ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五十五話 「罠」

「乾杯!」

 

 

そんな掛け声とともに杯を合わせ、酒を飲み始める勇者一行の男ども。よっぽど酒に飢えていたのか。ハイターはもちろんだが、ヒンメルとアイゼンもあっという間に一杯目を飲み干してしまう。何故冒険者というのはこんなに酒が好きなのだろうか。ほとんど酔うことができない私には何が楽しいのか理解できない。分かるのはこれから始まる宴が自分にとっては煩わしいものであるということだけ。

 

 

「やはり旅の後の一杯は最高ですね」

「お前昨日も飲んでただろ」

「その前もだな」

「はて何のことですかな?」

 

 

上機嫌にしらを切っている生臭坊主。どうやら今回の旅の中でも飲んだくれていたらしい。なら役に立つ日は少なかったはず。週に一度は使い物にならないと言っていたか。あのエルフの寝坊がないだけマシなのかもしれないが。だがやはり楽しかったのだろう。ヒンメルも負けず劣らず上機嫌になっている。酒が飲めるのもあるだろうが、基本的にこいつは旅をすることが好きだからだ。本当に子供のような奴。まともなのはアイゼンくらいか。もっともこの場では役には立ちそうもないが。

 

 

「あんまり騒がないで頂戴。リーニエが起きるわ」

 

 

仕方なく自分も酒を口にしながらそう釘を刺す。この場にはいないリーニエのこと。今は二階の寝室で眠っている。こいつらが来たせいで中々寝付かなかったのだがようやく寝てくれたところ。それを起こされてしまっては敵わない。宴どころではなくなるだろう。

 

 

「これは失礼……しかし、すっかりお母さんも板につきましたね。やはり子供ができると違いますね、アウラ?」

「私はお母さんじゃないわ」

「ハイター……お前な」

「罪な男だ……」

 

 

当然のように私を煽ってくるハイターにいつものように返す。お母さん、という私にとっては久しぶりに聞く言葉。以前はそれに忌避感があったが今は違う。自己完結できたからか、それとも慣れか。その事情を知っているヒンメルやアイゼンは違う意味で呆れてしまっている。それを分かった上で言ってくるのだから本当にこの生臭坊主は質が悪い。

 

 

「それにしても、こうして四人で集まると昔一緒に旅したのを思い出しますね……」

「私はフリーレンじゃないわよ」

「おっとそうでした。いけませんね、もう酔いが回ってきたのかもしれません」

「……どうした、ヒンメル?」

「いや……ちょっと古傷が……」

 

 

それだけでは満足できなかったのか。さらにふざけたことをハイターは口走ってくる。一体何の冗談なのか。私とあのエルフを同一扱いする侮辱。反射的にそう返してしまうもその後に気づく。そういえば同じ言葉を以前口にした気がする。それによって思わぬ流れ弾を食らったのか、ヒンメルが蹲ってしまっている。自業自得だろう。何よりも

 

 

(こいつ……わざとやってるわね)

 

 

確信犯なのは目の前の神父もどき。事あるごとに、あのエルフのことを口にしている。今回もそうだ。恐らくは私とあのエルフを同一視、混同しないようにヒンメルに釘を刺しているのだろう。恐らくはアイゼンも。面倒な奴らだ。一々そんなことをしなければいけないなんて。それに巻き込まれるこっちはたまったものではない。本当に人間は愚かだ。

 

 

「それで? そのエルフ様の手がかりは見つかったわけ?」

「皆目見当もつかん」

「あの子は基本的に引きこもりですからね……心配です」

「お母さんかな?」

 

 

仕方なくそのエルフの話題を振るも返ってくるのは碌でもない事実ばかり。パーティのお母さん役だったらしいハイターはそう心配している。きっとリーニエのような扱いをされていたに違いない。飴ばかり渡されていたのが目に浮かぶ。そしてどうやらエルフは行方知れずのまま。本当に流星を見に来るまでやってこないのかもしれない。そもそもその約束すら忘れかねない気配がする。

 

 

「本当にどこで何をしているのやら」

「案外ダンジョンでミミックに食われているかもしれんな」

「あり得ますね」

「一体あのエルフは何者なのよ……」

 

 

年を追うごとに、私の中のあのエルフ像が荒唐無稽なものになっていく。葬送の二つ名を持ち、千年以上を生きた大魔法使いであり、魔力を欺いて生きている卑怯者……のはずなのだが、ミミックなんて単純なトラップに引っかかってしまうような間抜けらしい。それ以外にも聞いていてうんざりするような醜態ばかり。初めは私を騙しているのかと思ったが、そうではないらしい。騙すつもりならもっとマシな嘘をつくだろう。

