第六十話 「嫉妬」
勇者ヒンメルの死から二十八年後。 中央諸国リーゲル峡谷にある村にて。
(この方が、 戦士シュタルク様ですか……)
改めて目の前にいる男の子、 戦士シュタルク様に目を向ける。年は私と同じぐらいだろうか。鋭い目つきと赤い髪。 額には大きな傷がある。 一見すると悪人面。 だがその近くに置かれている大きな斧がただ者ではないことを証明している。 何故ならその斧はアイゼン様が持たれていた物と同じだったのだから。
「そういうわけで、 私たちのパーティの前衛になってほしいんだけど」
知らず緊張している私とは違って、いつもと全く変わらない様子で淡々とフリーレン様はシュタルク様にそう切り出す。 こういう時には頼りになる方だ。 さっきまで魔導書欲しさに竜と追いかけっこをしようとしていた人と同一人物とは思えない。
紅鏡竜。
それが村の近くの谷に住み着いている竜の名前。 冒険者を何人も食べ、村を襲ったこともある危険な存在。 なのにその巣にある珍しい魔導書が欲しくて手を出すなんてフリーレン様らしいと言えばらしい。 それに付き合わされるのは堪ったものではないが。 流石のフリーレン様もこのままでは難しいと判断したのか、 その協力も含めてシュタルク様に会いに来た形。 ヒンメル様なら村を救うためと言うのだろうが、それに魔導書の収集がついてくるあたりがこの方らしさなのだろう。 それはともかくとして
「……」
ついさっきまで堂々と、どこか威圧的だったシュタルク様は打って変わって挙動不審になってしまう。 落ち着きなく、私たちの後ろを気にしたり、周囲を見渡したりきょろきょろしている。一体どうしたのか。 もしかして私たちが竜を連れてきてしまったと思ったのか。 それとも師匠であるアイゼン様が一緒だと思ったのか。
「何を気にしてるの? アイゼンならいないよ」
「そんなことは分かってるさ。 師匠がこんなところに来るわけねえよ。 俺が探してるのは姉ちゃんだ。 一緒に来てるんじゃねえのか……?」
「お姉ちゃん、ですか……? シュタルク様にはお姉さんがいらっしゃるんですか?」
フリーレン様も同じ考えだったのだろう。 そう伝えるもますますシュタルク様は平静さを失くしている。 何でもお姉さんを探しているらしい。しかし違和感は拭えない。 シュタルク様にお姉さんがいる、なんて話は聞いていない。 アイゼン様の話ではシュタルク様は戦士の村の生き残りだったはず。 そんな私の疑問は
「違うよ! リーニエ姉ちゃんのことだよ!? 師匠の知り合いなら知ってるだろ!?」
情けなさの極みのような顔と声を晒しているシュタルク様の言葉によって、ようやく氷解した。
「またそれか。もちろん知ってるよ。 ヒンメルの一番弟子を語ってる魔族だよね」
「つい最近まで知らなかったじゃないですか」
「昔のことは気にしちゃ駄目だよ、 フェルン」
どこか自慢げに胸を張っているフリーレン様に思わずそう突っ込んでしまうも全く堪えていない。 本当にこの方はこんな時だけ昔なんて言葉を使うあたり、確実に悪知恵を付け始めている。 今度叱っておかなくては。 それはともかく
「でも何でリーニエがお姉ちゃんになるの? そいつはヒンメルの弟子でしょ? シュタルクの姉弟子じゃないのに」
「そんなの姉ちゃんには関係ないんだよ! 初めて会ったのにいきなり 『私のことをお姉ちゃんと呼びなさい!』って言われたんだぜ!? 意味が分かんねえよ!? 魔族ってみんなああなの!?」
「そいつは例外だからね。 深く考えたら駄目だよ。 まあ、でもよく考えたら当たり前か。 リーニエはアイゼンの所によく通ってたらしいし」
フリーレン様はようやく納得がいったという風に頷いている。 確かにその通りだろう。 リリー様の話でも半年に一回はリーニエ様はアイゼン様の元を訪ねていたらしい。 ならその一番弟子で一緒に暮らしているシュタルク様と顔見知りなのは当たり前。 なのに何故かそれが面白くない。 そう、 その理由も分かっている。 何故なら
「そういえばフェルンにも同じようなことしてたってハイターも言ってたっけ。 でしょ、フェルン?」
「…………はい」
私も小さい頃に、リーニエ様に同じことを言われたことがあったのだから。 違うとすれば、 私はシュタルク様とは違ってリーニエ様をお姉ちゃんと呼ぶことができなかったということ。
