ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

42 / 253
第四十二話 「現実」

「…………ん」

 

 

ふと、目を覚ます。目の前には見慣れない天井。窓からは日の光が差し込んでいる。何か夢を見ていた気がする。でもそれが何だったか思い出せない。懐かしかったのか、悲しかったのか、嬉しかったのか。よく分からない、ごちゃごちゃした感情だけが残っている。

 

そんな中、視界に映るのは自らの左薬指にある指輪。ヒンメルからもらった鏡蓮華の指輪。なんとはなしに、それに触れる。初めの頃は違和感があったがもう馴染んできた。私にとっては道標でもあり、贖罪の証でもある。最近これを触る時間が増えてきた気がする。特にこの村に来てからは。その理由も。

 

 

「……フェルン?」

 

 

気だるげにゆっくり体を起こしながらフェルンを探す。まだ上手く目が開き切らない。どうやらもうお昼になってしまっているらしい。こんな時間まで起こしてくれないなんて。いつもなら遅くとも昼前には起こしてくれるのに。

 

 

「フェルン、いないの……?」

 

 

目をこすりながら、ベッドの上から何度声をかけても返事がない。ここにはもういないのだろうか。師匠を置いて行ってしまうなんて薄情な弟子だ。何かあったのだろうか。そう思いながらもようやく気付く。

 

 

(これ……怒りの三つ編みだ……!)

 

 

それは自分の長い髪。それが三つ編みにされてしまっている。髪を梳いてくれるのはありがたく、いつものこと。だがこれはそうではない。私を起こすことなく、三つ編みにされてしまっている。私はこれを怒りの三つ編みと呼んでいる。読んで字のごとく、フェルンが不機嫌な時に私にする三つ編みだ。そういえば昨夜は魔導書を遅くまで読んでいてフェルンに怒られてしまった。もう知りません、とも言われた気がする。思わず冷や汗が流れる。

 

 

(フェルン……怒ると怖いんだよね……)

 

 

渋々そのまま起き上がり、着替えを開始する。そういえば久しぶりに自分で着替えた気がする。ちょっと甘えすぎてしまっていたのかもしれない。フェルンのお母さんっぷりに思わずそうしてしまっていた。寝言でお母さんと言ってしまうのも一度や二度ではない。だが流石はお母さんなのか。怒ると本当に怖い。特にこの村に来てからは怒られてばかりな気がする。何かお詫びに甘い物でも買ってくるしかないか。へそくりはまだあっただろうか。

 

 

(もうこの村に来てから一週間か。あっという間だね)

 

 

テーブルに用意してくれていた朝食兼昼食を口にしながら振り返る。私たちがこの村に来てから一週間が過ぎた。その目的である賢老クヴァールの討伐は既に完了している。いかなクヴァールと言えども人間たちの八十年には敵わなかった。私たち長寿種の宿命なのかもしれない。私も精進しなければ。それは置いておくとしてもフェルンの成長にも目を見張った。防御魔法の展開だけといっても、あのクヴァールの魔法を捌き切ったのだから。何よりもフェルンの真価は魔法の速さにある。さらに成長すれば、どこまでの高みに行けるのか。ゼーリエに見せたらきっと羨ましがるに違いない。

 

 

「じゃあそろそろ行こうかな」

 

 

食事を片付け、身なりを整え準備は万端。フェルンはきっと村の手伝いに出ているのだろう。リリーと一緒に出かけるのがここ最近のフェルンの生活だった。村でもありがたがられているらしい。師匠としてこれほど嬉しいことはない。初めはクヴァールを討伐したらすぐ出発する気だったのにフェルンに怒られて渋々留まっていたが今は違う。フェルンに言ったら怒られてしまうので言わないが、もう十年ぐらいは滞在してもいいかなと思うぐらいには私もこの村が気に入っている。

 

 

「こんにちは、フリーレン様。可愛い三つ編みですね」

「……ありがとう」

 

 

