「これが腐敗の賢老クヴァールの封印ですか……」
その異形に思わず目を奪われる。私の身の丈の何倍もある巨体。封印されて石のようになってしまっていても、その威圧感は失われていない。私にとっては初めて見る魔族、ということもあるだろう。魔族というのは人間を欺くために人型をしていることが多いらしいがクヴァールはそうではないらしい。
私達は今、村の外れのクヴァールが封印されている場所へと案内されていた。まずはその封印の状態を確認することが急務だったからだ。
「だいぶ不安定になっているね。明日にでも封印を解いてクヴァールを片付けよう」
そのクヴァールに全く気圧されることなく、フリーレン様はいつも通り、冷静にそれに触れながら告げる。封印の状態を確認されているのだろう。やはり勇者一行の、伝説の魔法使いというのは伊達ではない。片付ける、という言い方から自分が負けるとは微塵も思っていないのが伺える。驕りや慢心の類ではない。それはフリーレン様からは最も程遠い言葉だろう。
「ですが本当に良かったです。今年も来られなければ、アウラ様たちにお願いしなければいけないと思っていたので」
「……フリーレン様、どうしてもっと早く来られなかったんですか?」
「ちゃんと来たでしょ。忘れてたわけじゃないよ」
「もう……」
そんな尊敬もあっという間に消え去ってしまう。リリー様の心配ももっともだ。間に合ったから良かったものの、封印してから八十年間、一度も様子を見に来ないなんて。ある意味この方らしい。もしかしたらこの方からすればちょっと前、最近の話なのかもしれないが。
「本当に仲が良いのね。ヒンメル様も楽しそうによく仰っていたわ。様子も見に来ない薄情者だけど、そこがまた良いんだって」
「ヒンメル様は本当に懐が広い方だったのですね」
「悪かったね。薄情者で」
ぶっきらぼうにしながらも、どこか満更でもなさそうなフリーレン様。薄情者呼ばわりされながらも、そこが良いのだと仰れるヒンメル様。やはり偉大な勇者様だったのだろう。ちょっとでもふしだらな方だなんて思ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「そういえば、どうしてヒンメル様は生前クヴァールを討伐されなかったのでしょうか? アウラ様とリーニエ様がいらっしゃればできたのでは?」
「それは……」
ふと、そのことが気になった。八十年前ならともかく、ヒンメル様はこの村に長く滞在していたはず。なら討伐の機会がいくらでもあったはず。七崩賢と呼ばれる大魔族であり、魔法使いでもあるアウラ様。そしてヒンメル様の一番弟子のリーニエ様。その剣技が卓越しているのは私も見せてもらって知っている。二人がいるならクヴァールも討伐できたのではないか。そんな疑問に
「ヒンメルがアウラたちに同族を殺させたくなかったんだよ。同じ魔族だからね。アウラたち魔族はそんなの気にしないのに。相変わらずお人好しなんだから」
リリー様より早く、フリーレン様が答えて下さる。その内容に思わず感心してしまう。そのことに思い至らなかった自分の未熟さもだが、それ以上にその機敏を感じ取っているフリーレン様に。失礼ではあるが、そういった機微には疎い方だとばかり思っていたのに。
「流石ですね、フリーレン様。ヒンメル様のことをよく分かってらっしゃるんですね」
「……違うよ。私は読んで知ってただけだから」
「? 何の話ですか?」
「何でもない」
