ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第四十八話 「感染」

「貴重なお時間本当にありがとうございました。おかげで万全な状態で交渉に臨めそうです」

「そう。良かったわ。でも私の指南なんて必要なかったかもしれないわね。君の人間を欺く技術は素晴らしいわ。魔族の鑑のような存在ね」

「もったいないお言葉です。ソリテール様の聡明さに比べれば私など」

 

 

私からすれば当然の賛辞なのだが、あえてそれを受け入れる。目の前の女、ソリテールが聡明であることは間違いないのだから。本能のまま無知に生きている有象無象とは明らかに違う。魔力という魔族の強さに関しては隠匿しているので感じ取れないが、それ以外の部分でこの女は異端なのだろう。

 

今私はソリテールを宿まで送っている最中。昨日から続いている監視任務の一環でもある。昨日と違うのはリーニエがいないこと。昨日の任務中の怠慢は流石にリーニエでも許されなかったのか、今日はアウラ様の護衛の任務に就いている。私としては願ったり叶ったりだ。正直ソリテールの監視よりもリーニエのお守りの方が負担が大きかった。

 

 

(それにしても、研究者というのは本当に私たちからすれば理解できない存在ばかりなのだな)

 

 

意識を切り替えながら改めて自分の前を歩いているソリテールを観察する。つい先ほどまで私たちは魔法科を訪れていた。もちろんこの女の希望によって。そこでも昨日の教典科と同様、夢中で書物を漁っていた。違ったのはそれだけではなく、魔法科の連中とやり取りしていたこと。本人曰くお話だったか。何でもソリテール曰く、魔法科は教典科と同じく、この国の核となり得るほど重要な機関らしい。

 

魔法科。それはその名の通り、魔法を研究する組織だ。人間と魔族が共同で研究を行っているらしい。私からすれば愚かでしかない。魔族である我々の魔法は人類では辿り着けない遥か高みにある。その研鑽を他人と、ましてや人間と一緒に行うなど。無駄でしかない。しかし

 

 

『魔法技術を共有し、進化させる群れとしての強さ。それこそが人類の素晴らしさなの』

 

 

ソリテールはそう楽しそうに提唱してきた。その最たる物が人を殺す魔法(ゾルトラーク)。賢老クヴァールによって生み出された魔族の魔法だが、それを人間共はこの八十年で研究、解析し自らの魔法体系に組み込んでしまった。今では一般攻撃魔法と呼ばれているらしい。我々魔族も人を殺す魔法(ゾルトラーク)など半世紀以上前に克服している。そう反論したのだが、ソリテールからすればそうではないらしい。群体、集団としての強さ。その連携。それによってもたらされる進化の速さは個である我々を上回るのだと。正直私には理解が及ばないところだが、この女がそこまで言うのなら、一理あるのだろう。

 

今は魔法科は飛行魔法の研究に一番注力しているらしい。何故そんな下らないことをしているのか。そんな誰でもできる魔法の何を研究するというのか。ソリテール曰くそれが実現すれば人間社会に大きな革命、革新を起こすほどの偉業となるらしい。饒舌に語られたが話の半分も理解できなかった。並行して精神魔法の研究も行っているらしい。それは我々魔族に関係する研究らしいがその用途も不明だ。何にせよ、この女にとっては楽しい時間だったのだろう。魔法の研鑽ができるという意味では我々魔族の欲求を満たす場所であるともいえる。事実、ここを利用している魔族は増え続けている。折を見てその実情を調べてみるのもいいかもしれない。

 

 

「謙遜することはないわ。君は人間の習性をちゃんと理解し、欺くことができている。特に人間の家族を利用する話術は効果覿面よ。共感と言ってね。人間は自分ではない個体に同調してしまう習性があるの。きっと実際の交渉でも有効だわ」

 

 

そんなこちらの内心など知らぬまま、ソリテールはそう話を続けてくる。それは先程まで行っていた想定問答の件。昨日の約束通り、私は人間の心理の学習としてソリテールを利用していた。それが実際の和睦交渉を想定した問答だった。ソリテールがグラナト側を演じ、私がそれに応えるといった内容。

 

そこで私は人間共の家族という習性を利用した。幼い個体が命乞いで使うお母さんという言葉。それを発展させたようなもの。魔族にもその習性があるのだと欺くことで相手に取り入る。調査ではグラナト伯爵は人情に厚い人間らしい。なら苦も無くそれが可能だろう。

 

 

