ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六十一話 「掌」

「流石に昨日のは言いすぎだと思うよ、フェルン?」

 

 

宿屋のベッドに腰かけた私にそうフリーレン様が話しかけてくる。時刻は夕刻。 既に夕食を済ませた後。 何を指摘されているかなんて考えるまでもない。そのせいで今日一日私はずっと不機嫌なままだったのだから。それは昨日のシュタルク様とのいざこざの件。私だって自分が言いすぎてしまったことは分かっていた。本当は謝りに行かなければいけないことも。

 

 

「……でも、やっぱりふしだらです。いくらリーニエ様が魔族だとしても」

 

 

それでもやっぱりそれはふしだら、おかしいはず。私が世間知らずだとしても。そんな意地の張り合いのような私の我儘。

 

 

「まあ、シュタルクは子供なんだろうね。小さい頃からずっとアイゼンと二人きりで過ごしてたわけだし。そう考えると、フェルンと一緒かもね」

「私はハイター様だけではなくて、フリーレン様とも一緒でした」

「そうだったね。ならフェルンはシュタルクよりもちょっと大人かな」

「子供扱いしないでください」

 

 

そんな私の心境を見抜いているかのように、フリーレン様に子供扱いされてしまう。本当にこの方は。確かに私はフリーレン様から見れば子供なのかもしれないが、シュタルク様よりは大人のはず。でもこういうところはやはりフリーレン様も年長者なんだなと感心しかけるも

 

 

「リーニエってやつも弟と一緒に水浴びしてたようなものだと思うよ。シュタルクもね。それにフェルンは気にすることないよ。見たことはないけど、きっとフェルンの方がリーニエよりも胸の大きさは」

「ふしだらです」

「ごめんて」

 

 

それは一瞬で消え去ってしまう。やっぱりふしだらでしかない。私が気にしているのはそこではないというのに。分かって言っているのだろう。どっちにしろふしだらなのは変わらない。ただ、お二人が姉弟のような関係だというのは間違いないだろう。流石にあの年まで一緒に水浴びしているのはどうかと思うが。

 

 

「まあ、今回ばかりはヒンメルがいなくて良かったかもね」

「何のことですか?」

「こっちの話」

 

 

フリーレン様はフリーレン様でまたよく分からないことを口にしている。なぜ今ヒンメル様が出てくるのか。

 

 

「冗談はいいとして……シュタルクが羨ましかったんでしょ? リーニエを、お姉ちゃんを取られちゃったみたいで」

 

 

そんな私の困惑を見ながらもフリーレン様は本当に何でもないことのように私の本心を言い当てる。私自身が認められない、私の不機嫌さの理由。

 

 

「……本当にフリーレン様は人の心が分かっていませんね」

「私はエルフだからね。でもフェルンの心は少しは分かるよ。私はフェルンのもう一人のお母さんだからね。 村の人からお菓子もらったんだ。食べる?」

「……いただきます」

 

 

色々と言いたいことを飲み込んでそのまま差し出されたお菓子を俯きながら頂くことにする。本当にこの方は人の心を分かっていない。普通なら恥ずかしくて言えないようなことをさらっと口にするんだから。そして上機嫌にお母さんっぽさを強調している。きっとシュタルク様の話で聞いたアウラ様に対抗しているのだろう。私がもう一人のお母さんだと思っていると伝えたのがよっぽど嬉しかったのだろう。 ことあるごとにフリーレン様はそれを繰り返している。やっぱり伝えたのは早すぎたのかもしれない。

 

 

「ようやく機嫌も直ったみたいだね。足りないならかき氷出してあげようか?」

「結構です。それよりもフリーレン様はこれからどうするおつもりですか?」

「どうするって、何が?」

「もちろんシュタルク様のことです。本当に一緒に連れて行くつもりなんですか?」

「フェルンは嫌なの? やっぱりふしだらだから?」

「そうではなくて……シュタルク様は、竜どころか魔物とも一度も戦ったことがないんでしょう? あんなに臆病では旅にはついてこれないのでは」

 

