ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第四話 「勇者」

「――久しぶりねぇ、ヒンメル。こんなところで何をしてるのかしら」

 

 

挑発的な笑みを向けそう告げる。大魔族であり、七崩賢たる自分に相応しい立ち振る舞い。その証ともいえる魔力も見せつける。並みの冒険者であれば見ただけで戦意を喪失し、逃げ出してしまうであろう絶対的な力。だがそれを前にして

 

 

「それはこっちの台詞だ、アウラ。どうやら偽物じゃないようだね」

 

 

威風堂々、全く臆することなくその男はこちらを見据えている。傍から見れば爽やかな好青年。だがそれがそんな生易しい存在ではないことを私は知っている。その手には一本の剣が握られていた。勇者の剣と呼ばれる女神によって遺されたとされる物。大層な肩書の割に何の力も感じ取れない代物。しかしそれは大した問題ではない。問題なのは

 

 

(何でこんなところにヒンメルがいるのよ!? 何の冗談なの!?)

 

 

ヒンメルだった。どこからどうみてもヒンメルだった。ご丁寧に既に剣は鞘から抜かれている臨戦態勢。今この瞬間、斬りかかられてもおかしくない状況。知らずかつて斬り裂かれた腕の古傷が疼き、背中は冷や汗で濡れてしまっている。

 

 

「ええ、見ての通り本物よ。残念だったわね。他のお仲間は一緒じゃないの?」

 

 

その場からすぐに逃げ出したい衝動を必死に抑えながら勇者、ヒンメルにそう問いかける。今そんな隙を見せれば一瞬で斬り伏せられてしまう。魔族としての生存本能。クヴァールにかけようとしている魔法も発動途中のまま。

 

 

「ああ、ここには僕しかいない。君こそご自慢の不死の軍勢はいないようだね」

 

 

そんなこちらの胸中を知ってか知らずか。ヒンメルは全く動じることなくそう答える。こちらを騙すつもりのない、馬鹿正直な返答。同時に他の仲間がいなくとも問題ないと言わんばかりの自信家っぷり。しかしそれだけではないのがこの男が勇者である証拠。こちらが不死の軍勢を連れていないことも既に見抜かれてしまっている。

 

 

(相変わらず癪に障る奴だわ……! でも、まだ最悪じゃない……!)

 

 

腸が煮えくり返るのを感じながらも、冷静さを保つ。そう、まだ終わってはいない。確かにヒンメルの言う通り、不死の軍勢は今この場にはいない。かつての戦いでほとんど失ってしまっているのもあるが、何よりもそれらを引き連れて移動するのはあまりにも目立ってしまう。そんなことをすればすぐに勇者たちに見つかってしまうため置いてきたのだが裏目になってしまった。そもそもこんな状況になるなど予想できるわけがない。しかし相手もそれは同じはず。その証拠にヒンメルは他の仲間たちを引き連れていない。それはつまり、ヒンメルにとってもこの状況は予想外だったことを意味している。

 

 

「それはどうかしら? どこかに潜んでいるかもしれないわよ?」

「それはないだろう。臆病者の君がこの状況で自分の傍に護衛を置かない理由がない」

「……言ってくれるわね。そういうあんたは何でこんなところにいるわけ? まさか私を追ってきたってわけ?」

「ただの偶然さ。僕はこの村に封印されているクヴァールの様子を見に来ただけだ。まさか君がここにいるなんて思わなかったけど……どうやら間一髪だったようだ」

 

 

売り言葉に買い言葉。同時にこのふざけた状況が本当に偶然の産物だったことに吐き気がする。なぜ今なのか。よりによってこの瞬間に。知らず呪いでもかけられたのかと疑いたくなるも、ヒンメルに向けられる視線によって体が引きつる。

 

 

「今すぐその魔法を止めろ。クヴァールを復活させることは許さない」

「あら? 流石の勇者様もクヴァールは怖いってわけ? そうよねぇ……倒せなかったから封印するしかなかったんでしょ?」

「その通りだ。でも今は違う。今度こそ君を逃がすわけにはいかないからね」

「……っ!!」

 

 

瞬間、怒りと恐怖で頭が沸騰しかける。思わずそのままこちらから仕掛けてしまいそうになるも我慢する。そう、冷静にならなければならない。ヒンメルが自分を逃がす気がないなんてこと最初から分かり切っている。思い出すのはかつての戦い。あの時私はヒンメルから敗走するしかなかった。他の勇者一行に気を取られてしまったのもあるが、一番の敗因はヒンメルの力を見誤ったこと。その神速ともいえる速さの剣によって服従の魔法(アゼリューゼ)の発動前に攻撃されてしまった。どんな魔法も発動させなければいい。そんな子供じみた馬鹿げた対抗策を実現してしまう出鱈目さこそが勇者の恐ろしさ。だが今は違う。

