(こんなものかしらね……)
とりあえずはこれで一息つけるだろう。手に持っていた掃除道具を片付けることにする。今ようやく家の掃除が一段落したところ。家に移ってから一番面倒になったのがこの掃除だろう。単純に掃除する場所が増えたのに加えて住人も一人増えたのはやはり大きい。何か役に立つ魔法でもあればいいのだが。部屋中の埃を集める魔法か。そんな魔法があれば仕事にも生かせそうだが、やはりあったとすれば伝説級になるのか。こんなことを考えるようになるなんて、服従させられる前の私ならきっと信じないだろう。
そんな中、ふと二階の寝室に目が留まる。それもまた私にとって悩みの種でもある。
(結局なし崩しで一緒に寝てるけど……あいつ、何も感じないのかしら)
そう、この家に移ってきてから私はヒンメル、リーニエの二人と同じ寝室で寝ている。もちろん最初からそうだったわけではない。私とヒンメルの寝室は別で、リーニエは私と同室になっていた。しかし問題はリーニエだった。
『何でみんな一緒に寝ないの?』
どうやらリーニエにとっては家族、ではなく同居する私たちが一緒に寝るのが当たり前だと思っていたらしい。確かに宿屋では二段ベッド、アイゼンの所では全員そろっての雑魚寝のような状態。加えてリーニエが模倣していた人間の家族の影響もあるのだろう。何よりも夜になって私とヒンメルの寝室を行ったり来たりするリーニエの騒がしさもあった。あとはあれよあれよという間に全員の寝室が一つになってしまった。元々魔族の性別なんて気にする必要はないと言ってしまっていた手前もある。ヒンメルからしても拒否すれば私たちを意識していることになってしまう。結局なし崩しに近い形で今の状態になってしまっている。流石にベッドは別なので特に大きな問題にはなっていないので余計だろう。もっともリーニエによって村中にその事実は知れ渡ってしまっているという大きな問題はあるがもはやあきらめるしかない。結局ヒンメルの二つ名が増えるだけだ。そんなことを考えていると
「よし。このぐらいにしようか。ちゃんと僕がいない間も稽古してたみたいだね」
「当たり前。アウラ様にも手伝ってもらった」
そんな声が庭から聞こえてくる。そういえばさっきまで鳴っていた木剣がぶつかり合う音が止んでしまっている。どうやら朝の稽古は終わったらしい。これがここ一年ほどの朝の光景。ヒンメルがリーニエに剣を教えている。朝だけでなく晩も。アイゼンのところから続いている習慣だった。
「帰って早々よくやるわね。飽きないわけ?」
「これでも師匠だからね。弟子に稽古をつけるのは当然だろう? それに君たちだって毎日魔法の鍛錬をするじゃないか。それと同じさ」
「それとこれとは違うわよ。リーニエにとっては同じでしょうけど……」
私達の魔法の鍛錬を引き合いに出されても困惑するしかない。確かにそれはそうだが、ヒンメルにとっては何の得にもならない。もっとも今更ではあるが、本当によくやるものだ。何が楽しいのか。リーニエからすれば魔法の探求の一端ではあるだろうが。しかし勇者につきっきりで鍛錬してもらえる。もしかしたらリーニエはとんでもなく恵まれているのかもしれない。もっとも調子に乗るのでこの師弟には言えないが。
「それにあの格好でさせるのはどうなの? 動きにくいだけじゃないの?」
それでもそこは突っ込まざるを得ない。そのままリーニエに目を奪われてしまう。いや、正確にはその身に纏っている衣装に。
「ドレスのことかい? いいんじゃないかな。リーニエは気に入ってるみたいだし。動きには支障は出てないよ」
それは洋装のコルセットドレスだった。それもただのドレスではない。それは私がこの村に来てから半年ほどの頃にヒンメルが買ったコルセットドレスに瓜二つの物だった。違うのはそのサイズだけ。