 

 

「しかし懐かしいですね……よくヒンメルが銅像を作らせてはフリーレンを呆れさせていました」

「ポーズを覚えさせてもいたな」

「僕のイケメンポーズ集は今もフリーレンの脳裏に焼き付いているはずだよ」

「あんたたち……本当に魔王様を倒したわけ?」

 

 

最近は本当にそう思ってしまうほどにはこいつらに振り回されている。その強さが化け物じみているのは身を以て知っているが、それに匹敵する馬鹿ばかり。ヒンメルはその最たるものだろう。今も謎のポーズを取っている。イケメンという悪意同様、私には理解できない概念。とりあえずヒンメルがそれに該当しないのは私にも分かる。

 

 

「しかしイケメンですか……流石にもう厳しくなってきましたね」

「何を言ってるんだ? お前はおっさんになったが僕はまだまだイケメンさ」

「もうすぐ三十五になる男が何を言ってるんですか。世間一般では私たちはもうおじさんですよ」

「ならアイゼンはどうなるのよ?」

「ダンディに決まっているじゃないですか。大人のカッコよさですね」

「照れるな」

「ゔっ……でも、僕はまだ大丈夫さ。何故なら僕は心がイケメンだからね」

「そう。良かったわね」

 

 

自分に言い聞かせるようなヒンメルの戯言に付き合う気はないのでそう受け流す。おっさんとは何なのか。流れ的に老いぼれたことを意味する呼称なのだろう。ようするに自分はまだ若いと言いたいわけか。なら無駄だろう。人間の寿命で言えばもう三分の一以上を消費してしまったのだから。ドワーフのアイゼンについてはよく分からないが、ダンディは誉め言葉らしい。満更でもない反応をしている。

 

それからも下らない、どうでもいいようなことを騒ぎながら楽しそうに話している。きっと旅先でもこんなことばかりしているのだろう。それに付き合わされている私。どうしてこうなってしまったのか。きっとそれがヒンメルと友達になる、ということなのだろう。やはり早まったかもしれないと後悔しながらも、宴は続くのだった――――

 

 

 

「うぅ……僕はおっさんじゃない……」

 

 

時刻は深夜。テーブルの上には食い散らかされてしまった料理の山に、飲み干されてしまった酒の山。あとでここを片付けなければならない事実に辟易するも、それよりも目につくのは突っ伏したまま酔い潰れてしまっている勇者様の姿だった。

 

 

「……うなされてるわよ。よっぽどおっさん呼ばわりが堪えたみたいね」

「ナルシストっぷりの裏返しですね。きっと内心気づいていたのでしょう。今度懺悔を聞いてあげなくては」

「ただの愚痴でしょ。アイゼン、こいつを二階の書斎に放り込んできて頂戴」

「分かった。リーニエを起こさんようにだな」

「流石ですね、お二人とも」

 

 

そのままでは邪魔なのでアイゼンに運ぶように指示する。勝手知ったるようにアイゼンは片手でヒンメルを担ぎ上げて運搬していく。日常茶飯事だったのだろう。寝室にはリーニエが寝ているので書斎のソファにでも放り投げておけばいい。それをどこか感心した様子で見ているハイター。少しは手伝ったらどうなのか。

 

 

「……それで? 二人揃って私に何の話があるわけ?」

「はい? 一体何のことですか?」

 

 

当り前のように再び飲み始めようとしているハイターと戻ってきたアイゼンを前にそう切り出す。案の定ハイターはとぼけたまま。アイゼンはそんなハイターを横目で見ながらも静観の構え。こいつもかなり飲んでいたはずだが酔っているようには見えない。ドワーフだからだろうか。それはともかく

 

 

「しらばっくれるんじゃないわよ。手口が前とまるっきり同じじゃない。馬鹿にしてるわけ?」

「失敬な。今回はアイゼンもいるんですよ。全く違います」

「共犯が増えただけじゃない」

「罪が重くなっているぞ、ハイター」

 

 

無罪を主張する神父に状況証拠を突きつける。そもそも手口が全く同じなのだから騙せるわけがない。ヒンメルにばかり酒を飲ませていたのだから。しかも今回はアイゼンも協力していたらしい。前よりも悪化している。

 

 

「いやはや貴方には敵いませんね、アウラ。初めて会った頃とは別人のようです。ではリーニエに倣って正直に話すことにしましょう」

「白状の間違いでしょ」

「違いないな」

「こらこら私は司祭ですよ? 私語は慎むように」

 

 

