ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十三章 勇者の願い
第六十二話 「時差」


 

魔王討伐から十三年後。 聖都シュトラークにて。

 

 

穏やかな空気の中にどこか厳かさを感じさせる街並み。それを示すように街中には至る所に教会が建てられている。ちょうど礼拝が終わったばかりなのか。そこから多くの人々が出てくる。老若男女。その信者の中の多くが同じ物を手にしていた。

 

それは天秤を模した装飾品。この世界で最も信仰されているのは女神であり、それを信仰する者たちは十字架をその心の拠り所としている。それはつまり、その信者たちにとって天秤はそれに匹敵するものであるということ。

 

 

「本日もありがとうございました、アウラ様。天秤の加護がありますように」

「祈るなら私じゃなくて女神にしなさい。私には加護なんてないわ」

 

 

深々と頭を下げる女性信者の言葉を受けながら、どこか気だるげにしながら応じる女性神官。ここ聖都では珍しい小柄な女性。しかしこの街の住民ではない者からすればそれはあり得ない、あってはならない光景だった。

 

それは角だった。神官、アウラの頭から二本の角が生えている。 彼女が人間ではなく、魔族である証。何よりも聖都で人間ではなく、魔族が敬われているという事実。

 

 

「いいえ、アウラ様の持つ天秤には間違いなく加護があります。それに多くの民が救われているのですから」

「……好きにすればいいわ」

 

『天秤のアウラ』

 

それが聖都では知らぬ者はいない、 魔族でありながら女神の教えを説いている矛盾した存在だった────

 

 

「お疲れ様です、アウラ。いやはや今日も盛況ですね。おかげで我々も助かってますよ」

「あんたにだけは言われたくないわ、生臭坊主」

 

 

ようやく集会が終わり、信徒たちから解放されたのも束の間。息つく暇もなくさらに面倒な来訪者がやってくる。相変わらずの飄々とした胡散臭い神父ハイター。法衣を纏っていなければただの詐欺師でしかないだろう。

 

 

「はっはっは、これは手厳しいですな。ですが本当ですよ。貴方が来てくれるようになってから、信徒も増え、信仰も厚くなっていますから。まさにアウラ様様です。このまま新しい宗教ができそうですね」

「……相変わらずいい性格してるわね」

 

 

こっちの嫌味も何のその。逆にこっちを煽ってくる始末。ヒンメルでもしないような煽り方をしてくるあたり確信犯だろう。 誰のせいでこんなことになっているのか。 一々相手にするだけ時間の無駄だろう。

 

 

「それで、王都のごたごたはどうにかなりそうなの? いいかげんここで神官ごっこするのは飽きてきたんだけど」

「申し訳ありませんね。もうすぐ収まるはずです。まさかここまで面倒になると思いませんでしたから」

「巻き込まれるこっちは堪ったもんじゃないわね」

 

 

椅子に腰かけ頬杖をつきながら尋ねるも、どうやらまだ自分はこの神官ごっこを続けなければならないらしい。

 

今私は聖都に滞在している。それ自体は珍しいことではない。ただ今回は趣が異なっていた。そのきっかけは国王の後継者争い。元々今の国王は年老いており、いつ死んでもおかしくなかったのだが最近その容体が悪くなっているらしい。 そこでその二人の子供が後継を巡って争ってしまっている。魔族である私からすれば理解に苦しむしかない。そもそも世襲という考え方そのものが不条理で無駄でしかないのだがそれはそれ。

 

問題はそれに私が巻き込まれてしまっているということ。正確には私の持つ服従の力が。権力争いにおいては私の力はまさに反則に近い力を発揮する。 二人の子供はそれをどうにか手中に収めたいと思ったのだろう。ハイターを通さずに私に接触し利用しようとしてきたのだ。しかも村にまで押しかけてくる始末。その際にはヒンメルがいたので事なきを得たが、いつも村にいるわけではない。そのため私は一時的にここ聖都に拠点を移している。ハイターの庇護を受けるために。業腹ではあるが背に腹は代えられない。その対価として裁判に加えて神父の真似事までさせられてしまっている。

 

 

