「それで? 今回の旅は何か収穫があったわけ?」
いつものように旅を終えて帰ってきたヒンメルにそう尋ねる。今私たちは家のリビングでお茶の真っ最中。本当なら追い出したいところだがこいつらが村にいたらいたで騒ぎになるのは目に見えているので仕方なく家で面倒を見ることになった。私の平穏な日常は儚くも消え去った。リリーは先に帰らせた。あの子までこの騒ぎに巻き込むわけにはいかない。
「もちろんさ。また僕たちの新しい伝説が生まれてしまったよ」
「そう。要するに何も進展しなかったわけね」
そんな私の心境など知る由もなく、自信満々に何かを誇っている勇者様の言葉に全てを理解する。どうやら今回も何も収穫はなかったらしい。ここ最近、というか五年ほどはヒンメルはこうしてハイターたちと一緒に出掛けることが多くなっていた。何でも女神の聖典の解析の手がかりを探しているらしい。詳しいことは分からないが、らしくないのは間違いない。そもそもヒンメルは女神を敬ってはいるが信仰しているわけではない。ハイターは神父ではあるが、聖典の解析にそこまで尽力するほど敬虔な信徒ではない。アイゼンに関しては言わずもがな。なので十中八九それはあのエルフに関係することなのだろう。当の本人は未だ行方知らずなのにご苦労なことだ。
「よくお分かりで。いやはやこれでは隠し事はできませんね」
「神父が隠し事するんじゃないわよ」
「嘘はついちゃダメだってアウラ様が言ってた」
「魔族の言葉とは思えんな。フリーレンが聞けば卒倒しかねん」
「知らないわよ、そんなこと」
ちょうどそのエルフが話題に上がるも事情が分からないリーニエはきょとんとし、事情が込み入っているヒンメルは何とも言えない表情をしている。本当に馬鹿な奴。そんな物を探さずに本人を探しに行けばいいものを。もっとも言ったところで無駄なので口にはしないが。この調子では五十年などあっという間だろう。
「アイゼン、私また強くなった!」
自分が話に入って行けず飽きてきたのか。いつのまにか木剣を持ってきたリーニエがそう主張してくる。まるで玩具を見せびらかす子供のよう。魔族としてはまだまだ子供ではあるのは間違いないが、それにしてもこの先が不安になってくる。
「そうか。鍛錬を積んでいるようだな」
「これもひとえに僕が師匠として優れている証だね」
「ヒンメル邪魔」
「え? 扱い酷くない?」
「相変わらず序列は変わらないわね」
「弟子にも尻に敷かれているのですか、ヒンメル。罪深いですね」
「あんたは黙ってなさい、飴坊主」
「これは失礼」
相変わらずのリーニエを見ながらも、また下らないことを口走っている飴坊主を黙らせる。一々何か言わないと生きていけないのか、この坊主は。それにしてもあれから五年経ってもリーニエとアイゼンの関係は変わっていない。序列的な意味でも。最初は扱いはともかく序列上はヒンメルが頂点だったはずだが、今はどうなっているのか。聞けばリーニエのことだ。嘘偽りなく答えるのだろうが、ヒンメルのなけなしの師匠のプライドに免じて聞かないでおいてやろう。
「ちょうどいい。忘れないうちにこれを渡しておこう」
そんな中、思い出したようにアイゼンは何かを荷物の中から取り出してくる。布に包まれた何か。それをアイゼンはゆっくりリーニエに手渡す。既視感がある。以前、同じ光景を私は見たことがある。あれは確か
「……何これ?」
「新しい剣だ。木ではない本物のな。そろそろ必要だと思ってな」
初めて私たちがアイゼンの元を訪ねた時。その別れ際に、アイゼンが誕生日プレゼントとして木でできた剣を贈っていた。それを今もリーニエは持っている。今は確か五本目だったか。しかし今度は木ではない。鉄でできた、本物の剣。リーニエの身の丈に合わせられている短剣。恐らくはアイゼンが自ら作成した物なのだろう。
(何だかんだで、こいつが一番リーニエに甘い気がするわね……)
思い返すのは数年前にあった初めてのおつかいならぬ、おねだり事件。リーニエが突然アイゼンのところに遊びに行くと言い出したのが始まりだった。本人曰く頼りに行く、だったか。その理由も単純明快。ようするにアイゼンから誕生日プレゼントをもらいに行きたかったのだ。私はちょうど聖都での用事があり同行できず、ヒンメルもまた外せない依頼があったため、リーニエは一人でアイゼンのところに行くこととなったのだった。それ自体には特に問題なかった。服従の命令を書き換えれば外出に問題ないのは既に実証済み。見た目は幼いがリーニエは魔族。アイゼンの所までの道中なら魔物が出たとしても特段問題はないレベル。そもそも魔族は幼いころから一人で生き抜くのが当たり前なのだから。だというのにこの親馬鹿、ならぬ弟子馬鹿は依頼を断ってそれを隠れて見守り、アイゼンはその帰り道を同じように付いてくるという過保護ぶり。