やはりヒンメル様のことはよく分かってらっしゃるのだと思ったが、そうではないらしい。その理由もよく分からない。どうも要領を得ない。普段からではあるが、この村に来てからは特にそれが酷い。一体どうしたのか。
「もちろんそれもあるでしょうが、きっとヒンメル様はフリーレン様が必ずこの村に来てくださると信じておられたんだと思います。こうしてちゃんと来て下さりましたから」
「なら、アウラ様もフリーレン様が来るのを信じていたからクヴァールの封印をそのままにされていたのですね」
「それは違うね。あいつは私のことなんてこれっぽっちも信じていない。あいつはきっと、ヒンメルならそうしたからそうしてるだけなんだ」
「フリーレン様……?」
どこか遠くを見るようにフリーレン様はそう告げたまま黙り込んでしまう。フリーレン様が一体何を仰っているのか理解できない。分かるのは、変わらずフリーレン様にとってアウラ様は嫌悪の対象であるということだけ。
「……やっぱり封印は今解いちゃおうか。早い方がいいでしょ」
「駄目です。そのまますぐに村を出るつもりですね。最低でも一週間はここには滞在しますから」
「冗談だって」
そんな空気も何のその。思いついたとばかりにそんなことを言い出すフリーレン様に釘を刺す。間違いない。あれは本気だった。この村にいたくないのだろう。一刻も早く出て行きたい空気が滲み出ている。私の時間を気にしてのものではない。何よりも案内してくれているリリー様に失礼だ。八十年も待ってくれていたというのに。
「じゃあ改めて村を案内しますね。お二人ともどうぞ」
きっとそれもお見通しなのだろう。それを感じさせない温かさでリリー様は改めて私たちを村へと案内して下さるのだった――――
「こんなにたくさんのリンゴ、本当に頂いてよかったんですか?」
抱えている袋一杯のリンゴに申し訳なさを感じてしまう。リリー様に村を案内してもらっている中で、村人の方から頂いてしまった物。同じようにフリーレン様も袋を抱えている。二人で食べきれるか心配になるほど。
「ええ。この村の特産でね。ちょうど収穫の時期で良かったわ。アウラ様やリーニエの好物でもあるの。特にリーニエはそのまま齧るから大変だったわ。お淑やかにするよう何度言っても聞いてくれなくて」
「リーニエ様らしいですね。確かにハイター様のところにおられた間もよくリンゴを食べられていました。魔族の方でも普通の食事をされるのだと驚きました」
思い出すのは口いっぱいに頬張りながらリンゴを食べていたリーニエ様の姿。よく私にも下さったのを覚えている。きっと村でもそうだったのだろう。容易に想像できる。何よりもリンゴに限らず、私たちと変わらない食事をしていたリーニエ様とアウラ様。それが魔族としては異端であることを当時の私は分かっていなかったのだが。
「魔族は人間以外も食べられるからね。でもアウラたちがリンゴを食べているのは食人欲求を抑えるためだ。
それにフリーレン様がそう付け加えて下さる。なるほど、そんな理由があったらしい。だからあのお二人は人間を食べなくても大丈夫なのだろう。服従の魔法を自分にかける、という発想にも感心させられた。やはり大魔族というのは人間で言う大魔法使いにあたる称号でもあるのだろう。だが
「よくご存じですね、フリーレン様。私と初めて会った頃には何も知らない様子でしたのに……」
「……ハイターに聞いたんだよ」
その大魔法使いは、魔族とは違って嘘をつくのが致命的に下手だった。
(これ、私に何かを隠してる時の顔だ……!)
