ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「仕事」

 

「さあ、ここが今日から僕たちの家だ!」

「……はぁ?」

 

 

お待たせしましたとばかりにどこか格好をつけながら登場してくる勇者に呆れるしかない。そんな私の反応も何のその。勇者はそのままの勢いでドアを開け、中へと侵入していく。何の変哲もない、人間たちの世界でいう宿屋の一室。必要最低限の物しかない、豪華さも厳かさも何もないみすぼらしい部屋。なのに

 

 

「どうだい? ちょっと狭いかもしれないけど二人で暮らす分には十分だろう? 村長の厚意で使われていない宿屋の一室を借りることができたんだ。でもちょっと寂しいか……よし! 色々買わないといけない物が」

 

 

まるで玩具を目の前にした子供のように興奮し、部屋の中を駆けまわっている勇者様。一体何なのか。何が楽しいのか。理解できないのは私が魔族であることとは無関係に違いない。人間からしても目の前の勇者の行動は奇行に映るに違いない。端的に言って頭がおかしい。

 

 

「……ねえ」

「ああ、ごめんごめん。でも大丈夫だ! ちゃんと二段ベッドで寝る場所は二つあるからね。できれば僕は上がいいな。その方がワクワクするし。いいかい?」

 

 

何を勘違いしたのか。備え付けられた二段ベッドの上に登りながらそう尋ねてくる勇者。これが本当にあの勇者なのだろうか。あの魔王を倒し、魔族に恐れられている存在……のはず。というか私はこんな奴に二度も負けてしまったというのか。屈辱以外の何物でもない。

 

 

「…………好きにすればいいじゃない。それよりも、本気で私と一緒に生活する気なわけ?」

 

 

知らず、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら改めて問いかける。ある意味敗北以上の屈辱であり、悪夢としか思えないような事態。それが現実であることを確認するためのもの。同時に目の前の勇者を名乗る不審者の正気を確かめるために。それに

 

 

「もちろんさ。言っただろう? 僕と友達になってもらうって。僕は君たちと違って嘘はつかないからね」

 

 

さも当然だと自信満々の笑みを見せながらの威風。間違いなく本物だ。ご丁寧に嘘をつかないなんて皮肉まで混ぜてくる始末。こんなに自分を苛つかせる人間はこいつ以外には存在しないに違いない。

 

 

(本当に癪に障るわぁ……! 何でこんなことに……!?)

 

 

思い返すのはつい半日前。致命的な油断によって私は敗北し、目の前の勇者に、人間に隷属することになってしまった。だがそれ自体は既にあきらめていた。本当ならあの場で殺されていておかしくなかったのだから。それに比べればこんな恥辱。しかしこの時の私はまだ理解していなかったのだ。目の前の人間の荒唐無稽さを。だってそうだろう。一体誰が魔族と一緒に生活しようなんて考えるのか。魔族のことを何も知らない人間ならまだ分かる。だが目の前の人間はそうではない。勇者であれば誰よりも魔族がどんな存在か分かっている。人間と一緒に暮らすなんてことできるわけがない。いくら勇者が一緒にいたとしてもそれは不可能。昼夜問わず、四六時中魔族を監視するなんて魔族でもできない。そこにこそ付け入る隙があると私は狙ってもいた。だがその例外があった。

 

 

(まさか服従の魔法(アゼリューゼ)にこんな使い方があるなんて……!?)

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)

 

使用した相手をその名の通り服従させ、操り人形にしてしまう魔法。それによって私は勇者に服従させられてしまっている。だがその使い方は私とは全く違っていた。一番の違いは服従する相手、すなわち私に一定の自由意思と行動を許している点。今の私は勇者の命令、許可がなくても体を動かすことができ、喋ることもできる。でなければさっきのように口答えすることすらできない。もっとも何でも許されているわけではない。

 

 

『人間を食べてはならない』

『人間を傷つけてはならない』

『勇者から離れすぎてはいけない』

 

 

この三つが主な命令、戒律ともいえる私に課せられたルール。これらを守る限り、私は自由に行動することが許されている。上記の二つについてはある意味当然。人間共に害を及ばさないようにするためのものであり、命乞いする際に私が口走ってしまった失策の結果でもある。だが三つ目については予定外だった。それさえなければこの状況を脱するのはどうとでもなったのだが、勇者もそれは見抜いていたらしい。腐っても勇者ということなのだろう。それ以外にも細々としたルールは課されたものの、大した意味はない。

 

ようするに今の私は愛玩動物なのだ。人間が犬や猫にそうするように。牙を削って爪を抜き、喉を潰して去勢された。ただそれだけ。そのこと自体には興味がない。そも意味が分からない。そんなことをしても面倒なだけだろうに。反逆される危険を考えれば私の持つ死の軍勢のように完全な操り人形にした方が効率がいいに決まっている。

