ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

63 / 252
第六十三話 「願い」

「ここが今私が住んでる家よ」

 

 

そこは聖都から郊外に外れた森の中にある山小屋……ではなく、一軒家だったか。どちらでもいいがともかくここが今の私が住んでいる拠点だった。しかしこの辺りの森は道が分かりにくい。何度通っても慣れない。

 

 

「良いじゃないか。まるで別荘みたいだ。ハイターの奴、こんな物を持ってるなら僕にも教えてくれればいいのに」

「あんたに教えたらめちゃくちゃにされると思ったんじゃない? あいつは隠居した時のための物だって言ってたけど」

「あいつらしいな。もう引退した後のことを考えてるとはね」

 

 

そんな私の心境など知る由もなく、隣にいるヒンメルは何故か目を輝かせている。本当にこいつは相変わらずだ。まるで村で新しい家を作った時のように興奮している。何がそんなに楽しいのか。きっと魔族でなくても理解できないに違いない。

 

この家、ヒンメル曰く別荘もハイターが最近手に入れた物だ。何でもいつでも隠居できるようにするためだとか何とか。生臭坊主らしいふざけた理由。何かあっても悠々自適に生活できるように準備しているのだろう。酒盛り三昧になるのは目に見えている。僧侶の風上にも置けない奴だ。当の本人はここにはいない。自分がいると邪魔だからとさっさとどこかへ行ってしまった。本当にあいつも会った時から変わらない奴だ。それはともかく

 

 

「あんたは死んだ後のことばかりじゃない」

「そんなことはないよ。まだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるからね」

「アウラ様の言う通りだよ。ここに来る前にも自分が死んだら私にアウラ様を守るようにお願いされたし」

「っ!? リ、リーニエ!?」

 

 

完全に予想外だったのか。私以上にリーニエの暴露にヒンメルは狼狽えてしまっている。本当に学習しない奴。リーニエには隠し事や内緒話はしてはいけないとまだ理解できていないらしい。その内容も本当に下らない、余計なお世話だ。本当にこいつは死んだ後のことばかり気にしている。そんなに早く死にたいのだろうか。

 

 

「そう。ならその時にはあんたを頼りにさせてもらうわ」

「任せて、アウラ様!」

「まったく……本当に君たちには敵わないな」

 

 

ヒンメルの思惑はともかく、そうリーニエを利用することにする。改めて命令するまでもないことだが、主従として。それによって目に見えてやる気を出しているリーニエ。本当に単純な子だ。見た目もそうだが、成長しているのかどうか疑ってしまうほど。そんな私たちのやり取りをどこか楽し気に見つめているヒンメル。一体何様なのか。

 

 

「でもこんな森の中じゃ聖都に通うのは苦労するんじゃないかい?」

「別に問題ないわ。飛んでいけばいいだけだもの。面倒な人間たちに関わらなくていい分、こっちの方がマシね」

「なるほど。やっぱり君たちは、いや魔法使いは便利だね。僕も今から魔法を覚えようかな」

「そんなことしなくてもリーニエに運んでもらえばいいじゃない」

「そ、それは遠慮しておこうかな。僕はアイゼンじゃないからね また落とされそうになるのは勘弁だ」

「戦士ならあのぐらい大丈夫なのに。ヒンメルは頼りにならないんだから」

 

 

役に立たないとばかりに冷ややかなリーニエの態度にヒンメルは違う意味で顔を青くしている。何でも二人旅をしている中でリーニエに飛行魔法で運んでもらった際に落下しかけたことがトラウマになっているらしい。アイゼンなら無傷で済むのだろうが流石にヒンメルといえどそれには耐えられないに違いない。もっともリーニエからすれば理解できないのかもしれないが。

 

私たちにとって飛行魔法は歩くのと同義だが、人間にとってはそうではない。ゾルトラークとは違い、まだまだ人間の魔法体系に組み込まれるには時間がかかるのかもしれない。それはともかく

 

 

「それにしても、やっぱりその髭は似合ってないわね。さっさと止めたらどう?」

 

 

気になるのはヒンメルが生やしている髭だった。伸ばし始めて半年ほどになるが、やはり違和感が凄まじい。端的に言って全く似合っていなかった。

 

 

「そんなことはないよ。王都でも評判なんだから。君の二つ名と同じように噂が広がるのもあっという間だろうね」

「悪評の間違いでしょ。ハイターにも言われたじゃない。アイゼンには遠く及ばないわ。南の勇者の真似事でしょうけど、あんたには無駄よ」

「真似事じゃなくてリスペクトさ。そういえばついに僕の銅像が村にできたんだ。会心の出来だよ。君も楽しみにしててくれ」

「本当に作ったのね。いい迷惑だわ」

 

 