都合三度目になるフリーレン様の変顔。まさか一日に三度もこれを見ることになるなんて。一体何を隠しているのか。気にはなるが今は村を案内してくれている最中。夜にでも問い詰めるしかない。そんな中
「あれは……ヒンメル様の銅像……?」
そこには一体の銅像があった。広場にある、村を見渡せるような場所にある像。その周囲には遊んでいる小さな子供たちの姿。まるで平和の象徴でもあるかのような場所だった。
「ええ。ヒンメル様がこの村に来られてから十年を記念して建てられたの。ちなみに言い出したのもヒンメル様よ」
「自分で自分の銅像を?」
「ヒンメルらしいね」
呆れているフリーレン様に釣られてリリー様も笑ってしまっている。きっと当時のことを思い出しておられるのだろう。それはフリーレン様も同じらしい。自分で自分の銅像を、というのもヒンメル様からすれば珍しいことではなかったのだろう。その証拠に、私もこの短い旅の中でも何度もヒンメル様の銅像を目にしてきた。きっとそれだけ勇者ヒンメルは人々にとって英雄であり、平和の象徴だったのだろう。だがこの村の銅像は他の村で見た物とは少し違っている。それは
「この頃は髭を生やされていたんですね。少しイメージが違います」
「南の勇者の真似をしたんだろうね。全然似合ってないけど」
「ふふ、アウラ様とリーニエも同じことを言っていたわ。ヒンメル様も引っ込みがつかなくなってたみたい」
ヒンメル様が髭を生やしていることだった。髭だけではない。その風貌も少し変わっている。魔王討伐から十年以上経っているからなのだろう。そんな時期に建てられた像、という意味でも珍しいと言えるのかもしれない。南の勇者というのが誰なのかは分からないが、きっとヒンメル様はその方を尊敬していたのだろう。もっとも実際にヒンメル様に会ったことがない私でもその髭が似合っていないのは一目瞭然だったのだが。
そしてもう一つ。他の銅像とは違う点があった。それは
「手に持っているのは、天秤ですか……?」
ヒンメル様がその手に天秤を持っている、ということ。他の銅像は全て剣を持っていたのに、どうしてこの像だけそんな物を持っているのか。
「ええ。本当はアウラ様の像も一緒に建てようとしてたんだけど断られてしまって。紆余曲折あってアウラ様の象徴でもある天秤を持つ形になったの。リーニエは代わりに自分の銅像を建てようとしたんだけどヒンメル様と一緒にアウラ様に怒られていたわ」
「アウラ様も大変だったのですね」
「だろうね。私たちも何時間もポーズをとるのに付き合わされたから」
「ハイター様からも聞いたことがあります。とてもナルシストなところがあったのだとか。だから自分の銅像をたくさん残されているのですね」
まるで見たことがあるかのようにその光景が目に浮かんでくる。リーニエ様から聞かされたアウラ様たちの日常。きっとそれがこの村で当たり前だったのだろう。ハイター様からも、そんなヒンメル様の話を何度も聞かされてきた。子供のように、何でも楽しむ方だったのだと。ちょっとナルシストなところが多かったようだが。銅像もそのせいなのだろう。しかし
「それも間違いじゃないけど……それだけじゃない。これは、アウラのために残された銅像だよ」
「フリーレン様……?」
先程までとは違う、どこか遠くを見るような、憂いを見せながらフリーレン様はそう呟く。まるで自分に言い聞かせるように。それを前にしてそれ以上声をかけることができない。
「でも懐かしいわ。あの頃は本当に賑やかだった。リーニエが村にやってきてからは特にね。ヒンメル様もアウラ様も悪戦苦闘していて、まるで本当の家族のようだったわ」
「家族……ですか」
そんなフリーレン様の様子に気づいておられないのか、リリー様はそう思い出話をして下さる。きっと銅像がきっかけだったのだろう。本当なら当時のリーニエ様の話を個人的にはお聞きしたいところだが、今はタイミングが宜しくない。目下、フリーレン様の前でお二人の話題は避けたいのが本音だ。しかも、家族というどうやっても地雷にしかならないであろう話題。そういうことに疎い私でもそれは理解できる。
「ですが、リーニエ様はその、お二人は友達だったと。魔族には家族というものが分からないと仰っていたのですが……」
「そうね。でもきっとあれが二人にとっては家族の形だったんだと思うわ。村でもほとんど周知の事実だったのよ。本人たちは否定してたけどね」
「そうですか……」
何とか誤魔化す……ではなく、被害を抑えようとするもそれは全く無意味だった。分かり切っていたことだった。私自身もそう思っていたのだから。でももしかしたら、そんな甘い幻想も現実の前に打ち砕かれてしまう。
恐る恐る、知らず息を飲みながら横目にフリーレン様を覗き見る。フリーレン様がどんな反応をするのか。全く予想できない。戦々恐々とするも
「……? どうかしたの、フェルン?」
「いえ……何でもありません」
そこにはいつも通り、どこか淡々としたフリーレン様がいた。何のことはない。自分の考えすぎだったらしい。それもそうだ。いくら鈍いこの方であっても、私では想像もつかないほどの年月を生きてきた大人。心配するなんて失礼だったのかもしれない。
(よかった……フリーレン様そこまで気にされてはいな)
そう安堵しかけるも、思わず自分の目を疑ってしまう。そこには
(揺らいでいる……!?)