「痛み入ります。ですがそれもソリテール様との問答があったおかげです。私が想定していなかったケースもありましたから。長年人類を研究されているソリテール様だからこそですね」

 

 

だが驚くべきはソリテールの擬態だった。本当に人間を相手にしているのではないかと錯覚してしまうほどに、この女の問答は人間そのものだった。所作だけではない。一体どれだけの人間と接すればこの域にまで到達できるのか。

 

 

「特に共存を目指している、という嘘は私にはない発想でした。かつてこの地で起こしてしまった騒乱を悔い、その償いのためにこの国、魔族国家フリージアを建国したと。我らからすれば世迷言もいいところですが、人間共にはそう見えていてもおかしくありません」

 

 

償いという理解できない、人間が好む概念。それを利用した嘘をソリテールは私に示してきた。魔族である我々からすれば蒙昧な戯言でしかないのだが、恐らく人間共には効果覿面だろう。実際フリージアは難民と言われる弱者なども受け入れている。よくできた嘘だ。

 

 

「そうね。でもそれは私の案じゃないわ。それはアウラの考えた嘘なの。よくできているでしょう?」

 

 

私と全く同じ感想をソリテールも口にする。なるほど、アウラ様が考えた嘘ならばそれも納得だ。不敬だと言われかねないが、アウラ様は最も人間と共に過ごしている魔族。人間の習性の理解は私などとは比べ物にならない。

 

 

「でも一つだけアドバイスするなら、防護結界については今回は触れない方が良いわ。アウラもそれは望んでいない。時期尚早ね」

「そうですか……アウラ様はやはり私では力不足だと」

「そうじゃないわ。今のフリージアにとってはこの和睦協定が締結された時点で実質勝利なの。防護結界なんて今のアウラにとっては障害でもなんでもないわ。昨日も言ったでしょう? 防護結界は私たち魔族の物理的な侵攻は阻めるけど、経済や信仰といった侵略は防ぐことができない。そのうち向こうから解除したいと言ってくるでしょうね」

 

 

話題は防護結界についてに移る。和睦交渉について話す中でそのことをソリテールに意見を求めたのだが、その答えはやはりアウラ様と同じだった。私の力量を侮られているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。奇しくもそれは昨日、この女から得た人間の持つ概念に関連したもの。経済に信仰。共に目には見えない、だからこそ防護結界でも阻むことができないもの。それを利用してアウラ様はグラナトを侵略するおつもりらしい。魔族である我々では到底思いつかないような発想。和睦交渉もその一環なのだろう。グラナトはもちろん、我々もまたあの方の掌の上なのかもしれない。

 

 

「それにアウラがその気になれば防護結界なんてすぐにでも解除できるわ」

「すぐに……? ですがあの結界は大魔法使いフランメが遺した物。いかにアウラ様と言えどそう易々とは」

 

 

思わずそう口走ってしまう。大魔族であるアウラ様の実力は計り知れない。だがそんなアウラ様を以てしても容易には超えられない壁がそこにはあった。

 

 

『大魔法使い』フランメ。

 

 

千年以上前に存在していた人間の魔法使い。だがそれはただの人間ではなかった。一言で言えば天才だった。大魔法使いというのは、魔族で言う大魔族にあたる称号なのだろう。それに違わぬ力を以て作り上げた魔法が現在の魔法を凌駕する。天才は嫌いだ。積み重ねたものの美しさがない。

 

私個人の感傷はともかく、フランメが作り上げた防護結界は完璧だ。それもあってかつてアウラ様もグラナトを攻めきれなかったのだから。何故それがすぐ解除できるのか。その答えは

 

 

「簡単よ。人間を利用すればいいの」

 

 

私には到底、いや魔族には決して理解できないものだった。

 

 

「人間を……? 我らですら解除できない結界を人間が解除できるとはとても」

「そうじゃないわ、リュグナー。魔法使いではない、ただの人間を利用するの。君の主の魔法が何か忘れたわけじゃないでしょう?」

「……っ!? それはまさか」

 

 

瞬間、思わず息を飲む。そう、あまりにも当然すぎて失念してしまっていたもの。何故あのお方がかつて断頭台と呼ばれていたのか。その二つ名の意味。

 

 

「そう。服従の魔法(アゼリューゼ)。魔族ですら再現不可能な、魔王様から七崩賢の称号を与えられた魔族のみが持つ魔法。人間を操るという点においてアウラに勝る魔族は存在しないわ」

 

 

