今、この場は全てその絶大な魔力によって、いやあのエルフによって支配されていた。その場にいる魔法使いたちは委縮し、戦意を喪失してしまっている。人間も魔族も関係ない。魔法を扱う者であれば逃れることができない本能。私もその例外ではない。見れば知らず手が、体が震えている。当然だ。
(やっぱり化け物の師匠は化け物ってわけね……!)
目の前にいるエルフの魔力量は目算で私の倍を優に超えていたのだから。五百年を生きた大魔族のこの私を。その事実に、屈辱に腸が煮えくり返る。久方ぶりに感じる魔族の本能であり、誇り。それを投げ捨ててでもこの場を逃げ出したい衝動に駆られる。そのどちらも私自身。エルフというのは皆こんな化け物ばかりなのか。隣にいるハイターの言葉通りなら、ここにはいないフリーレンもこれに匹敵する魔力を持っているのだから。実際にそれを目の当たりにすればあの時の生臭坊主の侮辱に反論することができない。戦う、という選択肢が浮かんでこない。魔族だから、というのもあるが
それだけではない。考えたくもないが最悪の場合、あのエルフは魔力を偽装している可能性すらある。魔力は生まれ持ったものや個人差もあるが、基本的に鍛えた年月に比例する。ならあのエルフの魔力はフリーレンを超えていてもおかしくない。しかも神話の時代から生きていたと豪語するほどの長寿。そしてフリーレンはそいつの孫弟子にあたる。あり得ないことではない。
それはつまり、今この空間を支配するほどの魔力でさえ制限された物である可能性があるということ。何の冗談なのか。まさに怪物。
(以前の私なら、とっくに逃げ出してるでしょうね……)
一度、大きく息を吐きながら目を閉じる。そのまま自分を落ち着ける。本能を、それ以外の物で押さえつける。魔力をコントロールするように。気づけば知らず、フリージアのアクセサリを手に握り込んでいた。その事実に一瞬驚きながらもすぐさま手放し、平静を装う。とりあえず隣にいるヒンメルには気づかれていなかったらしい。ヒンメルもまた、あのエルフに目を奪われている。幸いだった。やはりこいつはエルフが性癖に突き刺さるのだろう。本当に癪だが、服従させられていたからこそ、私はこの状況でも冷静でいられる。もしそうでなければ、恐らく私はもう命を落としていただろう。
(それにあのエルフも良い性格をしてるわね……生臭坊主といい勝負ね)
改めて状況を観察する。あのエルフの思惑が見て取れる。思い出すのはかつての王都での謁見。その途中で現れたハイターは魔力を隠匿し、潜んでいた。それと同じことをあのエルフも行っていたのは間違いない。もしそうでないならこの城はおろか、王都に入った瞬間に私達にはその存在が感じ取れたはず。ようするに意図的に、この場に現れるまで魔力を抑えていたのだ。自分の存在を見せつけるために。その衝撃は計り知れない。事実、それによって私たちは飲み込まれてしまっている。それだけで既にこの式典とやらの目的もほぼ達成されたようなものなのかもしれない。かつての魔王様の支配に通じるところがある。フリーレンもそうだが、エルフというのはやはり
「よくぞ参った。伝説の魔法使いよ。名を名乗るがよい」
魔力を感じ取ることができない国王にそれが察せられているのかは分からないが、全く気圧されることなく国王はエルフへと告げる。魔族から見れば何の魔力もない、ただの雑魚に見えるこの人間が、人間社会においてはそうではないことを私はもう理解している。少なくとも、下らない悪意に振り回されていたかつての取り巻きに比べれば幾分かまともな部類だろう。腐ってもこの国を統治している王なのだから。
「その前に……何故魔族がこんなところにいる? ここにいる連中は人と魔族の見分けもつかないのか?」
だがそんな国王を前にしても全く怯まないどころか、無視するようにエルフはそう言って私に目を向けてくる。いや、最初から私しか目に入っていなかったというのが正しいだろう。その視線が交差する。その瞳には何もない。久方ぶりに感じる。私を魔族として、言葉を話す猛獣としか見ていない者。間違いなく、こいつは
「そこにいるのはかつての七崩賢、断頭台のアウラだ」