全く懲りることなくナルシストっぷりを発揮しているヒンメルに呆れるしかない。その最たるものが村に建てられてしまった銅像だ。ついに完成してしまったらしい。何でも私たちが村で暮らし始めてから十年を記念しての物らしい。意味が分からない。 まだ誕生日の方が理解できる。勇者一行の旅で数えきれないほど銅像を建てているのにまだ足りないのか。もう少しで私の銅像も一緒に作られるところだった。何とかそれは回避したが今度はハイターが同じようなことを聖都で考えているらしい。こいつらは親友同士、同じことをしないと気が済まないのか。絶対に阻止しなくては。

 

髭に関しては何でもあの化け物、南の勇者の真似事らしい。化け物が化け物の真似をしているのか。ふざけている。私にとってはトラウマでしかない。何の嫌がらせなのか。

 

 

「ヒンメルには全然似合ってないよ。あと最近臭くなってきた。あんまり近寄らないで」

「っ!? な、何を言うんだリーニエ!? 僕はちゃんと身なりにも気を遣ってて」

「馬鹿じゃないの」

 

 

そんな私の意見を代弁してくれるリーニエ。どころかさらなる追撃をヒンメルに仕掛けている。加齢臭のことだろう。悪意がないからこそ、それはヒンメルにとっては致命傷を与えるに十分な威力だったらしい。ヒンメルは息も絶え絶えになりながらも弁明している。それを無視しながらさっさと家に入ることにする。それが十年以上経っても変わらない私たち三人の日常だった────

 

 

 

「何やってるのよ。さっさと荷物を運んで頂戴」

 

 

両手に荷物を抱えながら、家の中を落ち着きなく歩き回っているヒンメルに文句を言う。これはヒンメルたちが村から持ってきた荷物。私の着替えや私物はもちろん、ヒンメルたちの物も含まれている。どうやらこいつらもここでしばらく生活する気らしい。この別荘の広さなら問題ないだろう。もしかしたらそれを見越してハイターはここを準備したのかもしれない。あいつならあり得る。

 

 

「ごめんごめん。でも何だか秘密基地みたいでワクワクするだろう? 特にこの書斎なんてダンジョンみたいだ。トラップやギミックがありそうだと思わないかい?」

「自分の家にトラップを仕掛ける馬鹿がどこにいるのよ」

 

 

しかし当の勇者様は別荘という名のダンジョンに心を奪われていたらしい。特に書斎の雰囲気がお気に召したらしい。床や天井を触ったり本棚を動かしたりやりたい放題。ハイターがヒンメルにこの別荘の存在を教えなかった理由が分かる気がする。自分の家がダンジョンにされては敵わない。そんなにトラップが好きならミミックでも置いておけばいい。朝にはあのエルフが引っかかっているかもしれない。

 

リーニエはこの場にはいない。家の整理には役に立たないので、水や食料の調達を命じた。今頃森の中を駆けまわっているに違いない。野生に帰っているようなものかもしれない。コルセットドレスが破れてしまわないか心配だが仕方ない。お淑やかさとは無縁なのだから。まだ少し大きいが私のドレスを今度の誕生日に渡すべきかもしれない。

 

 

「うん。こんなところかな。中々良いと思わないかい?」

「ええ。 好きにすればいいわ」

 

 

荷物の運び込みと整理が一段落し、ヒンメルはどこか満足げに腰に手を当てている。間借りしている癖にこの態度はどうなのか。珍しく一人きりの生活が続いていたのだがどうやらそれは今日で終わりを告げるらしい。もっとも、もうあきらめているが。ここ数か月が異常だっただけ。 ここ聖都でも村にいる時と同じように暮らすことになるのだろう。それに溜息を吐くも

 

 

「でも庭にはもっと彩が欲しいね」

「はぁ?」

 

 

その間すら許さないとばかりに、ヒンメルがまた理解できないことを口走っている。思わずそのまま口を開いてしまう。一体何を言っているのか。ヒンメルの視線は家の外 庭に向けられている。そして彩、という言葉。ようやく理解する。それが何を意味するか。私は教え込まれてしまっているのだから。

 

 

「彩が、欲しいね?」

「…………うるさいわね、 分かったわよ」

 

 

あえて具体的に口にせず、 同じことを繰り返すヒンメル。本当に癪に障る奴だ。きっと私が動くまでずっと同じことを繰り返すに違いない。時間の無駄でしかない。辟易しながらもそのまま仕方なくその手に魔力を込める。 魔導書がなくても扱うことができるほど、私にとっては馴染み深くなってしまった魔法。

 

花畑を出す魔法。

 

それによって青い花弁が庭に吹き荒れる。家の周囲を囲うように花畑を生み出す。蒼月草というヒンメルの好きな、故郷の花。村の家の庭もこの花で囲まれている。その再現。

 

 

「────」

 

 

なのにそれにヒンメルは目を奪われている。もう見飽きるほどこの花も、魔法も見ているはずなのに。本当にこの魔法が好きなのだろう。その表情もいつかと同じ。今の私には分かる。きっと今、こいつはあのエルフのことを思い出しているのだろう。本当に、馬鹿な奴。

