ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五十話 「誇り」

「着いたぞ」

 

 

相変わらずどこかぶっきらぼうなアイゼンに連れられながら、目的の場所に到着する。今、私はアイゼンと一緒に森を散歩がてら落ち着いて話ができるという場所に案内してもらったところ。ヒンメルとハイターはいないが、何だか一緒に旅をしていた頃を思い出せた気がした。

 

そこは森の中で開けた広場だった。月明りのおかげで辺りもよく見える。なるほど、確かにアイゼンの言う通りだろう。同時に既視感がある。ここと似た場所を私は知っている。つい先日、目にしたところ。そして五年前、読んで識っていた場所でもある。

 

 

「もしかしてここがアウラと話した場所?」

 

 

そこはかつてアウラがアイゼンと、ヒンメルと話をした場所だった。そしてそこを今度は私が訪れることになるなんて。皮肉が過ぎるだろう。もっとも、私が言えることでもないが。

 

 

「どうしてお前がそれを知っている?」

「やっぱりそこから話した方がいいかな」

 

 

当のアイゼンは困惑している。当たり前だ。来たことも、案内したこともないはずの私がそのことを知っているのだから。ある意味私はズルをしているようなものなのだから。私にとっては嬉しくない類のズル。なので種明かしをすることにする。そのまま持って来ていた一冊の本をアイゼンに差し出す。かつてハイターにそうしたように。

 

 

「何だこれは?」

「ヒンメルの日記だよ。今はこの一冊しか持ってないけど、何十冊もあるんだ。ざっと五十年分かな」

 

 

ヒンメルの日記。私にとっては自分への戒めでもあり、道標でもある。今はこの一冊しかないが、その重さは変わっていない。それを背負って生きるのが私への罰なのだろう。

 

 

「そんなものがあったとはな。ハイターは知っていたのか?」

「知らなかったみたいだよ。今のアイゼンと同じように驚いてたから。結局ヒンメルらしいって笑ってたけど」

「確かにそうだな。隠し方といい、ダンジョン好きのあいつらしい」

「でしょ?」

 

 

一瞬目を見開きながらのアイゼンの感想に同意するしかない。歳を取りながらもそんなことをしていたヒンメルの姿を想像して呆れてしまう。大人の振りをしながらも、心はやはりヒンメルのままだったのだろう。そんなヒンメルのことを覚えている、話すことができる仲間がアイゼン。そのことが本当に嬉しい。だからこそ

 

 

「お前はその本を全て読んだのか……?」

「……うん。読んだよ。何度も読み返すぐらい」

「そうか……」

 

 

私はアイゼンに向き合わなければならない。ハイターにそうしたように。でもやっぱり怖かった。知らず身体が震えるのを抑えることができない。この日記のおかげで知ることができた、私の罪。その懺悔。手を握り締めながら、その一歩を踏み出そうとした瞬間

 

 

「ようやく分かった。お前が変わった理由が。フリーレン、お前は強くなったんだな」

 

 

それよりも早く、アイゼンはどこか納得したといった風に私に告げてきた。

 

 

「強くなった……? 私が……?」

「そうだ。魔法使いとしてではない、人としてお前は昔とは比べ物にならないぐらい強くなった。体ではなく、心がだ」

 

 

呆けてしまっている私を見ながら、力強くアイゼンはそう言ってくれる。私が強くなったのだと。でも分からない。どうしてそうなるのか。

 

 

「……そんなことないよ。私は強くなんてない。弱いままだった。そのことにようやく最近気づいたんだ。千年以上生きているのに、泣いてばっかりだから」

 

 

そう、私は弱かった。この日記を読んだ時から、ようやくそのことに気づけた。私は、ただみんなに守られていただけだった。それに気づいてからは泣いてばかりだった。まるで千年分の涙を取り戻すみたいに。そのことが恥ずかしかった。弱くなってしまった私自身が。

 

 

「本当に強いのはアイゼンたちだよ。私よりもずっとずっと短い寿命しかないのに」

 

 

だから羨ましかった。凄いと思った。アイゼンが、みんなが。私の何十分の一の寿命しかないのに、そんな風に生きていけるみんなが。

 

 

