――それはただの偶然だった。
賢老クヴァールの封印の確認。それがこの村に来た僕の目的。勇者として仲間たちと一緒に魔王を討伐したことによって世界は平和になったといっても魔族が全ていなくなったわけじゃない。大魔族である七崩賢も全て討ち取ることはできなかった。七崩賢ではないものの、それと同格の力を持つクヴァールもその一人。当時の自分たちでは倒すことができず、何とか封印することはできた存在。フリーレンの魔法のおかげで八十年ほどは封印は解けることはないとのことだったが、油断はできない。予想外のことで封印が解けることがあるかもしれない。そのため年に一度はこの村を訪れようと思っていた。いつかフリーレンがこの村にやってくるその日まで。だがまさかその一回目の訪問で、予期せぬ来訪者と再会するとは夢にも思わなかった。
『断頭台のアウラ』
僕たちが取り逃がしてしまった七崩賢の一人であり、その消息を追いきれないでいた存在。彼女がまさかこんなところにいるなんて。だが問題はその目的だった。クヴァールの復活という考えうる限りで最悪の展開。寸でのところでそれを止めることができたのは幸運だったというしかない。もし二人を同時に相手にするとなれば自分一人では厳しい。いや、その考えこそ僕の甘さだったのかもしれない。
(これは……? 体が動く……?)
自分はまだ生きているのか。あのまま首をはねられ、傀儡にされるはずなのに。首がつながっていることを確認しながらも、その手が動くことに驚くしかない。さっきまでどんなに力を込めて指一つ動かなかったのにそれがない。同時に痛みによって顔が歪む。振り下ろされた剣を鷲掴みにしていた手のひらから血が流れている。どうやら無意識に振り下ろされた剣を受け止めていたらしい。
「――っ!」
瞬間、弾けるようにその場を離れながら奪い返した剣を構える。そう、まだ戦いは終わっていない。先の一瞬に何が起こったのかはまだ分からないが、今はただ目の前の敵を。しかし人質に取られた村人たちをどうすべきか。だがその相手は
「――――」
まるで人形のように動きを止めてしまっていた。そう、それはまるで後ろにいる封印されたクヴァールのように。
(…………? 何だ……?)
村人を庇える位置に加え、再び
「……一体何のつもりだ、アウラ。また僕たちを騙す算段か」
拭いきれない違和感を抱きながら、返ってくるわけのない問いを問いかける。自分を油断させ、また罠にかけるつもりなのかと。それに
「『――いいえ、違うわ。
まるで機械のように、先程までの彼女とは別人のような声色でアウラは淡々と自らの状況を吐露してきた。
「僕が
「『あんたの魂の重さが私の魔力の重さを上回った。その結果よ。私の
その言葉通り、まるで公平な審判官のようにアウラは自分の質問に答えてくる。およそ意志を感じさせない返答。それが逆にその信憑性を高めている。その光景を前にしていつかフリーレンが言っていたことを思い出す。七崩賢の魔法は人知も人の理も超える。それでも魔法にはルールがあるのだと。アウラの
「なら…………アウラ、『君が喋ることを許可する』」
自分の命令がどこまでアウラに有効なのか。それを知ること。
「――っ!? あ、がはっ!? ごほっ!! なっ、あ、ありえないわこんなこと……!? な、何で私が――」
自分の許可の言葉と同時に、まるで息を吹き返したようにアウラは喋りだす。さっきまでとはまるで別人。いや、こちらが本来の彼女の姿。先程までのは
「――アウラ、『村人二人を解放しろ』」
村人二人に対する
「はあ? そんなこと私がするわけ」
ないじゃない、と続ける間もなくその手に持つ天秤が輝きを放つ。それと同時に
「っ! あ、本当だ! 体が動くよ!」
「本当じゃ! け、怪我はないか?」
それまで身動き一つ取れなかった村人二人が自由を取り戻した。その証拠に二人の手に握らされていた短刀は既に地面に落ちている。
(良かった……! 本当に……)
その光景に心の底から安堵する。本当に良かった。自分の甘さで取り返しのつかない過ちを犯すところだったのだから。もしアウラを倒したとしても彼らが解放されなければどうなるか。その懸念がなくなった。同時に彼女が
目の前の魔族、断頭台のアウラを討伐することを。
「……え? ちょ、ちょっと待ちなさい。何をする気なの……?」
僕の気配を感じたのか、それともこれから自分の身に起こることを察したのか。アウラは一度息を飲み、目を見開いている。それを決して目を逸らさず見つめながら、その手に剣を握り直し歩みを進める。
「ま、待って……! そ、そうよ! 私はちゃんと言う通りにしたじゃない! なのにどうして……!?」
一歩一歩。さっきのように駆ける必要はない。もう彼女には抵抗することも、逃走することもできないのだから。
「あ、謝るから……! 私が悪かったわ! そ、そうよ! 私に命令すればいいのよ! 人間を傷つけるなって! そうすればいいのよ!?」
「……正直に答えてくれ。『それは本当なのか?』」
「――『ええ、本当よ』」
淡々と、先と同じように真実を告げるアウラ。どうやらその言葉は本当らしい。生まれて初めて、魔族から真実の言葉を聞いたのかもしれない。それができたのは他ならぬ魔族の服従の魔法のおかげなのは皮肉としか言いようがない。だからこそ、最期に問いかけていた。
「――――それでも『
「――『ええ、そうよ』」
人と魔族。そこにある絶対に越えられない壁。それを確認するために。
「――っ! ち、違うわ!? もうしない、もうしないから……! だからお願い、殺さないで!?」
自らが口走ってしまった本音を繕い、目に涙を浮かべながら目の前の魔族は許しを乞う。