 

 

「うん。 久しぶりに見たけど、本当に君の魔法は綺麗だ。ありがとう」

「魔法なんて誰が使っても同じじゃない」

「そんなことはないよ。魔法はイメージだからね。その証拠に最初君が使った時には花の成長具合も範囲もめちゃくちゃだったからね」

「本当に癪に障る奴ね、あんたは」

「それはどうも。でも本当に綺麗だ。蒼月草はやっぱり格別だね」

 

 

売り言葉に買い言葉。いつも通りのやり取りにどこか安堵を感じる。やはりわたしとこいつの関係はこうでなくてはいけない。相変わらず気持ち悪いぐらいにこっちを見ている奴だ。

 

 

「でも少し寂しいかな。知ってるかい? この花は絶滅しかけているんだ」

「絶滅? 何でよ?」

「僕も専門じゃないから詳しくは分からないけど、何でも環境に耐えられなくなってるらしいよ。僕の故郷でも随分少なくなってるってね」

「…………そう。でもどうしようもないわね。この花が弱かったってだけなんだから」

 

 

らしくなく、どこか寂し気にしながらヒンメルはそんなことを教えてくれる。絶滅。その種族が息絶えること。つまりこの花はもう存在しなくなるということなのだろう。理由は分からないが、単純にこの花が他の花よりも弱かったのだろう。弱肉強食。自然の摂理からは逃れられない。ただそれだけ。自分ではない種族が滅びることを気にかけるなんて、こいつらは本当に暇な生き物なのだろう。なのに

 

 

「でも心配いらないよ。もしそうなっても君がいる。蒼月草を咲かせられる魔法使いがいるんだから」

 

 

私を見ながら、ヒンメルはそうどこか嬉しそうに告げてくる。わざわざ魔法使い、なんて言い方までしながら。それが何を意味するのか、今の私には理解し切れない。いや、本当は────

 

 

「……私だっていつかは死ぬわ。遅いか早いかの違いよ」

「そうかもしれない。だから僕たちは誰かにそれを託すんだ。自分がいなくなっても、残り続けるように。君もその魔法を誰かに継承させる、伝えるのもいいかもね。一番身近なのはリーニエかな?」

 

 

絞り出した否定の言葉に、ヒンメルはそう答えてくる。継承、という魔族たちにはない概念。だがそれを私は理解、いや推測することができる。それはきっとあのエルフ、ゼーリエが言っていたことと同じなのだろう。自分ではない誰かに何かを託す。私達には理解し切れない、無駄なこと。それを私にもしろというのか。その時にはもう自分はいないというのに。

 

 

「何で私がそんな無駄なことしないといけないのよ。そもそもあの子にはこの魔法は向いてないわ。リリーに良いところを見せようとして失敗して後始末が大変だったんだから」

「そういえばそうだったね。道のりは険しそうだ」

 

 

その是非は置いておくとしても、リーニエにはそれは向いていないだろう。そもそも一度それは試して失敗している。もっともその理由はヒンメルの言う継承云々ではなく、リーニエの見栄だったのだが。あの子の魔法は模倣の魔法だが、やはり魔法はイメージだ。ああいう魔法はあの子には向いていないのだろう。その気はないが、もしこの魔法を伝えるとしたらそれが向いている子にすべきだ。そんな柄にもなく、あやふやな未来に思いを馳せていると

 

 

「────アウラ、 もし僕が死んだらお墓の周りを花畑にしてほしいんだ。 いいかな?」

 

 

まるで何でもないことのように、ヒンメルはそんなふざけたお願いを私にしてきた。本当にこいつは何を考えているのか。一体どこから突っ込んだらいいのか分からない。こいつは今どんな顔をしているのか。その顔を見ることができない。

 

 

「本当に馬鹿ね。そうなったら私がそんな命令に従う必要ないわ。あんたはもういないじゃない」

 

 

ただ蒼月草を見つめながらそう拒む。そもそも前提からして成り立っていない。こいつが死ぬということは、私が自由になるということ。そうなれば私はもう、こいつに従う必要もない。ヒンメルはもういないのに、そんな命令をきく意味もない。そんなことも分からないのか。

 

 

「命令じゃなくてお願いさ」

「どっちも同じじゃない」

「そうかもね」

 

 

お決まりのやり取りを交わすも、視線を合わせることはない。ヒンメルの答えも以前とは変わっている。 命令とお願い。きっとアイゼンの言う利用と頼るの違いのようなものでしかないのだと。 ヒンメルなりに、魔族である私を理解した証。

 

 

そのまま二人で何とはなしに蒼月草の花畑を見つめ続ける。言葉を交わすことなく。遠からずこの世界から見れなくなってしまう光景を。慌ただしくリーニエが帰ってくるその時まで────

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。