「私、アイゼンに謝りたかったんだ」

 

 

ただ本音を口にする。あの時のように。そのためにここに来た。なのにその足取りがどんどん重くなってしまった。何でも先送りにしてしまう私の悪癖。でも、これだけは先送りにはできない。もう二度と、同じ過ちを犯さないために。

 

 

「ごめんなさい。アイゼンは何度も、何度も私のことを気にかけてくれてたのに、私、全然気づけなかった……だから」

 

 

ごめんなさい、とアイゼンに伝える。ちゃんと言葉にすることで。そう、アイゼンはずっと私のことを気にかけてくれていた。ハイターと同じように。もしかしたらそれ以上に。同じ人間ではない異種族として。人との付き合い方を、関わり方を伝えてくれていた。あの時も、あの時も。でも私はそれに気づくことができなかった。どころか酷いことを言ってしまった。軽蔑されても、嫌われてもおかしくないことを何度もしてきた。今更謝ってもそれがなくなるわけじゃない。それでも。知らず目に涙が浮かび始めるもそれは

 

 

「そこまでだ、フリーレン」

「え……?」

 

 

ぶっきらぼうで、それでも優しさに満ちたアイゼンの言葉によって遮られてしまった。

 

 

「謝る必要はない。言っただろう。お前は強くなった。お前のそれは弱さではない。覚えてるだろう? 俺が誰よりも臆病者なのを。それが俺の、戦士の誇りだ。お前たちがそう思わせてくれた」

 

 

いつものように髭を触りながら、誇らしげにアイゼンはそう伝えてくる。今の私のこれは弱さではないのだと。臆病なのは悪いことではないのだと。自分もそうだっただろう、と自虐を含めながら。そう、アイゼンもいつもそうだった。強大な相手と立ち向かう前に恐怖で体を震わせていた。でもそれを私は臆病だなんて思ったことはない。それはアイゼンにとっては戦士の強さなのだから。だってアイゼンは一度も逃げたことはない。私も、みんなも知っている。それと同じことをアイゼンは私に伝えてくれる。

 

 

「だからフリーレン、お前もそれを誇っていい。俺はお前を誇りに思っている。頑張った者はみな戦士だからだ」

 

 

私を誇りに思っているのだと。ハイターの褒めてくれるのとは違う、アイゼンなりに私を認めてくれた証。そのことに胸が熱くなる。思わず涙を流しそうになるが必死に堪える。きっと私が泣いているのが見たくなくて、アイゼンはそう言ってくれたのだから。だけど

 

 

「……何それ。全然理由になってないよ」

「その方が都合が良いからだ。ハイターもそう言っていただろう?」

 

 

その理由だけは相変わらずよく分からない。戦士とは一体何なのか。そんな私の態度が気に入ったのか、どこか自慢げにいつかのハイターの言葉を引用しながら答えてくるアイゼン。前言撤回。やっぱりアイゼンは昔と全く変わっていない。私が知っている、私が好きなアイゼンのまま。

 

 

「――ありがとう、アイゼン。死んじゃう前にちゃんと会えてよかった」

「一言余計だぞ。お迎えにはまだ早い」

 

 

それを言うのは恥ずかしいので精一杯の皮肉で返すもお見通しだとばかりにやり返されてしまう。そう、これが私とアイゼンの関係。きっとまだしばらくはそれが続くことになるのだろう――――

 

 

 

「ようやくその指輪の意味に気づいたんだな、フリーレン」

 

 

落ち着きを取り戻したのも束の間、アイゼンは私にそう問いかけてくる。その視線は私の左薬指に嵌められている指輪に注がれている。流石はアイゼン。私がここに来た時から既に気づいていたのだろう。いや、その口ぶりからすると旅をしていた時から知っていたのかもしれない。

 

 

「みんな知ってたの?」

「当たり前だ。知らなかったのはお前だけだ。ハイターなんてドン引きしていたぞ」

 

 

やっぱりそうだったらしい。何なのこいつ、とアイゼンの自由落下と頑丈さにドン引きしていたハイターを思い出す。それと同じように自分の鈍感さ、薄情さにドン引きしていたらしい。私のやらかしはアイゼンの頑強さに匹敵する物だったらしい。