きっかけはこの家に引っ越してくる前。クローゼットの奥に封印されていたそれをリーニエが解いてしまったのが原因だった。興味があったのかそれを身に着けるリーニエ。当たり前だがサイズが合っていないので上手く着れるはずもない。しかしそれをあのヒンメルが見逃すはずがなかった。それから少し後、行商人によって子供のサイズに合わせた新たなコルセットドレスが到着したのだった。アイゼンの所で突然の誕生日プレゼントを用意できなかったことへのリベンジでもあったのかもしれない。そんなこんなでコルセットドレスはリーニエの私服となっている。思うところはあるが百歩譲ってそれはいいにしてもその恰好で稽古をするのはどうなのか。コルセットドレスを着た少女が木剣を持っているのは魔族の私から見ても違和感しかない。
「村ではあのドレスはあんたの趣味ってことになってるわよ。それでもいいわけ?」
「ゔっ……! か、構わないさ。リーニエは君とお揃いで喜んでくれたんだし。なんならあの時みたいに君も」
「何か言った?」
「何でもありません」
有無を言わさず黙らせる。あのコルセットドレスがヒンメルの趣味であり、あのエルフに着させたかったのは分かり切っている。私も一日着てみたことはあるが散々な目に会った。なのに気の迷いだったのだろう。リーニエがあまりにもはしゃいで着ていたのもあった。自分の部屋でちょっとだけ姿見の鏡の前でドレスを着てみたのをあろうことかこいつに見られてしまったのだ。そのせいでリーニエにもバレてお揃い扱いされる羽目に。それ以来その件は我が家ではタブーになっている。私のドレスはリーニエが大きくなった時までは封印されることになるだろう。
「アウラ様、私上手くできてる?」
そんなリーニエは両手を広げながら私に姿を見せつけてくる。だがそれはドレス姿を見せているのではない。魔族である、魔法使いである私だからこそ見ることができるもの。
「そうね。まだ若干ブレがあるけど、人間相手なら騙せるでしょうね」
それは魔力。リーニエが体外に放出している魔力を私は観測する。それはわずかしか見られず、感じ取れない。下級の魔物にも劣る魔力量。だがそれは本来のリーニエの魔力量ではない。意図的に、制限された物だった。しかし制限特有の不安定さやぶれは完全には隠しきれていない。人間の魔法使い程度なら騙せるだろうが、魔族相手に通じるかは怪しい。特に大魔族相手には全くの無意味だろう。
「助かるよ。どうしても僕じゃ魔力が見えないから教えようがないからね」
「魔族でこんなことしてるのはリーニエぐらいでしょうね。もっとも他にはあのエルフぐらいしかいないでしょうけど」
いつの間にか隣にやってきていたヒンメルがそう漏らす。それはそうだろう。剣を教えるのとは全く異なるのだから。もっともこんなことを教えたことなど私もない。そもそも魔族は魔法を指南し合うことも稀なのだ。何よりも目の前のリーニエが行っているのは魔族からすればその誇りを汚す、許されない行為でしかない。頭では理解している私でも嫌悪感を拭えないほどなのだから。
「でも意外だったな。君ならてっきり反対すると思ったのに」
「別に。利用できるものは利用しようと思っただけよ」
それを理解しているのか。ヒンメルが尋ねてくるもそう答えるだけ。そう、最初はヒンメルの気紛れだった。きっとあのエルフの真似事をさせたかったのだろう。そのことを私が指摘したときには本当にヒンメルは焦っていた。ヒンメルはまだ私がエルフの魔力の偽装を知らないと思っていたのだから。その取り越し苦労を指摘した後、私はそのままリーニエに魔力の偽装を続けさせることにした。それは以前考えていたこと。勇者一行の、あのエルフの強さの理由。それを模倣すること。生まれて間もないリーニエであれば拒絶感も少ないままそれができるはず。あのエルフを騙すことができなくとも、魔族を相手にする時にそれがどれだけ有効かは私は身を以て体験している。人間の魔法使い相手にも騙し討ちになるはず。何にせよ利用できるものは何でも利用する。それが私の、魔族としての生き方。
「アウラ様。利用って言い方は良くないってアイゼンが言ってた」
「そうだったわね。あんたを頼りにしてるってことよ」
「うん。私もアウラ様を頼りにしてる!」
その第一歩である我が部下は元気一杯。力が有り余っているのかそのまま一人で打ち込み台に向かって剣を振り下ろしている。あの筋肉馬鹿がいればきっと体で受け止めているのだろう。流石にヒンメルもそこまではできないらしい。そういえば興味を持ったシュトロがリーニエの相手をしてぼこぼこにされていたこともあった。とりあえずヒンメル以外には手加減するように命令はしたがはたしてどこまで理解しているのか。