「しかし私個人としては貴方がいてくれて助かっていますよ。貴方の知識はそこらの神父顔負けですから。どうです? このままここでリーニエたちと一緒に暮らしてみては?」

「冗談はよして頂戴。酔っ払いの面倒をこれ以上見るなんて御免よ」

「失敬な。あなたの魔法のおかげで頻度は減っていますよ」

「何様なのよ」

 

 

一体どれだけ調子がいいことを。ここ聖都に滞在するということは必然的にこいつの酒飲みに巻き込まれることと同義。アイゼンからもらった魔法のおかげで軽減してこれなのだ。本当に救いようがない奴。加えてここ聖都の人間たちの私への信仰も日に日に増してきている。私が騙しているわけでもないに勝手に。その相手をさせられるのも面倒極まりない。これがずっと続くなんて悪夢でしかない。

 

 

「私のことは置いておくとしても……あんたやヒンメルの方が面倒なんじゃないの。どっちの側からも取り込もうとされてるんじゃない?」

「流石ですね、アウラ。仰る通りです。ですが私もヒンメルもどちらかに肩入れするつもりはありません。いらぬ争いが起きるだけですから」

 

 

これ以上考えても時間の無駄だと判断し、話題を変える。それはヒンメルたちのこと。ある意味私以上に今回の騒動に巻き込まれているのだから。 当たり前だろう。腐ってもこいつらは魔王様を倒した勇者一行。その威光は計り知れない。それを取り込めれば次期国王になるのも容易いだろう。もっともこいつらにその気がないのは分かり切っているのだが。

 

 

「ならあんたがやればいいじゃない。いっそのことヒンメルを国王にして国でも作ったら? 面倒なことしなくても済むんじゃないの?」

 

あえてそう問いかける。初めて王都に赴き、実際に国王と謁見した時に思ったこと。弱肉強食。その理に基づき、最も強い人間であるヒンメルが王となる。その仲間であるこいつが実権を握ればすべて解決するのではないか。 こんな面倒なことをしなくても済むだろうに。

 

 

「……いやはや貴方には本当に敵いませんね。 我々人間の愚かさを魔族である貴方に教えられるとは」

「馬鹿にしてるわけ?」

「まさか。 褒めているんです」

 

 

私の言葉に一瞬驚いたような表情を見せながらもすぐさまいつもの減らず口を叩くハイター。 本当に良い性格をしている。

 

 

「貴方の言う通り、そういう動きがあるのは事実です。ですが私たちは権力を持つ気はありません。そもそもヒンメルには向いていませんしね」

「それには同感ね。でもあんたは別の意味で問題ね。これ以上権力なんて手にしたら飲酒を推奨する国を作りかねないわ」

「失礼な。酒は百薬の長ですよ。お酒に罪はありません」

「そうね。あるのはあんたの方だったわ」

 

 

もっともな理由に納得するしかない。ヒンメルもそうだろうが、それ以上にこいつに国の実権を握らせたらどうなるかは火を見るより明らか。酒が原因で国を滅ぼしかねない。罪があるのはこいつだけだろう。どれだけ酒が好きなのか。

 

 

「ならどうです? 貴方が魔族の残党をまとめて国を立ち上げてくれれば私たちも助かるのですが」

「はぁ? 何で私がそんなことしないといけないのよ。そんなことしても人間(あんた)たちには何の得もないでしょ」

「いえ、私たち人間に友好的な魔族の国なら大歓迎ですよ」

「あんたね……魔族(わたし)を何だと思ってるわけ?」

 

 

意趣返しだったのか、今度は私に国を興すように煽ってくるハイター。 その理由も本当にふざけている。ようするに魔族の残党をまとめて従えて、人間に尽くせといっているのだ。冗談にもなっていない。何で私がそんな面倒で意味がないことを。人間に友好的な魔族など存在しないというのに。それは既に魔族ではないだろう。暗にこいつは私をそうだと言っているのだ。どれだけ私を馬鹿にしているのか。

 

 

「失敬。流石に夢物語が過ぎましたね。貴方ならもしかしたら……と思ってしまったのですよ」

「服従させられてる私にそんなことできるわけないじゃない」

「そうですね……もう十年以上ですか」

 

 