複雑な心境になりながらもすれ違った村人にそう答える。変わったと言えばこの村も八十年前とは大きく変わっている。昔はここまで大きくはなかった。活気も満ちている。きっとヒンメルという勇者が逗留していたことが理由だろう。人や物の流れがここに集まっているのかもしれない。アウラの影響もあるだろう。あいつがいることでこの村は魔物の脅威にさらされることはなくなったのだから。今はそうではないのだろうが、魔物の習性もあるのだろう。寄り付いていないのかもしれない。

 

 

「さて」

 

 

閑話休題。意識を切り替える。もし手に杖があれば構えるぐらいの気合を入れる。当たり前だ。これから自分が向かおうとしているのはまさしく死地なのだから。

 

そこには家があった。何の変哲もない、赤い屋根の二階建ての家。だが自分にとってはそうではない。もう何度も足を踏み入れているが、決して油断することはできない。

 

 

目の前に立ち塞がる家は自分にとってまさにダンジョン、いや巨大なミミックなのだ。迂闊に飛び込めば命が危ういトラップ。しかし怯むわけにはいかない。本物のミミックなら外れもあり得るがここは違う。必ずお宝があると分かっているのだ。本物のミミックのように齧られるわけでもない。違う何かが齧られているような気もするがそれはそれ。魔法使いとしてその探求心を抑えることなどできない。なのにフェルンには何度言っても分かってもらえない。ヒンメルたちもそうだ。どうしてこのあくなき探求心を理解してくれないのか。だがそれも仕方ないことなのかもしれない。僅かな可能性に挑んだ偉大な魔法使いがいたからこそ歴史的な発見があった。ここにあるのは魔導書だが理屈は同じ。

 

 

そう己を鼓舞しながら、今日も今日とて私は魔導書探索に巨大なミミックへ乗り込むのだった――――

 

 

 

「あ、もうこんな時間か」

 

 

読み終わった本を閉じながらようやく気付く。時計を見ればもう四時を回っている。もう三時間以上経ったのか。私がエルフであることを抜きにしても本当に時間の流れが早い。それもひとえにこの場所、多くの魔導書が収められている書斎のせいだ。ここ一週間はそれを満喫させてもらっている。まさに宝の山。本当に十年滞在してもし足りないほど。この魔導書がアウラが集めた物だとしてもお釣りがくる。

 

 

(それにしても、あいつは本当に実用的な物しか読んでなかったんだね……)

 

 

そこら中に散らばってしまった本を片付けながらそう気づく。アウラが集めているのは実用的な魔導書ばかり。それが悪いわけではないが、致命的に私とは趣味が違う。魔法は浪漫だ。むしろそれが民間魔法の醍醐味だというのに、それが分かっていないのはやはりあいつが魔族だからなのだろう。

 

しかしその中にも明らかに趣が違う魔導書がいくつか紛れている。恐らくはヒンメルが私に贈るために集めていた物。フェルン経由で手に入れたシロップを出す魔法もその一冊だろう。日記にも書かれていた。私への贈り物だったのなら私にももらう権利があるはず。あれだ、相続権というものだろう。アウラの物についてはフェルンに権利があるのでそれは師匠である自分にも適応されるはず。フェルンにも許可はもらった。冷たい目を向けられた気がするがきっと気のせいだろう。

 

 

(でも持っていけるのが三冊までなんて厳しすぎる。どうしたものかな……)

 

 

しかしフェルンから持っていくのは三冊までと条件を付けられてしまった。抗議したかったのだが怖くてあきらめた。持っていけるのが三冊までだなんて厳しすぎる。選び切れない。覚えきれない魔導書にすべきか、それとも貴重な魔導書にするか。昨夜もそれに悩んで夜更かししてしまったほど。でもそれが魔導書探索の醍醐味でもある。

 

 

「ふぅ……少し休憩しようかな」

 

 

