ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十章 家族の形
第四十九話 「仲間」


勇者ヒンメルの死から二十七年後。中央諸国ブレット地方。

 

 

記憶を頼りに山道を進んでいく。確か前に来たのは八十年前だったか。少し景色も変わっている。人間だけでなく自然にとっても八十年は長い年月らしい。その頃に思いを馳せているとどこからか心地いい、甲高い音が聞こえてくる。徐々にその音が近くなってくる。金属音のようだ。どうやらこの先、私たちの目的地から聞こえてきているらしい。

 

しばらくするとその正体が見えてきた。そこはまるで小さな鍛冶場だった。それを示すように一人のドワーフが手に持ったハンマーを鉄に向かって振り下ろしている。それに合わせて金属音が響き渡る。八十年前にはあんな場所はなかったはず。どうやらここも私が知らない間に変わったらしい。でも変わらないものもある。

 

 

「久しぶりだね、アイゼン。元気にしてた?」

 

 

手を挙げながら、三十年ぶりに会う仲間に再会の挨拶をする。作業に集中していたのか、そこでようやく気付いたようにアイゼンは顔をこちらへ向けてくる。うん、やっぱり変わっていない。流石はドワーフだ。その眼差しも、雰囲気も以前のまま。私たちが贈った外套を今も身に纏ってくれている。もっとも、その外套の下は八十年前とは違うのだろう。そんな柄でもない郷愁を感じるも

 

 

「……お前らしくもないな。幻影鬼(アインザーム)の類ではないのか?」

 

 

それは呆気なく、アイゼンのあんまりな返事によって吹き飛ばされてしまった。

 

 

「ひどい言い草だね。まあ、言いたいことも分かるけど……」

 

 

思わず両耳が下がってしまいながらそう漏らすしかない。幻影鬼(アインザーム)は死者の幻影を見せて人を誘い込む魔物。そもそも私は死んでいないのもあるが、とにかく私が偽物か幻ではないかと疑っているのだろう。本当なら怒るべきところなのだろうが身に覚えがありすぎる。

 

さっきの再会の挨拶も私なりに色々考えた結果だった。以前の私なら素っ気なく遊びに来たよ、とでも言っていたところ。しかし人間、アイゼンにとっての三十年は私にとっての三百年ぐらいだと思って挨拶したのだが、どうやら逆効果。偽物だと思われるぐらいには私らしくなかったらしい。

 

 

「本当に幻影鬼(アインザーム)なら私じゃなくてヒンメルが出てくるでしょ」

「そうかもしれん。お前もきっとそうだ」

「そうだね。前は師匠(せんせい)だったけど、今は違うかも」

「そうか」

 

 

気を取り直す意味でもそう返す。もし幻影鬼(アインザーム)ならアイゼンでもヒンメルが出てくるに違いない。今ならハイターの可能性もあるが。どうやらアイゼンも同じことを思っていたらしい。気兼ねなくこういう話ができる相手というのはやはり貴重だ。アイゼンからすれば久しぶりのはずなのだが全くそれを感じさせない。知らず上機嫌になるも

 

 

「あの……」

 

 

どこか気まずそうに後ろにいたフェルンが声をかけてくる。しまった。再会に夢中になってすっかり忘れてしまっていた。きっと完全に蚊帳の外にされて途方に暮れていたのだろう。

 

 

「すまなかった。俺はアイゼンだ。フリーレンとは一緒に旅した仲間になる」

 

 

それを察してくれたのか、アイゼンの方からフェルンに挨拶をしてくれる。うん、やはりアイゼンは大人だ。ヒンメルやハイターとは違う安心感がある。パーティのお父さん役をしていただけはある。

 

 

「初めまして。私はフェルンと言います。フリーレン様の弟子で、ハイター様とは……」

「大丈夫だ。ハイターから話は聞いているからな。努力家だから会うことがあればたくさん褒めてほしいとな」

「ハイター様が……そうですか」

 

 

どうやらアイゼンはハイターからフェルンのことを聞いていたらしい。まめに文通していたとか言ってたっけ。本当に仲が良い奴らだ。自分のことがハイターから語られていたことが恥ずかしかったのか、フェルンはまごついている。きっと小さい頃の話も聞かされているに違いない。

 

 

「心配いらないよ。私もたくさん褒めているからね」

「お前がか? 信じられんな。褒めるよりも怒られているのではないか?」

「ソンナコトナイヨ」

 

 

私もちゃんと知っているとアピールしようとするも失敗してしまう。どうしてそんなことが分かるのか。今会ったばかりなのに。もしかしてあの生臭坊主、いらないことを手紙に書いていたに違いない。何とか誤魔化さなくては。しかしフェルンは何か言いたげな視線をこっちに向けてくるだけ。