七崩賢。大魔族の中でもさらに特別な称号を持つ七人の大魔族。その一人でもあるアウラ様の持つ魔法。服従の魔法(アゼリューゼ)。天秤の二つ名で定着し、ここフリージアでは祝福や裁判で振るわれるだけになったため忘却しかけてしまっていたが、その本質は違う。それは

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)で操った人間をグラナト領に紛れ込ませて、防護結界を解除させる。ただそれだけでいいの。自我を残した状態で服従させれば、グラナト側にそれを見抜く術はないわ。どんなに制限したとしても人の流れは止められない。人間社会の弱点ね。あとはグラナト内部の人間を一人でも服従させることができればあとは鼠算式に増えていくわ。伝染病のようにね。特効薬……この場合は服従の魔法(アゼリューゼ)を解除する魔法がない限りはグラナトは死に至るわ。きっと一月も保たないでしょうね」

「――――」

 

 

文字通り、人間を傀儡にすることができる魔法。死の軍勢ではなく、生きたまま、自我を残したまま利用し防護結界を解除する。人間を下等な物、食料としてしか見ていない魔族ではできない発想。それを利用すれば苦も無く国を落とすことができるのだとソリテールは告げる。それはまさに伝染病だった。

 

その事実に知らず息を飲む。それは恐怖だった。そう、今私は恐怖している。他でもない自らの主であるアウラ様に。きっと私は本当の意味で理解していなかったのだろう。第二の魔王。それを実現し得る力を持つ魔族の恐ろしさを。その力が人間ではなく、同族である我々に向けられればどうなるか。かつての魔王様の統治とは違う、もう一つの支配の形。だとしたら大きな疑問が残る。それは

 

 

「それならば何故アウラ様はこんな無駄なことをされているのですか? 和睦交渉などしなくとも人間共を支配できるというのに……」

 

 

その一点。ソリテールが言う通り、アウラ様はすぐにでもグラナトを、いや人間を支配できる力がある。なのに何故それを実行に移さないのか。

 

 

「そうね。ただ人間社会はそこまで愚かじゃないわ。性急に動きすぎれば勘付かれるかもしれない。そうなれば一致団結されて全面戦争になりかねない。魔王様の時のようにね。あんなものは何も楽しくなかった。人類とのお話や実験とは違って不毛だし」

 

 

貼り付けた笑みを崩さないソリテール。思い返すのはかつての魔王様の下で行われた人間との全面戦争。それに敗れ去った過去。その前後で魔族の生き方は大きく変わった。大局的に見れば魔族は劣勢に立たされている。それはこの女にとっては面白くはないものだったらしい。もっとも私たちの面白くないとは違うのだろう。

 

 

「何より友達も全員死んじゃった。私はアウラにそうなってほしくないの」

 

 

独り言のようにそう呟くソリテールの姿。それが本当か嘘なのか。魔族である私にも見抜く術はない。分かるのは人間との全面戦争になるようなことをこの女は望んではいないということだけ。

 

 

「話が逸れちゃったわね。そうね、伝染病っていうのはすぐに宿主を殺してしまってはいけないの。潜伏期間の間に感染者を増やして、気づいた時には手遅れになっている。それが一番効率がいいの」

 

 

気を取り直すように両手を胸の前で合わせながら、お得意の教師面でそう告げてくる。なるほど。言い得て妙だろう。その方法ならば人間共が一致団結することもできない。全く無駄がない。一種の美しさすら感じるほど。

 

 

「もっとも……アウラはきっとごっこ遊びを終わらせたくないんでしょうね」

 

 

またしてもこちらに聞こえないような声でソリテールが理解できないことを口にしている。どうやらこの女には我々では感じ取れないアウラ様の機微を捉えることができるらしい。友人を自称しているだけはあるのか。

 

 

「分かりました。私は私の役割に徹することが望まれているということですね」

「ええ。全てはアウラの御心のままに。それがこの国の在り方だものね」

 

 

何はともあれ、私がすることは決まっている。アウラ様のために。その役割を果たす事。それだけ。国の教義だからではない、魔族としての忠誠を示すために。そんな中

 

 

「あ、リュグナー様! こんにちは! リーニエ様は一緒じゃないんですか?」

 

 

耳障りな鳴き声と共に、人間の女の子供がこちらへとやってくる。どこかで会っただろうか。人間の子供の見分けなど早々にはつかない。どうやらリーニエに用があったらしい。その振る舞いからリーニエは人間の子供に懐かれている。恐らく同じレベルに見られているのだろう。本人は喜んでいるようなので私がどうこう言う問題ではないが。