「七崩賢……大魔族の生き残りか。そんな奴が何故ここにいる?」
「勇者ヒンメルが従えているのだ。今はその下で人類へ貢献しておる」
「ふざけているのか? 魔王が死んでまだ十年も経っていないのに、もう人間は魔族の愚かさを忘れてしまったのか」
心底呆れたかのような声色でエルフはそう吐き捨てる。その点においては私も同感だ。十年も経っていないのに、私は既に人間社会に認められ、溶け込みつつある。本当に人間は愚かなのだろう。魔王様が死んだとしても、全ての魔族が息絶えたわけでもない。なのに人間たちはもう忘れかけてしまっている。騙されてしまっている。十年でこれなのだ。百年経てばどうなってしまうのか。もっとも、それは
「貴様、国王に対して不敬であるぞ!」
それに対して国王の取り巻き、臣下たちがそう言い放つ。当然だろう。いくら今回の主賓とはいえ、明らかにその態度は度を越えている。ヒンメルたちなら既に不敬罪で処刑されかねない。それが分からないほど無知でも愚かでもないだろうに。エルフは全く意に介していない。自然体そのもの。魔力の乱れもない。もしかしたらこいつにとっては王の謁見も式典も何ら特別なことではないかもしれない。
それに対して国王もまた手で臣下たちを制しているだけ。咎めることはない。その事実に、私はもちろんヒンメルたちも、それ以外の者たちも悟る。目の前のエルフが魔力だけではない、違う力を有していることを。
「まあいい……こっちを先に済ますとしよう」
まるで道端の邪魔な石ころを見るような目で私を見ながらも、それを無視してエルフはその場にいる全ての者たちを見渡していく。それが終わると同時に
「私はゼーリエ。見ての通り、エルフの魔法使いだ。これから新しく創設される魔法使いの管理団体、大陸魔法協会の創始者となる」
どこか挑発的な笑みと共にエルフ、ゼーリエはその名を明かす。どうやらハイターの調べに間違いはなかったらしい。大陸魔法協会。人間共の魔法使いを束ねる新たな組織のこと。だが未だに理解できない。何故その創始者、トップがエルフなのか。そもそもそれがゼーリエにとって何の得が、利益があるのか。
「だが最初に言っておく。私はどの国の下にもつかん。戦争にも権力争いにも興味はない」
そんな疑問を抱くも、さらにゼーリエは理解できないことを宣言する。それは他の人間たちも同じなのだろう。会場がざわつき始める。当然だ。それはつまり、この式典そのものを否定しかねない発言だからだ。これまでの経験で、人間にとって国というものがどれだけ重要なものかは理解している。勇者であるヒンメルでさえ、その縛りには抗えないのだから。それによって起こる戦争や権力争い。それすらも興味はないとゼーリエは切って捨てる。ならこいつは何を目的にしているのか。それは
「あるのは魔法の発展だけだ。そのために私がお前たちに叡智を授けてやろう」
私にとって、いや魔族にとってもっとも理解しがたいものだった。当たり前だ。何故見ず知らずの、しかも人間たちに魔法を教えなければいけないのか。その探求を他者に委ねるなど。そもそも有象無象が集まったところで魔法が発展するわけもない。魔族にとって魔法はあって当たり前の物であり、同時に特別な誇りでもある。才がある者以外には相応しくない。それが分からないほどあのエルフは愚かなのか。
「疑っているか。だが事実だ。私は既に数年前から帝国の宮廷魔法使いの指南役となっている。同じことをここでもしてやろう、というわけだ」
そんな猜疑の視線を感じたのか、ゼーリエはそう付け加える。帝国。かつての魔王軍の勢力圏の最も近くに位置しながらも私たちに抗い続けた国。その魔法使いたちの指南を既に行っているらしい。それはつまり、人間たちの国の中でも強大な国である帝国がこいつを認めているということに他ならない。
「ほう……なら我らとお主は対等ではない、と?」
「当然だ……と言いたいところだが、そこまで傲慢ではない。協力関係と言うべきか。そっちにとっても悪い話ではないだろう?」