 

 

「よく来てくれた、二人とも。何もないところだが、ゆっくりしていくといい」

 

 

そんな私たちの姿の何が面白かったのか。笑みを浮かべながらアイゼンは私たちを歓迎してくれる。それが三十年ぶりの、勇者一行で唯一残った仲間との再会だった――――

 

 

 

「よいしょっと……」

 

 

そのまま自分たちの荷物をアイゼンの家に運び込む。これからお世話になるのだから準備をしなくては。本当なら十年ぐらい滞在したいのだが悲しいかな、滞在時間決定の権利はフェルンが有している。私はそれに従うだけ。できるだけ便宜を図ってもらうように振舞わなくては。とりあえずはここでよく働いて好感度を上げること。そんなことを考えながら作業をしていると、あることに気づく。それは違和感だった。八十年前には感じなかったもの。つい最近、同じ感覚を覚えたことがあった。あれは確か

 

 

「……アイゼン、もしかして誰かと一緒に暮らしてたの?」

 

 

直前にお世話になった村、アウラたちが暮らしていた家で感じたもの。それと同じものがここにもある。アイゼンだけではない、誰かと暮らしていたかのような痕跡と空気。

 

 

「……どうしてそう思う?」

「何となくかな。特に理由はないよ」

 

 

アイゼンの問いかけに私も上手く答えられない。私自身もよく分からないのだから仕方ない。千年以上生きてきたが、最近は戸惑うことが多くなってきた。ちょっと前まではこんなことはなかったのに。やはりきっかけはあれだろうか。

 

 

「本当に変わったな。お前はそんなことを気にするような奴じゃなかった」

「もっと褒めてくれていいよ」

「いや、やはりお前は変わっていないな」

 

 

むふー、と自信満々に胸を張るもすぐに梯子を外されてしまう。どうして。もっとみんな私のことを褒めてくれてもいいはずなのに。自分で言うのも何だが、最近の私は頑張っているはず。あれだろうか。今までが酷かった分、取り戻すまで時間がかかるのだろうか。だとしたら褒めてもらえるのは一体何年先になるのか。やはりハイターは私にとって必要な存在だったのだろう。知らず頭を撫でられたような錯覚すら感じる。

 

そんな中、アイゼンから聞かされたのは弟子を取ったという話だった。名前はシュタルク。何でも戦士の村の生き残りの子供だったらしい。年はフェルンと同じぐらいだろうか。何年か前に喧嘩別れをしてしまい、今は違う村に滞在しているらしい。

 

なるほど、アイゼンらしい。今いる場所まで分かっているのに会いに行かないところなんてその最たるものだろう。

 

 

「相変わらず不器用だね、アイゼン。想いっていうのは言葉にしないと相手には伝わらないんだよ?」

「お前がそれを言うのか」

「だよね」

 

 

秒も持たずに自分に跳ね返ってきてしまう。やはりアイゼンはこうでなくてはいけない。同時にとてつもないダメージが自分にも入るが仕方ない。自業自得でしかないのだから。自虐にしてもやりすぎたかもしれない。それはさておき

 

 

「でも何で弟子なんか取ったの? ヒンメルの真似をしたってこと?」

 

 

そう改めて尋ねる。ヒンメルほどではないが、アイゼンも弟子を取るようなタイプだとは思っていなかった。やはり弟子を取っていたヒンメルの真似をしたのだろうか。

 

 

「……リーニエのことを知っているのか?」

 

 

少しの間を置いて、アイゼンはそう聞き返してくる。そういえばそうか。アイゼンは私がヒンメルが弟子を取っていることを知っているとは思わなかったのだろう。そういえばリーニエのことはアイゼンに聞けとハイターに言われていたっけ。日記でヒンメルが生きている時のことは大体知っているがそれ以降は分からない。

 

 

「知ってるよ。あとはアウラのこともね」

「そうか……」

 

 

同時にそのことも改めて伝える。きっとこっちの方がアイゼンにとっては気がかりだっただろう。やはりそれは正しかったのか、アイゼンは眼を閉じたまま黙り込んでしまう。それがいつまで続いたのか

 

 

「弟子を取った理由だったな。簡単なことだ。お前がそうしていたからそうしただけだ」

「私が? 何のこと?」

「何でもない。それにしてもお前が本当に弟子を取るとはな」

「ハイターにしてやられただけだよ。歳をとってもハイターはハイターのままだった」

「そうか」

 

 

アイゼンはそんなよく分からないことを言ってくる。何でそこで私が出てくるのか。ヒンメルがそうしていたからと言えばいいのに。そしてやはりアイゼンからしても私が弟子を取っているのは驚きだったらしい。当然だろう。当の私が一番驚いているのだから。そういえば以前、アイゼンに弟子を取らないのかと聞かれたこともあったっけ。今思えばあれは予言のようなものだったのかもしれない。実際にはあの生臭坊主にしてやられただけなのだが。本当にハイターも、アイゼンも変わっていない。昔のままだ。そう、思っていた。