 

 

「ええ。リーニエは今は教会にいるかと」

「そっかー、一緒に遊んでもらおうと思ったのに残念」

 

 

残念ながらここにリーニエはいない。私にとっては僥倖だが、この子供にとってはそうではなかった。なのでさっさとこの場から去ればいい。そう態度には出さずとも鬱陶しく思っていると

 

 

「小さなお客さんね。こんにちは。私はソリテール。あなたのお名前を教えてもらってもいいかしら?」

「え? うん。わたしはハンナっていうの」

「ハンナ。可愛い名前ね。私は昨日ここに来たばかりなの。よかったらお姉さんと一緒にお話ししない?」

「いいよ! わたしが教えてあげる!」

 

 

身を屈めながら、ソリテールはそのまま子供とお喋りを始めてしまう。あっという間に子供の警戒心を解いてしまう。その欺く技術の高さには思わず感心してしまうほど。そのままソリテールは様々な情報を聞き出していく。出身地から家族構成。好きな食べ物に将来の夢。私からすればどれも取るに足らない下らない情報。だがこの女にはそうではないのだろう。人類の研究とやらには貴重なものなのか。やはり研究者というものは理解できない。しばらくそんな状況が続くも

 

 

「ハンナ! ダメでしょう、勝手に出かけちゃ」

「お母さん……」

 

 

子供を産み落とした個体、人間で言う母親が姿を現す。どうやら子供を探していたらしい。本当に理解できない。なぜそこまで自らの子供を気にするのか。ただの別の個体だろうに。人間の無駄な思考。

 

 

「すみません。娘がご迷惑をおかけしたようで」

「いいえ、そんなことはないわ。私のお話に付き合ってくれたの。ありがとう。とても参考になったわ」

 

 

そんな親子に笑顔を向けながら謝意を告げている。傍目から見れば完全に人間同士の会話だろう。人間の親子は揃いも揃って騙されてしまっている。ここがフリージアでなければ魔族に食われて終わりだっただろう。本当に愚かな種族だ。

 

 

「じゃあね、お姉ちゃん! またね!」

 

 

そんなことすら理解できない子供が無警戒のまま手を振っている。それに応じているソリテール。まあいいだろう。リーニエのお守りするよりは幾分マシだ。そう思った瞬間、

 

 

「――――ええ。さようなら」

 

 

全身が総毛立つほどの殺気と魔力が、その場を支配した――――

 

 

 

「――っと。いけないいけない。ここはフリージアだったわね」

 

 

それはほんの刹那。その証拠に人間の親子も、周囲の人間たちも気づいていない。当のソリテールも自然体そのもの。まるで実験とやらに失敗してしまった。そんな空気を纏っている。だが私には分かる。

 

 

「……ソリテール様。なぜ今、あの人間どもを殺そうとされたのですか……?」

 

 

あの瞬間、目の前の女があの親子を殺そうとしたことが。

 

 

「いつもの癖が出ちゃったの。お話をした人間は必ず殺すようにしているから。習慣っていうのは本当に染み付いているのね。気を付けないと」

「何故そんなことをされているのですか……? 会話から人類の研究をされているのでは?」

「そうよ。その中で最も興味深い物が死に際の最期の言葉。そこにはその人間の全てがあるの」

 

 

何でもないことのように答えてくる内容に目を細めるしかない。理解できない。この女は人類との会話を研究していたはず。なら何故それを殺すような真似をするのか。食べるためでもなく。本能的に殺したくなるのとも違う。先程の瞬間には間違いなく明確な殺意があった。

 

 

「でも一番の理由は違うわ。前も言ったでしょう? 私はとてもとても臆病なの。だから人間たちに私の顔と名前を覚えられたくない、知られたくないの」

 

 

その理由こそ、この女が、魔族が異端の大魔族である所以だった。

 

 

思わず言葉を失ってしまう。そう、そもそもおかしかったのだ。大魔族とはその名の通り、魔族の中でも別格であり、長い年月を生きている存在。必然的に人間共から畏怖されている。二つ名がその最たるもの。なのにこの女にはそれがなかった。それはつまり

 

 

(この女は……出会った人間を皆殺しにしているというのか……!?)