 

人のことを餌付けするかのような扱いに不満を抱くも、とりあえず機嫌が直ったのは確か。そのまま話題はシュタルク様のことに。しかしフリーレン様には私の懸念は全く通じていない。フリーレン様にとってはシュタルク様を連れて行くのは確定しているらしい。いくらアイゼン様に頼まれたのだとしても、あんな臆病な姿を目の当たりにしているのに一体何故。

 

 

「そっか。フェルンはアイゼンが臆病だって知らないんだっけ。心配ないよ。あいつは間違いなくアイゼンの弟子だ。アイゼン風に言うなら戦士だね。きっと竜にだって負けないよ」

「……? アイゼン様がですか? 確かにそう仰っていましたが、冗談だったのでは? とても信じられません」

 

 

そんな私の様子に思い出したとばかりにフリーレン様はそう仰る。でもその内容はとても私にとっては信じられるようなものではなかった。臆病というアイゼン様には全く似つかわしくない言葉。アイゼン様本人からも聞かされたことはあったが、あれは冗談だったのでは。 そんな私の戸惑いに

 

 

「まあ無理もないかな。 私たち勇者一行って伝説扱いされて脚色されることも多いから。きっとあと百年もしたら原型もなくなっていくんだろうね。師匠(せんせい)なんて帝国じゃ男性だと思われてるんだから」

 

 

少し遠くを見ながら何かを思い出すかのようにフリーレン様はそう教えて下さる。それはきっとフリーレン様自身が経験されてきたことなのだろう。言われてみればそうかもしれない。勇者一行の書物を読んでいても、 フリーレン様は伝説の魔法使い、賢人として記されていることが多い。実物とは似ても似つかない物も少なくなかった。師匠(せんせい)というのは大魔法使いフランメ様のことなのだろう。 性別も変わってしまうなんて。やはり私たち人間は忘れてしまう生き物なのだろう。なら、フリーレン様はどうなのか。

 

 

「それはともかく、とりあえずは竜の討伐だね。鬼ごっこをしてもいいんだけど、村に被害が出るとまずいし……やっぱりシュタルクを口説くしかないかな」

「フリーレン様……何だか楽しそうですね」

「そうだね。仲間を集めるっていうのは冒険の醍醐味だからね。前はヒンメルがその役目だったけど、少しその気持ちが分かるかな」

 

 

見るからに楽しそうにわくわくしているフリーレン様。なるほど、仲間集め自体がこの方にとっては興味が惹かれるものだったのか。勇者一行も確かヒンメル様とハイター様の二人組から始まった。それからアイゼン様、最後にフリーレン様が加わりパーティが完成した。そういった意味ではフリーレン様にとっては初めての仲間集めなのか。ヒンメル様の真似をしていると考えれば可愛いものかもしれない。

 

 

「でも……うん、やっぱりここはフェルンに任せようかな。その方がきっと上手くいく」

「いきなり押し付けないでください。 何で私が……」

 

 

なのにいきなりそれを押し付けられてしまう。まるで魔物の討伐を任せられるかのように気軽に。さっきまでの話は一体何だったのか。

 

 

「後は若い者に任せてって言うでしょ? 私はフェルンの師匠だからね。弟子に任せるよ」

「フリーレン様 ……シュタルク様に言われたこと、まだ根に持ってますね」

「気のせいだよ」

 

 

どうやらシュタルク様のクソババア発言をまだ根に持っていたらしい。本当に子供みたいなお方だ。きっと百年経ってもこういうことは忘れないに違いない。それはともかく、ずるい言い方だ。師匠として言われたらむげに断ることもできない。

 

 

「でも、どう説得したら……私、同年代の男の子と話したこと、ほとんどありません」

 

 

知らず手をまごつかせながら不安を口にしてしまう。 私は男の子と仲良く話すことができるほど器用ではない。しかも仲直りと説得。とても上手くできるとは思えない。最悪また昨日のようになってしまうかもしれない。私が今日、シュタルク様に会いに行きたくても行けなかった本当の理由。

 

 