「でも本当にリーニエの成長は楽しみだよ。今は魔力の流れから相手の動きを先読みさせる訓練をしてるんだけど、凄いね。僕もうかうかしてられないかもな」
「魔力の流れで動きを先読み……? あんた魔力なんてないじゃない。どうやってそんなことするのよ?」
「? リーニエなら見ればできるじゃないか。僕もアイゼンも魔法使いみたいに体外に放出したりはできないけど、みんな体内に魔力は持ってるんだ。リーニエの魔法はそれを読み取って模倣するものだからね」
そんなヒンメルの話に呆気にとられるしかない。どうやらただ漠然と剣技を教えていたわけではなかったらしい。どころか私ですら気づいていない、リーニエの魔法の特性を見抜いている。なるほど、確かにそうでなければ相手の動きを模倣することはできない。魔法使いでなくとも、人間には体の動きに合わせて流れる程度の魔力が存在するのだろう。しかし本当に驚いているのはそこではない。それは
「だからそれを利用して相手の動きを先読みさせる訓練をしてるんだ。今はまだ体の成長が追いつけていないけど、完成すればきっと戦士や剣士の動きだけじゃなくて、魔法使いが魔法を使う前にそれを察知して剣を振るえるようになるよ。僕が君にしたみたいにね」
ヒンメルの勇者としての、戦う者としての発想力。いや洞察力か。どうやらリーニエの相手の魔力の流れを読み取る眼を使って戦う相手の動きを先読みさせようと考えているらしい。戦慄するしかない。一体こいつはリーニエを何と戦わせる気なのか。本気でリーニエを自分と同じ域にまで到達させようとしているのかもしれない。いくら師弟だとしても無茶苦茶すぎる。そしてさらっとこちらのトラウマを抉ってくる。思わずその記憶で腕の古傷が痛むほど。
「……でもおかしいわ。矛盾してるわよ。あんたは魔力を読み取れないんでしょ。なら何で私が魔法を使う瞬間が分かったのよ?」
しかしそこでふと気づく。そう、リーニエならともかく何でヒンメルに私の魔法を使う瞬間が看破されてしまったのか。魔法使いのエルフならともかく、こいつには魔力の流れも光も感じ取れないはず。それに
「そんなの空気や呼吸を読めばすぐ分かるじゃないか。剣士ならみんなやってることだよ」
さも当然のようにヒンメルは答えてくれる。なるほど。納得した。空気や呼吸を読めば確かに簡単だろう。きっとこいつなら目が見えなくても大魔族と戦えるに違いない。聞いた私が馬鹿だった。
「そう……やっぱりあんた
「それはどうも」
どこまでこっちの皮肉が伝わっているかは定かではないが、ヒンメルも満更ではないらしい。こいつらから逃げ切ったという一点においては私は自分を誇ってもいいのかもしれない。結局囚われてしまっているので意味はないが。
こんな怪物を師匠にした
「あんたもヒンメルの鼻っ柱を折るくらいに強くなってみせるのね。できればだけど」
「うん。頑張ってヒンメルの鼻を折ってみせる」
「いや、折るっていうのは本当に骨を折るわけじゃないんだよ、リーニエ……?」
自分の鼻っ柱が物理的に折られる想像をしたのか。本気で汗をかきながら焦っているヒンメル。そのことに全く気付くことなく素振りを続けているリーニエ。私はただ呆れながらそんな師弟の稽古風景を眺めるのだった――――
「おはようございます、お姉ちゃん、リーニエ。今日もお手伝いに来ました」
二人の朝の稽古も終わり、自分の仕事の準備をしている中、来客が訪れる。もっとも勝手知ったる仲なので客ですらないのだが。村の子供であるリリー。最近は私の仕事を手伝ってくれるのが日課となっている。
「おはよう、リリー。助かるわ」
「私も助かる」
「ふふっ、今日も元気そうねリーニエ。ドレスも似合ってるわよ」
やはり人間の成長は目を見張るものがある。たった一年なのに大きくなった気がする。体もだが精神的なものもだろう。生まれてからの年月について言えば恐らくリーニエとほぼ同じはずだがとてもそうとは思えない。もっともリーニエと比べれば誰でもそうかもしれないが。リーニエは自分の方が年上、お姉さんだと主張しているようだが残念ながら誰がどう見ても結果は明らかだった。
