、意味が分からないことを言ってきた。聞き違いだろうか。
「お前たちは自分の誕生日は知っているか?」
「そんなの知ってるわけないでしょ」
そんなこっちの困惑も何のその。アイゼンはそう理解できない質問をしてくる。そんなこと聞くまでもないだろう。魔族である私たちが誕生日なんて知っているわけがない。生まれ落ちてから生涯孤独に生きるのが私たちの在り方。誰かに教えてもらいでもしない限り、自分が生まれた日なんて分かるわけがない。
「たんじょうびって何?」
「自分が生まれた日のことよ」
「知らない。それに何の意味があるの?」
代弁するようリーニエが疑問を浮かべている。私たちからすれば当たり前の疑問。自分が生まれた日に一体何の意味があるのか。そんなことを覚える意味も理由も理解できない。
「生まれてきてくれてありがとうと感謝する日だよ。君たちには難しいかもね。とにかく、一年に一度祝ってもらえる日のことだよ」
「雑にまとめたわね……」
それを人間なりに説明しようとするも無駄だと悟ったのか、ヒンメルは早々にあきらめてしまう。昨夜の件もあったからか。こいつも魔族に対して遠慮がなくなっている気がする。色々な意味で振り切っているとでも言うべきか。こいつらしいと言えばこいつらしい。もっともそのせいでリーニエの頭の上には疑問符が乗ったままだが仕方ない。私にもそれは理解できない。人間にはそういう習性があると理解だけしておけばいい類のことだ。
「何でそれが今日になるのよ?」
話が脱線しかかったため強引に引き戻す。誕生日。それは結構だが何故それが今日になるのか。しかも私たちの物が。アイゼンはもちろん、ヒンメルも私たちの誕生日なんて知っているわけがない。なのに何でそれが今日になってしまうのか。それに
「俺がそう決めたからだ。今日がお前たちの誕生日だ」
自信満々に、得意げにアイゼンはそう告げてくる。まるでもう決定事項だと言わんばかりの強引さ。意味が分からない。思い出した。ヒンメルや生臭坊主のせいで忘れがちだったが、こいつもあの勇者一行のメンバーの一人。ようするに考えるだけ無駄なのだ。脳みそまで筋肉でできているのは伊達ではない。
「何よそれ」
「いいじゃないか。二人一緒の方が覚えやすいしね」
「お腹すいた」
呆れかえるも、何が面白かったのか。ヒンメルもアイゼンに乗っかっていく。それも覚えやすいからなんて下らない理由で。特別な日だの何だの言っていた癖に何なのか。同じくどうでもよくなったのか、リーニエはそう空腹を訴えている。本当にまとまりがない連中だ。
「うん、美味しい。流石はアイゼンだね」
「リンゴの方がいい」
「心配するな。リンゴも混ぜてある」
「じゃあいる」
食事が始まってもその騒がしさは収まらない。どころか増していく始末。私の命令を順守しているのだろう。リーニエが思ったことをそのまま喋ってるが二人とも全く気にしていない。もう少し問題が起こるかと思っていたが杞憂だったらしい。そもそもそんな物はこいつらには必要なかったのだろう。
それがいつもと変わらない、急遽開催された私たちの誕生日の食事風景だった――――
「これをやろう、リーニエ」
食事の片付けも終わり、一段落していた最中。突然アイゼンは何の前触れもなく無造作に何かをリーニエに渡してくる。それにリーニエはもちろん、私もヒンメルも呆気に取られてしまう。
「何これ?」
「誕生日プレゼントだ。今使っている物はお前には少し大きいからな。短くなったらまた来るといい。新しい物を作ってやる」
それは木でできた剣だった。稽古や訓練で使うであろう代物。違うのは普段使っている物よりも小さいこと。恐らくはリーニエに合わせているのだろう。きっとアイゼンが作っていたのだろう。そういえばドワーフは手先が器用な奴が多い種族らしい。アイゼンもその例に漏れないのか。見た目とは大違いだ。
言われるがままに木剣を受け取り、リーニエは固まってしまっている。不思議そうに目をぱちくりさせながらもらった木剣を見つめている。既視感がある。もしかしたら、私もあんな風になってしまっていたのかもしれない。
「……何でこんなことするの? アイゼンには何の得にもならない」
だからこそ、リーニエは同じように疑問を口にする。意味が分からない、と。魔族なら当然の疑問。何故自分の利益にもならないことをするのか。贈り物、という私達には理解できない概念。リーニエもまたそれに突き当たる。違うのは
「そうだな。これはただの俺の趣味だ。お前たちが魔法を探求するのと同じだ」
「同じ……?」
アイゼンにはそれが理解できている、ということ。その答えを、私達にも理解できる形で伝えてくる。人間ではない、異種族だからこそできる接し方。