 

 

「何でこんなまどろっこしいことしてるわけ? 完全な操り人形にすればいいじゃない。それともあんたの趣味ってわけ?」

 

 

皮肉交じりにそう煽る。先のことを考えるなら従順な振りをして機会を窺うべき。やるべきではないこと。だがそうせざるを得なかった。魔族としての私の本能か。それとも純粋な疑問か。私自身にも分からない衝動。それに対して

 

 

「言っただろう? 君に罪を償わせるって。僕が命令したんじゃ意味がない」

 

 

やはり自分には理解できない類の答えが返ってくる。言葉が理解できないわけではない。その言葉の意味が理解できない。罪を償う。これまでも何度か人間たちから耳にしたことのある言葉。だが罪とは何なのか。償うとは何なのか。そもそも何で私がそんなことをしなければならないのか。全てにおいて荒唐無稽な返答。唯一分かるのは勇者が私に何かをさせたがっているということ。命令ではなく、自発的に。

 

 

「でも結局命令してるじゃない」

 

 

だがそれもまた矛盾している。何故ならもう自分は命令されているのだから。他ならぬ自らの持つ魔法、服従の魔法(アゼリューゼ)によって。それがある以上、私は目の前の人間に従わざるを得ない。どんな命令であっても。

 

 

「命令じゃない。お願いさ」

「どっちも同じじゃない」

 

そんな私の姿を見ながら、勇者はそう答える。本当にこの人間は、何を言っているのか。命令もお願いもどっちも同じもの。相手に何かを強制する行為。そこに一体何の違いがあるというのか。

 

 

「――いいや、違うさ」

 

 

しかし何かを確信しているかのように、自信に満ちた笑みを浮かべながらそう断言してくるその姿に口を噤むしかない。そう、そもそも人間と何かを理解し合おうとする方が無理な話なのだ。人間共に言わせれば私たち魔族は言葉の通じない猛獣。私たちから見れば人間は言葉で欺き、捕食する餌でしかない。

 

 

「……もういいわ。それにしても、どうしてこの村なわけ? てっきり王都にでも連行されるのかと思ってたけど」

 

 

これ以上は時間の無駄だと切り捨て、話題を変える。どうして自分をこの村に留めたのか。確か勇者は王都を活動の拠点としているはず。てっきりそこに連れていかれると思っていたのに何故。

 

 

「そうだね……色々理由はあるけど、一つは今君を連れて行くのは早いと思ったからかな。勇者である僕が擁護しても、君の処刑は免れないだろうからね。君が処刑されたいって言うんなら話は別だけど」

「……っ!?」

 

 

こちらをからかうような勇者の言動に思わず顔をしかめてしまう。そう、その可能性を失念してしまっていた。それは魔族からすれば理解できない序列階級。普通なら人間で最も強い勇者が頂点に位置するはずなのに、人間社会ではそうではない。王族とかいう実際には強さを持たない人間が全てを統治している。歪な支配体制。その前ではいかに勇者といえど好き勝手はできないらしい。

 

 

「でも一番の理由はそうじゃない。君の命を救ったのはこの村の人々だ。だからこそ、君はここで罪を償うべきだと思ったんだ」

 

 

そう勇者は自分へと告げてくる。私の問いへの答えなのだろうがやはりそれは理解できないものでしかない。

 

 

「……何言ってるの? 私を見逃したのはあんたじゃない。村人は何の関係もないわ」

「いいや、それは違う。僕はあの時、君を殺すつもりだった。それを止めてくれたのはあの二人だ。君は二人に感謝するべきなんだよ、アウラ」

「それこそ勘違いよ。あの二人がそうしたのは私の命乞いに騙されたからだわ」

 

 

見当違いも甚だしい。あれはただあの人間二人が自分の擬態に騙されただけに過ぎない。魔族として自分が勝ち取った結果に過ぎない。何故感謝する必要があるのか。確か、感謝というのは他人への借りのような意味だったはず。だとすれば猶更そんなものは自分にはない。

 

 

「やっぱりそこからか……」

 

 

そんな私の内心を知ってか知らずか、勇者は一瞬物憂げな表情を見せたかと思えば、それが嘘だったかのように今度は笑みを浮かべている。心なしか、さっきよりも嬉しそうに見えるのは何故なのか。

 

 

「……何よ、その顔。気味が悪いわね」

「いや、これからが楽しみだと思ってね」

 

 