「何? 俺、何か悪いこと言った?」
「いつものことだから気にしなくていいよ。 機嫌が悪くなるとすぐむくれるんだから」
「むくれてなんていません」
私を子供扱いするフリーレン様にそう反論するも、きっと私は言われているようにむくれてしまっているのだろう。 だってしょうがない。 私だってリーニエ様をお姉ちゃんと呼んでみたかったのに。 まさかシュタルク様に先を越されていたなんて。 恥ずかしさと申し訳なさでできなかった私が悪いのだが、 どうしても不機嫌になるのは抑えられない。きっとリーニエ様はシュタルク様にそう呼んでもらえて目を輝かせて喜んだに違いないのだから。 フリージアに着いたら今度こそは、と思っていたのに。
「でも何でリーニエがいなくて安心してたの? お姉ちゃんって言うぐらいだから親しいんじゃないの?」
そんな私の機嫌を察したのか、 フリーレン様はそう話を続ける。 確かにそうだ。 始まりはリーニエ様らしい強引さだったのかもしれないが、それでもお姉ちゃんと呼ぶほどの仲なのだ。 なのにどうしていないことに安心するようなことを。だが
「そんなの怖いからに決まってるだろ!?」
さっきよりもさらに酷い声を上げながら、 シュタルク様は本当に情けない本音を曝け出してきた。
「怖い ……? リーニエ様がですか? 確かに賑やかな方でしたが、 そんな風には」
「お前全然姉ちゃんのこと分かってねえよ!? 稽古つけられたことないから知らないだろうけど、 姉ちゃん師匠よりも厳しいんだからな! 絶対あれ人の心を持ってねえよ!」
「魔族だからね」
フリーレン様の魔族嫌い故の的確なつっこみは置いておくとしても、 どうやらリーニエ様には私の知らない一面があったらしい。 それはきっと同じ戦士、 師弟だからこその厳しさなのだろう。 フリーレン様も厳しいが、魔法使いである私とはまた違うのかもしれない。 でも全然分かってない、とまで言わなくてもいいだろうに。 私だって短かったとはいえリーニエ様と一緒に過ごしたことがあるんだから。
「まだ小さかった頃、崖から落とされかけたんだよ! 戦士ならこのぐらい平気だろって。 信じられないだろ!?」
「? 戦士ならそのぐらい平気じゃないの? アイゼンはいつも平気だったよ」
「お前もかよ!? ふざけんなよクソババア! 俺は人間だっつーの!」
でもそんな私の嫉妬も吹き飛んでしまうような事実に圧倒されるしかない。 アイゼン様から聞かされて思っていたことではあるが、 戦士とは一体何なのか。 そういえばフリーレン様からアイゼン様の頑丈さに関する話を何度か聞いたことがあったっけ。 冗談だと思って聞き流していたが、まさか本当だったとは。 きっとハイター様はドン引きしていたに違いない。ヒンメル様とフリーレン様はきっとそれが戦士として当たり前だと思っていたのだろう。 初めてシュタルク様に同情する。リーニエ様には悪意がないとはいえ、 小さい頃であればなおのことだろう。 しかし、シュタルク様の叫びと共に思わず息を飲んでしまう。 何故なら
「そうなの? アイゼンの弟子だからそう思ったんだけど……それと私を年寄り扱いしたら許さないからね。 あと二回までだよ」
「何それ怖い。 どうなるの?」
「気をつけてください、 シュタルク様。 勇者ヒンメル様でも恐れおののくことが起きますから」
シュタルク様が、 絶対に触れてはいけないフリーレン様の逆鱗に触れてしまったから。 唯一の救いはその猶予があること。 私も実際に見たことはないが、それが起こればどうなるか。 ハイター様やアイゼン様から聞かされて私は知っている。 あのヒンメル様が恐れおののくほどなのだ。 絶対に回避しなければ。
「シュタルクもフェルンと同じであいつらと係わりがあったってことだね。 ちなみにアウラのこと、どう思った?」
「アウラのこと? どういう意味だよ?」
「アウラと接して何か感じなかったかってこと。 一応聞いておこうと思って」
「? よく分かんねえけど……お袋みたいだったな。 家事ばっかりしてるし、 姉ちゃんと一緒によく叱られたし」
「だよね。 聞いて損した」
「酷くねえ?」
「気にしないでください、 シュタルク様。 いつものことですから」