 

 

「教えてくれても良かったのに」

「それはヒンメルに言ってやれ。俺たちは馬に蹴られたくなかっただけだ」

「アイゼンならそのぐらい平気でしょ」

「ハイターは無事ではすまんだろうな」

「そうだね。天国で二人に直接伝えることにするよ」

 

 

意趣返しも含めてそう愚痴をこぼすも相変わらずアイゼンには通用しない。あの生臭坊主とは違う意味で私はアイゼンに頭が上がらない。まあ当然と言えば当然か。ヒンメルの気持ちを考えればそうするに決まってる。それはそれとしてずっとそうとは気づいていないままだった自分のやらかしに落ち込むしかない。自業自得とはいえ、やはり堪えるものは堪える。

 

 

「ハイターと言えば……アイゼンはリーニエって魔族と親しかったんでしょ? どんな奴なの?」

 

 

このままではまた引き籠りかねないと強引に話題を切り替える。それはハイターから聞いた話。リーニエについてはアイゼンの方が詳しいからアイゼンに聞けということだった。ちょうどいいので聞いてみることにしよう。

 

 

「? 日記を読んで知っているんじゃないのか?」

「日記はどうしてもヒンメルの主観が入ってるからね。特にリーニエに関してはそれが酷かったから。アイゼンに聞いた方がいいと思ったんだ。ハイターは教えてくれなかったし」

 

 

それは日記故の弊害。ヒンメルの日記は確かに五十年分の記録ではあるが、その全てがヒンメルの主観が入ったもの。つまり客観性に欠ける部分があった。特にリーニエに関してはそれが酷かった。それは

 

 

「やはりあいつは生臭坊主だな。しかしヒンメルにも困ったものだ……親馬鹿な内容ばかりだったのだろう?」

「そうだね。娘を溺愛している親馬鹿の日記だったよ」

 

 

まさに娘を溺愛している馬鹿な父親の日記でしかなかった。どれだけ成長しただの、喜んだだの、プレゼントをくれただの、嫌われただの。見ているこっちがドン引きするような内容だった。おかげでどこまでが本当なのか分からなくなる始末。アウラ関連とは違う意味で私にとっては悩みの種だった。アイゼンもそれはお見通しだったのか、目を閉じて呆れてしまっている。実際にそのヒンメルを見ているアイゼンからすれば尚更だろう。

 

 

「……罪な男だ。誤解がないように言っておくが、あの二人は師弟関係だ。そもそも魔族には家族という概念がないからな。しかしそれは魔族側の話だ。ヒンメルからは多少それが行き過ぎていたのもある。もっとも魔族だろうが人間だろうが、あいつが弟子を溺愛するのは変わらないだろうが」

「だろうね。でもそういうアイゼンだって他人のことは言えないんじゃない? リーニエのこと娘みたいに扱ってたみたいだけど」

「……悪知恵をつけるようになったな、フリーレン」

「ハイターのおかげだよ」

 

 

ようやくアイゼンから一本取った喜びで思わずにやついてしまう。そう、ヒンメルだけではない。この日記にはアイゼンがどんな風にリーニエに接していたかも記されている。ヒンメルもまたアイゼンが親馬鹿だと思っていた、お互い様だとは思うが、やはりアイゼンもその自覚があったらしい。

 

 

「否定はできんな。知っているだろうが、あいつは嘘をつかない魔族だ。そして魔族には悪意がない。純粋無垢のような存在だ。そういう意味では俺もヒンメルも騙されてしまっているのかもしれんな」

「他人を騙さない魔族、か……本当におかしな魔族だね」

 

 

知っていたが、やはりこうしてアイゼンに存在を明かされるとそれが余計に際立ってくる。嘘をつかない魔族。果たしてそれは魔族と言えるのか。悪意がないのが逆にそう作用するのか。例外の二つ名の通りの存在だろう。

 

 

「そんなことを言っていいのか? あいつはいわば魔族におけるお前なんだぞ」

「魔族における私……? 何を言ってるの……?」

 

 

そんな私の心境を知ってか知らずか。アイゼンはそんなよく分からないことを言ってくる。リーニエが魔族における私なのだと。一体何を言っているのか。

 