「それはシュタルクも同じだと思うけど……そうだね。じゃあ、とっておきの魔法を教えてあげる。困ったらシュタルクの掌を見てごらん。それできっと大丈夫だから」

「掌……ですか?」

 

 

それにフリーレン様は自信満々に魔法という名のおまじないを教えて下さる。私には理解できない言葉。 何故掌を見ることがそうなるのか。

 

 

「じゃあ私はちょっと出かけてくるね」

「どこに行かれるんですか?」

「竜の観察だよ。巣の中の服が透けて見える魔導書が残ってるか確認しておかないと」

 

 

その理由を尋ねるよりも早くフリーレン様はそう言い残したまま、うひょーと奇声を上げながら走り去ってしまう。 さっきまでの空気は微塵も残っていない。

 

私はただそんなフリーレン様を絶対零度で見つめることしかできなかった────

 

 

 

もう日が暮れ、少し寒さが出てきた頃。 崖の近くの岩にシュタルク様は腰かけていた。それを木を背に隠れたまま私は見つめている。だがいつまでもこうしてはいられない。意を決して、勇気を出してそのままゆっくりと、何でもないように自然にシュタルク様に近づいていくも

 

 

「あ」

 

 

それに気づいた瞬間、まるで竜でも見たかのようにシュタルク様は怯えてしまう。見れば体が、手が震えている。本当に憶病な人だ。やっぱりアイゼン様とは似ても似つかない。フリーレン様はどうしてあんなことを。

 

 

「そんなに怯えないでください。流石に傷つきます」

「ごめん……」

 

 

私の言葉にますますシュタルク様は縮こまってしまう。 本当に困った方だ。でもこのままではいけない。 私は喧嘩ではなく、仲直りに来たのだから。そう本来の目的を思い出し、一度大きく深呼吸する。おっかなびっくりでそんな私を見つめているシュタルク様。それを見つめながら

 

 

「……その、昨日はすみませんでした。言いすぎてしまって、ごめんなさい」

 

 

そう頭を下げながら、昨日はできなかった謝罪をする。そういえば、こんな風に同い年の子と仲直りしようとするのは生まれて初めてだった。どころか、喧嘩もしたことがなかった。フリーレン様の言う通り、私はまだまだ子供なのだろう。あとはシュタルク様が私を許して下さるかどうか。沈黙。その間に知らず緊張するも

 

 

「いいさ。俺も悪かったし……でも、うん。姉ちゃんには敵わないからさ。今度はちゃんとアウラに叱ってもらうよ」

「……確かにその方がいいかもしれませんね。アウラ様はリーニエ様の主人ですから」

 

 

それはシュタルク様も同じだったのか。少し苦笑いしながらシュタルク様はそう許して下さった。その答えもきっとシュタルク様らしいのだろう。リーニエ様にはきっと頭が上がらないに違いない。なのでその主人であるアウラ様に叱ってもらうと。実際、ハイター様のところに来られた時も私と一緒にアウラ様に叱られていたのだから。

 

 

「それ、やっぱりよく分からないよな。どう見ても親子なのに」

「お二人とも魔族ですから。私達とは違う価値観なんだと思います」

「そんなもんかな ……そういえば、何度か間違えてアウラをお母さんって言っちまったことがあったっけ」

「私もです」

 

 

少し距離を置きながらシュタルク様の隣に腰かける。このぐらいの距離感でいいのだろうか。勝手が分からない。でも緊張はほぐれてきた。やはり共通の話題というのが大きいのだろう。同じ経験を私もしてきた。きっとアウラ様にとっては嬉しくない呼び方なのだろうが、やっぱりあの方はお母さんみたいだった。リリー様やシュトロ様もそれは同じだろう。

 

 

「ここで修行をされていたんですね。 凄いです」

 

 

改めて目の前に広がっている崖を見ながらそう口にする。さっきまで隠れて見ていてようやく分かったこと。この崖はシュタルク様の修行の跡だったのだ。そういえばアイゼン様の所でも同じ風景があった。あれもそうだったのだろう。リーニエ様ではないが、やはり戦士というのは凄い方ばかりなのだろう。なのにどうしてこんなに憶病なのか。自信を持っていいはずなのに。