それを先送りにしながら、今度は自ら地雷を踏みに行き、玉砕しているフリーレン様。 激しい既視感がある。 こうなることは分かっているのにあえて突っ込むなんて。 ミミックじゃないんだから。 シュタルク様の答えも私と同じ。 どうやらフリーレン様の期待していた答えではなかったらしい。 それに振り回されるシュタルク様。 なんだか少し親近感がわいてきた気がする。 同じような境遇だと分かってきたからだろうか。
「ですが、シュタルク様はアウラ様のことを呼び捨てにされているのですか?」
「何かおかしいのか? 師匠も呼び捨てにしてたし、アウラからもそうしろって言われたからしてるだけなんだけど。あ、でも姉ちゃんは不満そうだったかな」
「リーニエ様が厳しいのはそれも原因なのでは?」
アウラ様を呼び捨てにしている理由ももっともだが、 やはりその従者であるリーニエ様にとっては面白くないのだろう。きっとそれも厳しい理由に違いない。
「でもそんなに怯えなくてもいいのでは? 取って食われるわけではありませんし」
「普通は取って食われるんだけどね」
「フリーレン様」
「ごめん」
そうリーニエ様のフォローをしようとするもフリーレン様の茶々で台無しにされてしまう。 本当にこの方は魔族が嫌いなんだろう。 それは構わないし、 当然なのだろうが空気は読んで欲しい。
「お前らだって知ってるだろ。 俺、師匠と喧嘩別れしてここに来てるんだ。 それ以来姉ちゃんとも会ってねえ……知られたら絶対怒られる。 まだ竜と戦ったほうがマシだぜ」
打って変わって真剣そのものの顔でそう宣言するも言ってることは情けなさの極み。 しかもその組んでいる両手は震えている。 どれだけリーニエ様が怖いのか。 そもそもシュタルク様が臆病なだけではないのか。 それに比較されるのが竜だなんて色々な意味でリーニエ様に失礼だろう。 しかし
「ふうん……シュタルクはリーニエならあの竜も倒せるって思ってるんだ」
「当たり前だろ。 俺なんかよりもずっと強いんだぜ。 師匠だって自分よりも強いって言うぐらいなんだ」
「今のアイゼンよりも、か……やっぱり厄介だね。 どうしたものかな」
「え? 何の話?」
「気にしないでください。 フリーレン様の趣味みたいなものですから」
我が師は違う意味で興味深げに分析している。 葬送としての、 魔法使いとしてのフリーレン様の顔。 きっとリーニエ様と戦うことになった時の想定をしているのだろう。 本当なら叱るべきところなのだろうが、 魔法使いとして私には足りない部分でもある。これまでの経験からリーニエ様が危険な魔族ではないと理解しながらも、最悪の事態を常に想定している。 その名の通り、冷徹な魔族殺しの在り方。 これからアウラ様たち以外の魔族と接するうえで私も身に付けなくてはいけないものでもある。
「でも少し安心しました。 リーニエ様は変わられていないようですね」
「フェルンだっけ? お前も姉ちゃんと会ったことがあるのか」
「はい。 小さい頃に一度。 よく遊んでいただきました」
「俺もさ。 ただ俺の場合は遊ぶより、 稽古ばっかりだったけどな。 自分に弟子ができたと思ってたみたいだ」
「リーニエ様らしいですね」
リーニエ様、という共通の話題ができたからなのか。 初めて同じ年頃の男の子と会話するのに、全く違和感がない。 少し肩の荷が下りたような気がする。 どうやらアイゼン様との約束を守ることができそうだ。
それにしてもリーニエ様はきっとあの頃と変わっていないのだろう。 シュタルク様を自分の弟、弟子のように思っていたに違いない。 ハイター様にも聞いたことがある。 何でもリーニエ様は模倣する魔法を使うのだと。 それもあってアウラ様やヒンメル様の真似をしているらしい。 きっとその影響もあるのだろう。
「やることが全部強引なんだよな。 遊んでたと思ったら急に別のことしだしたり。 嫌だって言うのに無理やり水浴びさせられたり、 それでよくアウラに怒られてたよ」
「純粋な方なんでしょうね。 知り合いの方も、見た目よりも幼いと仰っていましたから」
「あれで今はもう八十超えてるんだろ? 魔族ってのは本当に俺たちとは違うんだな」
「フリーレン様やアイゼン様もそうですね。 やはりリーニエ様も容姿は変わられていないんですね」
「初めて会った頃のままだと思うぜ。 なのにいつまでも子供扱いしてくるんだ。 今は俺の方が見た目は年上なのにさ。水浴びぐらい一人でできるっつーの」