 

 

(この距離なら服従の魔法(アゼリューゼ)は発動できる……問題は)

 

 

自分は勇者の力を知っている。以前と同じ間違いは犯さない。既にヒンメルは服従の魔法(アゼリューゼ)の有効射程の中。加えてかつての戦いよりも距離が離れている。かつての戦いの記憶を蘇らせる。思い出したくもない敗北の記憶。だからこそ勝てる。しかし、あと一つ。勝機となるものが欲しい。瞬間、思い出す。ヒンメルと再会してからずっと引っかかていた違和感。その正体。

 

 

「そういえば……どうしてわざわざ声をかけたりしたの? もしかしたらそのまま勝てたかもしれないのに。不意打ちなんて勇者のすることじゃないってわけ?」

 

 

それは最初の接触の際。自分はまだヒンメルに気づいていなかった。あのまま不意打ちを仕掛けられていれば今より遥かに危なかった。なのに何故声をかけたりしたのか。そこまで自分を侮っているのか。それとも勇者としてのつまらない矜持か。

 

 

「……違う。アウラ、君に聞きたいことがあったからだ」

「聞きたいこと……?」

 

 

思わず素で答えてしまう。意味が分からない。今更何を聞くことがあるというのか。勇者と七崩賢。人間と魔族。決して相容れることのない者同士。そんな自分に何を。

 

 

「村長と村の子供が一人、行方が分からなくなっている。何か知っているか?」

 

 

周囲の気温が一気に下がったと錯覚させるほどの殺気と共にヒンメルは問い質してくる。その瞳が、闘気が、答えなければ許さないと告げている。同時に思わず笑みが浮かぶ。既に恐れも怯えもない。獲物を前にした時の魔族としての本性。欠けていた最後のピースが見つかった感覚。それを感じ取りながら

 

 

「――殺したわ。あんな老人と子供、服従させても役に立たないもの」

 

 

勇者にとって、もっとも効果的な偽りを告げる。それは同時に、私と勇者の再戦の合図となった――――

 

 

 

勝負は一瞬。私が服従の魔法(アゼリューゼ)をかけるのが先か。ヒンメルが私に斬りかかるのが先か。ただそれだけ。あまりにも単純で分かりやすいもの。以前の戦いでは他の勇者一行や不死の軍勢といった不確定要素があったが今は違う。完全な一対一。どちらの攻撃が先に届くか。既に自分の手には天秤が握られている。クヴァールの封印解除は選択肢から切り捨てる。確かに封印を解いて二対一になれば負けはないが、封印を解くにはどうしても時間がかかる。その時間はこの勝負では致命的な隙になる。だからこそ

 

 

「――――服従の魔法(アゼリューゼ)!!」

 

 

この魔法こそが私の全て。その生涯を全て捧げて研鑽し、辿り着いた魔法。渾身の力を込めたそれは輝きと共にヒンメルに襲い掛かる。回避も防御も不可能。必中必殺の切り札。例え大魔法使いであってもそれは防げない。その証拠にヒンメルの体から光の玉、魂が浮かび上がっていく。同時に自分の胸元からも。二つの魂が天秤に乗せられる。かつての戦いのときよりも遥かに早く。

 

 

(――――勝った!)

 

 

瞬間、勝利を確信する。服従の魔法(アゼリューゼ)の発動時間の短縮。それこそが自分の勝機。あの時、惨めに敗北して以来ただひたすらに研鑽を続けてきた成果。魔法を探求する大魔族だからこそたどり着ける頂。加えて地の利は以前よりも自分にある。なのにどうして

 

 

「――――え?」

 

 

私はそんな間抜けな声を上げてしまっているのか。

 

 

分からない。一体何が起こったのか。さっきまで自分が手にしていたはずの天秤がない。一体どこに。上げた視線の先には振るわれている勇者の剣とヒンメルの姿。宙高く舞っている天秤。刹那、ようやく気付く。自分がヒンメルによって天秤を斬り払われてしまったのだと。あり得ない。一体どんな魔法で。この距離を一瞬で。

 

――アウラは気づけなかった。ヒンメルもまた、以前とは違うのだと。かつてのアウラとの戦いからさらに数年。魔王討伐までの旅路が勇者をどれだけ成長させたのかを。

 

――アウラは知らなかった。人間と魔族の年月の重さの違いを。

 

 

「――――終わりだ、アウラ」

 

 

電光石火。ヒンメルは剣を握り替え、返しの一撃を振り下ろす。狙いは首。いくら魔族であっても首を落とされれば絶命する。同時にこれまで無残に首を落とされてきた英雄たちへの弔い。命乞いの間も与えぬ神速の剣は

 

 

「――――いいえ、終わったのはあんたよ。ヒンメル」

 

 

勝ち誇った断頭台を二つ名に持つ魔族の前で止められた。しかしそれは服従の魔法(アゼリューゼ)の力ではない。ヒンメル自身の意思。

 

 

(あれは……子供……? まさか……!?)