 

「言葉通りの意味だ。あいつは魔族でありながら魔力を偽りながら生きている。そして人間を騙すため、魔族である自分を欺き続けている。生まれてからほぼずっとだ。お前と全く瓜二つだ」

「…………」

 

 

アイゼンから告げられた事実に思わず黙り込んでしまう。なるほど、そんな風に考えることもできるのか。私と同じように魔力を制限したまま過ごし、同じように相手を騙すために生涯を捧げている。騙す相手が人間か魔族か、魔法使いか剣士かという違いはあれど本質的には同じだと言われてもおかしくない。そういえばリーニエも魔法使いではあるのか。

 

だがこれはあまりにもできすぎている。偶然ではあり得ない。ならそれは

 

 

「……もしかして、それって」

「きっかけはヒンメルだったのかもしれんが、間違いなくアウラの仕業だ。あいつはいずれお前と戦うことになるかもしれないと考えていた。その時の切り札がリーニエだったのだろう。リーニエ自身がそれを知っているかは分からんが」

 

 

間違いなくあいつ、アウラの仕業だろう。魔力制限についてはヒンメルの気紛れだったのかもしれないがそれを利用して明らかにアウラはリーニエを育てている。その在り方もまさに私を意識したもの。逆に私を魔力制限で欺き、魔法使いにとっては対処しづらい剣技を身に付けさせている。もし何の情報もなく初見でリーニエと相対した場合、私でも油断がないとは言い切れない。まさに魔族を欺いてきた私に対する皮肉ともいえる存在。

 

 

「リーニエって強いの?」

「愚問だな。ヒンメルが一番弟子だと認め、自分の剣を託している。その意味が分からないお前ではないだろう」

「本物の勇者が、偽物の勇者の剣を魔族に、か……悪い冗談みたいだね」

 

 

淀みなく返してくるアイゼンの言葉に納得するしかない。それも当然だろう。いくら溺愛していたとしても、あのヒンメルが一番弟子だと認め、晩年とはいえ自分の剣を託す。その時点でリーニエの強さは保障されている。しかもヒンメルが亡くなってから三十年が経っている。魔族にとってはわずかな時間だが、人間社会で育てられたリーニエにとっての三十年は普通の魔族のそれとは大きく異なる可能性が高い。大魔族、とまではいかないだろうがそれとは違う意味で厄介なのは間違いない。あの偽物の勇者の剣が、今は偽物である魔族の手にある。これもできすぎている。ヒンメルも狙ったわけではないだろうが、やはりヒンメルらしい。

 

 

「リーニエに出会うことがあれば気を付けることだ。あいつは厄介だぞ。間違いなくお前の天敵だ」

 

 

何故か自慢げにアイゼンはそう自分に忠告してくる。意味が分からない。頭が筋肉でできているのではないのか。こっちの気も知らないで。

 

 

「勇者一行がこぞって魔族を育ててるのはどうなの……?」

「今更だな。それと全く同じことをアウラに聞かれたぐらいだ」

「あっそう」

 

 

心からの疑問だったのだがどうやら藪蛇だったらしい。どうやらあいつも同じことを聞いていたらしい。魔族に心配される勇者一行とは一体何なのか。

 

 

「ついでに私も今更なことを聞くけど、アイゼンはあいつ……アウラのことをどう思ってるの?」

 

 

忘れてはいけないことを、改めてアイゼンに問いかける。以前ハイターにも尋ねたもの。だからこそ、その答えも分かり切っていた。何故なら

 

 

「今のお前なら言わなくても分かるだろう?」

「そうだね。あの生臭坊主と答えは一緒ってことでしょ」

「そういうことだ」

 

 

アイゼンの答えもまた、ハイターと同じなのだろうと。それでもあえて聞いたのは私なりのけじめでもあった。言葉にはしないからこそ、伝わるものもある。それを私はヒンメルから教えてもらった。言葉にされなくても、それを察することが大切なのだと。人間たち、短命種の美しさ。それが今の私にも、少しだけ分かってきた気がする。

 

 

「フリーレン、俺もお前に謝っておかなくてはいけないことがある」

「アイゼンが私に……? 何のこと?」

 