常に氷のように、揺らぐことなく一定を保っているはずの魔力が揺らいでいる、あり得ない師の姿があった。
「フリーレン様、大丈夫ですか……? 体調が優れないなら宿でお休みになられては……?」
「何でそうなるの? 私はいつも通りだよ」
本当に自分でも気づいていないのだろう。だからこそ痛々しかった。
魔力の偽装。
それは魔族を欺くための行為であり、フリーレン様にとっては生まれてからほとんどの時間を費やしている努力の結晶でもある。弟子である私もそれを受け継いでいるが、フリーレン様には遠く及ばない。どうしても魔力の制限による特有の不安定さやぶれが生まれてしまう。しかしフリーレン様にはそれがない。自然体そのもの。あのハイター様でさえ、何年も一緒に旅をしてようやく気づくことができるほど。体調を崩されていてもそれは変わらなかった。なのにそれが自分にも簡単に見えるほどに揺らいでしまっている。それがどれだけ異常事態か。それはフリーレン様が二日連続で早起きできるぐらいあり得ないこと。
「そ、そういえばさっきこの村に来た時にスカートを捲られたって言ってましたよね。何があったんですか?」
できるだけ、可及的速やかに強引に話題を変える。多少変に思われても構わない。これ以上フリーレン様にこの話題を振り続けるのは酷だ。弟子としてそれは防がなくては。
「大したことじゃないよ。クヴァールを封印した後にあのクソガキ……シュトロにスカートを捲られたんだ」
「本当に申し訳ありませんでした。悪戯ばかりする人で……小さい頃は私やリーニエ、アウラ様のスカートを捲ってはヒンメル様に叱られていました」
「小さい男の子とはそういうものなのですね。でも流石はヒンメル様です。ちゃんと子供を導かれている方だったんですね」
そんな私の必死さが伝わったのか。無事に話題を変えることができた。もっともその話題は話題でおかしなものだったがさっきよりはマシだろう。でもスカート捲りか。私も知識としては知っている。同年代の男の子と接する機会はなかったのでされたことはないが、小さい男の子はそういう悪戯をするのだと。ヒンメル様もそんな子供をしっかり導き、教育されていたのだろう。そう尊敬するも
「そうでもないよ。クソガキ呼ばわりして殺してやるって言ってたし。本当は自分も見てみたかったって漏らしてたしね」
(えっちだった……!)
それは一瞬で消え去ってしまう。えっちだった。ものすごくえっちだった。小さい男の子がするならまだ分かる。でも大人であるヒンメル様がそんなことをしたがるなんて。いや、したいのではなく見たかったのか。フリーレン様の下着が。なんてえっちなことを。私が読んでいた童話なんて大したことはなかった。やはり大人なのだろう。よくよく考えてみれば好きな女性の下着を見たいのは男性からすれば当然なのかもしれない。それを本人に漏らしたり、子供に暴言を発しているのはこの際聞かなかったことにしよう。きっと聞き違いだ。そう自分に言い聞かせるも
「そういえば、アウラ様の時も同じことを仰っていましたね。自分もやってみたかったって。本当に困った人たちでした」
(やっぱりふしだらだった……!)
それはリリー様の暴露によって無意味となってしまう。もう間違いない。やはりふしだらだったのだ。フリーレン様という想い人がいながら、別の女性のスカートが捲りたいだなんて。どれだけスカートを捲りたいのか。
瞬間、思わず体がのけ反ってしまう。それは圧だった。魔法使いにしか分からない、魔力の圧力。それに思わず、体が反応してしまう。そこには
(ものすごく揺らいでいる――!?)