自分からすれば何も楽しくない勇者の奇行を前にして今度はこっちが物憂げになるしかない。一体これがいつまで続くのか。魔族が長寿だとしてもとても耐えられたものではない。一刻も早くこの茶番という名の監獄から脱出しなくては。

 

 

「おっと、そうだった。忘れないうちに君に渡しておく物があったんだ」

「私に……?」

「そう、新しい服のことさ。この村で暮らすには君の格好は目立ちすぎるからね。村の人たちに頼んで何着か分けてもらったんだ」

 

 

こっちの都合なんて関係なく、勇者はその腕に抱えていた包みを広げて見せてくる。そこには人間の女、村娘が着ているような服がある。魔族である自分から見ても何の面白みもないただの衣類。本当ならこんな物、破り捨ててやりたいところなのだが堪えるしかない。まだしばらくはこの村に拘留されるのは間違いない。ならこの村の連中の心証を悪くするのは宜しくない。魔族の性質上、人間の振りをする、という意味では何も間違っていない、いわば常套手段でもあるのだから。それ以上に

 

 

「……ようするにこれに着替えればいいってわけね。命令なら仕方ないわね、いいえお願いだったかしら?」

 

 

また勇者に命令されて、無理やりやらされるより自分からする方が百倍マシだった。そのまま身に着けていた衣装を脱ぎ、広げられた古着の中から一着を無造作に手に取る。その採寸は自分に合わせているのか、小柄な女性で着れそうな物になっている。そんな無駄な気遣いはできるらしい。だが染み付いた人間臭さまではそうはいかない。その匂いに辟易していると

 

 

「…………」

 

 

目を見開いたまま、固まってしまっている勇者の姿があった。まるで信じられない物を見た、といった風に硬直している。服従の魔法(アゼリューゼ)が反転してしまったのかと思ってしまうかのような有様。

 

 

「……何よ? 心配しなくても着てやるわよ。文句があるわけ?」

「っ!? ち、違う! そうじゃない! 何でまだ僕がいるのに着替えているんだ!?」

「……はぁ?」

 

 

打って変わって狼狽し、赤面しながら両手を上げたまま顔をそむける勇者の姿に首をかしげるしかない。一体何に騒いでいるのか。そこでふと気づく。それは今の自分の格好。一糸纏わぬ生まれたままの姿。着替えようとしているのだから当然。魔族ではない、人間の前で着替えることに羞恥心なんてあるわけがない。人間が動物の前で着替えることに何も感じないのと同じ。人間もそうなのだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。だがそれにしても

 

 

「ああ……そういうこと。気にしなくていいわ。それに女の肢体なんてあんたなら見慣れてるでしょ?」

 

 

いくら何でも反応が初心すぎる。勇者と言えば、魔族でいえば魔王に匹敵する称号でもある。言い寄ってくるであろう異性も番も数えきれないほどいてもおかしくない。人間と魔族の認識の違いに驚いてしまったのだろう。もっともそれはお互い様なのだが。だがそんな私の予想は

 

 

「…………」

 

 

さっきまでとはまるで別人のように黙り込んでしまっている勇者の姿によって外れてしまう。静寂。それがいつまで続いたのか

 

 

「……あんた、もしかして」

「っ!? とにかく、僕は一旦外で待ってる! 着替え終わったら呼んでくれ!」

 

 

私が言い終わるよりも早く勇者は脱兎のごとく部屋を出て行ってしまう。それだけで全てを察するにあまりある逃走。

 

 

(あいつ……本当に勇者なのよね……?)

 

 

死の軍勢や人質よりも、色仕掛けの方が効果的だったのではないかと本気で思ってしまうような光景に呆れ果てながら、一人黙々と着替えを再開するしかなかった――――

 

 

 

 

「――よし、もう一つ君に見てほしいものがあったんだ!」

 

 

閑話休題。さっきまでの出来事がなかったかのように勇者は帰還する。当然のように着替えた私の容姿を褒め称えてくるのは流石と言っていいのかもしれないが、残念ながら私の琴線には触れることもない。これ以上話が脱線するのも面倒なので私もなかったことにする。もっともこの場に限ってだが。

 

そんな無言の休戦協定の中、勇者は今度は大きな鞄を部屋に持ち込んでくる。冒険者が旅をする上で持ち歩く類の物。そして部屋の真ん中でそれを開けた瞬間、中身が弾け出してきた。一体どれだけ詰め込んでいたのか。何よりその中身に眉をひそめてしまう。

 

 

「何よこれ……?」

「見て分からないかい? 魔導書だよ。ほら、そう書いてあるだろう?」

 

 

魔導書だった。そんなこと見れば分かる。本の物もあれば、羊紙が丸められた物もあるが間違いなく魔導書の類。魔法使いであればそれを読めば書かれている魔法が使えるようになる代物。だが問題はそんなことではない。