 

 

「そうか? ただの日課だぜ? 師匠には全然及ばないけどな」

「そうですか。私もフリーレン様には遠く及びません。お役に立てているか心配になることも多いです」

「真面目そうだもんな、フェルンって」

「シュタルク様は不良ですね。見た目もですが、今は家出をしていますし」

「辛辣ぅ!? 距離感おかしいだろ!?」

 

 

私としてはそんなつもりはなかったのだが、少し言い過ぎてしまっただろうか。距離感というものが分からない。これではフリーレン様のことも言えないかもしれない。ただお互い弟子として、偉大過ぎる師匠に苦労しているというのは間違いないだろう。

 

 

「…………シュタルク様は、どうして家出をされているんですか?」

 

 

そう少し空気を伺いながら尋ねる。それはきっとシュタルク様にとっては聞かれたくないことに違いないのだから。それでも私は聞かなければいけなかった。いや、聞きたかった。

 

 

「……言ったろ? 喧嘩別れしちまったって。それだけだよ」

「それは違うと思います。そんなことでシュタルク様は家を出たりはしないでしょう。何か理由があるはずです」

「お前に俺の何が分かるんだよ? 会ったばかりだろ」

「はい。でも私はシュタルク様のことをたくさん知っています。アイゼン様から聞かせてもらいましたから」

「師匠が……」

 

 

アイゼン様のことを口にした瞬間、シュタルク様は口を噛んでしまう。そう、私はシュタルク様のことをたくさん知っている。アイゼン様から何度も聞かされていた。饒舌でもなく、口数も多くない方だったがシュタルク様のことを話している時のアイゼン様はどこか楽し気で、誇らしげだった。だからこそ、シュタルク様が家出した理由が知りたかった。

 

 

「なら嘘をついても仕方ないな。俺は怖くなったんだ。あのままでいることが」

「怖くなった……? アイゼン様がですか?」

「俺自身がだよ。師匠があんなに鍛えてくれたのに、俺はまだ一度も魔物と戦えてない。小さい頃からずっと臆病なままなんだ。そんな自分が怖くなったんだ。師匠にも······失望されちまうんじゃねえかって……」

 

 

それはシュタルク様の苦悩だった。自分が怖くなったのだと。師匠であるアイゼン様が鍛えてくれたのに、期待をかけてくれたのに。それに応えられない自分が。

 

私にはそんなシュタルク様の気持ちが痛いほど分かる。何故なら。私も同じだったから。

 

ハイター様に命を救ってもらい、その恩を返したかった幼い頃の私。魔法使いでもなんでもいい。一人で生きていけると、一人前になった私をあの方に見てほしい。フリーレン様にも鍛えていただいた。でもそれを成し遂げることが中々できなかった。ただ焦りながら自分の全てを捧げて取り組んでいたあの頃。

 

 

「だから俺は逃げたんだ……あの頃と、何にも変わってねえ。でも逃げた先にも逃げ場がなかった。笑えるだろ……? 伝説の戦士の弟子だってのによ」

 

 

シュタルク様の言うあの頃。それが何なのか、私には分からない。でも、そんな私にも分かることがある。

 

今のシュタルク様はきっと、一番岩を打ち抜けていない頃の私なのだ。 そんな私にフリーレン様は言ってくださった。それは必ずできることだと。でも、私の言葉ではシュタルク様には届かないに違いない。ならどうすれば。そんな中思い出す。奇しくも同じ、フリーレン様の助言。

 

 

「……シュタルク様、手を見せて下さい」

「え? 何で? 俺、何も持ってないぜ」

「いいから」

 

 

立ち上がり、シュタルク様の前で屈みながらそう告げる。どこか心ここにあらずといった風のシュタルク様の手を、半ば強引に取る。

 

その掌を見た瞬間、私は全てを理解した。やはり、あの方は魔法使いなのだろう。

 

 