跪くことなく、どころか頭さえ下げることなくゼーリエはそう国王に告げる。私から見ても傲慢そのものでしかない立ち振る舞い。だがそれが許されているということ。それはつまりゼーリエが持つ権力が、影響力が国王であっても無視できないものであることを意味する。奇しくもこの十年で私がようやく理解し、得つつある力をあのエルフは手にしているのだろう。協力関係。友誼のようなものか。いや取引のようなものかもしれない。
「魔王の討伐によって既に魔法使いたちの質が低下し始めている。まだ魔王軍の残党がいるにもかかわらずだ。これ以上は看過できん」
再び流し目でその場にいる参列者を値踏みするゼーリエ。その言葉通りの意味なのだろう。魔王様が討伐されてしまったことで逆に魔法使いの質が低下してしまっているということか。事実、勇者であるヒンメルを恐れて魔族の多くが身を隠してしまっている。皮肉でしかない。それに言い返す者がいないことがその答えだろう。
「もっとも北や南側諸国とも交渉は残っている。本格的に動くのはまだ先になるだろう」
その長い髪を掻き上げながらゼーリエは再び国王に向かい合う。不敵な笑みはそのままに。その意味を、今の私は察することができる。ようするに、この話に乗らないなら他の国に後れを取るぞと脅しているのだろう。そのやり口はハイターに近い。違うのはこのエルフには物理的にも、社会的にもそれが可能な力があるということ。魔族よりもよっぽど厄介だろう。何故こんな奴がこれまで表舞台に出てこなかったのか。エルフは引き籠る習性でもあるのか。
「今回はお披露目だけということか。なるほど、噂に違わぬな。聞いての通りだ皆の衆、何か異を唱える者はおるか?」
内心穏やかではないだろうに、それを見せることなく国王はそう周りに促すもそんな奴がいるわけがない。この国の頂点にいる国王が異を唱えることができない相手に誰が。そもそも魔法使いは最初の時点で屈服してしまっている。
「大事なことを忘れていた。もし私の目に適うような者がいれば、特権を与えてやろう」
それに満足したのか、それとも本当に忘れていたのか。ゼーリエはその手に一冊の魔導書のようなものを生み出しながらそう宣言する。
何でもそれはゼーリエが修めた魔法を他者に分け与えることができる魔法らしい。本人曰く、古今東西、およそほぼ全ての魔法をゼーリエは習得している。人間側の、という条件は付くだろうが。それによって望む魔法を与えてやるということらしい。人間の魔法使いにとってはそれは自らの望みが叶うのと同義。魔族の私には理解できないが、そういうものなのだろう。その証拠に魔法使いたちの多くがざわつき、目の色を変えている。やっていることは動物相手に餌を目の前にぶらさげているようなものか。やはりこのエルフは
「ふむ……ならばちょうどいい。その特権とやらをそこの魔族、天秤のアウラに授けてみせよ」
あえて触れていなかったにも関わらず、思いもよらない横槍によって私は再び表舞台に引きずり出されることになってしまった。
「……ふざけるなよ。何故私が魔族にそんなことを」
「そやつは我が国に、人類に利益をもたらしておる。その報酬を探していてな。その特権とやらの証明ともなろう。それともできぬのか?」
至極真っ当なゼーリエの反論に国王はそう畳みかける。確かにそれは嘘ではないが、明らかに無理がある。間違いない。やはり国王もゼーリエの不遜な態度を据えかねていたのだろう。その意趣返しのつもりなのか。それは構わないがそれに巻き込まれるこっちは堪ったものではない。
「お断りだ。これは優れた魔法使いに与えるからこそ特権だ。そいつはいずれ人類の脅威になる。それこそ第二の魔王になりかねないほどの、な。ここで駆除しておくべきだ」
瞬間、空気が、魔力が変わる。まるで全身を貫かれるような鋭利な魔力の波。思わずこちらも魔力で応じてしまうのを抑えられない。再びゼーリエと目が合う。変わらない殺意と共に得も言えない感覚に襲われる。まるでそう、私という存在そのものを鷲掴みされているような感覚。私はそれを覚えている。忘れるわけがない。奇しくもその答えを目の前のゼーリエは口にしているのだから。
『魔王』