降参ですとばかりに両手を上げながらハイターは自白するも、全く反省の色が見られない。むしろ楽し気ですらある。こんなのが聖都の司祭だと言うのだから世も末だろう。アイゼンも同意見らしい。共犯に裏切られてしまったにも関わらず生臭坊主は変わらず平常運転。本当に食えない奴だ。

 

 

「実は二つほど理由がありまして。一つは渡り鳥がちゃんと巣に帰っているのか心配だったんですよ」

「渡り鳥……? 何のことよ?」

「ヒンメルのことです。彼は一つ所には留まらない性質ですから。ちゃんと帰っているのかが心配だったのです。どうやら杞憂だったようですか」

「何でそんな無駄なことをしてるわけ? 私かヒンメルに直接聞けばいいじゃない」

「それでは分からないこともありますから。貴方たちの場合は特にですね」

「罪な奴らだ……」

 

 

どうやら今回は問答ではないようだが、相変わらず遠回しな言い方をする奴だ。何でもヒンメルは渡り鳥のような奴らしい。言われてみればそうかもしれない。じっとしていられないという点においてはその通りだろう。そう考えれば最初の一年ほどこの村に滞在し続けていたのは珍しいことだったのかもしれない。

 

それはともかく。ようするにヒンメルがちゃんとここで生活しているかが気になったということか。元々寄るつもりだったのだろう。なら最初からそう言えばいいだろうに。本当に無駄なことばかりする奴らだ。捨て猫や犬扱いから、今度は鳥扱いされてしまっているのは癪だが。しかし

 

 

「二つ目はもう一羽の渡り鳥のことです。こちらの方が本題ですね」

「はぁ? 何のことよ?」

 

 

まだその鳥の話題は終わっていないらしい。どころか増えてしまう。一体何のことなのか。

 

 

「フリーレンのことだ」

「意味が分からないわ。あいつも渡り鳥だっていうの?」

「そうだ。しかもヒンメル以上に性質が悪い。巣がないからな。どこにいるのかすら分からん。ある意味似た者同士なのかもしれん」

「ですね。元々は引きこもりだったフリーレンをそう変えてしまったヒンメルのせいとも言えますね」

「ようするにどうでもいいことに私は巻き込まれてるってわけね」

 

 

大きなため息を吐きながら頬杖を突く。何でもあのエルフも渡り鳥だったらしい。心底どうでもいい。似た者同士なのは分かり切ったことでしかない。引きこもり云々は何のことかは知らないがどうせヒンメルがいつもの人誑しを発揮しただけだろう。ただ分かるのは、渡り鳥同士なので出会うことが困難なことだけ。あのエルフが母親になるのが想像できないとアイゼンが言っていた理由もその辺りなのかもしれない。何にせよ、私には関係ないことだろう。

 

 

「そんなことはありません。元々は貴方が提案してくれたことなんですよ、アウラ?」

「何のことよ?」

「以前お前が俺に言っていたことだ。フリーレンの居場所が分かれば教えて欲しいと言っていただろう?」

「……っ! 居場所が分かったってわけ……?」

 

 

しかし、どうやらそのまま無関係ではいられないらしい。それは私自身も忘れかけてしまっていたこと。あのエルフの居場所が分かれば伝えろという約束。どうやらアイゼンたちはそれを覚えていたらしい。そういうところは本当に目ざとい奴らだ。しかし

 

 

「いえ。ですがそのきっかけになるかもしれない催しが王都で行われる予定なんですよ。これを」

「何よこれ……?」

 

 

どうやらまだその渡り鳥の巣を見つけたわけではないらしい。その代わりに渡されたのは一通の手紙。言われるがままにその内容に目を通す。そこには

 

 

「大陸魔法協会の創設式典……?」

 

 

およそ私の想像とはかけ離れた、理解できない内容が書き綴られていた。一体これは何なのか。

 

 

「はい。どうやら新たな魔法使いの管理団体が設立されるらしく、その式典が近々王都で行われるのです。中央諸国の魔法使いたちがこうして招待されているというわけです」

「ふぅん……どうでもいいけど、あんた魔法使いじゃないじゃない」

「そんなことはありませんよ? ちゃんと女神様の魔法を使っていますからね」

 

 

そうどこか得意げなハイターに冷たい視線を送る。本当に口が減らない奴だ。しかし魔法使いの管理団体か。人間共は本当に妙なことばかりしている。その意図も意味も図り切れない。もっとも一番図り切れないのは目の前にいる生臭坊主の意図なのだが。

 

 

「話が逸れましたね。何でもその魔法協会を創設しようとしているのはエルフだという噂がありまして」

 

 