 

思わぬ方向からのアイゼンの言葉に首を傾げるしかない。同時に思い出すのはかつてのハイターの姿。あの時も同じようなことを言われた気がする。一体何なのか。それは

 

 

「アウラのことだ。本当ならヒンメルの葬儀の後に伝えることができた。だがそれができなかった。ハイターもな。すまなかった」

 

 

アイゼンがこの三十年間、私に対して感じていた負い目だった。もしかしたらそれはハイターも同じだったのかもしれない。なるほど。確かにそうかもしれない。それは間違いなく自分にとって人生を大きく変えるであろう分岐点だったに違いない。

 

 

「……どうして教えてくれなかったの、って聞いた方がいい?」

「そうだな。ヒンメルの葬儀を終えたお前を見て、躊躇ってしまった。あの時のお前に伝えても、良いことにはならないような気がしたんだ」

「それは……まあ、そうだろうね。アイゼンたちの判断は正しかったと思うよ」

 

 

それに関しては間違いなくアイゼンたちが正しかっただろう。今だからこそ、そう思える。色々言いたいこともあるが、結局全ては自分のせいなのだから。もっと早くみんなに会いに来ていれば、そもそも何の問題もなかったのだから。もっともそれはそれで問題はあったのだろうが、ここまで拗れることはなかっただろう。当時の私に伝えたとしても、きっと信じなかったに違いない。よしんば信じたとしても、アイゼンの言う通り良いことにはならなかっただろう。

 

 

「そうか。俺たちもお前のことは言えん。先送りにしてしまったんだ。いや、もしかしたらあの時はまだヒンメルがいなくなったことを認められていなかったのかもしれん」

「今のアウラみたいに?」

 

 

アイゼンの言葉に思わずそう尋ねる。きっとアイゼンも同じだったのだろう。私もそうだった。あれから三十年という時間と向き合ったからこそ、私はヒンメルの死を受け入れ、先に進もうとしている。ハイターもそうだった。だけど、あいつだけは違う。

 

 

「……驚いたな。そこまで分かっていたのか」

「ここに来る前にヒンメルたちが暮らしてた村に寄って来たんだよ。クヴァールの封印もあったしね。そこで色々見たり聞いたりしてきたんだ」

 

 

本当に驚いているのか。珍しくアイゼンは見たことのないような表情をしている。それに気を取られながらもそう答える。先の村での出会いと出来事。アウラたちが暮らしていた家と、その帰りを待っているリリーの姿。日記だけでは分からないものがそこにはたくさんあった。

 

 

「なら話は早い。お前の言う通り、アウラはヒンメルの死を受け入れられていない。フリージアという国を興したのもそうだ。あいつは、ヒンメルならきっとそうしたという意味を履き違えてしまっている」

 

 

しばらく目を閉じた後、アイゼンは静かにそう口にする。それは私と同じ見解だった。やはりそれは正しかったのだろう。直接あいつと接しているアイゼンがそう感じていたのだから。ハイターもそれは同じだったに違いない。

 

 

『ヒンメルならそうした』

 

 

私たちがよく口にする言葉であり考え方。ヒンメルならこんな時どうしたのか。何かに迷った時、躓いたときに私たちを導き、助けてくれる道標。だがそれは決してヒンメルを妄信的に全肯定する物ではない。ヒンメルだって間違えることはあった。情けなくて、下らない部分もたくさんあった。それでも勇者として、仲間として正しいと思えるヒンメルの生き方と在り方を手本として自分の行動を決める。なのに、あいつはきっとそれを理解していない。いや、アイゼンの言う通り履き違えてしまっているのだろう。

 

 

「あいつは今、ヒンメルに囚われてしまっている。それはヒンメルが一番望んでいなかったことだ。フリーレン、お前なら分かるはずだ」

 

 

それはもはや呪いだった。本当なら自分を導いてくれる祝福であるはずなのに、自身を縛る呪縛となってしまっている。それはきっとヒンメルが一番望んでいなかったこと。

 

私に対してもそうだ。ヒンメルは私に自分の気持ちを伝えることはなかった。それが私を苦しめることになると分かっていたから。

 