自分でも荒唐無稽なことを言っている自覚はあったらしい。そもそも私にそんなことができるわけがない。文字通り、服従させられてしまっている私には。もしそれがなければ魔族の国を興したかもしれないが。もっとも人間に友好的な国になどなるはずもない。むしろ支配してやるだろう。あえてそれを口にする必要もない。そんな中、ハイターはどこか感慨深げにそんなことを呟く。きっとようやく私が服従させられていることを思い出したのだろう。たった十数年前だというのに。本当に人間は忘れる生物だ。

 

 

「今でも覚えていますよ。ヒンメルからあなたを従えたという手紙が届いた日のことを。今でも取ってあるんですよ。読んでみますか?」

「ふざけるんじゃないわよ。さっさと燃やして捨てなさい。どうせ下らないことしか書いてないわ。ただでさえ今も日記なんて無駄な物を書いてるんだから」

「そうですね、 魔族(貴方)と友達になりたいなんてヒンメルぐらいでしょうね。 実際になってしまうのがヒンメルの凄さですが」

「あんたね……」

 

 

だというのに本当に余計なことだけは覚えているのだから質が悪い。ただでさえヒンメルの日記とやらに迷惑しているのに、手紙まであったとは。ヒンメルにからかわれるのは目に見えているので中身を読んだことはないが、 碌でもないことが書かれているのは読まなくても分かる。こいつも分かっているだろうに、それをわざわざ言ってくるとは。

 

 

「そういえば貴方にはまだ伝えていませんでしたね。私も貴方のことを友人だと思っています。嘘偽りなくね」

「そう。いい迷惑だわ。ヒンメルならそうしたって奴ね。本当に気持ちが悪いくらい仲がいいわね、あんたたちは」

 

 

 

そんな私の思考を読んだようなタイミングで、またそんなことをのたまってくるハイター。友人、友達。服従させられてから私を縛り続けている言葉。ヒンメルだけで手一杯だというのにこいつまでそんな戯言を口にしてくるとは。本当にこいつらは仲が良いのだろう。

 

 

「いいえ、それは違います。確かに最初はそうでしたが、今は私自身が貴方のことを信じていますよ。友人であり仲間としてね」

「……私はフリーレンじゃないわよ」

「もちろんです。魔族である貴方だから正直に話しただけですよ。ヒンメルには内緒にしてください。きっと嫉妬するでしょうから」

「生臭坊主」

 

 

ヒンメルのように私とあのエルフを同一視しているのだろうと忠告するも逆に返されてしまう。魔族である私だからこそ伝えたのだと。こいつは本当に生臭坊主だ。いつもは言葉で伝えないからこそ伝わる、なんて言っている癖に。こいつもヒンメルも何故それをあのエルフにしなかったのか。そうしていればこんなに面倒なことにはならなかっただろうに。

 

 

「好きにすればいいわ……それで、あれ以来あのエルフはどうなってるの?」

「残念ながら消息不明ですね。全く、どこで道草をくっているのか。今度会った時には叱ってあげなくてはいけませんね」

「ただのお母さんじゃない」

 

 

腰に手を当てながらぷりぷり怒っている姿は人間の母親そのものだろう。気持ち悪いことこの上ないが、こいつも叱らなくてはと思うほどには焦っているということなのだろう。なまじその動向を知ってしまったからかもしれないが。

 

それは数年前。 風の噂であのエルフの動向が判明した。どうやらゾルトラークの研究解析にあのエルフは尽力していたらしい。ヒンメルの言うように魔法収集だけではなく、魔法の探求もしていたのだろう。それはともかく、ようやく掴んだ情報だったが、ハイターが動いた時にはもう既にあのエルフは行方知れずになってしまっていたらしい。本当に渡り鳥みたいなやつだ。

 

しかしその能力は認めざるを得ない。その証拠にゾルトラークは解析され、人類の魔法体系に組み込まれつつある。恐らくはあのエルフだけではなく、人間共の協力もあったのだろう。奇しくももう一人のエルフ、ゼーリエの予言通りに。

 

何よりもあのエルフは私と同じ七崩賢である不死なるベーゼの結界すら解析し、解除してしまっている。恐らくはその解析能力こそがあのエルフの最も危険なところなのだろう。同じように私の服従の魔法もあいつには見られてしまっている。 あり得ないとは思うがその思考自体がもう過ちなのだろう。 あのエルフには服従の魔法も解除されてしまうと考えた方がいいだろう。