だがその意図が、その一言で一気に明瞭になる。

 

 

「エルフ……? それって」

 

 

魔法使いのエルフ。そんなのはあいつ以外には考えられない。しかも人間の魔法使いを束ねるような地位に就こうというのだ。そんな力と地位がある魔法使いなど他には考えられない。勇者一行の魔法使い以上の名声などあるわけがない。だというのに

 

 

「あいつではないな」

「ですね」

「その信頼は何なのよ」

 

 

それを全く間を置かずに否定する二人の仲間。そこまで信頼されているエルフは本当に何者なのか。本当に信頼されているのか。とにかくどうやらフリーレンは件のエルフではないらしい。こいつらがそう言うのならそうなのだろう。

 

 

「ですが多くの魔法使いが集まってくるのは確かです。商人も集まるでしょうし、珍しい魔導書や魔道具に釣られてやってくるかもしれません」

「完全にさっき言ってたミミックじゃない」

「完璧だな」

 

 

故にようやくその意図が明かされる。ようするにその催しに釣られてやってくるかもしれないエルフを捕まえに行こうという話なのだろう。そうならそうとさっさと言えばいいものを。私の反応を見てからかっているに違いない。生臭坊主め。ミミックばりの単純な罠だがきっとあのエルフには有効なのだろう。来る日に向けてミミックを服従させて集めておいた方がいいかもしれない。

 

 

「とにかく理由は分かったわ。でも、肝心のヒンメルはどうするわけ? あのエルフを探しに行くって言えば付いてこないかもしれないわよ」

 

 

大きく背伸びしながらそう尋ねる。そう、目下それが一番の問題だろう。馬鹿正直に伝えればヒンメルのことだ、何かに理由をつけて断りかねない。本当は会いたくて探しに行きたいのに、馬鹿な奴。そうなるとやはりこの二人にあのエルフを捕獲して引きずってきてもらうしかないのか。だが

 

 

「心配ありません。そのためにここに来たんですから。貴方が行くと言えば付いてくるでしょう」

「だろうな」

「私を何だと思ってるわけ?」

 

 

それすらもどうやら織り込み済みだったらしい。本当に人を何だと思っているのか。ヒンメルに対するミミックのような扱い。それを否定できない自分が愚かしい。あのエルフの件を伏せておけば勝手にヒンメルは付いてくるだろう。魔導書や魔道具に興味があると言えば疑われることもない。魔族も真っ青になるほどの利用っぷりだ。

 

 

「もういいわ……でもそもそも私たちは招待されてないけど行っていいわけ?」

「問題ありません。私たちは勇者一行ですから。何を隠そうこの招待状はフリーレン宛ての物でして。どこに送ればいいのか分からないからと私の所に来たのですよ。せっかくなので使わせてもらいましょう」

「本当に良い性格しているわね……あんた」

「生臭坊主だな」

 

 

この生臭坊主だけは敵に回してはいけないと再認識させられる。元々は私が言い出したことでもある。今回はそれに乗ってやるとしよう。問題はあのエルフがそれを知っているかどうか。魔法使いの間では随分前から流布されていることらしいが、あのエルフのことだ。噂が届いていなくてもおかしくない。山奥にでも籠っていたらお手上げだろう。そればかりはどうにもならない。

 

 

「聞き忘れるところだったわ。そのエルフとやらは何者なわけ? あんたのことだから調べ上げてるんでしょ?」

「本当に貴方には敵いませんね。ヒンメルが尻に敷かれるわけです」

「それ以上余計なことを言ったらその酒のアルコールを抜くわよ」

「はっはっはっ、それは勘弁して下さい」

 

 

結局酒絡みがこいつには一番効果があるのは間違いない。それはいいとして改めてそう問い詰める。こいつのことだ。調べていないわけがない。これまでの経験もある。伊達に私もこいつらと十年近く付き合ってはいない。それを見て観念したのかハイターは明かしてくる。そのエルフの正体を。

 

 

「そのエルフの名前はゼーリエ。神話の時代から生きているとされる、伝説の魔法使いです」

 

 

魔族にすら忘れ去られている、生きた魔導書とも呼ばれる大魔法使いの存在を――――

 

 

 

 

 

余談だが、結局翌朝には二日酔いによって二匹のアンデッドが発生。揃ってリーニエによって叩き起こされることになるのだった――――

 

 




今話からゼーリエ編となります。ちょうどアニメとも時期が被っているので楽しんでもらえると嬉しいです。

ゼーリエが表舞台に出てきたのは五十年以上前、ということになっていますが、少しこのSSでは時期がズレています。ご了承ください。では。
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