それを抜きにしてもアイゼンはヒンメルに負けず劣らずのお人好しなのだろう。あれほど私に偉そうに色々言っておきながら。ヒンメルと違うのはそれを自覚していることか。生臭坊主ではないが、小癪なところがある。ようするにこいつも間違いなく勇者一行なのだ。
「っ! ありがとうアイゼン! やっぱり頼りがいがある!」
「当然だ」
「よかったね、リーニエ……でもとりあえずここで振り回すのは止めようか? 危ないし、家が壊れるからね……」
そんなことはつゆ知らず、目を輝かせながらリーニエは剣を振り回している。本当に単純な子だ。それをどこか満足げに見守っているアイゼン。私達には家族は理解できないと言いながら、自分は恐らく例外なのだろう。そして目下そのリーニエの暴走に戦々恐々としているヒンメル。その顔は恐怖に染まっている。主に家の損壊的な意味で。何でも人間の男は自分の家が大事らしい。理解できない。もう既にリーニエによってところどころ傷だらけになっているのに何を気にする必要があるのか。情けないことこの上ない。
「なら久しぶりに俺が稽古をつけてやろう。庭を借りるぞ、アウラ」
「好きにしなさい。怪我をしないようにね」
「心配ない。俺も毎日鍛えているからな」
「あんたの心配なんてしてないわよ」
「早く行こう、アイゼン!」
力こぶを誇示するようにガッツポーズを取っている筋肉馬鹿につける薬はないだろう。そもそも薬なんて必要ない。心配しているのはリーニエの方だ。何を勘違いしているのか。ヒンメルの剣でも傷つかない奴をどうやって怪我させればいいのか。むしろ私が教えて欲しい。そんなこっちの呆れをよそにリーニエはそのままアイゼンを引っ張って行ってしまう。まるで嵐が去ったような感覚。
だがそこでふと気づく。それはアイゼンがリーニエにプレゼントを用意していたこと。それ自体はおかしくないが、それを持ち歩いているのはどう考えてもおかしい。まるで初めからここに寄って行く気だったかのよう。なら何故最初からヒンメルにそう伝えなかったのか。訝しむも
「いやはや、すっかりリーニエは馴染んでいますね。また新しい魔族を拾ったと聞いた時にはどうなることかと思いましたが」
「犬や猫扱いするんじゃないわよ」
「結局アウラを借りに来ているお前が言えることじゃないだろ、ハイター?」
お茶を飲みながら呑気にそんなふざけたことを口走っているハイターに思わず突っ込んでしまう。思い出すのは初めてこいつと出会った時。私のことを捨てられた犬や猫のように扱ったこと。捨ててきなさいと言ったかと思えば、私が利用できるとみるや否や今度は下さいなどとのたまってくる。魔族顔負けの掌返しっぷり。ヒンメルもそれには思うところがあるらしい。珍しく意見が一致したかと思いきや
「これは失礼。心配しなくても取ったりはしませんよ。知っていますかアウラ? 貴方が聖都にいる間にヒンメルが何度」
「っ!? ハイター、お前何を」
「……馬鹿じゃないの」
その理由もどうやらハイター同様ふざけた理由だったらしい。揃いも揃って私のことを何だと思っているのか。
主従の権利の一時的な譲渡。
それが聖都で私が活動する上で行われる新たな
どうやらヒンメルもそれは面白くないらしい。ちょろちょろしているのが何度か視界に入ってきた。私を自分の所有物、愛玩動物とでも思っているのだろう。友達云々は一体どうしたのか。人間基準に照らし合わせればクズなのは間違いない。
そんな中、激しい金属音が家の中まで聞こえてくる。私にとってはどこか懐かしさを感じるような音と衝撃。ヒンメルもまたそれは同じなのか、動じることなく置かれているお菓子をつまんでいる。故に動揺しているのはハイターだけ。ハイターはどこかおっかなびっくりといった風に音の発生地、庭の様子を見に行く。そこには楽し気に全力で本物の剣を振るっているリーニエとそれを生身で受け止めているアイゼンの光景があるのだろう。見なくても分かる。
「何なの、こいつら……」
「久しぶりに見たな。懐かしいな」
「相変わらず化け物ね」
その光景にドン引きしているハイターは何だかんだで勇者一行の中では常識枠なのだろう。遠慮なく生身相手に剣を振るっているリーニエの魔族らしさよりもアイゼンの硬さに引いているのだろう。もしくはそれを楽しんでいる姿か。どちらにせよ、化け物なのは変わらない。どっちもどっちだろう。当然ヒンメルは化け物側だ。人間共は私たちを化け物だと言うが、どの口がと言ってやりたい。
「ごほん、しかし本当に来て良かったです。こうして親交を深めるのは大切ですからね」
「お前はタダ酒が飲みたいだけだろ」
「バレましたか」
「うちは禁酒よ」