 

 

「どうしました? どこか具合でも?」

「何でもないわ。あとはもうヒンメルが死んだって噂でも流すしかないんじゃないの。いくら薄情でも流石にやってくるんじゃない?」

「はっはっはっ! それは目から鱗ですね。いよいよとなったらそれもいいかもしれません。もっとも、違う混乱も起きそうですが」

 

 

ツボに嵌ったのか、そのままハイターは笑い続ける。妙案だと思ったが間違いではないだろう。それでもやってこないようならヒンメルには全く脈がなかったということだろう。もっともハイターの言う通り、そんな噂を流してしまえば隠れていた魔族の残党たちが再び動き出してしまうだろうが。それを誘き出すという使い方もあるだろうが、やはり無駄だろう。そんな噂で釣られるのは下級な魔族だけ。すぐにバレてしまうに違いない。

 

 

「そういえばアイゼンの奴はどうしてるわけ? 今回の騒動には巻き込まれてないみたいだけど」

「元々アイゼンはそういったことには興味がありませんしね。最近は鍛冶にハマっているようです。手紙にもそう書いていたので」

「相変わらず気持ち悪い奴らね」

 

 

どうやらアイゼンは相変わらずらしい。きっとあの筋肉馬鹿はふざけた鍛錬をしているのだろう。鍛冶云々は間違いなくリーニエの影響だ。誕生日の度に数が増えているのだから。ヒンメルもそれに対抗しようとするも上手くいっていないらしい。この前勇者の剣をおねだりされて四苦八苦しているのを見たばかり。流石のヒンメルもそれは譲れなかったらしい。リーニエは不満げだったが。

 

アイゼンだけでなく、色々なことがここ最近変わってきている。

 

リーニエは最近はヒンメルと一緒に村の外に出て魔物の討伐依頼をこなすようになっている。何でも師匠として弟子に経験を積ませるためらしい。本当は一人旅が寂しいだけなのだろう。それができるほどリーニエが成長している証拠でもある。人間で言えば十一、二歳ほどだろうか。 魔族の成長は個人差があるのでそのままではないだろうが。 あと十年もすればそろそろ自分のコルセットドレスの封印も解かれることになるかもしれない。

 

そのリーニエとは比べ物にならないほど成長し、成人となったのがリリーとシュトロだ。ついこの間番に、結婚したばかりでもある。もうすぐ子供も生まれるらしい。せっかく念願の神父になったのにさっさと辞めてしまうあたりシュトロらしい。

 

その理由の一つになったのが村長が死んだこと。もっとも生い先が短いことは分かり切っていたが、本当にあっという間に死んでしまった。今は新しい人間が村長になっているが、シュトロはその補佐のようなことをしている。ゆくゆくは村長になるのだろうと村では噂になっている。 あのスカート捲りばかりしていたクソガキが偉くなったものだ。二人との容姿の差が大きくなってしまったことでリーニエはお冠になっているが仕方がない。

 

私達にとってはたった五年、 十年だが人間たちにはそうではないだろう。 実際に一緒に暮らしていてもその時間の流れの差を感じることが増えてきた。本当に人間は寿命が短い種族なのだろう。擁護するわけではないが、魔族よりも遥かに長い寿命を持つエルフであればなおことだろう。もちろん個人差はあるだろうが。ならこの先私達はどうなっていくのか。そんなことを考えていると

 

 

「やっぱりここにいたんだね、 ただいまアウラ」

「今帰ったよ、アウラ様!」

 

 

聞き慣れた二人の声が教会に響き渡る。 振り返るとそこにはいつもと変わらない二人の姿。たった二月ぶりだが、何だか久しぶりに会ったような気がする。それだけここでの生活が退屈だったのか、それとも。

 

 

「ええ、おかえり二人とも。相変わらず元気そうね」

 

 

だがヒンメルに関してはそうでもないだろう。その証拠にハイターもその姿に面食らっている。無理もない。何故ならその口元には以前にはなかった髭が生えていたのだから。

 

それが今のヒンメル。 イケメンからダンディとやらに移行しようと足掻いている四十を過ぎた勇者(おっさん)の姿だった────

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