「そう? でもこれはヒンメルの」
「おはようリリー。アウラとリーニエがお世話になってるね」
リーニエの言葉を遮るようにヒンメルは割って入る。恐らく自分の性癖がリリーにバラされるのを危惧したのだろう。すでに手遅れな気もするがあえては言うまい。
「ヒンメル様? お戻りになってたんですね」
「昨夜帰って来たばかりでね。村は変わりないかな」
「はい。みんな元気にやってます」
それが分かっているのか、それともヒンメルに頭を押さえられて抵抗しているリーニエが可笑しかったのか、リリーはどこか楽しそうに微笑んでいる。本当によく笑う娘だ。何がそんなに楽しいのだろうか。
「そういえば……はい。これリーニエに」
「何これ?」
「花の冠よ。可愛いでしょ?」
そんなリーニエを見かねたのか。リリーはそのまま手に持っていた花の冠をリーニエに被せる。リーニエはされるがまま。ただ不思議そうに自分の頭を見上げている。
「分からない。邪魔。角に引っかかる」
「それはお姉ちゃん、アウラ様が出してくれた花から作ったのよ。蒼月草って言うの。リーニエが被ってくれたらきっとアウラ様も喜ぶわ」
その意味が分からず、困惑しているリーニエにリリーはそう告げる。きっとリーニエがそう反応することも分かっていたのだろう。私を理由にする辺り、リリーも中々強かなのかもしれない。それが功を奏したのか、リーニエも興味深そうに蒼月草の冠を見つめている。同時に私も思い出す。蒼月草。それはヒンメルの故郷の花。リーニエを遊びに連れて行きたいのと故郷の花を見せたい。その目的が一致した旅行の収穫があの花だった。道中色々あったがもういいだろう。一言で言えばリーニエにとっては花よりもリンゴだったということ。思い出すのも疲れてしまう。
「ほんと?」
「そうね。今日はそれを被って仕事をしなさい、リーニエ」
「うん。そうする」
納得したのか。リーニエはそのまま花の冠を被ったまま手伝いという名の仕事を開始する。それを見守りながらリリーもまた動き出す。なら私もうかうかはしていられない。
「ヒンメル。暇なら庭の掃除をして頂戴。どうせこれから稽古で使うことになるんだから」
「任された」
暇そうにしている今日は休みだと豪語している勇者様に仕事を割り振る。初めからその気だったのか、すぐにヒンメルは庭に向かっていく。ならさっさと自分で動けばいいものを。本当に癪に障る。そう思いながらもいざ仕事を。そう思った瞬間、
「聞いたぞシュトロ!? お前リーニエのスカート捲ったんだって!?」
「ご、ごめんなさい!? でも勇者様もスカート捲りは男の浪漫だって……!?」
「リーニエは別だ! やるならアウラにしなさい!」
「嫌だよ!? やるなら自分でやってよ!?」
「僕がやったら怒られるだろうが!」
聞き慣れた男の子の声、いや悲鳴が庭から響き渡ってくる。同時に勇者とは思えないような罵詈雑言も。そういえばシュトロに警告するのを忘れてしまっていた。もっとも間に合いはしなかっただろうが。その言い合いの内容も本当に幼稚な物。本当にこいつらはリリーを見習えないのか。
「? リリー、何で私の耳をふさぐの?」
「さあ、あっちでお仕事の手伝いをしましょうね」
リーニエの教育上宜しくないと思ったのか、それともその口から村に噂が流れてしまうのを危惧したのか。リリーはリーニエの耳を塞いだまま仕事部屋へと連れて行ってくれる。好都合だ。私もこれからのことを二人に見せるのは躊躇われる。そのまま
「――――悪い子たちにはお仕置きが必要ねぇ?」
いつかと同じ言葉を告げながら、魔法ではない、言葉の服従の魔法によって二人にお仕置きを命じるのだった――――
最新話を投稿させていただきました。
今話と前話で四十三話でリリーが言っていた懐かしい賑やかな日々がどんなものだったかを描かせてもらっています。リリーの心情で読んでもらうのも面白いかもしれません。
次話は現代のフリージア側の視点。時系列的に言えば十四話の続きになります。十二話から十四話を読み返していただいておくと理解しやすいかもしれません。お楽しみに。