いつもと変わらない表情のまま、とんでもない魔力を放っているフリーレン様の姿があった。今まで暮らしてきた中で見たことのないような強大な魔力。思わず逃げ出したくなるほど。なのにフリーレン様はそれに気づいていない。きっと無意識なのだろう。
「……ねえ、フェルン。ちょっと三日ほど森に籠ってもいいかな。精神統一がしたくて」
「え、駄目です。その間にクヴァールの封印が解けたらどうするんですか。我慢してください」
「みんなもっと私に優しくしてよ」
流石にそこまでの揺らぎは一瞬だったが、変わらず不安定さを滲ませたままのフリーレン様。そのお願いをすぐさま断る。それとこれとは話が違う。そもそも精神統一するのに何で三日も森に籠らなければいけないのか。意味が分からない。何よりも優先すべきは村の人たちの安全。これ以上優しくしたらこの方のためにはならない。
「ごめんなさい。ちょっと配慮が足りなかったわね。フリーレン様にはあまり面白い話ではありませんでしたね」
「いえ、気になさらないでください。フリーレン様にはこのぐらいでちょうどいいので」
「フェルン、もしかして私のことが嫌いなの?」
リリー様がそう謝って下さるが何も気にすることはない。悪いのはフリーレン様なのだから。ヒンメル様がふしだらなのはもう揺らぎようはないが、この方の鈍さもそれに匹敵する。きっと私が知らない、ヒンメル様に負けず劣らずのやらかしがあるのだろう。隠し事の件も含めて今夜問い詰めなくては。
「そうね……じゃあフェルンちゃんにアウラ様からの伝言だけ伝えておくわ」
「アウラ様からの伝言、ですか?」
「ええ。きっとフェルンちゃんがフリーレン様と一緒にこの村に来るのが分かっていたのね」
突然の話に思わず困惑してしまうも、すぐに理解する。そう、きっとアウラ様は私がフリーレン様と一緒に旅立つことを知っていたのだ。ハイター様から色々聞いていたのかもしれない。
「この先に赤い屋根の家があるの。そこがアウラ様たち三人が暮らしていた家でね。ぜひそこに寄って行ってほしいって」
「それは……」
思わず答えに詰まってしまう。私自身は全く構わない。アウラ様がそう言い残されているということは何か理由があるのだろう。しかし、それは私一人に限っての話。フリーレン様にとってはまさにそれは死地に赴くのと同じこと。どうしたものかと途方に暮れるも
「……行ってきなよ、フェルン。私は先に宿に戻ってるから」
そんな私の事情を察したのか。それとももう耐えられなかったのか。恐らくは後者だろう。フリーレン様はそう言いながら宿の方へと足を向ける。
「分かりました。くれぐれも森に籠ったりしないでくださいね」
「……昔は優しい子だったのにな」
「私はフリーレン様の言う昔ほど年は取ってません」
そのどこか哀愁を感じさせる背中に向かってそう念を押す。ここで絆されてはいけない。伊達に何年もこの方と一緒に暮らしてはいない。そしてさらっと失礼なことを捨て台詞に去っていく。この方の言う昔は冗談抜きに原始時代に匹敵しかねない。流石に口には出さないが。
「じゃあ案内するわ。使われなくなって久しいけど、ちゃんと掃除しているから安心して。二階には書斎があってね。アウラ様が集めていた魔導書がたくさんあるの。以前贈り切れなかったから、好きな物を持って行って構わないそうよ」
「アウラ様が……」
お見苦しいやり取りを見せてしまったにも関わらず、リリー様はそう優しく教えて下さる。それが私に家に寄って行くようにアウラ様が言い残して下さった理由だった。そのことに知らず胸が熱くなる。もうあんなにたくさんの魔導書を贈って下さったのに。申し訳なさと同時に、その厚意に感謝しかけるも
「何やってるの、フェルン。早く行くよ」
それは完全に揺らぎを克服した師の姿によって台無しにされてしまった。
その人はひゃっほーと奇声を上げながら走り去ってしまう。反対方向の宿屋に向かっていたはずなのに。まるで空間転移の魔法でも使ったかのように。
「本当に変わった方なのね、フリーレン様は」
「――――」
その恥ずかしさ、情けなさからリリー様の顔を見ることができない。許されるなら、このまま私の方が森に三日間籠りたい。本気でそう思うほど。
その夜、弟子によって本気で叱られて泣き喚くエルフの鳴き声が村中に響き渡ったのだった――――