 

 

「……いや、違うか。みんな大人になってた。変わってないのは私だけだった」

「フリーレン……?」

 

 

でも、今は違う。今なら分かる。ヒンメルも、ハイターも、心の中は変わっていないと言っていた。大人の振りをしているだけだと。でもそれが大人になる、ということなのだ。だから子供だったのは私だけ。周回遅れにされて、それでも走り始めたばかりの私には遠すぎる目標。

 

 

「フリーレン、その指輪は」

「ああ、これ? これは」

 

 

知らずそれに触れてしまっていたのか、それとも前から気づいていたのか。アイゼンがそう尋ねてくる。鏡蓮華の指輪。それ自体をアイゼンは知っている。しかし今の私の状況をどう伝えたものか、何よりも

 

 

「フリーレン様、もう準備は終わってしまいましたよ」

 

 

この場にはアイゼンだけではなく、フェルンもいるのだから。この状況で全てを話すのは流石に私でも戸惑ってしまう。もう手遅れかもしれないが、さらなる痴態を弟子の前で晒しかねない。

 

 

「え、本当? ごめん、フェルン」

「構いません。積もる話もあるでしょうから。でも自分の鞄ぐらいは自分で片付けて下さいね」

「……うん」

「いい弟子を持ったな、フリーレン」

「フェルン、怒ると怖いんだよ……」

「フリーレン様?」

 

 

思わずその言葉でびくっと背筋が伸びてしまう。それを見て鼻で笑ってくるアイゼン。他人事だと思って。アイゼンがいれば少しは大目に見てくれるかと思ったが甘かったらしい。

 

 

そのままフェルンの目を気にしながら、アイゼンと一緒に作業に戻るのだった――――

 

 

 

「懐かしいね、アイゼンの料理の味だ」

 

 

閑話休題。一通り作業終えた私たちはそのまま夕食をごちそうになっていた。目の前にはたくさんの料理が並んでいる。どうやら奮発してくれたらしい。ちょっと食料を調達してくると言って森で大きな猪をあっという間に狩ってくるあたり、まだまだ現役だろう。その料理の味も変わっていない。八十年前、十年間の旅の中で何度も味わった当時のまま。あの頃を思い出してしまうほど。

 

 

「旅ではアイゼン様が料理をされていたのですか?」

「最初は当番制だったんだけどね。アイゼンが一番料理が上手かったからね。自然とそうなっていったんだ」

 

 

そう、最初の頃は当番制で回していたはず。でもいつの間にかアイゼンが担当することが多くなっていった。四人の中で一番料理が上手かったので必然だったかもしれない。そう感慨深くなるも

 

 

「お前は寝坊ばかりしてあてにならなかったからな。ハイターも二日酔いで一週間に一度は使い物にならん。結果的に俺がするしかなくなっただけだ」

 

 

アイゼンの素っ気ない暴露によって台無しになってしまう。同時に思わずむせ込んでしまう。何故だろうか。身に覚えがない。知らない間に精神魔法でもかけられてしまったのか。もしかしたら辛いことで無意識に記憶を封印してしまっていたのかもしれない。なのに

 

 

「フリーレン様?」

「何で私だけ怒るの……? フェルンはまだいなかったんだからいいでしょ?」

「私、毎日フリーレン様を起こして、着替えさせて、ご飯を食べさせてます」

「そんなことをさせているのか。昔よりも悪化しているんじゃないのか?」

「…………」

 

 

やっぱり私だけが怒られてしまう。どうして。ハイターもそれは同じなのに。そして当然のように現在の私にも飛び火していく。だんだん自分がしおしおになっていく気がする。どうしてこうなってしまうのか。このままではいけない。何とか話題を変えなくては。

 

 

「それよりも、アイゼンに見せたいものがあったんだ。見ててよ」

「雑になかったことにしたな」

「いつものことです」

 

 

渾身の話題振りから、立ち上がり杖を手にする。二人が何か言っているが聞こえない。魔法使いは細かいことは気にしない集中力が必要だからだ。そのまま魔法を解き放つ。それによって杖の先から物質が生まれていく。それは

 

 

「これは……」

「どう? ようやくシロップを出す魔法が手に入ったんだ。あの時のリベンジだよ。ハイターも泣いて喜んだんだから」

 

 

かき氷だった。しかもただのかき氷ではない。ハイター曰くさらさらではなくふわふわの、しかも極上のシロップがかかった逸品。八十年前、ダンジョンで手に入れた時にはできなかったかき氷を出す魔法とシロップを出す魔法の合わせ技。晩年のハイターですら泣いて喜んだ品だった。