 

 

ヒンメルはその光景に動きを止める。クヴァールの封印からの奥にある茂み。そこから一人の男の子が姿を見せている。その子供をヒンメルは知っていた。麦わら帽子をかぶった、かつて自分の仲間のスカートを捲ってしまうほど元気な悪戯好きな少年。生きていてくれた。そんな安堵も一瞬。それは絶望に変わる。少年の手に短刀が握られていることによって。それだけでヒンメルは全てを理解した。同時に、自らの敗北を。

 

 

「アウラ、お前は……!!」

「ご名答。理解が早くて助かるわぁ……じゃあさっさとその物騒な物を捨ててくれる?」

 

 

苦渋の表情を見せるヒンメルとは対照的に、狡猾さと妖艶な笑みを浮かべながらアウラは命じる。服従の魔法(アゼリューゼ)ではなくとも、ヒンメルはそれに従うしか術はない。それに逆らえば少年がどうなるかは火を見るより明らか。少年だけではない。見れば少年の隣には同じく行方不明になっていたはずの村長の姿。手に短刀を持っているのも同じ。

 

 

「……さっきの言葉は嘘だったってことか」

魔族(私たち)が嘘をつくなんて当たり前じゃない。そんなの勇者のあんたが誰より知ってるでしょうに。でも良かったじゃない。二人とも無事で。私に感謝しなきゃね?」

 

 

勝ち誇るアウラの言葉にヒンメルは悟る。村人二人が服従の魔法(アゼリューゼ)によって操られていることを。もし自分が抵抗すれば二人はその短刀によって自害するように命じられているであろうことも。だがこれはアウラにとっても嬉しい誤算だった。

 

 

(まさかこんなに上手くいくなんて……! 勇者にとっては不死の軍勢よりもこっちの方が効果的ってことね)

 

 

村人二人を生かしたことはアウラにとってはただの気まぐれ。村長は村の掌握、子供は後で食べるためだけに生かしていただけのもの。しかしそれによってアウラは生き残り、同時に理解した。勇者に対しては万の軍勢よりも一人の子供の人質なのだと。人には子供を庇う習性がある。それを利用する方が勇者には有効だと。服従の魔法(アゼリューゼ)の人間に対する本当の使い方。なまじ力をつけてしまったアウラに抜け落ちてしまっていた魔族の常套手段。

 

 

「ご、ごめんなさい……勇者様。僕、僕……」

「勇者様、私たちには構わずに……!」

「ちょっと静かにしてなさい。ヒンメル、抵抗しても無駄よ。私に何かあれば自害するように命じてあるわ。あんたが逃げてもそれは同じ。でも勇者様が逃げたりなんてしないわよねぇ?」

 

 

チェックメイトと言わんばかりにアウラは宣告する。抵抗は無駄だと。だがそれすらも嘘。服従の魔法(アゼリューゼ)は術者が死ねばその効果も消え去る。今すぐアウラを倒せば二人を助けることができる。だがそれを知る術はヒンメルにはない。もしこの場に魔法使いであるフリーレンがいればその嘘を見抜けたかもしれないが、彼女はこの場にはいない。かつての仲間の不在。それが唯一といってもいいヒンメルの敗因。

 

 

「…………約束しろ。僕はどうなってもかまわない。その代わり」

「ええ、約束するわ。私、約束は守る主義だから」

 

 

互いに約束にならない約束を結びながら、アウラは再び天秤を手に取り魔法を発動する。先程の光景の焼きまわし。違うのは勇者ヒンメルがその場に膝をつき、剣を捨てていること。

 

ヒンメルとアウラ。二人の魂が天秤に乗せられる。魔力の量の多寡で全てを決める天秤。その傾きがゆっくりと、それでも確実にアウラの側に傾いていく。今まで数多の人間たちが強いられてきた公平でありながら不公平な審判。その裁きが勇者ヒンメルにも下された。

 

 

「……ふ、ふふ。あは、あははははは!! やった、やったわ! この私が、あの勇者ヒンメルを服従させたのよ!!」

 

 

瞬間、堰を切ったように狂喜乱舞し高笑いをするアウラ。当たり前だ。あの魔王すら討伐した、伝説の勇者を打ち負かしたのだから。それだけではない。

 

 

(ヒンメルを手に入れた今、恐れるものなんて何もないわ……! 誰も私に敵う者なんていない!)