『ごめんなさい』『改心します』『死にたくない』
もう何度聞いたか分からない、魔族の命乞い。何一つ本音を含まない、偽りの言葉。この十年の旅で、数えきれないほど耳にしてきたもの。
それを切り捨て、剣を振り上げる。もう逃がすことはない。本当なら自害を命じるだけでも良かったのかもしれない。それでも、自らの剣で、手で報いを下す。それが勇者としての、かつて彼女を取り逃がしてしまった自分の責務。
「――――終わりだ、アウラ」
助けて、という最初の魔族が発したとされる言葉を彼女が口にしたと同時に剣を振り下ろさんとした瞬間
「――まって、勇者様!!」
それは純粋な少年の言葉によって止められてしまった。
「ま、待つんじゃ!? 一体何を……」
「く、首を切るなんてかわいそうだよ……魔族のお姉ちゃんも謝ってるから、許してあげて……勇者様……」
村長に制止されながらも、麦わら帽子の少年はそう必死に懇願してくる。見ればその手が、体が震えている。無理もない。さっきまで魔法によって体の自由を奪われ、命を落としかけたのだから。でもきっとそれだけではない。目の前で首を落とされようとしている魔族。それを憐れんでのこと。その魔族によって命を奪われかけたにもかかわらず。その純粋すぎる在り方。
「……そうじゃな。勇者様、どうでしょうか、償いの機会を与えてやってもよいのでは……」
そんな少年の姿に思うところがあったのか、村長もそう進言してくる。その言葉に、いつかの光景が蘇ってくる。
――――旅に出て、初めて魔族の子供と出会ったあの時。
『勇者様!! 早く止めを!!』
『これでは魔族と同じだな。別に人を食わないと生きていけないってわけじゃないんだろう? 償う機会を与えてやってもいいじゃないか』
『ふざけないで!! 娘を……娘を返して……』
――――あの時、初めて犯した、取り返しのつかない過ち。失われた命。
『……お母さん……』
――――燃え盛る炎を横目に、それでも嘘をつきながら消えていった魔族の子供。
(――――そうか、あの時も君はこんな気持ちだったんだね、フリーレン)
ようやくあの時のフリーレンの気持ちが分かった気がする。同時に彼女が、どんなに自分を気遣ってくれていたのかも。助けて、と懇願する魔族の姿。十年の旅の中で抱いていた、あきらめていた夢。あの旅路の中での、唯一といってもいい後悔、心残りがあった。奇しくもかつて倒した魔王も抱いていた絵空事。人類と魔族の共存。相容れなかった在り方。魔王を倒すよりも遥かに難しいであろう夢物語。
『ヒンメル、今殺しておかないと後悔するよ』
そんないつかの、いつものフリーレンの忠告が聞こえてくる。淡々としながらも自分を案じてくれる優しい声色。きっとまた呆れられてしまうけど、もう一度だけ。それに困難は大きな方がいい。そう、自分は勇者なのだから――――
(一体どうすれば……!? もうこれ以上は……!?)
目の前にまで迫っている死を前に体を震わせることしかできない。絶体絶命。そうあきらめるしかないほどに状況は詰んでいる。
最期の光明とばかりに、村人たちの懇願によって勇者の剣が止まる。だがそれすらも無意味だった。ヒンメルはしばらくの逡巡の後、再び剣を構え直す。万事休す。脳裏に走馬灯が巡りかけたその瞬間
勇者はその名の剣を鞘に納めてしまった――――
「…………え?」
知らずそんな声が漏れてしまう。だってそうだろう。何であの状況から自分が助かっているのか。理解できない事態の連続。呆然とした視線の先には村人二人に纏わりつかれながら笑みを浮かべている勇者の姿。何かやり取りをしているようだが内容は耳に入ってこない。あるのはただ自分が命を取り留めたという安堵だけ。
(何でかは分からないけど……助かったわ! 本当に人間は愚かね……!)
同時に救いようがないほどの人間の愚かさにほくそ笑むしかない。やはり魔族には到底理解できない精神構造をしているのだろう。自分の命を狙ってきた相手を見逃すなど。だがだからこそ今の自分がある。あとはこのままやり過ごし、逃げることだけを考えなければ。例え人間を襲うな、食べるなといった命令を受けたとしても問題ない。屈辱ではあるが、殺されるよりはマシだ。それに勇者は
「……じゃあ行こうか、アウラ」
「…………は?」
そんなこっちの計画を見透かしていたかのような、完璧なタイミングでそんな意味不明な言葉がかけられる。相手が何を言っているか分からない。生まれてきてから初めての経験。自分に言っているのか。一体何を。行く。一体どこへ。混乱し続ける私をよそに
「――――君には僕の友達になってもらう」
どこか楽し気に勇者は告げる。その言葉に今度こそ頭が真っ白になる。およそこの場に似つかわしくない、あり得ない言葉。友達という名の主従関係。
それがこの再会の結末。これから五十年続くことになる、歪な主従関係の始まりだった――――
作者です。第五話を投稿させていただきました。
今話でこのSSの起承転結における起が終わった形になります。何とかここまで辿り着けてほっとしています。
元々このSSはフリーレンのアニメ化が決まり、少しでもフリーレンを知っている方に楽しんでもらいたいと思い始めたものでした。久しぶりのSSだったので心配だったのですが少しずつ勘も取り戻してきた気がします。
本作のテーマは人間と魔族の共存。原作にある黄金郷編のオマージュとなっています。立場も状況も異なりますが原作に合わせるならアウラがマハト、ヒンメルがグリュックの役割にあたります。また他作品になりますが寄生獣という漫画も参考にしています。
長々と書きましたが次話から承にあたる部分に入ります。これからもよければお付き合いください。では。