 

 

「そんなこと聞いてるんじゃないわ。何で勇者のあんたが魔導書をこんなに集めてるわけ? もしかしてあんた、魔法も使えるの?」

「いいや、使えたら良かったんだけど魔法だけはからきしでね。でもかっこいいじゃないか! 魔法は浪漫の塊だし、何よりも綺麗だからね」

 

 

どうして自分で使えもしない物を集めているのか。予想通り、まともな答えは返ってこない。浪漫に綺麗。魔族と人間の間にある隔差ではない。勇者ヒンメルという存在との間にある隔差。何でも人助けの旅をしながら、報酬として魔導書を集めているうちにこんな数になってしまったらしい。持ち歩いている鞄でこの数なら、自宅はどうなっているのか。

 

 

「最近ようやく探していた魔法が見つかって……あった、これだ! 『シロップを出す魔法』! それだけじゃなくて他にも……」

 

 

玩具を見せびらかす子供そのままに、聞いてもいないのに魔導書を手に取ってはこっちに見せびらかしてくる。もっとも欠片も羨ましくない。当たり前だ。

 

シロップを出す魔法なんてまだ序の口。声をやまびこにする魔法、背中をかく魔法、果物を剝く魔法等々。魔法にする意味がない、ゴミかガラクタと言ってもいいような内容のものばかり。民間魔法と呼ばれているらしいが人間たちは魔法を一体何だと思っているのか。思わずそのまま悪態をつこうとするも止めてしまう。何故なら

 

 

「――――」

 

 

さっきまで嬉しそうに魔導書を見せびらかしていた勇者が一冊の本を手に持ったまま固まってしまっていたから。先程と違うのはその表情。これまで見たことのない物。

 

 

「……どうかしたの?」

「……いや、何でもない。それよりもこれを見せたかったのは、君がこれらの魔法が使えるのか聞きたかったからなんだ。どうかな?」

 

 

手に持った魔導書をしまいながら、勇者はそう自分に問いかけてくる。成程、それが目的だったらしい。答えるまでもない。こんな低俗な魔法何て言わずもがな。およそ人間の扱う魔法で大魔族である自分に扱えないものはない。しかしそれを正直に答える気にはならない。そもそも自分はこんな魔法を使うために研鑽を積んできたわけではない。魔法とは崇高なものであり、魔族にとっては生涯を懸けるに足るもの。

 

 

「さあ? 知りたいなら命令すればいいじゃない」

 

 

せめてもの抵抗としてそう拒否する。命令されれば答えるしかない、意味のない行動。だが確かな自分の意志。だがそれは

 

 

「そうか……やっぱり君には無理だったかな。フリーレンならできたんだけど」

 

 

予想すらしていなかった形で挫かれることになった。

 

 

「――――は? どういう意味?」

「いや、仲間のフリーレンがやっていたことだから、魔法使いならできるのかと思っていたんだけど、違ったみたいだね。やっぱりフリーレンが特別だったのかも……」

 

 

うんうん、とどこか納得がいったとばかりに頷いている勇者の姿に思わず息を飲む。視界は知らず真っ赤に染まる。あり得ない。あろうことか目の前の勇者は魔法使いとして私が劣ると言っているのだ。あのエルフの魔法使いよりもこの私が。あり得ない。あんな魔力量しか持たない、ただ仲間に恵まれただけの下等な魔法使いよりも。それは魔族として最大級の侮蔑に他ならない。

 

 

「そんなわけないじゃない――!! あのエルフにできて私にできないことなんてないわ! こんなくだらない魔法なんて一晩あれば全部覚えて――」

 

 

瞬間、自らの失態にようやく気付く。まるで待ってましたとばかりに笑みを浮かべながらこちらを見つめている勇者の姿によって。完全に嵌められた。こいつ、最初からこうするつもりで話の流れを持って行ったに違いない。勇者らしからぬ強かさ。それにしてやられてしまった悔しさ。本当に癪に障る奴。

 

 

「…………何を企んでるわけ?」

 

 

その全てを飲み込んで、ようやくそう言葉を絞り出す。魔族らしからぬ、心からの本音。

 

 

「企むなんて大それたものじゃないさ。ただ、この村で暮らす上で絶対に欠かせないことをしてもらおうと思ってね」

「…………何よそれ?」

 

 

得意げに、もったいぶりながら勇者はその答えを口にする。曰く、人間社会で生きていく上では当たり前のこと。それは

 

 

「――仕事さ」

 

 

勇者ヒンメルに翻弄されながらも、アウラの人間社会での第一歩が始まろうとしていた――――

 

 

 

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