大きく背伸びをしながら、休憩がてら書斎を後にする。そのまま階段を降り、一階へと向かう。ちょっと外でも散歩しよう。そう考えるも、ふとその光景に目を奪われてしまった。目を逸らそうとしていたのに。

 

 

(…………ここでヒンメルたちは生活していたのか)

 

 

そこには確かな生活の跡があった。三人分の椅子とそれに合わせたようなテーブル。誕生日に合わせて買ったお揃いのティーカップ。揃えられた調度品。外には大きな庭がある。そこには稽古に使っていたのだろう、打ち込み台がある。その傍には使い古された、長さが不揃いな木剣が並んでいる。きっとアイゼンが作ったのだろう。クローゼットには小柄な法衣が仕舞われている。確かハイターが特注したけどリーニエが嫌がって着てくれなかった物だったか。

 

ここに残されたもの。その全てが物語っている。あの日記の内容が全て真実だったのだと。絵空事でも、御伽噺でもないのだと。それをまざまざと見せつけられてしまう。

 

知っているのに知らない。知らないのに知っている。まるで絵本の内容がそのまま現実になったかのよう。絵本ではなく、日記か。

 

知らず胸が締め付けられるような感覚が襲い掛かってくる。この五年間。日記を読むたびに感じていたもの。でもその痛みはその比ではない。やっぱりミミックに齧られるよりもよっぽど痛い。来なければよかったと後悔するのに、やっぱり来てしまうのは何故なのか。魔導書欲しさもあるが、きっとそれ以外にも理由がある。

 

それは言葉にできない違和感、いや空気がここにはあったからだ。生活の跡がある。なのに、全く生活感がない。掃除も行き届いているのに、全く人の気配がない。まるでそう、時間が止まってしまっているような空間。なら一体それはいつから。そう考えた瞬間

 

 

「あら、やっぱりここにいらっしゃったのね。フリーレン様」

「っ!?」

 

 

そう聞き慣れた声が後ろからかけられてしまう。思わず耳だけが動いてしまった。それに気づかれてしまったのか、声の主のリリーはどこか楽しそうに微笑んでいる。正直言うと私はこの女性が苦手だった。生きていた年月で言えば私の方が遥かに年上だが、子供扱いされてしまっている気恥ずかしさがある。加えて、一方的に私はこの女性を知っているのも大きな理由だった。ヒンメルの日記で度々記されていたのだから。どう接したらいいのか分からない。そんなところ。

 

 

「ごめんなさいね、驚かせてしまって。宿屋に様子を見に行ったらいらっしゃらなかったからここかと思って」

「そう。フェルンは? 一緒じゃないの?」

「フェルンちゃんなら今は村の子供たちと一緒に遊んでくれているわ。本当に良い子ね。あなたに似たのかしら」

「私じゃなくてハイター……育ての親の影響だろうね」

 

 

言われてそう答えるも考え直す。あの生臭坊主を褒めるのは何か違う気がする。老人になってからは大人の振りが上手くなっていたが中身は子供のままだと言っていた。なら反面教師だったのだろう。そういう意味では私もいい育ての親になれているのかもしれない。

 

 

「ハイター様ならきっとそうでしょうね。リーニエもお世話になりました。きっとハイター様も大変だったでしょうが」

「そうか。ハイターのことも知ってるんだね」

「はい。村にも何度か来てくださったこともありますので」

 

 

そう当たり前のように答えてくるリリーに少し面食らってしまう。そういえばそうか。この村で暮らしていたのなら、必然的にリリーも勇者一行と関わることもあったのだろう。そんな私の困惑を見ながらも

 

 

「フリーレン様。よければ少しお茶でもどうですか?」

 

 

リリーはその手にあるお菓子をテーブルに広げながら私をお茶会に誘ってくれる。それを断る理由は私にはない。言われるがままに、その席へと着く。

 

 

それがフリーレンが日記の中の登場人物であるリリーと本当の意味で触れ合った瞬間だった――――

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。