そんなヒンメルが服従の枷から解き放ったのは、あいつに自由になってほしかったから。なのにあいつは自分で自分を服従させてしまっている。その意味を解さぬまま。

 

 

「そうだね……同族嫌悪を感じるぐらいだよ」

「同族嫌悪……お前が魔族に、か。天地がひっくり返りそうだな」

「言わないでよ。私だって分かってるんだから」

「褒めているんだ」

 

 

そんならしくない感情を抱いていることをアイゼンに突っ込まれてしまう。本当に私を何だと思っているのか。そんなこと言われなくても私が一番分かっている。

 

 

「それも含めてフリーレン、お前に頼みたいことがある」

 

 

改めて私に向かい合いながらアイゼンはそう告げてくる。どうやらここからが本題らしい。一体何が出てくるのやら。それは

 

 

「大魔法使いフランメの手記を探すのを手伝って欲しい。その手記には死者と対話したという記録が残っているとされている」

 

 

私にとっても予想外の頼み事だった。

 

フランメの手記に本物なし。そう言われるほどにその手記は貴重だ。それを探すのを手伝って欲しいというのがアイゼンの頼みだった。しかもその場所がフォル盆地であることに驚くしかない。ハイターの協力もあってその場所を割り出したらしい。流石は生臭坊主。そこは私が師匠(せんせい)と暮らしていた場所でもあった。加えて死者と対話としたという記録。それが何を意味するかなど言うまでもない。

 

 

「死者との対話……ヒンメルと会ってこいってこと?」

 

 

だけどあえてそれを口にする。ようするにその手記を使って、自分にヒンメルと会ってこいというのだろう。

 

 

「そうだ。ハイターとも話していたんだ。お前とヒンメルが可哀想だと。ヒンメルを知りたいとあの時お前は言った。だから手助けしたいと思っていた。今は少し違うがな」

 

 

思い出すのは三十年前。もっとヒンメルのことを知るべきだったと後悔の涙を流したあの時。それを見て二人は私をヒンメルと会わせたいと思ったらしい。でも今はそれだけではないと言う。

 

 

「どういうこと?」

「言っただろう? お前はもうヒンメルのことを知っている。強くなった。だから今のお前の姿をヒンメルに見せてやってくれ。それが俺の依頼だ」

 

 

どこか誇らしげにアイゼンはそう付け加える。ヒンメルを知るために会いに行くのではない。ヒンメルのことを知り、強くなった私の姿を見せに行ってほしい。それが今のアイゼンの願いだった。

 

 

「……そんなことでいいのかな?」

「当然だ。なんならその薬指に着けた指輪を見せるだけでいい。あいつのことだ。もう一度昇天しかねん」

「そうだね。投げキッスと一緒にしてみるよ。もっとも、そんな魔法があればだけど」

 

 

天国にいるヒンメルが昇天してしまったら一体どうなってしまうのかは分からないが、試す価値はあるだろう。ついでに投げキッスをお見舞いしてやろう。投げなくても直接してやってもいいかもしれない。そもそも死者との対話なんて御伽噺のような魔法があればの話だが。

 

 

「……この話、アウラにはしたの?」

 

 

ふと、それが気になった。そう、この話は私に限った話ではない。もしかしたらそれが必要なのは私よりあいつの方かもしれない。そのことに気づかないアイゼンたちではないだろう。

 

 

「……ハイターが一度伝えたらしいが、断られたらしい。『ヒンメルはもういないじゃない』とな」

「当然だろうね。死んだら無に還る。魔族ならそう考えるに決まってる。天国なんて信じるわけない」

 

 

そんなあいつらしい、魔族らしい返事に納得するしかない。死んだから無に還る。同じく死ねば塵となって消える魔族からすれば当たり前の考え方。そもそも魔族は死んだ後のことなんて考えない。ましてや天国なんてなおさらだ。でも今の私はそれをそのまま受け止めるほど単純ではない。あいつは魔族(嘘つき)なのだから。

 

 

「そうだな。俺もかつてはそうだった。だが今は違う。お前たちのおかげだ。だからフリーレン。今度はお前がそれをあいつに伝えてやって欲しい。フリージアに行く気なんだろう?」