その名の通り、魔族の頂点に君臨する者の称号。人間の王などとは違う、弱肉強食においての頂点。だが魔王様の恐ろしさはそれだけではなかった。それはまるで私達では持ちえない未知、違う領域にいるような方だった。魔族そのものを支配するに足る何か。あのお喋り好き曰く魔王様の御心のままに、だったか。
だからこそ分からない。何故私がそうなるというのか。それを目指してはいるが、私は未だその域には遠く及ばない。どころか遠ざかっている。服従させられた中でそれを嫌というほど思い知らされた。自分がいかに井の中の蛙だったのかを。もし過去に戻れるとしたら、当時の自分を服従させてやりたいと思うほどには。
「何でそんなことが分かるわけ……?」
「ようやく喋ったか。どうやら声真似はできるらしい。ただの直感だよ。私の直感は外れたことはない」
思わずそう応えてしまう。完全な失策。この場においては喋らないのが最適解だった。命乞いなど論外。かと言って勇者一行の時のように欺かずに話すのも悪手だ。それはこちらと話す気がある者、騙すことができる相手でなけれが意味がない。目の前のエルフはそうではない。会話が成立しているように見えても、こいつにとってはそうではない。こいつは今、話ができない動物、道端の石に向かって独り言を呟いているようなものなのだから。
静寂。互いに一息で相手を仕留められる間合い。だが勝負にすらならない。彼我の戦力差に加えて今の私には戦うことは許されていない。例えその在り方が外れていようと、目の前のエルフは人類に属しているのだから。だが焦りはない。あるのはある種の諦観、呆れだけ。何故なら
「なら心配いらないかな。アウラには僕がついているからね」
今の私もまた、勇者一行という人類側に従属させらてしまっているのだから。
「……邪魔よ、ヒンメル」
当然のように私の頭に置かれている手を振り払う。二人きりならともかく、この衆人環視の中でのこの仕打ちは恥辱でしかない。結局こうなるのか。分かっていたが、他にどうすることもできなかった。思い返すのは今と同じく、王都で追いつめられた時のこと。あの時はそれを分かった上で利用したが今回は違う。リーニエに倣うわけではないが、それに頼らざるを得なかった。本当に癪に障る奴。
「勇者ヒンメルか……魔族に篭絡されたという噂は真実だったということか」
一度、目を見開きながらも再びそれを細めながらゼーリエはそう呟く。幾分かその殺気が弱まっている。いや警戒しているのか。流石は勇者といったところ。その下らない噂については言いたいことが山ほどあるが今はそれどころではない。何故なら
「ヒンメルだけではありませんよ。私も彼女の安全は保障しましょう」
「俺もだ」
ヒンメルが動いたと言うことは、必然的にこいつらも動くということなのだから。本当に今すぐ帰りたい。何故私はこんなところでこんなことに巻き込まれているのか。本当に愚かな、馬鹿な茶番でしかない。
「下らん……揃いも揃って騙されているのか。お前たちのような連中が魔王を倒したとは到底信じられん」
それを他でもないゼーリエ自身が代弁してくれる。当たり前だろう。どこに魔族を庇う勇者がいるのか。いや、今は勇者一行なのか。唯一の例外はあのエルフ、フリーレンだけだろう。もしあいつにまで庇われることがあれば、いよいよ私は魔族を名乗れなくなるだろう。
「私もそう思うわ」
「こらこら君はどっちの味方なのかな?」
「ただの本音よ」
欺くことなく、そう心からの本音を吐露する。敵も味方もない。なぜこんな奴らに魔王様は敗れたのか。確かにこいつらは揃いも揃って化け物だが魔王様はそれを超えていたはず。目の前にいるゼーリエですらそうだ。それを一人も欠けることなく、五体満足で成し遂げる。本当にそれは奇跡のようなものだったのだろう。
「確かにそうですね。もう一度やれと言われてもできませんね」
「俺も御免だ」
「僕もだ」
「あんたたちね……」
本人たちも自覚があったのか。それとも冗談なのか。いつものようにふざけ合っている三人に呆れ果てるしかない。さっきまでの啖呵はどこに行ってしまったのか。見ればまたアイゼンの手が震えている。どれだけ臆病なのか。
「……愚弄されたのに食い下がりすらしないのか」