「……なら、私はアイゼンを利用すればいいの?」
それが通じたのか。リーニエはそう純粋に聞き返す。欺くことなく、ただ正直に。魔族としてはあり得ない、矛盾した在り方。もし普通の人間に対してそれをすれば、害となってしまうような接し方。
「そうだ。だが言い方は変えた方がいい。頼りにする、ということだ」
だがそれを理解したままアイゼンは受け入れる。魔族という種族を受け入れるように。そしてそれを促す。私たちとは違う、言葉の欺き方。
「うん。じゃあ頑張ってアイゼンを頼りにする」
その意味を理解することなく、また妙な言い回しをしているリーニエ。言葉遣いについては致命的だが、先程までとは何かが違う。ある意味でこれも人間を欺くことになるのだろう。アイゼンだからこそできる、リーニエとの接し方。
「ん」
「? 何だい、リーニエ?」
何かを思いついたのか。リーニエはそのままちょこちょことヒンメルの前まで移動し、手を差し出す。ヒンメルはもちろん、私とアイゼンも目を丸くするしかない。一体何なのか。それは
「たんじょうび」
その一言で明らかになる。本人はその言葉の意味は理解できていない。ただそれが自分が何かもらえる日だということを理解したのだろう。だからこそ正直にリーニエはヒンメルに手を差し出している。アイゼンのように何かくれるだろうと。
「え……? いや、いきなり言われても」
だが悲しいかな。ヒンメルにはそんな物はない。当たり前だ。私たちの誕生日はついさっき決まったのだから。しかしそんなことはリーニエには関係ない。
「……頼りにならない」
何ももらえない、利用できないと分かったのか。もう用はないとばかりにその場を去っていくリーニエ。魔族故、子供故の残酷な仕打ち。
「っ!? そ、そうじゃない!? 言葉の使い方もだけど、そうじゃないんだ!?」
「馬鹿じゃないの」
「ばか」
その言葉の意味も相まって、ヒンメルは呆然としながらも血相を変えて弁明するもリーニエには相手にされていない。利用価値がないと判断されたのだろう。いかにも魔族らしいと言えるかもしれない。馬鹿なのはあいつだけだろう。リーニエも真似ではなく本気で言っているのかもしれない。
「お前にはこれだ」
「私に? 何よ?」
そんな師弟の馬鹿騒ぎを横目に、アイゼンが何かを私に渡してくる。そういえば私も誕生日ということになるのか。本当に抜け目がない奴だ。勇者一行は本当にこんな奴ばかりしかいないのか。
そのまま贈られた物に目を向ける。それは本だった。ただの本ではない、私にとっては見慣れた魔導書。
「なるほどね……いいの? あのエルフへの贈り物じゃないの?」
その意味を理解し、そう尋ねる。きっとこれはヒンメルと同じように、あのエルフに渡すために用意していた物なのだろう。なのにそんな物を渡していいのかと。それに
「かまわん。お前に渡した方が役に立つだろう」
さっきと同じように得意げにアイゼンは答える。そういえば、最初のころは無表情で何を考えているか分からない気味の悪い奴だと思っていたが、今はそうではない。無表情だが、それ以外の部分で言えば分かり易い奴なのかもしれない。そのまま改めて魔導書の表題を目にする。
『お酒からアルコールだけを抜く魔法』
確かにあのエルフよりも、私に渡した方が役に立つ魔法だろう。本当に良い性格をしている。ようするにヒンメルはもちろん、あの生臭坊主とも私はまだまだ係わりが続くだろうと暗に告げているに等しいのだから。
「そう。じゃあ私も頼りにさせてもらうわ」
「任せろ。俺は戦士だからな」
その例外ではないドワーフへ、リーニエに倣って皮肉で返す。それに当然のごとく答えてくるアイゼン。結局戦士とは何なのか。魔族はもちろん、人間にも理解できないに違いない。
変わらず大騒ぎしている大きな子供と部下を叱りつけ、夜は更けていく。それが長く、短かった戦士の家で過ごした日常の終わりだった――――
余談だが、その後アイゼンでの失敗を繰り返すまいと村に事前に手紙で事情を伝えていたヒンメルだったが、そのせいで逆に凱旋のような村人の迎えと奇異の目に晒され、そのまま村長との個人面談に連行されたのだった――――
最新話を投稿させていただきました。
長くなってしまいましたがこれでアイゼン編は終了となります。これでフリーレン以外の勇者一行、新たな仲間であるリーニエとアウラの関係が確立。この部分についてはおざなりにできないので余計に時間がかかってしまいました。
これからは原作の一、二巻のように時間の経過が早くなっていく予定です。もう一度一話と二話、十二話から十四話を読み返してもらうと違う見方、発見があるかもしれません。
次話は再びフリーレン側のエピソードになります。お楽しみに。