「……生臭坊主め。全部織り込み済みってことか」

 

 

今頃天国で酒盛りをしているであろうハイターの姿が目に浮かぶ。どうやら私がフリージアに行くこともアイゼンに伝えていたらしい。死者との対話についてもそうだ。死んでもなお私はあいつに謀られてしまう運命らしい。

 

 

「……アイゼン、頼みごとが二つになってるよ」

「最初から頼み事が一つなんて俺は言っていない。お前の勘違いだ」

 

 

そしてこれである。やっぱり私はこいつらには敵わない。たった五年では追いつくなんて夢のまた夢。いつか必ずぎゃふんと言わせてやる。長命種のあきらめの悪さの見せ所。

 

 

「…………はぁ。やっぱり行きたくないなぁ」

「あきらめろ。今までのツケを支払うだけだ。薄情者とは言われたくないだろう?」

「人でなし」

「俺はドワーフだ」

「私はエルフだよ」

 

 

人間にドワーフ、そしてエルフ。価値観も寿命も全く異なるのに、私たちは共に旅をし仲間になった。ならば魔族はどうなのか。理解することをあきらめてしまった私には分からない。これから向かうフリージアなら何か分かるのだろうか。それはそれとして行きたくない気持ちは変わらない。

 

それを楽しそうに見抜いているアイゼンに拗ねながらも、今までの遅れを取り戻すように、何十年分の下らない土産話を語らうのだった――――

 

 

 

「すっかり遅くなってしまったな」

「うん……でも大丈夫だよ。ちゃんと謝ればフェルンも許してくれるから」

 

 

気づけば朝日が差し込む中、ようやく家へと戻ってきた。どうやら深夜で変なテンションになってしまっていたらしい。一晩中お喋りすることになってしまった。そこでようやく遅くならないようにフェルンに釘を刺されていたことを思い出してしまう。知らず身体が震えてしまう。これは決して私が臆病者なわけではない。ただフェルンが怖いだけなのだ。でも今の私は違う。アイゼンにも認めてもらった。必要なのは覚悟だけ。そのままいざと気合を入れるも

 

 

「フリーレン様」

 

 

その声に思わず、体が反応してしまう。その場で飛び跳ねなかったのは奇跡に近い。見れば玄関にはこちらを見つめているフェルンの姿がある。どうやら自分たちの帰りを待ってくれていたらしい。

 

 

「た、ただいまフェルン……ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって……」

 

 

わちゃわちゃを手を動かしながらそう言い訳する。さっきまでの覚悟も勇気もどこかに消えてなくなってしまった。どうやらアイゼンのように上手くはいかなかったらしい。当のアイゼンはそんな私を横目に静観の構え。ならここは私がどうにかしなくては。そう焦るも

 

 

「――――」

「…………フェルン?」

 

 

フェルンの様子がいつもと違うことにようやく気付く。いつもならとっくに叱られてしまっているのに黙り込んだまま。違うのはその視線だった。今まで見たことのないような冷たい視線が自分を射抜いてくる。そしてその視線は私とアイゼンを行ったり来たりしている。それが一体何を意味しているのか。

 

そこでようやく悟る。今の自分が置かれている状況。この光景を知らない人が見ればどうなるか。それに気づくよりも早く

 

 

「――――フリーレン様、朝帰りなんてふしだらです」

 

 

弟子からの軽蔑の視線と言葉が突き刺さる。確かに状況だけ見たら久しぶりに会った友人と朝帰りしただらしない師匠に見えるのかもしれない。でもいくらなんでもふしだらな女認定されるなんて。

 

 

「っ!? 違うんだよフェルン!? これには深い訳があって」

「知りません。近づかないでください」

 

 

先程までの決意なんてどこ吹く風必死に弁明するもフェルンは全然私の言うことを聞いてくれない。まるで汚らわしいものを見るかのような視線と共に私を避けてしまう。一体どうしたらいいのか。

 

 

「これから賑やかになりそうだな」

 

 

そんな二人の姿にかつてのヒンメルたちの光景を重ねながら、アイゼンは平常運転で先に自宅へと戻っていくのだった――――

 

 

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