 

 

自らと出会った人間を誰一人生きて帰していない、皆殺しにしているということ。それがどれだけ異常であり得ないことか。どれほどの力と執着があればそんなことが可能なのか。知らず冷や汗が背中を伝っていく。それは本能。魔族ではない、生物としてのもの。先のアウラ様に感じたものに匹敵する。ようやく理解した。人間だけではない。私もまた欺かれていたのだ。

 

 

「だからこの国、フリージアは私にとっては本当に特別なの。私のことを知っている人間が生きている、唯一の場所。素敵ね。本当なら、この国ごと滅ぼしたいぐらいだわ」

 

 

目の前のソリテールという怪物に。

 

 

その笑みに、瞳に目を奪われる。蛇ににらまれた蛙のようにただ立ち尽くすしかない。魔力ではない、根源的な恐怖。

 

 

「ソリテール様……それは」

「嘘よ。そんなことしたりしないわ。アウラは友達だもの。それに私もまだここでの研究、一人遊びを続けたいと思っているわ。変なことを言ってごめんなさいね」

「いえ……」

 

 

思わずその言葉に安堵する。寿命が縮んだ気すらする。このお方、ソリテール様の言葉の真偽など問題ではない。あるのはその矛先が自分に向かなかったことだけ。もしあの時、この方が人間の親子を殺していたらどうなっていたか。神官として私は動かなければならない。つまりソリテール様と敵対することを意味する。そうなればどうなっていたか。アウラ様への忠誠は何ら変わっていない。なのに魔族としての本能が目の前の怪物と争ってはならないと告げている。そんな自己矛盾の中

 

 

「そのことにも関係あるのだけど、一つ君にお願いしたいことがあるの」

「お願い、ですか……?」

 

 

何でもないことのように、ソリテール様はそう仰る。一体何のことなのか見当がつかない。

 

 

「ええ。昨日の夜からこの国の警戒レベルが上がっているわね。その理由を君は知っているかしら?」

「……はい。和睦交渉を睨んで、グラナトに揺さぶりをかけるためだと聞いていますが?」

 

 

続けられる話の内容の意図も不明瞭だ。昨夜からここフリージアの警戒レベルは戦時体制となっている。国民には知らされてはいない情報。それをこのお方は既に見抜いていたのだろう。アウラ様がこのお方を監視するように命じた、そして手を出さないように厳命した理由をようやく理解する。もしかしたらこの戦時体制もこのお方に関係しているのかもしれない。

 

 

「そう。やはり知らせてはいないのね。それは表向きの理由なの。本当の理由は別にあるわ」

「本当の理由……?」

 

 

まるでこちらの思考を読んだようなタイミングの言葉に思わず息を飲む。しかしそれは

 

 

「――葬送のフリーレン。かつての勇者一行の魔法使いであるエルフがもうすぐこの国にやってくる可能性が高いの」

「っ!? 葬送のフリーレンがフリージアに……!?」

 

 

全く予期していない言葉によってさらに悪化する。それほどまでにその言葉は、存在は私にとっては忌むべきものだった。

 

 

「きっと国民たち、特に魔族たちに余計な不安を与えたくなかったのね。彼女の二つ名の恐ろしさは君も知っているでしょう?」

 

 

そんなこちらの反応を楽しんでいるかのようなソリテール様。それを前にして思わず顔をしかめてしまう。だがそれも仕方のないこと。

 

 

『葬送』のフリーレン。

 

 

その存在を知らぬ魔族など恐らく存在しない。歴史上で最も多くの魔族を葬り去った、勇者一行の魔法使い。勇者亡き今、魔族にとって最も恐れられている存在。

 

 

「……はい。実際に対峙したこともありますので」

「本当? 凄いわ。彼女と対峙して生き延びているなんて。そういえばアウラもそうだったわね。やはり主従は似るものなのかしら?」

「…………」

 

 

意図しているのか分からない、皮肉ともとれるソリテール様の言葉に口を噤むしかない。蘇るのはフリーレンを前にして無様に敗走した屈辱の記憶。恐らくはアウラ様もそれは同じなのだろう。ならばこの戦時体制にも納得できる。あの葬送のフリーレンがフリージアを、アウラ様を見逃すわけがない。

 

 

「心配しなくてもいいわ。そのために私はここに来たの。アウラに加勢するためにね」

「そうだったのですか。本当に友人想いなのですね。大魔族の貴方が加勢して下さるなら例え葬送のフリーレンが相手であろうと恐れるに足りませんね」

 

 

そんな私の心中を察してか、ソリテール様は自らの目的を明かされる。その内容に思わず安堵してしまう自分がいる。同時にそれに匹敵する心強さ。大魔族であるこのお方が味方であるならこれ以上の加勢はない。いかな葬送のフリーレンといえども大魔族二人を同時に相手にできるわけがない。加えて私たちもいる。盤石ともいえる体制。