 

 

「美味いな。八十年越しの報酬か。随分長くかかったな」

 

 

それを口にしながらアイゼンも頷いている。以前は下らないだのなんだの言っていたが、どうやらアイゼンもようやくダンジョン攻略の醍醐味に気づいてくれたらしい。きっと天国でハイターも浮かばれているだろう。ヒンメルは残念がっているかもしれないが。

 

 

「その甲斐はあったでしょ? フェルンも好きなんだよ。前なんて食べ過ぎてお腹を壊して大変」

「フリーレン様?」

「さあ、溶けないうちに早く食べちゃわないと」

 

 

思わずフェルンのやらかしエピソードを口から滑らせてしまったが、誤魔化しながらかき氷を口にかき込んでいく。冷たい視線のせいで余計に体が寒くなるが仕方ない。そのまま三人で仲良くかき氷のデザートを楽しむこととなったのだった――――

 

 

 

「えっと……そうだ。フェルン、私ちょっと魔法の鍛錬がしたいから先に休んでてくれる?」

 

 

夕食の片付けも終わり、まったりとしていたところだがそう意を決して切り出す。そう、それは真っ赤な嘘だった。その目的は先程の続き、というよりアイゼンと二人きりで話したいことがたくさんあったから。決してフェルンを邪険にしているわけではないが、どうしてもフェルンがいてはできない話もある。具体的にはお見せできないような有様になる可能性があるからだ。三日三晩泣き喚く、まではならないだろうが配慮するに越したことはない。なのだが

 

 

「今からですか……? もう外は暗くなってしまっていますよ? 明日でもいいんじゃ」

「それは……」

 

 

フェルンのもっともな疑問に言葉を詰まらせてしまう。流石はフェルン。簡単には騙されてはくれない。こんな完璧な私の偽装を見抜くなんて。人生の半分を私と一緒に暮らしているだけはある。きっとフェルンなら私の魔力の揺らぎすら見抜くことができるようになるだろう。それはともかく

 

 

(これは使いたくなかったんだけど、仕方ないね)

 

 

苦渋の決断をするしかない。あまりこういうことはしたくなかったのだが仕方ない。そのままアイゼンの方に視線を送る。そう、それはかつてあの勇者ヒンメルですら耐えられなかった、師匠から教わった秘技。

 

色仕掛け。投げキッス……ではなく、ウインクだった。

 

本来の用途ではないが、その威力は証明済み。アイコンタクトでアイゼンにこちらの意思を伝える。十年一緒に旅したアイゼンならきっと察してくれるに違いない。この短い時間にここまで人の心を理解することができるなんて。やはり私は褒められて伸びるのだろう。そんな自信は

 

 

「……?」

 

 

頭の上に疑問符を浮かべているアイゼンによって粉々に打ち砕かれてしまう。何故だ。ここまで完璧なアイコンタクトを、ウインクを送っているのに。もしかしてこの技はヒンメルにしか効果がないとでもいうのか。

 

そのまま何度もウインクを続けるも全く効果なし。途中からはウインクができなくなり、ただ両目をつぶっては開くを繰り返すだけになってしまう。アイゼンはもちろん、フェルンもそれを目をぱちくりしながら見つめているだけ。穴があったら、森があったら籠りたいぐらいの居たたまれなさがその場を支配する。それがいつまで続いたのか

 

 

「……分かりました。でもお二人とも、あまり遅くならないようにしてくださいね」

「……うん、分かった」

 

 

以心伝心。師の心は弟子には伝わったらしい。いや、仲間であるアイゼンもそれは同じだったのか。静かに目を閉じたままフェルンの言葉に頷いている。さっきアイゼンに言った言葉がそのまま跳ね返ってきた形。

 

 

「慣れないことをするからだ。お前にそういうのは向いていない」

「言われなくても分かってるよ。ちょっとやってみただけ」

 

 

フェルンに留守番を頼んだまま、玄関でアイゼンにそう突っ込まれてしまう。返す言葉もない。ただちょっと調子に乗ってしまっただけ。まずはちゃんと言葉で伝えることからだろう。応用はそれができてから。道のりはまだまだ険しい。

 

 

「そうか。本当にいい弟子を持ったな」

「お母さんみたいでしょ?」

「お母さん、か……そういえばあいつも似たようなことをしていたな」

「アイゼン?」

「何でもない。ならさっさと出かけるぞ。俺もフェルンには怒られたくないからな」

 

 

何かを思い出したのか、いつものように髭に隠れた口元を綻ばせながらアイゼンは歩き出す。それに私も続いていく。月が綺麗な夜空の下、二人きりの散歩へと――――

 

 

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