そんなヒンメルたちの様子をどこか不愉快そうに見つめながらゼーリエはそう問いかける。どうやら今のはヒンメルたちを馬鹿にした、挑発するためのものだったらしい。なるほど。だが無駄でしかない。こいつらにはそもそもそんな物は通用しない。何故なら
「僕らだけじゃできなかったことだからね。ここにはいないフリーレンがいなければ、誰か一人でも欠けたら魔王は倒せなかった」
こいつらは、誰一人自分一人でそれを成し遂げたとは思っていないのだから。魔王様を討伐するのが目的ではなく、その先に価値を見出しているこいつらには。
「……あの未熟者のことか」
未熟者。フリーレンのことだろう。あの勇者一行の魔法使いを未熟扱い。やはり弟子は師匠を超えていないらしい。どうやらゼーリエはフリーレンのことを快くは思っていないらしい。仲が悪いのだろうか。
「あなたのことは一度、フリーレンから聞いたことがあったんだ。自分はあなたの孫弟子だって。こうして会ってみて確信したよ。やっぱり師弟は似るものなのかな」
そんなゼーリエの様子をどこか微笑ましく見つめながら、ヒンメルはそう話しかける。どうやらヒンメルはハイターに知らされるまでもなく、ゼーリエの存在を認識していたらしい。そして当然のように無自覚で煽るのを忘れていない。その証拠にさらにゼーリエは不機嫌さを増している。きっと似ている、と言われたことが気に食わないのだろう。それが分かっているのかいないのか。
「だから僕はあなたに感謝しているんだ。あなたがいたから、僕はフリーレンに出会うことができた。ありがとう」
いつものように、ヒンメルはそう感謝の言葉を告げる。それが言いたかったのだと。伝えることができて良かったと。自分があのエルフに出会えたのはゼーリエのおかげなのだと。本当に理解できない、お人好しの勇者の戯言。
「そういう意味では、あなたは千年以上かけて魔王を倒したのかもしれないね」
意味が分からない戯言。魔王を倒したのは他でもない勇者一行だ。ゼーリエではない。魔族には理解できない言葉。
それは人間だからこそ持ち得る概念。過去と現在、未来までを一つとして捉える生き方。自分と違う個体すらも巻き込んだ、系譜、歴史という在り方。それに基づけば、ゼーリエがいたからこそ魔王様は倒されたということになるのだろう。例え、自身が手を下していなくとも。本当に無駄な、暇な考え方。
「…………」
それによって、ゼーリエは黙り込んでしまう。さっきまでの剣呑な魔力は既に消え去ってしまっている。あるのはここではない何かを見ているような視線だけ。ここにはいないフリーレンのことを考えているのか。それとも。それがいつまで続いたのか。
「……もういい。興が削がれた。伝えることは伝えた。後はお前たちが決めるがいい」
そう吐き捨てながらゼーリエはつまらなげに踵を返す。どうやらヒンメルの戯言はゼーリエの気には召さなかったらしい。ヒンメルはそんなゼーリエの後姿を微笑みながら見つめている。ハイターたちがこいつを人誑しだと称していたのが分かる。これで本人は自覚がないのだから質が悪い。どうやら誑すのは人だけではないようだが。残念ながら本命のエルフは誑し込めていないので意味はないかもしれない。
(とりあえず助かったわね……生きた心地がしなかったけど)
紆余曲折はあったが私にとっては望ましい結果。ヒンメルたちがいる以上、一方的に駆除されることはないと分かってはいたものの、最悪この場で戦闘になることは十分あり得たのだから。それを話だけで、言葉だけで解決できたのだから僥倖だろう。人間ではないが、これこそが言葉の本来の使い方なのだろう。そう安堵するも
「それとそこの魔族。私についてこい。一人でだ」
それは去り際の、勇者に絆されたはずの大魔法使いの言葉によって消え去ってしまう。
「――――は?」
アウラはただ呆然としたまま、その場に立ち尽くすしかない。
それが大陸魔法教会において最初で最後の、魔族の一級魔法使い面談の始まりだった――――
今話は十九話と対になっているエピソードになっています。読み比べてもらうと面白いかもしれません。では。