それ以上見続けるのは精神衛生上良くないと悟ったのか、ハイターは全てをなかったことにしてそう話題を変えてくる。だがその内容は私にとっては不愉快極まるものでしかない。思い出すのは最初にこいつと出会った王都での一週間。あれ以来、我が家では飲酒は禁止されている。少なくとも特別な祝い事でもない限り許していない。聖都でもそれは同じ。アイゼンから贈られた魔法によって生臭坊主の酒からはアルコールを抜いている。大好きな酒が楽しめないにもかかわらず私を呼びつけるということは、どうやらこいつにとって私はそこまで利用価値があると言うことなのだろう。
「所帯を持つと大変ですね、ヒンメル……私も気を付けなくては」
「はぁ? あんた神父でしょ?」
「本当にそろそろ勘弁してくれ、ハイター……」
「失礼。これも神父としての役目なので」
「生臭坊主め……」
思わずそう声を上げてしまう。当たり前だ。生涯独身であるべき神父がそんなことを口走っているのだから。所帯とは家族と同じ意味の言葉だったか。ここ最近はよく耳にするようになった言葉でもある。最初は否定していたが最近はもうそれすらしなくなった。当のヒンメルがこの調子なのだ。どう思われようが私が知ったことではない。どうやらハイターはそれを神父として咎めているらしい。珍しいこともあるものだ。ヒンメルもそれを利用しているのだから自業自得だろう。言い返せていない。
「それはともかく、私も貴方にプレゼントがあるのですよ。良ければ受け取って下さい」
「私に……? 一体何よ?」
そんな中、脈絡もなく今度はハイターがそんなことを言い出す。恐らくはさっきのアイゼンの行動で思い出したのだろう。リーニエだけでなく自分にもプレゼントがあるとは。やはり何か狙いがあるのだろう。気味が悪い。同時に再び既視感に襲われる。何故ならハイターから手渡された物もまた、あの時同様に魔導書だったのだから。だが違うのは
「あんた……これ……!?」
「はい。『髪を乾かす魔法』です。以前あなたが探していると耳にしたもので」
その魔導書が、文字通り伝説級の魔法だったこと。
思わずその魔導書を持つ手が震え、知らず目を見開いてしまう。間違いない。本物だ。リーニエが来てからそれがあればとずっと思っていた魔導書。それが存在することは知っていたが伝説級の魔法であるがゆえに見つけ出すことができないでいた代物だった。見れば得意顔を晒している生臭坊主の姿。間違いない。こいつはその権力を駆使して探し出したのだろう。聖職者の風上にも置けない奴。
「…………何が目的なわけ?」
「目的なんてありませんよ。聖都でいつもお世話になっているお礼、報酬のようなものです。ただそうですね……今日はせっかく皆さんが集まった場でもあります。少しぐらい羽目を外してもいいのではないかと」
いつもと変わらぬ様子でリーニエではなく私を買収しようとしているらしい。飴と魔導書の違いはあれどやっていることは一緒だろう。魔族を何だと思っているのか。恐らくこういうのを悪意というのだろう。理解はできないがこいつが悪意にまみれているであろうことは間違いない。それを理解した上で
「……いいわ。今日だけ特別に許してあげるわ」
「痛み入ります」
「何だろう……今、目の前で酷い収賄を見た気がするんだけど、気のせいかな?」
「何のことです? 気のせいですよ。彼女には悪意がありませんからね」
「そうね。これは取引よ。でもあんたはもう少し罪悪感とやらを持ちなさい」
「世も末だな」
はっはっはっといつもと変わらない笑い声を晒しているハイターにヒンメル同様に呆れ果てるしかない。こいつに比べれば聖都の神官どもなど可愛いものだろう。勇者一行の、しかもその僧侶が悪意にまみれているなど誰が思うだろうか。罪悪感なるものがそれを抑制するらしいが、恐らくそんな物はないに違いない。私は純粋に取引に応じただけなので一緒にしないでほしい。悪意がない魔族を利用するのはこいつぐらいだろう。そんな中
「アウラ様、この剣全然切れない。役に立たない」
悪意がない、村長曰く純粋無垢らしい我が家の問題児が戻ってくる。その顔から不満なのが丸わかりだ。どうやら念願の本物の剣を手に入れたのに切れないことにご立腹らしい。果たしてどこから突っ込んだらいいのか分からない。その後ろからはどこか誇らしげなアイゼンの姿。
「そう、心配しなくてもアイゼン以外なら切れるわよ」
「ほんと? じゃあヒンメルこっちに来て」
「え……? 一応聞くけど、まさか僕で試し切りするつもりなのかい……?」
「できないの? 頼りにならない」
「戦士失格だな」
「うん……二人ともちょっと本気で話し合おうか」
「なら私が取り仕切りましょう。これでも聖職者ですからね。親友が輪切りにされるのは流石に心が痛みます」
「あんたたちね……」
そして結果的に悪意のないリーニエの行動にいつものように振り回されているヒンメル。アイゼンとハイターがいることでそれはさらに悪化していく。それを前にして村長の家で考え込んでいた自分が馬鹿らしくなってくる。少なくともこいつらには悪意も何もないのだろう。
そんなこんなで家の中は大騒ぎに。収拾がつかなくなり、結局アウラによる