当時を思い出しているのか。 シュタルク様はどこか困った顔をしている。 無理もない。 他でもない私もそれに振り回された側なのだから。 でもそれは全く不快ではなかった。 どころかその純粋さ、 天真爛漫さに子供心ながら惹かれたほど。水浴びは私も一緒にしていて体を洗ってもらっていた。 きっとアウラ様にしてもらっていたことを私達にもして下さっていたのだろう。
そして悪意がないというのもあるだろうが、やはり魔族。 その容姿はほとんど今でも変わっていないらしい。 私が会った時には人間で言うなら十四、五歳くらいの容姿だったはず。 やはりフリーレン様たちのように、長命種の方は見た目と年齢が人間とは全く異なる。 八十年というのも、魔族ではまだ若い扱いに違いない。
だが、ふと引っかかりを覚える。 当たり前のように語られていた内容に。
「? シュタルク様は最後にリーニエ様に会ったのはいつなんですか?」
「? 師匠と喧嘩別れするちょっと前だから……三年前かな。 それがどうかしたのか?」
流れるように、疑念を持たれないよう自然にそう尋ねる。シュタルク様がリーニエ様と最後に会ったのはいつなのか。
何もおかしくない質問。 それにシュタルク様は正直に答えてくれる。何の疑問も持たずに。
「シュタルク様は今いくつですか?」
「え? 十七だけど」
淡々と次の質問をする。 やはり予想通り。私と同い年だったらしい。 それはいい。問題なのは
「シュタルク様は……そんな年までリーニエ様と一緒に水浴びをしていたんですか?」
その三年前。 つまり十四の頃までシュタルク様はリーニエ様と一緒に水浴びをしていた、ということ。
「え? いや、確かにそうだけど……あれは姉ちゃんが無理やり、 っていうか姉ちゃんそんなにおっぱい大きくないし気にするようなことじゃ」
何よりも異常だったのは、シュタルク様はそれが何もおかしいことではないと思っていること。 全く疑問に思っていない。どころかリーニエ様の胸のことまで持ち出している。あり得ない。
「ふしだらです。 フリーレン様、こいつは駄目です。 他をあたりましょう」
ふしだらだった。 とんでもなくふしだらだった。 ヒンメル様のスカート捲りが可愛く見えるほどのふしだらっぷり。 やはり男の子はみんなこうなのだろう。 ちょっとでも話をしていて楽しいと思ってしまった私が馬鹿だった。
「何だよそれ!? っていうか何の話!?」
完全に置いてきぼりになってしまっているシュタルクを絶対零度の視線で見下した後、フェルンはそのままその場を去っていくのだった────
「やっちゃったね、シュタルク。 フェルンのふしだら認定は尾を引くよ。 私もそうだからね」
「お前もかよ!? 頼りにならねえな、 ほんと!?」
「フェルン、怒ると怖いんだよ。 あと年上のお姉さんとして教えてあげる。 女性の魅力は胸の大きさでは決まらないんだよ、 シュタルク?」
「あんたがふしだら認定された理由が分かる気がするよ」
私と同じふしだら認定されてしまったシュタルクを慰めてあげる。 やはり私はお姉さんなんだろう。 本当なら胸の大きさ云々は叱ってあげなければいけないところなのだが、 今回は大目に見てあげることにする。 しかしやっぱりこうなったか。 リーニエのこともあるだろうが、 あの子は基本的には人見知りだ。 私の弟子なだけはある。 シュタルクには悪いが旅の途中で揉めるよりも、 今の方が良かったと言えるかもしれない。
「そういえば聞き忘れてたんだけど、 シュタルクは竜と戦える?」
「できるわけねえだろ。 俺、 戦闘経験ゼロだぜ? 見ろよ、今も手が震えてる」
「やっぱりアイゼンの弟子だね。 震え方までそっくりだ。 震えてる理由は竜じゃなさそうだけど」
すっかり忘れていた、一番重要なことを聞くも期待通りの答えが返ってくる。 うん、やっぱり冒険はこうじゃなくちゃいけない。 何だか昔を思い出す。 ヒンメルたちと旅を始めた頃の空気。 もっとも、そのメンバーも何もかもが違う。
「さて、どうしたものかな」
パーティの年長者として、師匠として。 伝説の魔法使いは新たな仲間の勧誘に心を躍らせるのだった────
最新話を投稿させて頂きました。執筆する時間が中々取れず遅くなり申し訳ありませんでした。これからもお付き合い頂けると嬉しいです。では。