「シュタルク様は間違いなく、アイゼン様の弟子です。自信を持ってください」

「何でそうなるんだ?」

 

迷いなく、ただ確信したことをシュタルク様に伝える。そんな私の言動にシュタルク様はついてこれていない。本当に馬鹿正直な、純粋な方。きっとこの方にとっては当たり前のことだから、気づけないのだろう。

 

 

「この掌を、私は見たことがあるからです。これはアイゼン様と同じ掌です」

 

 

その掌が、師匠であるアイゼン様と同じ掌であることを。

 

長く、ずっと続けられた鍛錬によってボロボロになってしまっている掌 。擦り傷や、血豆によって固くなってしまっている感触。とても強くて、優しい掌。

 

 

「それに、リーニエ様も同じです。今でも覚えています。遊びに連れ出してくれた時に、私の手を取ってくれたのも同じ掌でした。こんなになるまで、ずっと鍛えてこられた強い手です」

 

 

それはリーニエ様も同じだった。小さな頃、私を引っ張ってくれたリーニエ様の手も二人と同じだった。小柄な可愛らしい容姿とは思えないような武骨な手。それはきっと、アイゼン様から続く、戦士の証なのだろう。

 

 

「だから自信を持ってください。シュタルク様はアイゼン様の弟子で、リーニエ様にとっては弟弟子です。この掌がその証です」

 

 

だからシュタルク様はきっと大丈夫なのだ。私にフリーレン様とハイター様がいたように。シュタルク様にもその血の滲むような努力と、それを導き、信じてくれている方がいるのだから。

 

 

「何だよそれ。手だけでそんなことが分かるのかよ」

「はい。私は魔法使いですから」

「そういやそうだったな。伝説の魔法使いの弟子だったか」

「フリーレン様の弟子です。私が知っているフリーレン様は、伝説とは程遠いだらしない人ですから」

「そういや師匠もそうだな。不器用で頑固なクソ親父だ」

「それをアイゼン様に直接伝えてあげて下さい。きっと喜ばれます」

「また殴られる気がする……」

 

 

そう頭をかいているシュタルク様にはさっきまでの気負いも、震えも見てとれない。そう、フリーレン様が言っていたように、私たちにとってお二人は伝説の勇者一行である前に、ただの師匠なのだ。 フリーレン様はちょっと手のかかる、どころではないが。 シュタルク様はまだ伝えていないだろうが、きっと私と同じように親代わりなのは間違いない。聞かなくても分かる。

 

 

「分かったよ。でも期待はすんなよ。いつ逃げ出すか分からないからな」

「大丈夫です。私たちはきっと似た者同士ですから」

 

 

私たちは、本当に似た者同士なのだから。初めて私が魔物と戦った時のように。必要なのはきっと覚悟だけだろう。シュタルク様なら、きっと乗り越えられるはず。

 

 

「でも女の子の手ってこんなに柔らかいんだな。姉ちゃんとは大違いだ」

 

 

そんな私の心境など全く知る由もなく、シュタルク様はそのまま私の手を触ってくる。そういえばずっと手を握ったままだった。珍しいのか興味津々にシュタルク様は私の手を弄っている。それがいつまで続いたのか。

 

 

「…………えっち」

「え? でも手を出せって言ったのはフェルンの」

「えっち」

「何でだよ」

 

 

えっちだった。とんでもなくえっちだった。女の子の手をこんなに好き勝手するなんて。もしかしたら私のことを女の子だと思っていないのかもしれない。リーニエ様と私の手を比べるなんて。この方はふしだらではなく、えっちなのだろう。

 

そのままシュタルク様の手を振り払い、その場を後にする。触られてしまった手を隠しながら────

 

 

 

「本当に私たちと一緒で良かったんですか? アイゼン様の所に戻られても良かったのでは……?」

 

 

村の人々から惜しまれながらもシュタルク様と一緒に私たちは出発したところ。 紅鏡竜はシュタルク様によって討伐された。 私たちが手を貸すまでもなく、シュタルク様一人でそれを成し遂げてしまった。 無我夢中で本人はそれにすぐ気づけなかったのはシュタルク様らしいのかもしれない。 もっともそのせいで違う逆鱗に触れてしまったことも気づいていないが。