 

 

あの勇者を自らの手駒とした。それが何を意味するか。もはや敵なしといってもいい戦力を手に入れたも同義。今までのようにこそこそと逃げ回る必要もアウラにはなくなった。その元凶を己が物としてしまったのだから。その事実など関係なく、自分たちのせいで勇者が敗北してしまった光景に村人たちは絶望し、声を上げることもできないでいる。だが

 

 

「……ゔっ……ぐっ……!!」

 

 

そんな二人に心配をかけまいとするかのように、その場に蹲っていたヒンメルが苦悶の声と共に顔を上げる。その光景に、笑い続けていたアウラは瞬間的に眼を見開き、のけ反りながらも平静を取り戻す。

 

 

「そういえばそうだったわね……でもここまで抵抗できるなんて、流石は勇者ってことかしら」

 

 

一度深呼吸をした後、改めてアウラはヒンメルに向き合う。服従の魔法(アゼリューゼ)を受けたものは普通、アウラの命令があるまで身動きすることができない。だがそれには例外があった。意志の強い者は一時的にではあるが抵抗ができた。鍛え抜かれた英傑ほど鋼のような意志を持ち合わせている。勇者であるヒンメルであれば言うまでもない。だがそれでもここまで。だからこそアウラはこれまで操った者たちに合理的な処置をしてきた。

 

 

「――私の勝ちよ。後はこの私直々にあなたの首を落としてあげる」

 

 

操った者の首を落とすことによって。それがアウラが断頭台の二つ名で呼ばれる所以。

 

 

アウラはその手に落ちていた勇者の剣を握りながらヒンメルへと迫る。その名を冠する剣で勇者を葬り去る。これ以上にない皮肉。それを前にしてヒンメルは何とか体を動かそうとするも叶わない。その瞳には未だに戦う意思がある。あきらめはない。それでもなお覆せない天秤の審判。されど

 

 

「心配しなくてもすぐに他のお仲間も不死の軍勢に加えてあげるわ。そうすれば寂しくないでしょう?」

 

 

その審判者の不用意な一言が、勇者の魂に重みを与えてしまった――――

 

 

「なっ――!?」

 

 

アウラは何度目になるか分からない驚愕の声を上げる。だが今回のそれは今までの比ではない。当然だ。あり得ない。自らが振り下ろした剣をヒンメルが手で受け止めている。服従の魔法(アゼリューゼ)を受けているものが物理的に自分に逆らってくる。これまで何人も意志の強い英傑はいたものの一度もなかった事態。それだけならまだよかった。本当にあり得ないのはその先。

 

 

(これ、は――私の体が、動かない――!? まさか――!?)

 

 

目を見開いたまま、ただ動きを止めてしまうアウラ。その事実に、感覚にアウラは文字通り凍り付く。ようやくアウラは悟る。自らが、置かれている状況が何なのか。その答えを。

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)

 

 

それは対象者の魂と自らの魂を天秤に乗せ、魔力の大きさを秤にかけ大きかった方が相手を服従させる魔法。七崩賢の魔法は人知も人の理も超える。だからこそ、人類の魔法が解析できるものなのに対して、魔族のそれはもはや呪いに近い。行使するアウラであってもその原理と条件を全て理解しているわけではない。故に疑問に思わなかった。

 

何故魔力の量で判別するのに魂を取り出す必要があるのか、と。魔力の量を比べるのであれば魔力を取り出せばいいのにも関わらず。

 

 

アウラは知らなかった。魔力は魂に含まれているものなのだと。それだけではない。魂には魔力と共に、精神力が含まれている。精神力が強いものが一時的に抵抗できるのはそのせい。その強い精神力が天秤を傾けていたからこそ。呪いに近く、本人すら意識できない無意識、イメージで成り立っている魔族の魔法であり、今まで一度も破られたことがない服従の魔法だからこその弱点。一度の失敗が即敗北につながるリスクがある魔法であったことを、アウラは初めて思い知る。

 

 

先程まで確かに自分の方に傾いていたはずの天秤が、ヒンメルの方に傾いていることで。

 

 

ここにはいない、三人の仲間への想いの重さを加えた、勇者ヒンメルの魂の在り方。五百年の研鑽の上のアウラの魔力の重さすら上回る、勇者の証。

 

 

それが断頭台のアウラと勇者ヒンメルの再戦の決着、そしてアウラの敗北だった――――

 

 

 

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