 

 

「そうね。でも直接戦うのは最終手段。陰ながら援護するわ。分の悪い戦いではないけど、できる限り素顔は晒したくないの。長生きする秘訣よ」

 

 

それをまるで嘲笑うかのようにソリテール様はそう続ける。それはまるで卑怯者の戦法。魔法使いとしての誇りとはかけ離れた行為。しかしそれを指摘することもできない。

 

同時にようやくこのお方が魔力を隠匿していた理由が分かった。フリーレンに見つからないようにするためだったのだろう。大魔族の強大な魔力があればフリーレンを警戒させ、その居場所もバレてしまう。しかも完全に魔力を消すのではなくあえて魔力を残している。違和感なくフリージアに紛れ込むために。そうなれば騙し討ちすら可能だろう。リーニエ同様、魔族に相応しくない行為。

 

やはりこのお方は異端なのだろう。二つ名を持たぬ、無名の大魔族。だからこそここまで生き延びている。他の大魔族とは違う異質な怪物。

 

 

「それにリュグナー、君にも協力してほしいの。難しいことじゃないわ。それはね――」

 

 

そう命令という名のお願いが私に告げられる。それを拒むことが私にはできない。できるのはただそれを聞くことだけ。しかし

 

 

「そんなことでいいのですか……?」

「ええ、お願いできるかしら?」

 

 

その内容は私が想像しているようなものでは全くなかった。拍子抜けしてしまうような、意図が全く理解できないもの。

 

 

「それは構いませんが……一体それに何の意味があるのです? そんなことをしてもあの葬送のフリーレンに通用するとは思えませんが」

「そんなことはないわ。彼女はエルフだけど、人類側なの。だからこそ彼女にはこれが一番効果的なの。アウラもきっとそれを理解しているわ」

 

 

研究者としての顔を見せながらソリテール様はそう教えて下さるもやはり理解できない。あのエルフが人類側なのは分かり切っているがそれがどう関係するのか。魔族を殺す事だけに生涯をかけているようなあのエルフに効果があるとはとても思えない。しかしこのお方が言うのであればそれは正しいのだろう。

 

 

「ならどうしてアウラ様はそれをしないのですか……?」

「油断と驕りかしら。いえ、今のアウラなら誇り、意地と言ったほうがいいかも。魔族であるなら逃れられない性ね。これだけ狩られても、私たちは狩られることを学べていない」

 

 

魔族という自身のことをまるで研究したかのようにソリテール様は考察している。今の私には理解が及ばない領域の話なのだろう。分かるのはこのお方が恐ろしく慎重で、臆病だということ。それが何を意味するか。私は目の当たりにしている。

 

 

「ごめんなさい。難しく考えなくてもいいわ。これはフリージアを、アウラを守るために必要なこと。君にしかできないことなの。お願いできるかしら?」

 

 

再びそう問いかけられる。だが先程とは違い、戸惑いや恐怖はなかった。このお方が間違いなく私たちの味方であることを感じ取れたからこそ。

 

 

「分かりました。それがアウラ様のためならば」

 

 

そのためならば迷うことなどない。むしろこちらが懇願しなければならないだろう。

 

 

「素晴らしいわ。きっとこれで全て上手くいくはず。アウラにはくれぐれも内緒にね。きっと余計なことをするなって言われちゃうから。後で私に唆されたからと言えば許してくれるはずよ」

「御心配には及びません。これは私の意志でもあります。どうかお力をお貸しください、ソリテール様」

 

 

こちらに配慮までして下さることに頭が上がらない。そう、これこそが今の私の役割。グラナトを含めた人間共とそれに味方するエルフからこの国を、アウラ様をお守りすること。それ以外は些事にすぎない。そのためなら目の前にいる大魔族すらも利用して見せよう。全てはアウラ様の御心のままに。

 

 

嘘つき(リュグナー)は気づくことができなかった。自らが既に伝染病(ソリテール)感染して(騙されて)しまっていることに。それが何を意味するか知らぬまま――――

 

 




今話で現代編は一区切りとなります。
今章ではリュグナーを通じてフリージアの現状とソリテールの暗躍を描いています。フリージアの実情についてはこのSSの本筋ではないので設定を明かす程度に留めています。特に魔族の生殖については原作でも全く明かされていないので。もしかしたら原作でどんでん返しがあるかもしれませんが、その時はご容赦下さい。それでは。
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