 

何だかんだで目的は達成できた形。アイゼン様との約束も果たせたので一安心といったところ。だというのに

 

 

「今帰ったらまた怒られるだろうからな。それとも迷惑だったか?」

「いえ、そんなことは……」

「ふふん、フェルンは照れてるんだよ。本当は嬉しいのに」

「フリーレン様? その本没収しますよ?」

「ごめん」

 

 

相変わらずのフリーレン様にそう釘を刺す。新しく手に入ったおもちゃを取られまいとするかのように鞄を抱えるその姿に呆れるしかない。確か服が透けて見える魔法だったか。一体何の役に立つのか。覚えてしまったものの、使いどころが分からない。どう考えてもふしだらな使い方しかできない気がする。

 

 

「本当に頭が上がらないんだな。 フリーレンの方が子供みたいだな」

「……シュタルクがまたクソババアって言ったの、私忘れてないからね」

「あと一回ですか……」

「何!? 俺もしかして死んじゃうの!?」

 

 

そして知らない間に余命宣告をされてしまうシュタルク様。竜との戦いのときに禁句を口走ってしまったことにようやく気付いたらしい。もう手遅れだろう。 何とかその前に軽減できるようなおだてをしなければ。

 

 

「そういえば聞いてなかったけど……これからどこに向かうんだ?」

「フリージアです。 ここから北の関所を通って、グラナト領に向かう必要がありますが」

「もうそんなところまで来ちゃったんだね……」

 

 

何とか落ち着きを取り戻したシュタルク様がそう尋ねてくる。大きな目的であるオレオールのことは伝えてあったが、直近で向かう場所についてはまだだった。なのでそれを伝えるもフリーレン様の方が憂鬱になってしまっている。顔がしおしおだ。きっとどうにか先延ばしにできないか考えているに違いない。しかし

 

 

「フリージアって……もしかしてアウラたちがいるって国のことか……?」

「そうですが……何か問題があるのですか?」

 

 

関係ないはずのシュタルク様がどこか呆然とした様子でそう問い返してくる。一体どうしたのか。何か不都合があるのかと身構えるも

 

 

「大ありだよ!? それじゃあ姉ちゃんに会いに行くようなもんじゃねえか!?」

 

 

そういえばそうだったなと呆れかえるような理由を、さっき竜を倒したとは思えないような情けない顔で叫ぶシュタルク様。

 

 

「怒られるどころじゃねえよ!? 師匠と喧嘩してることもバレてるだろうし、今度こそ崖から落とされかねないっつーの!? やっぱり師匠の所に帰った方が…………」

 

 

そのままおろおろとその場を犬のように回り始めてしまう。初めて会った時を遥かに超える狼狽っぷり。

 

 

「フリーレン様、やっぱりこいつは駄目です。他をあたりましょう」

 

 

やはり自分は早まってしまったのだろう。この臆病者と似ているだなんてあまりにもアイゼン様に失礼だ。色々と台無しになってしまった気がする。そう告げるも

 

 

「そうだね やっぱりちょっと休憩しようか。 シュタルクもこの調子だし。本当に残念だけど」

「フリーレン様?」

「冗談だって」

「なあ、フェルン!? 頼むよ、お前から姉ちゃんにとりなしてくれよぉ!」

 

 

フリーレン様はフリーレン様で違う醜態を晒している。まだそんなことを。 往生際が悪いにもほどがある。気づけばシュタルク様は私のローブを掴んで懇願している。フェルンはただ願う。

 

今度新しい仲間が入る時には、自分が面倒を見ないで済む大人でありますように、と────

 




最新話を投稿させて頂きました。今回でシュタルク編は終了。次話はアウラ視点の過去編になります。
しばらく感想に返信ができなくなります。申し訳ありません。来週ぐらいからは大丈夫だと思います。その分、更新に力を入れていきます。
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